正直なところ、私は仏像にどうしても親しみえなかったのである。その主な理由は、仏像は人間を行為に誘う溌剌(はつらつ)たる魅力にとぼしいということであった。
仏像に対していると、彼は自らは語らず、私にのみ多くを語らせようと欲する。
私は自分の生存について、環境について、苦悩について、限りなく彼に訴え問うことが出来るが、仏像の表情は何事も答えない。半眼をみひらいたこのものは、人をみているのか、人の背後の漠々(ばくばく)たる空間をみているのか不分明である。人間を無視したような腹だたしいまでの沈黙が私を疎遠(そえん)にさせた。
~中略~
奈良へ来てはじめてわかったことであるが、自分のこの感じは主として座像に関係していたようである。はじめどのような座像にも心をひかれなかった。殊(こと)に巨大であればあるほど。
わけても法隆寺金堂に佇立(ちょりつ)する百済観音は、仏像に対する自分の偏見を一挙にふきとばしてくれた。このみ仏の導きによって、私は一歩一歩多くの古仏にふれて行くことが出来たと云(い)ってもいい。
~中略~
仄暗い堂内に、その白味がかった体軀が焔(ほのお)のように真直ぐ立っているのをみた刹那(せつな)、観察よりもまず合掌したい気持になる。大地から燃えあがった永遠の焔のようであった。
人間像というよりも人間塔―いのちの火の生動している塔であった。胸にも胴体にも四肢(しし)にも写実的なふくらみというものはない。筋肉もむろんない。しかしそれらっすべてを通った彼岸の、イデアリスティックな体軀、人間の最も美しい夢と云っていいか。~中略~
これを仰いでいると、遠く飛鳥(あすか)の世に、はじめて仏道にふれ信仰を求めようとした人々の清らかな直(す)ぐな憧憬(どうけい)を感じる。
大和古寺風物誌
亀井 勝一郎 (著)
新潮社; 改版 (1953/4/7)
P56

0 件のコメント:
コメントを投稿