2026年5月20日水曜日

無神国日本

P145
梅原 近代日本文学の最高の作家の夏目漱石に「門」という作品があるでしょう。やっぱり宗教の門のところまで入って、宗教に入れない。この題名が、近代日本小説の正確を見事に表しています。
五木 それはもう、日本のヨーロッパ理解そのものがそうだと思いますね。たとえばアメリカなんかは戦後、民主主義で科学の国で唯物・物質の国だと言われていたんですけど、あそこは大統領が就任するとき、バイブルの上に手を置いて、神に向かって宣誓する国でしょう。だから神国アメリカと言ってもいいくらいに、キリスト教文化の根が深く民主主義の根本に入っている。それなのに、われわれはそれを知ってて、絶対知らないふりして認めようとしない。だからドル紙幣にイン・ゴッド・ウイ・トラスト、神の御名の下にこのお札は発行されているという、そういう国であったことを、五十何年隠蔽してきていると思うんですよ。

P169
五木 どんな文化でも、その土地に根づくためには、それ以前にあった風習と折り合いをつけながら進めていきます。たとえばドイツに入ったキリスト教は、やっぱりドイツの在地信仰とどこかで重なり合っているし、イギリスに入ればケルト神話とどこか混合している。教理だけを推しつけようとするのは、ちょっと難しいかなという。ヨーロッパの風土と歴史の中で育ったキリスト教神学を、極東の島国の、長い歴史のある人びとに、そのまま教えこもうとするのは、どこか無理があるのかな、という気がしないでもありませんね。
梅原 神仏習合は、役の行者にはじまって、泰澄の白山信仰および行基の八幡信仰でだいたい定着して、空海によって完成した。真宗の宗派で、多少それに反対しましたが、日本人は仏と共に神を崇拝して、明治維新まで来たんです。
~中略~
梅原 そういうことです。いままで仏さんと神さんは仲よく住んでいた。とくに天台宗、真言宗、浄土宗、禅宗もそうです。真宗は必ずしもそうjyないけど、だいたいまあ、神と仏は仲良く同居してきた。しかし、廃仏毀釈は仏を殺すばかりか、神まで殺してしまった。仏教を排斥することによって神道まで否定した。
五木 宗教そのものを、文明の中で葬り去ろうとこころみたわけですね。
梅原 そうです。仏も神も殺したと。ドストエフスキイの言うように、神殺しの文明が近代日本の文明だった。神様を統廃合して国家神道に統一した。
~中略~
そういう伝統的な仏と神を殺したのが、近代日本人で、そういうところから、道徳の荒廃も来ていると、私は思っているんですよ。教育勅語はその線で書かれているので、結局、神様は天皇陛下と日本国家だけだという。
五木 現人神ですね。
梅原 現人神です。その現人神もまたマッカーサー司令官によって、否定されてしまった。
~中略~
 そういう無神の時代に、現代の日本人は入っているんですよ。

P173
五木 人間は、どんなに時代が進歩しても、ただ雷を雷とだけ感じるんじゃなくて、何かそれに対する畏れというものを抱くのは自然のことですよね。
~中略~
梅原 だからね、どこかそういう心があるんですよ。私も子供や孫が入学のときは、北野天神さんに参った。ちょっと絵馬かけて(笑)。そしたら唯物論者の友人がね、やっぱり子供の入学祈願で来てるんですよ。私と会って、恥ずかしそうにしとる(笑)。
五木 それはおかしい。
梅原 やっぱりマルキストの心の中にも、ちゃんと神さんがあるんですね(笑)。
~中略~
梅原 やっぱりね、私は、もう神仏というか、なにか自分より大きなものを恐れる思想に、人類は帰らんと、あかんと思う。五木 畏怖の畏という字を書いて「おそれ」と読むけれども、「畏れ」という考え方が、私は非常に大事なような気がするんですね。

