九 孔子曰く、生まれながらにしてこれを知る者は上なり。
学びてこれを知る者は次なり。
困( くる )しみてこれを学ぶはまたその次なり。
困して学ばざるは、民にして斯( これ )を下と為す。
李氏篇
論語
孔子 ( 著 ), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P474
なすべきことをなす勇気と、
人の声に私心なく耳を傾ける謙虚さがあれば、
智恵はこんこんと湧き出てくるものです。
松下幸之助
大山 くまお (著)
名言力 人生を変えるためのすごい言葉
ソフトバンククリエイティブ (2009/6/16)
P55
「助言を容れざる者は度し難し」
「道理に耳を傾けざる者は、かならずや手きびしき仕返しをうけん」
フランクリン (著), 松本 慎一 (翻訳), 西川 正身 (翻訳)
フランクリン自伝
岩波書店 (1957/1/7)
P337
>>> ベンジャミン・フランクリン
二七 子曰わく、蓋( けだ )し知らずしてこれを作る者あらん。
我はこれなきなり。多く聞き、その善き者を択( えら )びてこれに従い、多く見、これを識( しる )すは、知れるの次なり。
~中略~
先生がいわれた。
「世の中には知っていないのに創作するものがあるようだ。自分はそういうことはしない。
自分はできるだけ多くの人から聞いて、その中から善いものを選び出してそれにしたがう。また、できるだけ多くの本を読み、その中から善いところをぬいて、これを記憶する。
これは知っているとはいえないが、それに次ぐ段階だ」
述而篇
論語
孔子 (著), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P201
自分がいくらよい考えであり優れた案であると思っても、相手が受け入れてくれなかったのでは、まさに机上の空論に終わってしまう。
有効性のある助言をしてその説得に成功するためには、まず相手のいうことをよく聞くことである。そのようなときは、最後に一言か二言の意見をいっただけで、「今日は有益な話をしていただいた」などといわれて感謝される。
超説得力
山崎 武也 (著)
講談社 (2003/11)
P97
人は最も当に口を慎むべし。
口の職は二用を兼ぬ。言語を出だし、飲食を納るる是なり。
言語を慎しまざれば、以て禍を速( まね )くに足り、
飲食を慎しまざれば、以て病を致すにたる。
諺に言う、禍は口より出で、病は口より入ると。
「言志録」第一八九条
佐藤 一斎 著
岬龍 一郎 編訳
現代語抄訳 言志四録
PHP研究所(2005/5/26)
P72
処世接物の綱領
一、常に愛国忠君の気持ちを厚く持ち、公に奉ずることを忘れてはならない。
一、言葉は真心を込め、行いは慎み深く、事を取りさばき、人に接するには必ず誠意を持って臨め。
一、交わってためになる友を近づけ、損になる友を遠ざけ、かりそめにも己にへつらう者を友としてはならない。
一、人に接するには、必ず深い敬意を持ってせよ。宴楽遊興の時であっても、敬意と礼を失ってはならない。
一、そもそも事を成し、物に接するには、必ず「満身の精神」を持ってせよ。ささいな事であっても、いい加減に扱ってはならない。
一、富貴に驕ってはならない。貧賤を憂えてはならない。ただ知識を磨き、徳を高めて、真の幸福を求めようとすること。
一、言葉は禍福ともに引き起こす入り口のようなものだ。ほんのちょっとした言葉であっても、軽率に口にしてはならない。
渋沢栄一
山本 眞功 (監修)
商家の家訓―商いの知恵と掟
青春出版社 (2005/12)
P175
口舌は実に禍の起こる門でもあるが、また福祉の生ずる門でもある。
ゆえに福祉の来るためには、多弁あえて悪いとは言われぬが、禍の起こる所に向かっては言語を慎まねばならぬ。
片言隻語といえども、決してこれを妄りにせず、禍福の分る所を考えてするということは、何人にとっても忘れてはならぬ心得であろうと思う。
常識と習慣
渋沢栄一 (著)
論語と算盤
角川学芸出版 (2008/10/25)
P 97
自分が信じぬことは言わず、
知った以上は必ず行なうという念が強くなれば、
自然に言語は寡黙になり、
行為は敏捷になるものである。
「渋沢栄一訓言集」立志と修養
渋澤 健 (著)
巨人・渋沢栄一の「富を築く100の教え」
講談社 (2007/4/19)
P60
穏やかな気持ちにでいれば、おのずと徳が身につき、健康になる。
しゃべりすぎの人はいつも心が乱れるゆえに、徳を損ない、健康を損なう。
徳を損なうということと健康を損なうということは、同じものである。
養生訓 現代文
貝原 益軒 (著) , 森下 雅之 (翻訳)
原書房 (2002/05)
P41
