「つねに敬礼を守り、年長者を敬う人には、四種のことがらが増大する。―すなわち、寿命と美しさと楽しみと力とである」
(「ダンマパダ」―法句経― 一〇九)
ボクは坊さん。
白川密成 (著)
ミシマ社 (2010/1/28)
P133
そこで年をとるというは、いったいどんなことを意味するか。昨年はかくかくのことがあったが、今年はそれがなくなった。 ~中略~ 昨年は人をうらやむ癖があったが、今年はそれがやんだというように、 自分の決心と実行とが両々相伴って、より以上の向上発展が実現されたならば、それこそ真の年を取ったのである。
暦を繰り返したからとて、必ずしも老年というのではない。
して、この意味で年を取るのは、いたずらに馬齢を加うると違って、星霜を経れば経るほど精神が若返り、それこそ老いてますます盛んになり、老衰はしないで、成熟する。
修養
新渡戸 稲造 (著)
たちばな出版 (2002/07)
P41
P86
キレやすいのは実は若者ばかりではなく、中高年やお年寄りにも増えているのではないかと、私は実感している。
病院の待合いなどで、長く待たされて声を荒げるのはお年寄りのほうが多い。些細なことでカッとなる中高年が増えているような気がしてならない。
その理由は、昔に比べて、中高年やお年寄りが大事にされない、尊敬されない、といった社会傾向にも関係があるような気がするのだが、その分析はともかく、周囲から「あの人は最近、イライラが多いな」と思われたり、 「些細なことで腹が立つようになってきた」と自覚するようになったら、老化が進んでいる証拠である。
~中略~
これは「感情のコントロール」ができなくなっているのだ。
P144
若いころは、失恋しても離婚しても、まだまだ次があるさと思えるし、リストラや左遷されたって、何くそ見返してやるぞと頑張って働いたり、場合によっては転職することも可能だ。
ところが、年を取って前頭葉機能も低下し、感情が老化していると、「自分には、もう何の可能性もない」と落ち込んでしまい、悪いほう、悪いほうへと考えがむかってしまいがちなのだ。
人は「感情」から老化する―前頭葉の若さを保つ習慣術 (祥伝社新書)
熱意を失った人ほど年老いて見える。―「詩」
自分は賢いと思って不善(善に背く)道に落ち込んでしまったら、その家にやがて禍がやってくるのに、そのことに気づかない。悲しいことだ。
「易経」(周易上経(しゅうえきじょうきょう)・坤附文言伝(こんふぶんげんでん))に「善行を積み重ねた家では、その禍福の余沢(よたく)が必ず子孫に及ぶし、不善を積み重ねた家では、その災禍が必ず子孫に及ぶ。臣下の身でありながら主君を殺したり、子でありながら親を殺したりするような大それた行いは、決して一朝一夕に起こるわけではないのだ」
(積善(せきぜん)の家には必ず余慶(よけい)あり。積不善(せきふぜん)の家には必ず余殃(よおう)あり。臣にしてその君を弑(しい)し、子にしてその父を弑するは、一朝一夕の故(こと)に非(あら)ず)とある。
石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)
(いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)
石田梅岩 (著), 城島明彦 (翻訳)
致知出版社 (2016/9/29)
P146
「仕事をやり了(おお)せたくば、自ら行け。やり了せたくなくば、人に行かせよ」
「畑仕事で身代起こしたく思わば、鋤にせよ鍬にせよ、自ら使え」
フランクリン (著), 松本 慎一 (翻訳), 西川 正身 (翻訳)
フランクリン自伝
岩波書店 (1957/1/7)
P326
発心してして遠渉(おんしょう)せんには、足にあらざれば能わず。
遺誡
あなたの内なる声に目覚めて、遠い道のりを求めていくには、
自らの足で歩いて行く以外にはありません。
空海 人生の言葉
川辺 秀美 (著)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/12/11)
志について三三
【安田善次郎】(一八三八~一九二一)―機運―
運は「ハコブ」なりである。我身(わがみ)で我身を運んで行かなければ、運の神にあうことも運の神に愛せらるることもない。
日本人の叡智
磯田 道史 (著)
新潮社 (2011/04)
P134
「行解相応(ぎょうげそうおう)」という禅語があります。
これは、禅の理論と実践が一致している理想の姿のことで、「自分ができることを、まず自分からやりなさい」という教えが込められている言葉です。
部下を働かせたいなら、まず自分自身が必死で働くこと、尊敬できない人からいくら怒鳴られても、その言葉が相手に届くことはありません。叱れば叱るほど、部下は頑なになって反発するだけでしょう。
人を変えたいなら、まず自分がその見本となりましょう。あなたが目標に向かって懸命に取り組む姿勢をみせれば、周囲も自然と動き出すはずです。