P195
梅原 まあ、私も若いときは、ドストエフスキイに夢中になった時期があるんですよ。ドストエフスキイというのは、やっぱりロシア正教と深く結びついている。
五木 そうです。それはあたりまえのことだから、西洋ではことさらに言わないだけです。トルストイもそうですし、アンドレ・ジッドもそうです。彼をキリスト教の宗教作家とは言いませんよね。作家というのは、どこかはじめからそういうものですから。
梅原 ドストエフスキイも、「カラマーゾフの兄弟」で、三男の有神論者アリョーシャという人物を中心にして、アリョーシャ中心の物語を書こうとしたけど書けなかった。結局「カラマーゾフの兄弟」は、イワン中心の物語になってしまった。イワンというのは、無神論者で神を信じなかったんです。神が存在しないならば罪もない。どんな犯罪でも許される、親殺しでも許される。親を殺してもよい、そのイワンの思想を、異母弟のスメルジャコフが実行に移して、イワンの父フョードルを殺す。
 カラマーゾフ兄弟は無神論の時代の親殺しを問題にした小説ですが。その後のロシアで本当に起こったことは、神もない世界の恐るべき、人間の大量虐殺だったわけです。やっぱりドストエフスキイは、神を信じない世界の恐ろしさを描いた人だと思います。

P198
五木 優れた自然科学者は、行き着くところ、何かそういうもの(住人注;神と仏というか、人間を超えた大きなもの)に突きあたると、みんな言ってますね、ただ、世界を創造した神とか、死んだあと必ず救ってくれる「仏」とか、そういう物語は、自分たちは信じることはできない。でも、科学で解明できる問題に対して、では、なぜそういうものが世の中に存在したのか、ということについて思いをいたすと、自然科学の最後の限界のところに、何かがあるということだけは感じると。
むしろ科学者のほうが、そういう不思議なもの存在にいきつくと。絶対者というか、なんと言っていいかわからない何かを、感じているみたいですね。

仏の発見
五木 寛之 (著), 梅原 猛 (著)
平凡社 (2011/3/8)

仏の発見

仏の発見

  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2011/03/08
  • メディア: 単行本

「科学は進み、宗教は衰える」といった前世紀的な通念が何となく古くさく感じられ、かといって、「これからは宗教復権の時代だ」などと声高に叫ぶほどの純朴さもないこれからの時代、「真に合理的である」ためには、「科学的に物を見る」ことと、「一貫した死生観を持ちながら人生を全うする」ことが両立できるような立脚点が必要となってくる。
佐々木 閑

P304
佐々木 つまり、死者を弔うという気持ち、そしてその死者をたとえばお墓に入れる。散骨も一緒ですよ。散骨だって墓に入れるのと気持ちは一緒だから。
要するに死んだ人の骨が何かの象徴として残るものであって、それを大切に扱うという気持ち。
これはみんな宗教心であって、むしろそこにお坊さんがいるかいないかは、それは宗教であるかどうかの基準にならないということでしょう。
 日本人は、そういう意味では宗教心というものを非常に強く残しているのではないかと思います。
~中略~

 だからお坊さんというものが、日本人の宗教心の中から今次第に放り出されつつある、排除されているような状態だから、日本人がお坊さんを呼ばなくなったということと、宗教心が薄くなっているとおいうことは、決して比例しないと思います。

生物学者と仏教学者 七つの対論
斎藤 成也 (著), 佐々木 閑 (著)
ウェッジ (2009/11)
P3

生物学者と仏教学者 七つの対論 (ウェッジ選書)

生物学者と仏教学者 七つの対論 (ウェッジ選書)

  • 出版社/メーカー: ウェッジ
  • 発売日: 2009/11/01
  • メディア: 単行本

 

鹿児島県 霧島連山 高千穂峰

長続きするには

楽しいことは長続きする。
好きなことは長続きする。
気持ちのいいことは長続きする。
そうでないことは、どんなに強制されても結局は続かない。
五木寛之

大山 くまお (著)
名言力 人生を変えるためのすごい言葉 
ソフトバンククリエイティブ (2009/6/16)
P207

名言力 人生を変えるためのすごい言葉 (SB新書)

