2026年8月21日金曜日

神が治し、医者が包帯を巻く


 フランスの有名な外科医A・パレー(注1)は「神が治し、医者が包帯を巻く」といっています。

まさしく、そのとおりなんです。すなわち神とは、患者さんご自身の、内なる力なのです。われわれ医療人は、包帯を巻く、絆創膏をはってさしあげる、この仕事を間違いなくやるのが、務めなのです。

患者本位の病院改革
新村 明(著),藤田 真一(著)
朝日新聞社 (1990/06)
P25




患者本位の病院改革

患者本位の病院改革

  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2022/05/16
  • メディア: 単行本




われわれの命は医者によっては一日たりとも長くされはしません。
われわれは神の定めた寿命だけ生きるのです。
だが、哀れな犬のようにみじめに生きるか、達者で元気に生きるか、どうかは、大へんな違いです。
その点では賢明な医者にはさすべき余地が大いにあります。
(ミュラーへ、一八二七年)

ゲーテ格言集
ゲーテ (著), 高橋 健二 (翻訳)
新潮社; 改版 (1952/6/27)
P148

ゲーテ格言集 (新潮文庫)

ゲーテ格言集 (新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2022/05/16
  • メディア: 文庫

わたしは本書で何度も「それが本人の運命なのである」といった突き放した(かのような)言い方をしてきた。そこに反発を覚える読者も少なくあるまい。だがこれは「無責任のススメ」なのではない。我々のできることには限界がある。
やれるところまでやったらあとは「人事を尽くして天命を待つ」ことになるのは当然ではないか。
我々援助者は努力を惜しむことなく対処を図ると同時に、それが万能ではないという謙虚さをもつ必要がある。
そこのところを煎じ詰めれば「本人の運命」という言葉へ自然に行き着くことになる。さらに「援助者の運の強さ」をも付け加えるべきか否かは、読者諸氏の人生観に委ねたいところである。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P182

はじめての精神科―援助者必携

はじめての精神科―援助者必携

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

「医術がもっと進めば変わってくるかもしれない。だがそれでも、その個躰のもっている生命力を凌ぐことはできないだろう」と去定は云った、
「医術などといってもなさけないものだ、長い年月やっていればいるほど、医術がなさけないものだということを感ずるばかりだ、病気が起こると、或る個躰はそれを克服し、べつの個躰は負けて倒れる、医者はその症状と経過を認めることができるし、生命力の強い個躰には多少の助力をすることもできる、
だが、それだけのことだ、医術にはそれ以上の能力はありゃしない」

赤ひげ診療譚
山本 周五郎 (著)
新潮社; 改版 (1964/10/13)
P55

赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

  • 作者: 周五郎, 山本
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/01/27
  • メディア: 文庫

上高地

こころの病

P4
今ではこころの病を治療中の人は300万人を超え、うつ病にかかった人はこの10年で3倍近く増加して70万人と報告されています。
また、統合失調症にかかる割合は人口の1%、つまり100人に1人がかかる病気であることがわかっています。つまり、こころの病は決して特別な病気ではないのです。  

P146
 まず心気症ですが、これは、実際は病気でないのに「自分は重いからだの病気にかかっているのではないか」と思い込み、強い不安に襲われて苦しむこころの病です。
病院を転々と回る、いわゆる「ドクターショッピング」をする人も少なくありません。
~中略~

心身症は、発症や経過にストレスをはじめとする心理社会的な要因が密接に関係している病気を指し、その代表的なものとしてはアトピー性皮膚炎や気管支ぜんそく、十二指腸潰瘍などがあげられます。
内科的な治療を必要とするため、精神科で扱うことはほとんどありません。

自律神経失調症は、いうなれば診断書用の病名です。たとえば、本当はうつ病だったとします。
でも本人が、会社に提出する診断書にうつ病とかかれるのが困る場合、病気が特定されるのを避けるために、医師にお願いしてオブラートに包んだような表現で自律神経失調症と書いてもらっていたわけです。

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付
日本精神科看護技術協会 (著), 末安民生 (著)
朝日新聞出版 (2010/11/12)

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付 (朝日新書)

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付 (朝日新書)

  • 作者: 日本精神科看護技術協会
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2010/11/12
  • メディア: 新書



  仮に精神科医から「うつ病」と診断されたとしても、必要以上に落ち込む必要はない。
軽症うつ病と病気でない憂うつとの境界は連続的なものであり、どこからうつ病と判断するかは、本人の認識の強さや精神科医の受け取り方によって大きく左右される。
さらにうつ病と診断されたとしても、その程度や経過は様々であり、二~三ヶ月で自然に治って一生再発しないようなうつ病も多いのである。