周りを巻き込んでひとつの目的を達成するには、まず自分自身が誰よりも熱い思いを持ち、先頭に立って進んでいく必要があるのです。
怒らない 禅の作法
枡野 俊明 (著)
河出書房新社 (2016/4/6)
P184
P1
国民の年々の労働は、その国民が年々消費する生活の必需品と便益品(1)のすべてを本来的に供給する源であって、この必需品と便益品は、つねに、労働の直接の生産物であるか、またはその生産物によって多の国民から購入したものである。
したがって、この生産物またはそれで購入されるものの、これを消費するはずの人々の数に対して占める割合が大きいか小さいかにおうじて、国民が必要とするすべての必需品と便益品が十分に供給されるかどうかが決まるであろう。
だがこの割合は、どの国民の場合も、次の二つの事情によって左右されるにちがいない。すなわち第一は、国民の労働がふつう行われるさいの熟練、技能、判断力の程度如何であり、また第二は、有用な労働に従事する人々の数と、そのような労働に従事しない人々の数との割合である。
どの国でも、地味、気候、国土の大きさがどうであれ、国民にたいする年々の供給が豊かであるか乏しいかは、その特定の状況のもとで、右の二つの事情に依存するにちがいない。
(1)「国富論」が出現するまでは、富は、もっぱら、金銀や「財宝」のかたちで、とらえられていた。
スミスは、このような古い富の理解の仕方を大きく転換させ、人間の日常生活にとっての必需品と便益品こそが国民の富であること、そしてそれらは年々生産され年々消費されるものであるから、富こそは、国民の「年々の労働」によってつくられなければならないものであることをはじめて明らかにした。
ここに「国民の富」という近代的概念が確立したのである。
国富論 (1)
アダム・スミス (著), 大河内 一男 (翻訳)
中央公論新社 (1978/4/10)
P320
自分のものであるはずの時間の十分の一を提供して、それをお上のご用に役立てよ、などと国民に要求する政府があったとしたら、たしかに過酷な政府と思えもしましょう。
ところが、怠惰というものは、わたしたちの多くの者に、はかる(住人注;誤植?)多くのものを要求するのです。
~中略~
「ものぐさは、錆と同じで、労働よりもかえって消耗を早める。一方、使っている鍵は、いつも光っている」
~中略~
「寝たいなら、墓場に入ってからで少しもおそくはない」
~中略~
「時間の浪費こそ、一番の贅沢」
~中略~
「まだまだ時間は十分」は、「いつもきまって時間の不足におわる」
P322
「早寝早起き、健康のもと、財産を殖やし、智恵を増す」
>>> ベンジャミン・フランクリン
フランクリン (著), 松本 慎一 (翻訳), 西川 正身 (翻訳)
フランクリン自伝
岩波書店 (1957/1/7)
君に何よりも知ってもらいたいことがある。それは、時間の貴重さとその使い方だ。
これをほんとうにわかっている人は少ない。
父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章
フィリップ・チェスターフィールド (著), 竹内 均 (翻訳)
三笠書房 (2011/3/22)
P15
父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章 (知的生きかた文庫)
なす事なくて、なをざりに時節をおくるは、身をいたずらになすなり。をしむべし。
大禹(たいう)は聖人なりしだに、なを寸陰をおしみ給へり。いはんや末世の凡人をや。聖人は尺壁をたうとばずして、寸陰をおしむ。ともいへり。 和俗童子訓 巻之三 総論 下
養生訓・和俗童子訓
貝原 益軒 (著), 石川 謙 (編さん)
岩波書店 (1961/1/5)
P249
時間はもっとも消えやすい資源である。人や機会をフルに使ったときと、半分しか使わなかったときでは大きな差が生ずる。
マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則
ピーター・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳)
ダイヤモンド社; エッセンシャル版 (2001/12/14)
P19
何も用事のない一日、仕事もない一日、だれからも連絡もない、連絡する必要もない一日。これは、黄金の一日です。
何でもできるけれど、何もしないという選択をする一日、退屈を味わおうと決心する一日を作るのは、心身にとって、おおきなリフレッシュになると思うのです。
百歳人生を生きるヒント
五木 寛之 (著)
日本経済新聞出版社 (2017/12/21)
P149
何をするにしても自分の時間価値を常に意識しよう。1時間あったら何が生み出せるかを考えるのだ。対人関係で思い悩んだり、苛立ったりする時間があれば、その時間で英語やビジネススキルを勉強したり、友人や家族と楽しくすごしたり、英気を養うためにリラックスして趣味にいそしんだりしたほうがずっと生産的だ。