名言力 人生を変えるためのすごい言葉 (SB新書)

  • 作者: 大山 くまお
  • 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
  • 発売日: 2009/06/16
  • メディア: 新書


 ある望ましい行動が目先のマイナスの結果(罰)につながる場合、たとえ最終的な結果(私の例では健康回復)が非常に望ましいものであっても、その行動をとるように鼓舞するのはとてもむずかしい。
~中略~

 人間のさまざまな種類の欠点に打ち勝つには、長期目標のためにとるべきあまり喜ばしくない行動に対して、目先の強力なプラスの強化を与える奥の手を探すのが有効だとおもう。
~中略~

 秘訣はそれぞれの問題に対して正しい行動強制手段を見つけることだ。自分の好きなものと、嫌いだけれど自分にとってよいものとを組あわせることで、欲望と成果を結びつけられるかもしれず、ひいては日々直面する自制の問題をいくらかは克服できるかもしれない。

予想どおりに不合理[増補版]
ダン アリエリー (著), Dan Ariely (著), 熊谷 淳子 (翻訳)
早川書房; 増補版版 (2010/10/22)
P222

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/10/22
  • メディア: ペーパーバック


伸坊 ええ、好奇心って難しいですよね。好奇心をもつベキだ、もたなきゃいけないっていったって、好奇心ってのは、自発的じゃなきゃ意味がない。快感がなきゃっていうのが、つまり自発的ってことですもんね。

澤口 おっしゃる通りで、もっとも怖いのは、目的志向性を利用されてしまうことです。
衣食が足りて刺激がなくなると、目的志向性のもって行き場もわからなくなる。すると前頭連合野は目的志向性のもって行き場を探すんです。
そういうときに、強い目的志向性を要求されるものを目の前に示されれば、ヒトはそれに飛びついてしまう。

ファシズムや新興宗教などは、これを利用しているんです。
前頭連合野が未熟なヒトほど自我や分別や倫理観などの機能も弱っているので、簡単に引きずり込まれてしまいます。

平然と車内で化粧する脳
澤口 俊之 (著), 南 伸坊 (著)
扶桑社 (2000/09)
P108

 

平然と車内で化粧する脳

平然と車内で化粧する脳

  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2000/09/01
  • メディア: 単行本


鹿児島県 霧島連山

逆境は最良の師

困心衡慮( こうりょ)は、智慧を発揮し、暖飽安逸は思慮を埋没す。

猶お之れ苦種は薬を成し、甘品は毒を成すがごとし。

              「 言志耋録」第三二条

              佐藤 一斎 著

              岬龍 一郎 編訳

              現代語抄訳 言志四録

              PHP研究所(2005/5/26)

              P199

心を悩まし、苦しんで考え、初めて知恵は現れるものである。
反対に、暖かい着物を着て、のんびり生活しているときは、考える力も埋もれてしまっている。
これはちょうど、苦いものは薬となり、甘いものは毒になるようなものである。

 

[現代語抄訳]言志四録

[現代語抄訳]言志四録

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/05/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

困ったことですが、世の中の出来事が自分にとってうまく回っていると、
私たちは自惚れがちで尊大になってしまい、友人がいなくもやっていけるように感じてしまします。
しかし、落ち目になったり健康が衰えたりすると、ようやく自分が間違っていたことに気づきます。

ダライ・ラマ14世テンジンギャツォ (著), Tenzin Gyatso H.H.the Dalai Lama (原著),
谷口 富士夫 (翻訳)
ダライ・ラマ 365日を生きる智慧
春秋社 (2007/11)
P175