 そもそもDSM-Ⅳのような操作的診断基準は、あらゆる精神的不調に何らかの病名がつけられるように作成された、非常に間口の広い診断基準である。
DSM-Ⅳで一般の米国人を診断すると、二人に一人は何らかの精神科病名がつけられるほどである。

冨高 辰一郎 (著)
なぜうつ病の人が増えたのか
幻冬舎ルネッサンス (2009/7/10)
P145

なぜうつ病の人が増えたのか

なぜうつ病の人が増えたのか

  • 作者: 冨高 辰一郎
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎ルネッサンス
  • 発売日: 2009/07/10
  • メディア: 単行本



 精神を病むということを、介護や援助にたずさわる我々はどのようにとらえればよいのだろうか。おそらく立場によってさまざまな考え方や言い方が出てこようが、わたしとしてはそのあたりをかなり単純明快に把握している。
物事の優先順位が、常識や良識から逸脱するとき。
 これが、精神を病むことの意味だと思っている。キーワードは「優先順位」である。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P042

はじめての精神科―援助者必携

はじめての精神科―援助者必携

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本




上高地

共感することは良いこと?

P87
トラウマはすでに日常語となり、自らのうちにトラウマらしきものを見出し、自分をPTSD患者だと規定する者まで現れるようになった。
こういった世の流れからか、患者の内なるトラウマに”敏感”な治療者も増えつつあるように思われる。すなわち、患者の「心的現実」のうちに深く入り込みすぎるさまが、ここかしこで見受けられるようになった。
 一般に、治療者が患者と<共感>することは、もっぱら良いこととして捉えられている。 しかし本当にそうなのだろうか。

P89
 患者が治療者に語る言葉は、もちろん大変重要である。しかし、患者が治療者に切実にその「心的現実」を伝えようとするからといって、治療者はそれを額面どおり受け取るべきではない。治療者が望む筋立てで、患者の「心的現実」を変更させてゆく危険性さえあるのだから。
 原則として、臨床の場で患者の「心的現実」を取り扱う際、夢の場合と同様、その内容自体よりもどこに強度がおかれているかが重要である。

精神科医になる―患者を“わかる”ということ
熊木 徹夫 (著)
中央公論新社 (2004/05)

精神科医になる―患者を“わかる”ということ (中公新書)

精神科医になる―患者を“わかる”ということ (中公新書)

  • 作者: 熊木 徹夫
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2004/05/01
  • メディア: 新書


「相手の気持ちを尊重する」といった言い回しには、罠がある。なぜなら、相手の判断能力が必ずしも十分とはいえないのだから。
相手の言いなりなることイコール相手を尊重することにはならない。えてして「気持ちを尊重したのだから」といった言い回しが、我々自身の思考停止の言い訳となってしまいかねないことに注意したい。
 だが、「我々の言うことさえ聞いていれば間違いないのだから、おとなしく従いなさい」といった態度もまた放漫であろう。相手の言いなりにならずに強硬手段に出れば、おそらく相手から恨まれることになるだろう。
けれども、そのことを自覚したうえで、なお相手の意向に添わない処遇を実行せざるをえない場面はありうる。そのときは、専門家としての自負に賭けるしかないではないか。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P157

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本



 このように人間は、話を聴くとその内容にのめり込み、感情移入していきます。話を聴いてもらうと、、気持ちが少しはすっきりするというのは、自分の思いに聴き手が反応し、共感を示してくれるからです。悲しくつらいことであれ、嬉しく喜ばしいことであれ、聴き手が一緒に悲しんだり、喜んだりするのが、話し手にとって大きな支えになるからこころが落ち着いていくのです。
 しかし、精神科診療のなかでの聴き手は。話し手の感情を受容する一方で、醒めた目で治療として適切な方法は何かを見極めなければなりません。一緒になって、喜んだり、悲しんだりするだけでは、治療的な働きかけができるわけではないのです。
重い話を聴いても沈んではいられない、嬉しい話を聴いても喜んでばかりいられないというのが、精神科医であり、心理士なのです。
 このような面接を行っているのですから、疲れないはずはありません。長い診療時間の後には、ぐったりするばかりか、何も考えたくないという気持ちになります。