二二 子曰わく、古の者( ひと )の言を出ださざるは、躬( み )の逮( およ )ばざらんことを恥ずれなばり。
~中略~
先生がいわれた。
「昔の人が口数が少なかったのは、実行がことばどおりにゆかないことを気にしたからである」
里仁篇
論語
P107
沈黙の美徳を身につけることは難しい。生まれつきの無口は弱点と言えるかもしれないが、私がここで言っている無口とは、計り知れないほど価値のある修得された能力のことである。
トマス・ブラウン卿は、二つのタイプの無口の差異を明確にし、次のように述べた。
「沈黙は愚か者の智恵であると思うなかれ。時宜を得た沈黙は弱点ではなく、寡黙の美徳を持つ賢者の名誉となる」。
寡黙の美徳とは、すなわちカーライルの言う「沈黙を守る偉大な天分」である。
平静の心―オスラー博士講演集
ウィリアム・オスラー (著), William Osler (著), 日野原 重明 (翻訳), 仁木 久恵 (翻訳)
医学書院; 新訂増補版 (2003/9/1)
P190
【島井宗室】(一五三九~一六一五)―不言―
口がましく、言葉おゝき人は、人のきらう事候。我がためにもならぬ物ニ候。
~中略~
しかし、その秀吉に堂々と朝鮮出兵の非を説き、逆鱗にふれながら、やりすごし、ついに生命と財産を保った男がいる。博多商人・島井宗室である。
処世と言えば彼ほどの処世もない。島井は死に臨んで、自分の処世術のすべてを一七カ条の「遺言状」に書き残し、後継者に伝えている。(田中健夫「島井宗室」)。
冒頭の言葉はその第一条の一節。口は災いの元というが、厳しい世を生き抜くには口をつぐみ「人をうやまいへりくだり、いんぎん」にすることがこんこんと説かれる。
「以来、証跡(しょうぜき)に成候事ハ、人之尋(たずね)候共、申まじく」と、あとで証拠になりそうなことは人に語らない。
「人の褒貶、中言(告げ口)などハ、人の申候共、返事も耳にもきゝ入るまじく」、他人の善悪にかかわる噂話は聞かないように、と説く。
日本人の叡智
磯田 道史 (著)
新潮社 (2011/04)
P22
二九 道を行ふ者は、固より困厄に逢ふものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の成否身の死生抔(など)に、少しも関係せぬもの也。
事には上手下手有り、物には出来る人出来ざる人有るより、自然心を動かす人も有れども、人は道を行ふものゆゑ、道を踏むには上手下手も無く、出来ざる人も無し。
故に只管(ひたす)ら道を行ひ道を楽しみ、若し艱難に逢ふて之れを凌がんとならば、弥弥(いよいよ)道を行ひ楽しむ可し。
予壮年より艱難と云ふ艱難に罹りしゆゑ、今はどんな事に出会ふとも、動揺は致すまじ、夫れだけは仕合せ也。
西郷隆盛「南洲翁遺訓」―ビキナーズ日本の思想
西郷 隆盛 (著), 猪飼 隆明 (翻訳)
角川学芸出版 (2007/04)
P127
西郷隆盛「南洲翁遺訓」―ビキナーズ日本の思想 (角川ソフィア文庫)
二〇 子曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。
~中略~
先生がいわれた。
「 ものごとを理解する人は、これを愛好する人にかなわない。愛好する人は、楽しんで一体となっている人にかなわない 」
雍也篇
*伊藤仁斎は「 道を知るものは、義理明白で議論はきくべく、人は皆たっとぶけれども、これを好むものが、終身衰えず、いよいよ進み、いよいよ熟するのに及ばない。
これを好むものは人皆信ずるけれども、楽しむものが道とひとつになって、まったく区別できなくなるまで至っているのに及ばない。
道はひとつであるが、行うところ生熟・深浅がある。孔子のこのことばは、生より熟に至り、浅きより深きに至ることを望んでいるのである 」といったが、
これはもっとも本旨を得ている。
学問は愛知であり、対象と一体となることによって最高の境地に達するという、孔子の学問論の根本がここに述べられている。
論語
孔子 (著), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P165
少( しょう )にしてして学べば、即ち壮( そう )にして為すことあり。
壮にして学べば、即ち老いて衰えず。
老いて学べば、即ち死して朽ちず。
「 言志晩録」第六〇条
佐藤 一斎 著
岬龍 一郎 編訳
現代語抄訳 言志四録
PHP研究所
P1
老年となく青年となく、勉強の心を失って終えば、その人は到底進歩発達するものではない、
いかに多数でも時間の許す限り、たいていは面会することにしている。
「論語と算盤」常識と習慣
渋澤 健 (著)
巨人・渋沢栄一の「富を築く100の教え」
講談社 (2007/4/19)
P150
此の学は己れの為にす。
固( もと )より宜しく自得を尚( たっと )ぶべし。