著者略歴
ダライ・ラマ14世テンジンギャツォ
1935年、チベット東北部アムド地方に生まれる。2歳のとき転生活仏ダライ・ラマ14世と認められる。1949年の中国のチベット侵略に伴い、15歳で、政治・宗教両面の国家最高指導者となる。1959年に亡命。インドのダラムサーラに亡命政権を樹立。チベット問題の平和的解決を訴えつづけ、1989年にノーベル平和賞受賞
谷口 富士夫
1958年、愛知県生まれ。名古屋大学大学院博士課程(東洋哲学)修了。専門は仏教学。文学博士。現在、名古屋女子大学文学部教授

 

ダライ・ラマ 365日を生きる智慧

ダライ・ラマ 365日を生きる智慧

  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2007/11/01
  • メディア: 単行本


「たくさんの人と設備と材料でモノをつくるのは、だれだってできる。いともやさしい。
だが、人もない、設備もない、材料もない状態で「さあ、モノをつくってみなさい」と言われると、はなはだ困った状態になる。
 しかし、この困った状態が、とりもなおさず創意工夫の生まれる土壌になる。困った中で、事実を一つ一つしっかりと押さえて、「なぜ」を繰り返していけば、すばらしい創意工夫が結晶するからだ。
いつも困っている中からつくりだされてくるものが、世界に通用する商品になる。」
元トヨタ自動車工業副社長 大野耐一

若松 義人 (著)
貧乏トヨタの改善実行術 カネがないなら知恵を出せ
大和書房 (2007/03)
P18

 

貧乏トヨタの改善実行術 カネがないなら知恵を出せ (だいわ文庫)

貧乏トヨタの改善実行術 カネがないなら知恵を出せ (だいわ文庫)

  • 作者: 若松 義人
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2020/04/22
  • メディア: 文庫


強い人間は、混迷こそ、わが開拓の道であると思うことができる。混迷を混迷と見ず、それを自己の試練の場と見ることができる。それはちょうど、水泳者が激流を最大の修練の場と見るがごとくであります。
 そのように、積極的に混迷を乗り越えてゆくところに、自己開発があるのであり、また混迷の糸を一本一本ときほぐしてゆくところに、希望もあるのです。

なぜ、いま禅なのか―「足る」を知れ!
立花 大亀 (著)
里文出版 (2011/3/15)
P124

 

なぜ、いま禅なのか―「足る」を知れ! (名著復活シリーズ)

なぜ、いま禅なのか―「足る」を知れ! (名著復活シリーズ)

  • 作者: 立花 大亀
  • 出版社/メーカー: 里文出版
  • 発売日: 2011/03/15
  • メディア: 単行本


鹿児島県 霧島連山

新奇探索性をコントロールしろ

 人間には、ほかの霊長類たちと比べると、新しい環境のほうを選好する「新奇探索性」を強く持っている人たちがいます。このために、なまやさしい環境には満足できず、あえて厳しい環境へ、ドーパミンの刺激を求めて飛び込んで行かずにはいられない、というのです。
そういう意味では、人間というのは何とも業の深い生物だとも言えます。
~中略~
 この「新奇探索性」は。「合理性」としばしば衝突する人間の「弱み」のひとつです。
「わかっちゃいるけどやめられない」という昔の流行語が、わかりやすいフレーズでしょうか。やめられない何かの楽しみであることもあり、人が道ならぬ恋に走る元凶であり、いわゆる「背徳的」な行動を増長する仕組みです。これを人間が自力でコントロールするのはきわめて難しいことです。
 仏教の言い回しを借りれば、コントロールしきろうとする行為は「灰身滅智(けしんめっち)」と言います。欲望の種を滅することは自らの身を灰にまで焼き滅するようなものだというのです。
 東洋思想の見方の一面からは、これがまさに自殺行為と言ってもよいものととらえられているのは面白いことです(実際、生殖を止める行為でもあるから、生物種としてはゆるやかに滅亡の道をたどることになります)。
 重要な機能でありながらバグのようでもあるこの「弱み」を、外部から適度なゆるやかさでコントロールすべく当てたバッチ(プログラムを修正するデータ)が、社会道徳であったり、宗教的倫理であったりします。
そう考えると、人間をめぐるさまざまな現象のつじつまが合います。