精神科医はどのように話を聴くのか
藤本 修 (著)
平凡社 (2010/12/11)
P154

精神科医はどのように話を聴くのか

精神科医はどのように話を聴くのか

  • 作者: 藤本 修
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: Kindle版

P250
 思いやりのある人のほうが看護師としてふさわしい。そんな風に考える人が多いのではないだろうか? 思いやりに近い行動経済学の概念に利他性がある。利他性は、他人の喜びを自分の喜びのように感じたり、他人を支援する行為そのものから自分の喜びを見出したりするような性質のことだ。
そのような思いやりに近い性質を持つ看護師の方が、様々な局面で患者の立場に立って、より親身に看護してくれるはずだ、と考えるのは自然なことだ。
~中略~
 利他的な人のほうが看護師にふさわしい。本当にそなのだろうか?著者らの研究グループは、利他的な看護師、特に純粋な利他性という種類の利他性を持つ看護師が実は心理的にバーンアウトしやすいことを、看護師に対し行ったアンケート調査をデータ分析して明らかにした(1)。
バーンアウトは、長期間、自分の対処能力を超えるような過度のストレスを受け続けたときに意欲などが減退し、疲れ果ててしまう症状のことを意味する。
「燃え尽き症候群」とも呼ばれ、この症状が強い看護師は離職しやすいことがよく知られている。ある種類の利他性をもつ看護師が本当にバーンアウトしやすいのだとすれば、その結果は「利他的な人のほうが看護師としてふさわしい」という通説に疑問符が投げかけられるもいのだろう。

P252
カリフォルニア大学サンディエゴ校のジェームス・アンドレオーニは、純粋な利他性、ウォーム・グローという2種類の利他性があると説明した。(2)
純粋に利他性な人とは、他人の喜びを自分の喜びとして感じ、他人の悲しみを自分の悲しみとして感じるというように、共感特性の強い人のことだ。
このタイプの利他性をもつ看護師は、看護行為によって患者の苦しみが和らぐことを通して自分自身の喜びを感じる、と考えられる。
一方で、ウォーム・グローをもつ人は、看護行為を行っている自分が好きというように、看護行為そのものから自分自身の喜びを見出す。
このタイプの利他性をもつ看護師の喜びは、患者の状態が良くなったり悪くなったりすることから影響を受けにくい、と感がえられる。
 なぜ、純粋に利他的な看護師ほどバーンアウトしやすいのだろうか?著者らは次のように解釈している。純粋に利他的な看護師は、患者の喜びを自分の喜びとして感じ、患者の悲しみを自分の悲しみとして感じてしまう。だから、患者の死や症状の悪化に直面したときに、患者の状態と連動して看護師自身のメンタリティまで悪化してしまうのでないか、という解釈である。

P254
 実は、過去に社会学・心理学・脳科学の分野で行なわれた研究から、著者らの研究結果に近い結果を見つけることができる。 例えば、「仕事を通して他者を手助けしたいから」「仕事を通して他者にとってよいことをするのが重要だから」という他者配慮の動機をもって看護師として働いている人ほど、バーンアウトしやすいようだ(6)。
患者の感情の変化が自分にも伝染してしまったり、患者の苦痛を想像したりする傾向の強い看護師ほど、バーンアウトしやすいこともわかっている(7)。
また、ある脳科学研究は、人の共感特性関わる脳内活動とバーンアウトの深刻度の間には強い相関関係があることを明らかにしている(8)。これらの結果は、他人の喜びを自分の喜びとして感じる看護師ほっどバーンアウトしやすい、とういう著者らの研究結果と共通する部分が多い。

P255
 さらに、純粋に利他的な看護師はいずれの利他性ももたない看護師に比べ、睡眠薬や精神安定剤・抗うつ剤を常用している可能性が高い、という結果を発見して著者らは驚いた。

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者
大竹 文雄 (著), 平井 啓 (著)
東洋経済新報社 (2018/7/27)

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2018/07/27
  • メディア: 単行本
上高地

2026年8月19日水曜日

医療では何が正解か一概に言えない

医療では、何が正解で何が間違いか、一概には言えない。
患者が一〇〇人いれば一〇〇通りの治療方針があり得る。
決断が正しかったかどうか、医師が迷いを感じなくなれば「独善」に陥る。

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア
信濃毎日新聞社文化部 (著)
岩波書店 (2010/3/31)
P15

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

  • 作者: 信濃毎日新聞社文化部
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/03/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 

P9
科学的には大いに進歩してきたが、残念ながら医学の世界の多くはいまだグレーゾーンにあり、いつ、そしてどのように治療するかについて白黒はっきりつけられないこともある。
リスクと利点がそれぞれある複数の治療戦略が考えられることも珍しくない。あるひとにとっての最良の選択、というのは単純明快からはほど遠いこともあるのだ。