駁雑( はくざつ )を以て粧飾と倣( な )すこと勿れ。
近時の学、殆ど謂わゆる他人の為に嫁衣装を倣すのみ。
「言志耋録」第一九条
佐藤 一斎 著
岬龍 一郎 編訳
現代語抄訳 言志四録
PHP研究所(2005/5/26)
P195
真の学問は、人の心の汚れを清めて行いをよくすること。
悪い学問は、博学の名誉を欲するために、ただ知識を詰め込むこと
近江聖人 中江藤樹 「翁問答」
P193
人の品行は高尚ならざるべからざる。
人の見識品行は玄理を談じて高尚なるべきにあらず、また聞見を博くするのみにて高尚なるべきに非ざるなり。
然らば則ち人の見識を高尚にしてその品行を提起するの法如何すべきや。
その要訣は事物の有様を比較して上流に向かい、自ら満足することなきの一事に在り。
福沢 諭吉 (著)
学問のすすめ
岩波書店; 改版版 (1978/01)
P127 学問のすゝめ 十二編
「世の中を見るに、諸芸をうり物にしたて、我身をうり物のように思ひ、諸道具につけてもうり物にこしらゆる心、花実の二ツにして、花よりもみの少なき所なり。
とりわけ此の兵法の道に、色をかざり、花をさかせて、術とてらひ、或は一道場或は二道場など云て、此道をおしへ、此道を習ひて、利を得んとおもふ事、誰か云、なまへいほう大疵のもと、まこと成るべし」
「一、兵法の道と云う事」
谷沢 永一 (著)
宮本武蔵 五輪書の読み方
幻冬舎 (2002/10)
P31
古人は道を学んで利を謀らず。
今人は書を読むも但名と財のためなり。
遍照発揮性霊集 巻第一
空海 人生の言葉
川辺 秀美 (著)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/12/11)
戒めの言葉五六
二五 子曰わく、古の学者は己れの為にし、今の学者は人の為にす。
~中略~
*今の学者は人のために勉強するとは、朱子の新注のように、人に名を知られるために勉強すると解するべきである。 現在の学者にとって、すこし耳が痛い教訓ではある。
憲問篇
論語
孔子 (著), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P407
学会を辞めた後に、どうして仏文学会はこんなにダメになってしまったのだろうと考えました。
博士課程の若い研究者たち、あるいはフランスに行って博士号を取って帰って来た人たちの発表を聞いて、知的な高揚感を覚えるということが全くなかった。さっぱりどきどきしてこない。
どうして、どきどきしてこないのか。たぶんこの人たちは、自分の業績をどんなふうに高く評価してもらうかということを考えて発表しているからだろうと思いました。
彼らは査読する人たち、自分の業績に点数をつける人たちに向かって発表しているんです。受験生が試験官を前にして、じぶんがどれくらい勉強してきたか、どれくらいものを知っているかを誇示するように。
でも、僕はそれは学問とは違うんじゃないかと思ったんです。
最終講義 生き延びるための七講
内田 樹 (著)
文藝春秋 (2015/6/10)
P51
最終講義 生き延びるための七講 (文春文庫 う 19-19)
[第百四十二]前略~
世捨て人の独身で何も持たないのが、いろいろ足手まといの多い人が何事にもへつらい、欲が深いのを見て、一途に軽蔑するのは、間違いだ。
その本人の身になって考えれば、いとしいと思う親のため、妻子のためには、真実、恥も忘れ、盗みもしそうなことである。それゆえ、(結果として)盗人をしばり、悪事だけを罰するよりは、(あらかじめ)世の人が飢えたり、寒い思いをしたりしないように、政治を行ってゆきたいものだ。
人間はちゃんとした貯え(財産)がないと、ぐらつかぬ心を持ち続けていることはできない。~後略
徒然草―現代語訳
吉田 兼好 (著), 川瀬 一馬
講談社 (1971/12)
P260
斉(せい)の管子の「衣食足りて礼節を知る」ということばがあるが、これは、法治主義の法家の思想だとされている。
孔子は顔淵のような特殊な人物や孔子の門下生は別として、一般の市民は、相当な生活水準を確保してやったうえではじめて教化が可能となると考えたので、その点では法家の思想とは対立しない。
子路篇
論語
孔子 (著), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P361
P119
一般に、意志力がすり減ると、欲求を抑えるのにとても苦労するようになり、その苦労のせいで正直さまでがすり減ってしまうのだ。
P121
消耗すると論理的思考力が多少低下すること、またそれとともに道徳的に行動する能力も衰えることがわかった。
P128