空気を読む脳 講談社 (2020/2/20)
P194

空気を読む脳 (講談社+α新書)

空気を読む脳 (講談社+α新書)

  • 作者: 中野信子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/02/20
  • メディア: Kindle版

鹿児島県 霧島連山

時代が哲学を創る

おそれやおののきや不安が人間の心にわだかまることをヘーゲルとて否定はしない。しかし、それらは、人間の意識の全体から見れば、感情という低い次元に位置づけられるもので、個としての人間も、社会的存在としての人間も、そうした感情を克服することによって精神的な成長を遂げていく。キルケゴールは意識のそうした位階制に異を唱え、ヘーゲルが低次元とする感情のうちにこそ崇高な宗教性が宿ると考え、そこに人間心理の真実をうかがおうとする。
ちなみに、「不安」は、二十世紀に至って、ハイデガーやサルトルが人間存在の根底をなす心事としてふたたび大きくとりあげる。
この二人にとっては、社会のうちに安定した生活の場を見いだすヘーゲルの個人よりも、つねに不安と背中合わせに生きているキルケゴールの孤独な個人のほうが、親近に感じられたのである。

新しいヘーゲル
長谷川 宏(著)
講談社 (1997/5/20)
P175

新しいヘーゲル (講談社現代新書)

新しいヘーゲル (講談社現代新書)

  • 作者: 長谷川 宏
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1997/05/20
  • メディア: 新書

 

鹿児島県 霧島連山

志の至ると至らざる

P58
  有智高才を用いず、霊利聡明によらぬは、まことの学道なり。
あやまりて盲聾痴人のごとくなれとすゝむるは非なり。
学道は是れ全く多聞高才を用いぬ故に、下根劣器と嫌ふべからず。
誠の学道はやすかるべきなり。

然あれども大宋国の叢林にも、一師の会下の数百千人の中に、まことの得道得法の人はわづかに一人二人なり。
然あれば故実用心もあるべきなり。
今ま是を案ずるに志の至ると至らざるとなり。真実の志を発して随分に参学する人、得ずと云ふことなきなり。

真実には、今日今時こそかくのごとく世間の事をも仏道の事をも思へ、今夜明日よりいかなる重病をも受て、東西をも弁へぬ重苦の身となり、
亦いかなる鬼神の怨害をもうけて頓死をもし、いかなる賊難にもあひ怨敵も出来て殺害奪命せらるゝこともやあらんずらん。
実に不定なり。

然あればこれほどにあだなる世に、極て不定なる死期をいつまで命ちながらゆべきとて、種種の活計を案じ、剰さへ他人のために悪をたくみ思て、いたづらに時光を過すこと、
極めておろかなる事なり。

 

此の道理真実なればこそ、仏も是れを衆生の為に説きたまひ、祖師の普説法語にも此の道理のみを説る。
今の上堂請益等にも、無上迅速生死事大と云ふなり。
返返(かえすがえす)も此の道理を心にわすれずして、只今日今時ばかりと思ふて時光をうしなはず、学道に心をいるべきなり。
其の後は真実にやすきなり。性の上下と根の利鈍は全く論ずべからざるなり。

懐奘 (編集), 和辻 哲郎
正法眼蔵随聞記
岩波書店; 改版版 (1982/01)

正法眼蔵随聞記 (岩波文庫)

正法眼蔵随聞記 (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2021/07/20
  • メディア: 文庫

 

鹿児島県 霧島連山

ニヒリズム

  ニヒリズムという用語は日本語では虚無主義と訳されていることが多い。ニヒルはラテン語で無という意味であり、絶対価値や真理などないという立場がニヒリズムだ。
~中略~
現代人の絶対価値は金銭と利潤である。人間はどこかに絶対価値を見出していないと不安で耐えられないのだ。
 十九世紀までの西欧での絶対価値と真理はキリスト教道徳だった。しかしニーチェは、キリスト教道徳はありもしない価値観を信じ込ませる宗教だ解釈したのだ。その道徳は本物ではない。生きている人間のためではないと考えた。
 では、近代の金銭や利潤は現代の新しい絶対価値だろうか。ニーチェは、これを神の代替物としての価値だとした。
つまり、ニヒリズムから逃げるための新しいニヒリズムだと批判したのである。