P110
医学の世界では非常にしばしば、ある問題に対処する方法が二つ以上存在し得る。前に触れたように、医学の多くはいまだ不確定な科学であり、明らかな黒でも白でもない、グレーゾーンにあるのだ。
リサのケースでいえば、関節を融合することを勧めず、保存的に観察して将来必要が生じれば手術をする、という医師もいたかもしれない。
しかし、リサの医師と同様に、融合手術が絶対必要だという医師もいるだろう。 医学雑誌には、明白な「ベスト」の治療戦略が存在しない症例について、様々な専門家の意見の違いを特集する記事が常に掲載されている。
こうした複雑で議論の的となるケースは学会でもよくとりあげられ、異なった治療戦略のそれぞれのメリットについて専門医が侃々諤々と議論を戦わせている。
 リサにとってどの治療が最善であったか、私たちには知る由もない。

P63
私の両親は現在八〇代となったが、今でも活動的で、おおむね健康である。
父は科学や医学の新たな進歩について私と話すのを楽しみにしている。母はサーモンとブルーベリーは健康に良い、カルシウムを十分にとらないと、などと食べるものについて今でも私に意見する。
私は医者なのよ、と私が言い返すと母は決まってこう言う。「だって、医者がいつも正しいわけじゃないでしょ」。
そう、もちろん、母のこの言葉は正しいのだ。

P63
 医師としての立場に立ったとき、私たちの目指すところは患者自身が自分の価値観と目標に照らして、何が一番自分にとって賢明な選択であり、どんな治療が最適なのかを見つける手助けをすることである。
自分たち自身の健康に関する好み、考え方を患者に押しつけないよう私たちは特に肝に銘じている。

決められない患者たち
Jerome Groopman MD (著), Pamela Hartzband MD (著), 堀内 志奈 (翻訳)
医学書院 (2013/4/5)

 

決められない患者たち

決められない患者たち

  • 作者: Jerome Groopman MD
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2013/04/05
  • メディア: 単行本


これが正しい!といった絶対的な判断の方法は存在しない。だが、いつまでも考えあぐんでいるわけにはいかない。
ある意味で我々は「確信犯」に徹しない限り、気合で乗り切るといった芸当ができなくなる。非科学的なことを言っているように聞こえるかもしれないが、けっきょくは相手の幸せを願いつつ、おろそかにすることなく真摯かつ力強い態度で「気合で乗り切る」―それしかないことが珍しくないのである。
結果が裏目に出たら、他人に非難されるかもしれない。だが、絶対的な判断方法が存在しない以上は、自虐的なる必要などない。反省すべきは、自分に幸運を呼び寄せる力がなかったことだけである。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P158

 

はじめての精神科―援助者必携

はじめての精神科―援助者必携

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本


乗鞍岳

医者は汚れ役

養老 前略~ 
 それで「偉い」という話になりますが、政治家が典型的にそうですけど、あれは「汚れ役」なんですよね、別のいい方すると。ところが、一般人のほうで、選挙した相手を自分が汚れ役をあいつにやらしているっていう意識が消えているんですよ。
 安楽死問題が典型的にそうでしょ。みんなが、周りが、もうあの人亡くなってもいいんじゃないかな、本人も苦しそうだから、その場合は死んでいいんじゃないのって思ったりする。でも、その「汚れ役」を医者がやった瞬間に、自分が汚れ役やらしているっていう、後ろめたさが消えてしまうんですよね。
中川 なるほどね。
養老 それは正義でも倫理の問題でもないんですよね。だから僕は、そこに偉い人を立てるんですけど、それは本当に「ご苦労さん」っていう感じなんですよ。
中川 医者もそういうところがありますしね。
養老 お医者さんは「ご苦労さん」なんです。患者さんのほうがそれがわからなくなると医療訴訟になってくるんですよ。
医者は楽してやがるとか、どこかに何か裏があるんじゃないかと思ったりしているかもしれないけど、とんでもないです。それは誤解だって。
「そんなこというんなら、あんた医者やりな」っていうんですよ。あんまりうるさいこという人には。「やってみな」って。そうでしょ。どれだけ立派な医者ができるんだと。
だって、自分がお医者さんにやらせていることは一種の汚れ役なんだから。

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観
中川恵一 (著), 養老孟司 (著)
小学館 (2005/8/10)
P90

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観-

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観-

  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2014/06/06
  • メディア: Kindle版