人生は長いと思うが、時間の使い方を誤ればこれほど短いものはない。 ~中略~ 人間に一番平等に配分され、それでいて人生で最も大切な資源は時間だ。時間こそが価値を生む。
頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法
田村耕太郎 (著)
朝日新聞出版 (2014/7/8)
P36
頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法
P70
三三一 起てよ、座れ。眠って汝らになんの益があろう。矢に射られて苦しみ悩んでいる者どもは、どうして眠られようか。
三三二 起てよ、座れ。平安を得るために、ひたすら修行せよ。汝らが怠惰でありその〔死王の〕力に服したことを死王が知って、汝らを迷わしめることなかれ。
三三三 神々も人間も、ものを欲しがり、執着にとらわれている。この執着を超えよ。わずかの時をも空しく過すことなかれ。時を空しく過ごした人は地獄に堕ちて悲しむからである。
三三四 怠りは塵垢である。怠りに従って塵垢がつもる。つとめはげむことによって、また明知によって、自分にささった矢を抜け。
ブッダのことば―スッタニパータ
中村 元 (翻訳)
岩波書店 (1958/01)
心配ならば私達は行動を起こすべきであって、
憂鬱になるべきではない
[カレン・ホーナイ] ドイツの精神分析家 | 1885-1952
人生はワンチャンス! ―「仕事」も「遊び」も楽しくなる65の方法
水野敬也 (著), 長沼直樹 (著)
文響社 (2012/12/11)
人生はワンチャンス! ―「仕事」も「遊び」も楽しくなる65の方法
P134
ここでちょっと止まって、服装の歴史について、とくに社会科学で対外シグナリングと呼ばれるものを念頭に考えてみよう。
対外シグナリングとは簡単に言うと、わたしたちが身につけるものをとおして、自分が何者であるかを他人に知らせる方法のことだ。時をさかのぼって古代ローマの法には、奢侈(しゃし)禁止令という一連の規制があった。禁止令はその後数世紀をかけてヨーロッパのほとんどの国に浸透した。この法では何よりもまず、身分や階級によって、だれが何を着てよいかがきめられていた。法は驚くほど詳細におよんでいた。
~中略~
こうしたルールは、上流階級のばかばかしいまでの脅迫症のように思えるかもしれないが、実は世間の人たちが自らシグナリングしたとおりの身分であることを保証するための策だった。
つまり、無秩序と混乱を排除するためのしくみだ(シグナリング上の利点があったのは間違いないが、この体制に戻りたいとは言っていない)。
現代の衣服の階級制度は、むかしほど硬直的ではないが、成功と個性をシグナリングしたいという欲求は、かってないほど高まっている。
~中略~
ところであなたはこう思っているかもしれない。安いコピー商品を買う人たちは、何も、ファッションメーカーに損害を与えているわけではない。彼らの多くは、そもそも本物など絶対に買わないのだからと。
だがここで忘れていけないのが、対外シグナリングの効果だ。
何しろ大勢の人がパチモンのバーバリーのマフラーを一〇ドルで買っていたら、ほかの人たち、とくに本物を買うだけの余裕と意欲のある一握りの人は、本物のマフラーにその二〇倍の値段を出そうと思わなくなるかもしれない。 せっかくのバーバリーのおなじみのチェック柄の洋服を着たり、ルイヴィトンのLV柄のバッグを身につけても、にせものではないかとまず疑われるなら、本物を買うことのシグナリング上の価値はどこにある?
この観点から言えば、にせものを買う人は対外シグナリングの効力を弱め、正規品(とそれを身につける人)の真正性を損うことになる。だからこそ、ファッションブランドや、ファッションに敏感な人たちは、偽造品にこのうえない危機感を抱いているのだ。
P142
以上の結果から、女性たちは正規ラベルを身につけても、ふだんより正直な行動を(すくなくとも大幅には)促されなかったことがわかる。だがにせものをそれと知りつつ身につけると、道徳的な抑制力がいくぶん弱まり、その結果不正の道に歩を進めやすくなるのだ。
この話の教訓?あなたや友人、デートの相手などがにせものを身につけているときは、気をつけよう!別の不正行為が、思ったより近くに迫っているかもしれない。
ずる―嘘とごまかしの行動経済学
ダン アリエリー (著), Dan Ariely (著), 櫻井 祐子 (翻訳)
早川書房 (2012/12/7)
清潔感と適度なグレードを感じさせる身なりは、あなたの信用度をかなりアップさせる。着こなしは本人のあらゆる物事への姿勢を感じさせる。派手に高価のもので飾るのはむしろ逆効果だが、分相応に身体に合った清潔な着こなしは、他人からの評価だけでなく自分の自信もアップさせる。
頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法
田村耕太郎 (著)
朝日新聞出版 (2014/7/8)
P183