超訳 ニーチェの言葉
白取 春彦 (翻訳)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/1/12)
はじめに

超訳 ニーチェの言葉 (ディスカヴァークラシックシリーズ)

超訳 ニーチェの言葉 (ディスカヴァークラシックシリーズ)

  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2010/01/12
  • メディア: 単行本

 

鹿児島県 霧島連山

悪神をも和め祭る


   交戦国が戦争やその責任者について見方を異にするのは当然です。判断は一致しません。
降伏意志をすでに示した国に原爆投下を命じたアメリカ大統領こそ戦犯だと私は思いますが、米国は勝利し罪は問われません。非人道的な無差別爆撃をしながら戦死した米兵も米軍墓地に祀られているでしょう。だがたとえそうした人の名が刻まれていようと、アーリントン国立墓地への日本の首相の献花は当然だと私は信じます。
 なぜか、政治と宗教は次元が違うからです。
 二〇一四年は第一次世界大戦勃発の百周年ですが、英仏では軍紀違反で銃殺した自国の千名を越す兵士たちも「苛烈な戦闘におとらぬ過酷な軍紀の犠牲者」として「国民の歴史的記憶のなかに迎え入れるべきである」(ジョスパン)という処置がとられました。(「ル・モンド」二〇一三年十一月九日)。軍法会議の結果、銃殺に処せられた兵士たちを許すことに当初反対したサルコジたち政治家も後には同意したということです。
 死者は区別せずにひとしく祀るのがいいのです。そのことをはっきり信条としているのが神道で、この宗教では善人も悪人も神になります。
「善神(よきかみ)にこひねぎ・・・。悪神(あしきかみ)をも和(なご)め祭」ると本居宣長は「直毘霊(なおびのみたま)」で説明しています。


日本人に生まれて、まあよかった
平川 祐弘 (著)
新潮社 (2014/5/16)
P80

日本人に生まれて、まあよかった (新潮新書)

日本人に生まれて、まあよかった (新潮新書)

  • 作者: 平川 祐弘
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/05/16
  • メディア: 新書


鹿児島県 霧島連山

原理主義は危険

憲法改正の問題にふれると、必ず反戦論者の矢内原(やないはら)門下から苦情が出ますから、まず一言いたします。
戦後の初代の東大教養学部長であり、次に東大総長となった矢内原忠雄の感化が強かった東大駒場キャンパスでは、敗戦直後から一九六八年までの間、内村・南原・矢内原系の、教会制度によらず聖書のみを信仰のよりどころにする無教会キリスト教の存在感は一頭地を抜いていました。
内村鑑三は日露戦争に際して非戦論を唱えた人で、矢内原忠雄は一九三七年、日本軍部の戦争政策を批判して教授の職を追われた人です。その人たちは絶対平和主義、無抵抗主義を唱えました。
 しかしその派の教授・助教授が大学紛争に際して平常心をなくし、中にはゲバ棒をふるう連中を支持する学生部職員の助教授も出るに及んで―今の皆さんは喜劇的とお考えでしょうが、しかしその助教授の子息は一旦は学生闘争にのめり込んだ挙句自殺してしまったのだから悲劇的と呼ぶべきでしょう―、紛争後はその派の影響力はとみに弱くなりました。