 わたしはときおりケース検討会に呼ばれることがある。せっかく呼ばれたのだから、何か気の利いた指摘をしたり、誰もが深くうなずきたくなるような方策を伝授したいとおもう。
しかし実際にはそんなことなどできない。すでに選択肢は絞られており、結論はほぼ見えているのが相場である。
「それでいいんです」
と保証を与え宣言する役目なのである、けっきょくのところ。
 精神科医なのだから視点も立場も違うが、そうした者から見ても勘違いや盲点がないことを請け合うためなのである。仮に「援助者たちは、手をこまねいていただけだった」といった非難の声が上がったとしても、医師を含めてさまざまな職種が協議をしていたとなれば、反論もしやすくなろう。
 待つしかない、多少なりとも実際に不幸(トラブル)が訪れないと手出しができない場合がある―そうしたケースが少なからず存在し、そのときにはいかに腹を据えて事態を見守っていくか。
 援助者の実力は、おそらくそうしたときに問われるだろう。なぜなら、待つためには度胸がいる。もちろん、相応の経験や今までの手応えにもとづいての自信である(だから、ただの図々しさとは違う)。また他人から詰問されたり咎(とが)め立てされたときにも、自分の方針をきちんと説明できるだけの頭の整理がついているということである。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P034

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

 

乗鞍岳

2026年8月18日火曜日

認知症と向き合う

P140
(住人注:認知症の)Sさんはすでに、ご家族の判別がつきません。私たち看護師をあるときは奥さん、あるときは娘さんと認識して話しかけてきます。その場合、私たちは絶対に否定しません。

否定しても患者さんが不安になったり混乱したりするだけなので、必ず話を合わせます。
~中略~

 ある日、地元で暮らす妹さんがお見舞いに訪れました。
もちろん妹さんは、自分の兄が認知症であることを知っていると思います。でも病室に入るなり、Sさんに向かって「私が誰だかわかる?名前を言ってみて」と声をかけたのです。
Sさんが答えられずにいると、なのも、「兄さん、私のこと忘れちゃったの?」と質問します。それが2~3分続いたでしょうか。Sさんはとうとう「うるさい!」と声を上げ、車椅子で病室を出て行ってしまいました。

 あっけにとられている妹さんに、私は言いました。
「Sさんは今、一生懸命あなたのお名前を思い出そうとしていましたよね。でもご本人にしてみれば、自分が忘れてしまったことを問いただされるのは、ものすごくつらいことなんですよ。だから今度いらしたときは、ご自分から名乗ってあげてくださいね」

 自分のことを覚えていてほしいという、ご親族の気持ちはわかります。
でも、患者さんはそうしたくて忘れたわけではありません。いくら思い出そうとしても、記憶の引き出しが開かないのです。
そこで無理やり引き出しをこじ開けようとすると患者さんは混乱し、イライラ感を募らせたり乱暴を働いたりします。

P143
病気(住人注:認知症)が進行すると「食事をさせてもらえない」と腹を立てたり、「家の中でものを盗られた」と騒いだり、暴言や暴力、徘徊なども増えてきます。
それらの行為に、ご家族はいらだちを覚えることもあるはずです。でも、注意や説得をしても意味がありません。
患者さんは自尊心を傷つけられたと思うだけで、自分の行動を改めるわけではないからです。

大事なのは指示や命令をすることではなく、相手と同じ目線に立って支持する姿勢。
認知症であっても、人格と尊厳を持ったひとりの人間の人間であることに変わりはないという事実を、ケアするご家族は絶対に忘れてはいけません。

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付
日本精神科看護技術協会 (著), 末安民生 (著)
朝日新聞出版 (2010/11/12)

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付 (朝日新書)

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付 (朝日新書)

  • 作者: 社団法人日本精神科看護技術協会 末安民生
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2012/08/01
  • メディア: Kindle版



P090
 認知症老人が失敗したりトラブルを起こしたときに叱っても、効果は期待できない。まったく期待できない。
 不適切な振る舞いに対して叱ったつもりでも、老人はそのように受け取らない。この人は自分につらく当たった、意地悪をした、因縁をつけたといったマイナス感情しか抱かない。自尊心を傷つけられたと思い、自己を否定されたと感じて恨みを抱く。
失敗したことや、間違ったことをしてしまった事実は忘れても、自尊心を傷つけられたといった気持ちだけは忘れない。それに自分を叱る相手は、十中八九が年下の人間なのである。若僧に叱りつけられた悔しさは大きい。
 潜在的な能力に期待をかけることは大切だけれども、往々にして我々は認知症の老人が「トラブルを起こしたことそのものを認識していない」「忘れたということそのものを自覚していない」「助けを求めるという発想そのものが頭にない」といった大前提をつい忘れがちである。