消耗を理解することで、自制が必要な状況(たとえば職場での退屈きわまりない仕事など)には、まだ消耗していない日中の早い時間に(できる限り)向き合うべきだとわかる。
ただしそう言われたからと言って、すぐにそのとおりにできるものではない。なぜならわたしたちをとり巻く商業的な力(酒場、オンラインショッピング、フェイスブック、ユーチューブ、オンラインゲームなどなど)は、誘惑と消耗の両方を糧にしているからだ。だからこそ、あれほど成功しているのだとも言える。
~中略~
近づきすぎて身動きがとれなくなる前に、欲求の引力から抜け出すのが得策だ。~中略~どうしても無理だという人は、誘惑と戦う能力を養ってもいい。100まで数える、歌を歌う、行動計画を立ててそれを守りとおすなど。
ずる―嘘とごまかしの行動経済学
ダン アリエリー (著), Dan Ariely (著), 櫻井 祐子 (翻訳)
早川書房 (2012/12/7)
六五 人間ぎらいの人たちが人間にたいしていだくような感情を君自身その人たちにたいして絶対にいだかぬように注意せよ。
マルクス・アウレーリウス 自省録
マルクス・アウレーリウス (著), 神谷 美恵子 (翻訳)
岩波書店 (1991/12/5)
P136
人生はそれほど長いものではない。夕方に死が訪れても何の不思議もない。
だから、わたしたちが何かをなすチャンスは、いつもこの瞬間にしかないのだ。
そして、その限られた時間の中で何かをなす以上、何かから離れたり、何かをきっぱりと捨てなくてはならない。
しかし、何を捨てようかと悩んだりする必要はない。懸命に行動しているうちに、不必要なものは自然と自分から離れていくからだ。
「悦ばしき知識」
超訳 ニーチェの言葉
白取 春彦 (翻訳)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/1/12)
039
二八 子曰わく、年寒くして、然る後、松柏の彫( しぼ )むに後( おく )るるを知る。
~中略~
先生がいわれた。
「 寒気のきびしい年になって、はじめて松と柏( ひのき )の葉がほかの樹木におくれて枯れ落ちることがわかる 」
*これは孔子が前四九七年から四八四年まで、十四の長期にわたる亡命の旅の終わりのころ発言したものにちがいない。
はじめはかなり多数にのぼった随従の弟子は、歯が抜けるように立ち去ってゆく。この寂しい境遇において、正面から去り行く弟子を非難せず、寒気のなかで最後まで緑を維持しながら、 ついに少しずつ枯れてゆく松柏の姿をもってみずからを象徴したのである。
口でりっぱな主義を主張し、高遠な理想を語る人々が、きびしい弾圧にあうとたちまち転向し、はては時局に迎合していったありさまを、私たちはいやというほど見せつけられた。
孔子のことばは、ほんとの信念を持つものと、そうでない口先だけの人間との差をみごとに表している。
子罕編
論語
孔子 (著), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P258
古代都市の城壁の外、つまり遠い郊外を野という、そこに住む人、つまり農民が野人の原義である。
論語
孔子 (著), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P164
また(住人注;宇和島のひとびとが「鬼北(きほく)とよんでいるこのあたりには)野々とつく地名も多い。
延(のび)野々、宮野々、藤野々、興(おき)野々といったぐあいである。これについては芝田さん(住人注;松野町の文化協会長の芝田敏夫氏)ははっきりしていて、その当時においてあらたに拓かれた水田耕作地のことを野々とよんだようです、と教えてくれた。
これらの地名は、戦国、豊臣期の文書や記録に出てくるから、それ以前に開拓されたものであろう。
ついでながら藤堂高虎が宇和島を領していたころ、高名な豪傑であった渡辺勘兵衛に対する知行目録に、おき(興)野々村、延野々村などが出てくる。おき野々が千四百三拾一石2升五合(「松野町誌」)とあるから相当な水田農村といっていい。
芝田氏によると、野々とつく水田村は山地でなく、広潤地にあるという。
このことは以下のことを想像させる。ふるい時代、山水を山田に受けて水田耕作していたのが、次第に排水土木の技術が普及したため、野の沼地、湿地などの悪水を排(は)かせて地を乾かし、水田に仕上げるようになったということであろう。全国的にみて室町期にそれが盛行したように思われる(加賀平野では低地武の新田化がおこなわれ、尾張平野では海にむかってさかんに干拓田がひろがった)。
松野あたりに「野々」ができてゆくのもそのころではないか。
街道をゆく (14)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1985/5/1)
P174