 しかし大学の新入生の中には宗教に救いを求めるタイプの若者が毎年必ずいるのです。
人間は安心してそれに頼れる価値の体系を求めます。
それがあるいはマルクシズムであったり、クリスチャニズムであったり、真理教であったりする。~中略~ そうした純粋というかナイーヴな人は、無教会キリスト教という窓口がなくなったあとの紛争後は、原理(統一教会)などの新興宗教にはまる者も次々と出ました。
 彼らの中のある者はカルト集団の手先となってビラを配り、学生部長室に押しかけては大声をあげたが、そのさまはかつての全共闘の学生や民青同盟の男女とそっくりでした。その種の若者のある者はしまいにはオウムにんまで突き進んだらしい。「南原・矢内原・麻原か」という溜息が洩れました。
 しかしそのことから逆にいえることは、無教会という集団で一時期声高に叫んだ絶対平和主義もまた所詮カルトの要素を含んだ宗教運動だったのではないかということです。
もちろん人間観とか神観とかは全く違うものでしょうが、あの吊り上った眼、思い上がった自己正義化、他人に耳をかさぬ態度など、現象面共通性を指摘されるとなるほどとうなずける節がないわけではありません。


日本人に生まれて、まあよかった
平川 祐弘 (著)
新潮社 (2014/5/16)
P41

日本人に生まれて、まあよかった (新潮新書)

日本人に生まれて、まあよかった (新潮新書)

  • 作者: 平川 祐弘
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/05/16
  • メディア: 新書


 

【浜田彦蔵】(一八三七~一八七九)―文明―

 其(その)流派に辟(へき)する人に於てハ、無智無学の人よりも、国の為に大害を生することしるへし。
~中略~
 はじめ彦蔵は文明国アメリカに心酔したが、南北戦争のすさまじい殺戮に衝撃をうけた。
なぜこうなるのか。<学流の相違、宗門の論より、万国にて国乱を起すこと古(いにしえ)より少なからす>といい冒頭のように述べた。
本来、人を幸せにするはずの政治や宗教への過剰なこだわりが戦争の原因になっている。彼はそれに気づいた。

日本人の叡智
磯田 道史 (著)
新潮社 (2011/04)
P102

 

日本人の叡智 (新潮新書)

日本人の叡智 (新潮新書)

  • 作者: 道史, 磯田
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/04/16
  • メディア: 単行本


鹿児島県 霧島連山

天地自然の理

草木纔( わずか )に零落すれば、便ち萌頴( えい )を根底に露す。
時序凝寒と雖( いえど )も、終( つい )に陽気を飛灰( ひかい )に回( かえ )す。
粛殺の中に、生々の意あり、常にこれが主となる。
即ちこれ以って天地の心を見るべし。
            洪自誠

   守屋 洋 (著), 守屋淳 (著)

   菜根譚の名言 ベスト100

    PHP研究所 (2007/7/14)

   P151

 草木が枯れ出すこれ、根もとにはすでに新しい芽生えが始まっている。 凍てつく寒さが来れば、陽気の訪れも遠くない。 ものみな枯れはてたなかにも、常に生き生きとした生命が宿っている。 これこそが自然の心にほかならない。

菜根譚の名言 ベスト100

菜根譚の名言 ベスト100

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2013/02/01
  • メディア: Kindle版

 

衰颯( すいさつ )の景象は、就( すなわ )ち盛満の中に在り。


発生の機緘( きかん )は、即ち零落の内に在り。


故に君子は安きに居りては、宜しく一心を操( と )りて以って患( わざわい )を慮( おもんばか )るべく、


変に処しては、当に百忍を堅くして以って成るを図るべし。


      洪自誠 
             守屋 洋 (著), 守屋淳 (著)
           菜根譚の名言 ベスト100
           PHP研究所 (2007/7/14)

                P207

下り坂に向かう兆しは最盛期に現れ、新しいものの胎動は衰退の極に生じる。
順調な時はいっそう気持ちを引き締めて異変に備え、難関にさしかかったときはひたすらに耐え忍んで初志を貫徹しなければならない。

菜根譚の名言 ベスト100

菜根譚の名言 ベスト100

  • 作者: 守屋 洋
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2007/07/14
  • メディア: 新書