P091
 かれらは能力の低下に対して、漠然とした危機感や不安感を抱いている。具体的にではなくて漠然としたところでとどまってしまうところが、まさに認知症ゆえの限界なのであろう。
いずれにせよかれらは、「なんだかヤバイな、まずいな」といった違和感や困惑とともに生きている。そんなときに叱られれば、不安感と悔しさを不条理感とがプライドを傷つけられた気持ちと一体になって、根深い恨みと化しても不思議ではあるまい。

P099
 苦し紛れに人間はどんなことをするものなのか。それこそが認知症老人の言動である。まるで悪意があるように、まるで何事もなかったように振る舞いかねない。結果だけを見れば溜め息をつきたくなろうが、「どうしていいかわからないときに、かれらは助けを求められない」という認知症老人の立場を想像すれば、少なくともムカついたりせずにいられるのではないだろうか。

P100
 認知症老人は知能において極端に低下しているものの、だから感性が鈍っているわけではない。怯えたり恐れたりして、それがそのまま表現されずに問題行動へ結実してしまうのがかれらの特徴である。
いわゆる問題行動とは、内面の混乱や困惑が知能の低下と相まって生ずる不適切な(そして苦しまぎれの)振る舞いのことである。
 かれらは表現手段をもてず、記憶力や認知力の低下ゆえに時間や場所といった座標軸をもちえず、ひたすら空回りをせざるをえないことが多い。そんな認知症老人にとって、自分をとりまく雰囲気とか空気、気配といったものは決定的な影響を及ぼす。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

 

P142
 引き算のときだけでなく、認知症の人と接するとき全般で介護者が心得ておかなければならないとことは、そう多くありません。必要なのは、
 おどかさない・追いつめない・おびえない
  という、この三原則だけです。

P149
 認知症に詳しい川崎幸クリニック院長の杉山博医師によると、認知症介護にあたる家族の心理的変化は、「否定」「混乱」「怒り」「あきらめ」を経てようやく、認知症の「受容」という段階に到達するのだそうです。うまくつき合えるようになるまでに、家族がつらい思いをするということは、誰もが知っておくべきです。

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ
右馬埜 節子 (著)
講談社 (2016/3/23)

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

  • 作者: 右馬埜 節子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/03/23
  • メディア: 単行本



私のこれまでの経験や体験から得た認知症介護における「6つの原則」をご紹介しましょう。私はそれを、介護の3原則「HSS」、そして「介護の鉄則AKB」と名付けました。
 最初に「HSS」から説明します。
 H―否定しない
  ~中略~
 S―叱らない
  ~中略~
 S―説得しない
  ~中略~
 では、つづいて「AKB」に行きましょう。
 A―焦らせない(急がせない)
  ~中略~
 K―(自尊心を)傷つけない
  ~中略~
 B―びっくりさせない

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護
板東 邦秋 (著)
ワニブックス (2017/1/24)
P87

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護 (ワニプラス)

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護 (ワニプラス)

  • 作者: 板東 邦秋
  • 出版社/メーカー: ワニブックス
  • 発売日: 2017/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 認知症もまれな病気、他人事のように思われるかもしれない。しかし、わが国では65歳以上の人の15%が認知症に罹患している。そのうえ、ほぼ同数の数が、認知症の予備軍(軽度認知機能傷害)と見積もられている(2)。
今後、日本人の5人に1人は認知症になると推測されることを考えると、認知症は決してまれな傷害ではないことがわかるだろう。
 認知症は高齢者の身体の治療に様々な傷害をもたらす。治療との関係では、
 ①治療を自分自身で決めることが難しくなる(意思決定能力の低下)
 ②薬を時間を決めて服用することや必要な処置を自分ですることが難しくなる
 ③熱が出たり、水分も摂れないときのように緊急の受診が必要な状況を理解し、臨機応変の判断をすることが難しくなる
などの問題が生じる。

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者
大竹 文雄 (著), 平井 啓 (著)
東洋経済新報社 (2018/7/27)
P171

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2018/07/27
  • メディア: 単行本

 

乗鞍岳

パーソナリティ障害

 日常の心の働きにおける偏りやクセが極端にいびつとなり、特に対人関係で問題を重ね、また本人も失敗から学ぶといった姿勢がまったく見られず、毎度同じようなパターンでトラブルを繰り返した挙げ句に日常生活が満足に営めなくなると、ここでその人は「パーソナリティ障害」の領域に突入したということになる(以前は人格障害と呼んでいたが、その名称では生々しすぎるということで最近はパーソナリティ障害と言い換えられている)。
 したがって、「個性的な人」とパーソナリティ障害とのあいだに明確な線引きはできない。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P107

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

P145
 これらの人々では、自己中心的で他者配慮に欠ける面や、情緒不安定で適切な対人関係の距離を保つことができないという特性から、治療構造を守れないということが起こってきているように見えます。医師側が、「困っているから」「見捨てるとよくないから」と安易に要求に応じていると、その要求はますますエスカレートしていき、それを満たしてもらえなくなると、逆に強いこき下しが始まることになります。
 したがって、約束された時間内の診療にとどめるほうが結果的に医師―患者関係を安定させ、治療をスムースに進めさせ、治療効果も上がっていくことになります。もちろん設定外の時間の面接はしないけれども、診療時間内であれば受け付ける用意がいつもあるということ、それはすべての患者さんに守ってもらっていることで特別扱いはしないが決してその人を見捨てているのではないということについて、折を見て説明しておくことが必要です。

P182
 まず「精神医学事典」(弘文堂、新版一九九三年、縮刷版二〇〇一年)では、パーソナリティ障害について「病気ではないのに、その人の行動、態度、対人的な関わり合い、思考の様式などが普通の人と大いに変わっていて、そのために自分が悩んだり周囲の人々を悩ませたりする場合を呼ぶ」とあります。
すなわち、病気のように一次的な現れではなく、行動や態度、対人的な関わり合いの特徴が思春期以降に持続的に継続しているものを意味します。
 したがって、パーソナリティ障害の発現には、個人の有する生物学的な要因のみではなく、その人の生育歴、つまり家庭や学校の環境、育てられ方、教育のされ方、対人関係、被虐待の経験等、さまざまな出来事が関与すると言われています。言い換えると、人間が成長・発達していく際には、その時期に応じたさまざまな精神発達課題を達成していきますが、パーソナリティ障害ではその発達課題の達成が部分的に未成熟であるということなのです。そのための部分的な育て直しが、心理療法を通して必要であるとされているのです。

精神科医はどのように話を聴くのか
藤本 修 (著)
平凡社 (2010/12/11)

精神科医はどのように話を聴くのか

精神科医はどのように話を聴くのか

  • 作者: 藤本 修
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: Kindle版
乗鞍岳

パーソナリティ障害とどう向き合う

P124
 さまざまな形でパーソナリティ障害に接し、我々はしばしば心を傷つけられる。
わたしだって強烈なBPD(住人注;境界性パーソナリティ障害(「ボーダーライン・パーソナリティ・ディスオーダー」))が診療室で騒いだりすると、3日は気分が悪い。
  かれらが名うての嫌われ者として登場したならば、まだこちらとしても覚悟がつく。だがかれらは「普通のマトモな人」のようにして登場することが多い。
それなのに豹変するから困惑させられるし、自分のほうがなにか思い違いや見落としをしていたのではないかと不安になる。おまけに相手が結婚していたりちゃんとした仕事に就いていたりすると、それは相手を好きになったり評価する人間がいたということになる。もしかするとオカシイのは自分のほうではないか、と気持ちが」ぐらつく。
~中略~
 けっきょくのところ、かれらを前にした我々は、我々自身のなかにある自信のなさや曖昧さや不安をあぶり出されてしまうのである。
だから相手が悪いと思うと同時に、自分に関して何かやましさや心苦しさが析出してくる。~中略~
 いまいましいけれど、立腹すると同時に謙虚な気持ちも発動しなければ、かれらとの出会いは不毛なものでしかなくなる。

P125
 BPDとの関係性においてベストなのは、わたし自身が「世間一般の考え方や意見」の代表となることだと思っている。かれらは世の中の人々が普通に感じあり考えたりする内容がわかっていない。微妙にずれる。
いや、そのわからないことを自己愛的に解釈して自分を特別視し、アイデンティティとしているフシがる。だから普段はユニークで孤高なオレ様で結構なのだけれど、いったん不安になると、「世の中の普通」がいまひとつわからないがために、なおさら不安になったり疑心暗鬼となる。~中略~
つまり世間一般の人々はそんなふうに感じたり考えて過ごしているのであり、君のようにこだわるのは不自然だよ。だからストレスをため込むんだよ、と言ってあげられる存在となることが、予想以上に重要なのではないかと考えている。 