 

  天理にかなうものは必ず興る、策智を用いてはならない。

横井小楠―維新の青写真を描いた男
徳永 洋 (著)
新潮社 (2005/01)
P70

横井小楠―維新の青写真を描いた男 (新潮新書)

横井小楠―維新の青写真を描いた男 (新潮新書)

  • 作者: 徳永 洋
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/01/01
  • メディア: 新書


P93
「日本書紀」の「神代巻(じんだいのまき)には、(伊弉諾(いざなぎ)が死んで黄泉の国へ行った亡妻の伊弉冉(いざなみ)を訪ね、その腐敗したさまを目にして驚いて逃げようとすると追いかけられ、この世とあの世の境界の黄泉平坂(よもつひらさか)までたどり着いたときに)「伊弉冉(いざなみ)が「私は、あなたが統治している民千人を殺す」と口走ると、伊弉諾(いざなぎ)は「それなら、私は民に千五百人を生ませよう」と応じた」(中略)と書かれている。
 伊弉諾、伊弉冉の両神は陰陽の神であり、天と地の間には「生む」と「殺す」の二つが存在しているということを知らないといけない。今日、何をするにも、この道理を手本にしている。
万物は「一理」(一つの道理)で貫かれており、それらの間には「軽重」(優勝劣敗)とでも呼ぶべき序列が存在する。その序列を崩さないことが大事である。天地の間で起きているさまざまな出来事や現象は、そういった道理で見なければならない。
つまり、強いものが勝ち、弱い者が負けるのは、自然の道理だということなのだ。
 身近な例で知ろうとするなら、鳥獣を観察することだ。猛禽(もうきん)類の鷲(わし)や熊鷹(くまたか)は、いろいろな鳥だけでなく家畜も襲って食べる。また鵜(う)や鷺(さぎ)は、魚などを取って食べる。 ~中略~ 
こうした行為を「殺生」と見るか、「天道流行(てんとうりゅうこう)」(天の道理が行われている)と見るか。
 私がいいたいのは、宗教の戒律も天の道理(天理)を知らないと保たれないということだ。

P95
 天の道理とは、万物を生み、生まれたものが別の生まれたものを養い、あるいは生まれたものが別に生まれたものを食べてしまうことである。

石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)
石田梅岩 (著), 城島明彦 (翻訳)
致知出版社 (2016/9/29)

石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)

石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)

  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2016/09/29
  • メディア: 単行本

P25
 三 神々のわざは摂理にみちており、運命のわざは自然を離れては存在せず、また摂理に支配される事柄とも織り合わされ、組み合わされずにはいない。

すべてはかしこから流れ出るのである。さらにまた必然ということもあり、全宇宙―君はその宇宙の一部なのだ―の利益ということもある。
しかし自然のあらゆる部分にとって、宇宙の自然のもたらすものは善であり、その保存に役立つものである。
宇宙を保存するのは元素の変化であり、またこれらによって構成されるものの変化である。もし以上が信条(ドグマ)であるとするならば、これをもって自ら足れりとせよ。書物にたいする君の渇きは捨てるがいい。そのためにぶつぶついいながら死ぬことのないように、かえって快活に、真実に、そして心から神々に感謝しつつ死ぬことができるように。


P93
 一 普遍的物質は従順にして柔靱(じゅうじん)である。これを支配する理性はなんら悪事を働く動機を自分自身の中に蔵していない。
なぜならそれは悪意をいだかず、悪事を働はず、何ものもそれによって損なわれない。万物はこの理性に従って生成し、完成する。


P128
 四一 「たとえ私と私の二人の子供が神々から見棄てられたとしても、これにもまた道理があるのだ(38)。」

マルクス・アウレーリウス 自省録
神谷 美恵子 (著)
岩波書店 (2007/2/16)

マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫)

マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫)

  • 作者: 神谷 美恵子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/12/18
  • メディア: Kindle版
鹿児島県 霧島連山