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

乗鞍岳

2026年8月13日木曜日

人間の心の根底にあるのは「無力感」である


 すべてを思いどおりにできない、望みは叶うことのほうがむしろ珍しい、自分1人では生きていけない―そんな具合に、赤ん坊のときから我々は無力感を痛感しつづけて成長してきている。
すると、それに対して人はどのように考えたり振る舞ったりすることになるのか。そこに、人それぞれの生き方や考え方が析出してくる。
 ある人は、無力感を克服するべく奮闘努力しがんばり抜き、しかし成功者となってもなお無力感を払拭できぬままうっ屈した気分で日々を過ごしているかもしれない。別な人は、無力感ゆえに努力も忍耐も放棄し、その場しのぎの無気力で怠惰な毎日を送っているかもしれない。~中略~
 もともとは「無力感」という切ないものからスタートしているにもかかわらず、成長していくうちに、どのように無力感を手なずけ飼い慣らすかで全然傾向の違った人柄ができあがっていく。
そのような多様性と不思議さとを、我々は念頭に置いておくべきだろう。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P012

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

 

新穂高ロープウエー 長野県

アイデンティティ危機に陥れる患者たち

心気症者は身体科では疎まれ、冷遇されることが多い。心気症では、自覚症状の強さと裏腹に他覚所見にまったく異常が見出せない。これはすなわち、身体科治療者が拠って立つ自らの診療体系に対する確信をぐらつかせ、治療者に不快な無力感を生み出すこととなる。
 治療者は、精神科・身体科を問わず、自らをアイデンティティ危機に陥れる患者たちとの遭遇に、どう対応してゆくべきか。当然のことながら、治療者の感情は大きく波打つだろう。

精神科医になる―患者を“わかる”ということ
熊木 徹夫 (著)
中央公論新社 (2004/05)
P80

精神科医になる 患者を〈わかる〉ということ (中公新書)

精神科医になる 患者を〈わかる〉ということ (中公新書)

  • 作者: 熊木徹夫
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/03/13
  • メディア: Kindle版

 苦労したり努力したぶんだけ相手が喜び、あるいは望ましい結果がもたらされるとしたら、我々の仕事はまことに充実感に富んだ素敵な活動ということになるだろう。
 ところが実際には、逆恨みをする者もいればどんなに手厚く扱ってもらっても文句しか言えない者もいる。図々しい人間、恥知らずな人間、愚かな人間、心のねじ曲がった人間が世の中にはあふれている。
 そしてときには我々は、必ずしも相手の希望どおりに行動するわけにはいかない。相手の判断が不適切であったり、まったくの「こだわり」にもとづいているだけだったり、常識をまったくわきまえていなかったり・・・・・・。
 そうなると、たとえ相手の幸せを願っても、結果的には恨まれたり憎まれたりしてしまうことはいくらでもある。実際い、だからこそ我々は「げんなり」した気分にとらわれたり、自尊心を著しく傷つけられたり、天職を考えたりすることがしばしばあるわけである。
 しかもこうした「誠実に尽くしているのに、恨まれたり憎まれたりクレームをつけられる」といった事態は、その経緯や感情のすれちがいの要因をうまく他人に説明することがあんがいむずかしい。おまけに微妙なニュアンスが絡んでいることが多い。
むずかしいのにそれを一所懸命説明しているうちに、馬鹿らしさや虚しさや不全感がどんどん心に広がってきて、ついには「もう、どうでもいいや」「はいはい、私が悪うございました」と投げやりな気分になってしまうこととてあるだろう。
こちらが正しくとも、だから話がシンプルであるとは限らない。ましてや相手が「俺は患者だ、弱者なんだ!」と声高に主張するときには。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P142

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

新穂高ロープウエー 長野県

2026年8月10日月曜日

青春

 また、思春期になると、性欲を中心としたC(住人注;幼児的な自我状態)の本能的な部分が急速に発達してくる。しかし、A(住人注;大人の自我状態)の発達はこれに伴わず、現実を吟味する力はまだ弱い。さらにこの時期になると、社会生活の拡大とあいまって、観念的なレベルでのP(住人注;親的な自我状態)もにわかに発達し、大人の世界の歪や矛盾が見えてくる。
青くさい理想主義の発展である。青年たちが声を大にして、人間のあるべき姿を世に訴えたり、宗教やイデオロギーの追求に熱中したりするのも、このためである。
このように、未だ現実に即した思考や判断の力をもたぬ未熟なAの状態で、いわば地獄ともいうべき本能的なCと、天上的ともいえる高遠な理想主義のPとの間で振り回される時期こそ、思春期なのである。
思春期では、このように P、A、Cの間に大きなアンバランスがあることが、むしろ自然な姿なのである。

セルフコントロール―交流分析の実際
池見 酉次郎 (著), 杉田 峰康 (著)
創元社; 新版 (1998/11)
P49

セルフコントロール 交流分析の実際

セルフコントロール 交流分析の実際

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2015/03/26
  • メディア: Kindle版