芝居の好きなものは芝居を観、角力(すもう)の好きな者は角力を観、盆栽いじり好きなものは盆栽をいじるが好いのである。
趣味は気を涵養して生気を与え、かつ順当に発動せしむるにおいて大有力なものである。
努力論
幸田 露伴 (著)
岩波書店; 改版 (2001/7/16)
P193
玄侑 涅槃図について私が感じるのは、マーヤ夫人が薬袋を投げていますよね。薬袋はたいてい赤で描かれていますが、この薬袋を投げてよこしたところが母親という存在なんだなと思うわけです。
おそらくもう助からないのに、薬袋を投げないではいられない。
こういう言い方をすると泰道先生(住人注;松原 泰道)にお叱りを受けるかもしれませんが、無駄な努力をするのが親だったりする。
無駄というのは、世間から評価されないことで、それでもやってしまうという愚かさが親という存在なのだと思います。
玄侑 宗久 (著)
多生の縁―玄侑宗久対談集
文藝春秋 (2007/1/10)
P142
父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章
フィリップ・チェスターフィールド (著), 竹内 均 (翻訳)
三笠書房 (2011/3/22)
P244
父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章 (知的生きかた文庫)
P97
よく「人間関係が悩みの種だ」と言いますよね。でもその言い方は、ブッダの考え方にてらせば、不正確なのです。
というのは、「感情に悩まされている」というのと、「相手とどう関わればいいのか」は、別の問題だからです。
「感情」という自分サイドの問題と、「相手との関わり方」を分けて考えましょう。
P103
とはいっても、「どうしても反応してしまう」という人は多いでしょう。ついカッとなってしまう。つい言い返したくなる―なんとか「反応しない」コツはないものか。
そこでお勧めできるのは、「心の半分を前に、もう半分を後ろに使う」という方法です。
まずは、心を「前と後ろ」に分けてください。目を閉じてみて、①前のほうを向く心と、②心の内側(奥・後ろ側)を見る心をイメージしてみるのです。
前を見る心は、そのまま相手を見ることに使います。反応はしません。「ただ理解する」という立場に立ちます。相手をただ見て、その言葉が理解できるかどうかだけが問題です。
相手の言うことがわかるなら、「わかります」。もしわからなければ、よく聞くか、「居間はわからない」と理解します。
「あの人が言っていることはまったくわからない!」と思うこともあるでしょう。ただ、日本語を話しているのなら、言葉としては理解できるはずです。
もしかしたら、そのわからなさは、自分自身が「理解を拒んでいる」ことにあるのかもしれません。「自分が正しい」という思い、「こうしてほしい」という相手への期待・要求、「そういえば、前にも同じことを言われた」といった過去への妄想が、アタマに渦を巻いていて、相手をありのままに、冷静に見ることができないのかもしれません。
「わかりたくもない!」相手もいますよね(親子や、相性の悪い上司などでしょうか)。 ただそういう相手に対してこそ、「反応しない」というクールな前提に立って、「言うことはわかります」「どうしたいのでしょうか(何を求めているのでしょうか)」という客観的な状態に立ってみるのです。
このとき、後ろ側(奥)にある心では、自分の「反応」を見ます。怒りを感じているか。過去を振り返っていないか、緊張や、相手への疑い・妄想が湧いていないか―。
そういう反応があること自体は、ふつうです。ただ、心の態度・心がけとして、つねに「心の後ろ半分は自分の心を見る」ことに使うのです。
禅の世界に「不動心」と呼ばれる心がありますが、これは、自分の心を見る、見張る努力によって、はじめて可能になるものです。 ~中略~ 心が動くのは当たり前。その動きつづける心を見張って、よく気づいて、それ以上の反応を止める。それが「不動心」の中身なのです。
P108
生きていれば、てごわく、厄介な相手にも、遭遇しますよね。
~中略~
「つい反応してしまう」状況にあってこそ、あえて大きく息を吸って、吐いて、覚悟を決めて、相手を「ただ理解する」ように努めましょう。そして、心のもう半分を、自分の内側の反応を見ることに使うのです。
反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
草薙龍瞬 (著)
KADOKAWA/中経出版 (2015/7/31)
【限定特典付き】 反応しない練習: あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
部下として部下目線で上司を見るのではなく、上司目線で自分を見てみること。
今の自分は上司の役に立っているのか?信頼されているか?相手の期待は何だ?それに応えているか?
頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法
田村耕太郎 (著)
朝日新聞出版 (2014/7/8)
P103
マイナスの感情が押し寄せてきたときに、その感情を尊重することも大切ではあるのです。自動回路によって心を動かされるとき、わたしはその感情を体験できたことを細胞に感謝し、それからおもむろに、思考を現在の瞬間に戻す選択をします。
回路を観察することと、回路に関与することのあいだの バランスが大切です。このバランスが治療には欠かせません。あらゆる感情を体験できる脳の能力には感謝していますが、特定の回路にどのくらい留まるかについては、気をつけないといけません。
感情をうまくコントロールするには、生理的なループがやって来たときは、それがもたらす感情にすべてを委(ゆだ)ねるのが一番。九〇秒間、その回路がやりたいようにさせればいいのです。子どもと同じで、感情は聞いてもらったり認めてもらったりすると収まるものです。
時間がたつと、こうした回路の強さと発生の頻度は弱まります。
奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき
ジル・ボルト テイラー (著), Jill Bolte Taylor (原著), 竹内 薫 (翻訳)
新潮社 (2012/3/28)
P254
「山是山、水是水(やまはこれやま、みずはこれみず)という禅語をご存じでしょうか。
山は山として、水は水として、おのおのその本文をまっとうしているという意味です。
山が水に対して「山になれ」と言うこともなければ、その逆もありません。自然の中では、両者がそれぞれあるがままの姿で存在し調和しています。
人間の社会も同じです。
怒らない 禅の作法
枡野 俊明 (著)
河出書房新社 (2016/4/6)
P39
P102
そもそも人は、持っている「脳」が違います。だから、考え方が異なるのは当然のことです。人は「相手は自分と同じ考えのはず(同じ考えを持てるはず)」と、心のどこかで思っているものですが、この期待・思い込みは
「妄想」でしかありません。
そのうえ「自分は正しい」という思いには”慢”(自分を認めさせようという欲)も、つねに働いています。だから異なる意見をぶつけられると、自分自身が否定された気がして、怒りで反応してしまいます。(だから自信がない人ほど怒りやすいのです)。
こうした精神状態は、妄想と慢という「非合理な発想」に囚われた状態です。リセットして、「正しい理解」に立ってみましょう。それは、「相手の反応と、自分の反応とは、まったく別物なのだ」という理解です。
相手と自分の反応を分けて考える。相手の反応は相手にゆだねる―これが、人間関係で悩まないための基本です。
P197
ブッダが教える"慈しみ"という大前提から始めるなら、「誰かの役に立とう」と考えることが基本になります。貢献すること。よきはたらきを果たすこと。
”慈しみ”という言葉が大きすぎるとしても、「貢献することが基本」という考え方は、多くの人が納得できるのではないでしょうか。
貢献という動機に立てば、「では、この場所で自分にできる役割は何だろう?」と最初に考えることになります。
P198
もし、かつて自分が目指した成功や勝利を手にしている人を見かけたら、「よく頑張ったんだな」と認めてあげましょう。
”悲の心”に立って、その人がどれだけ努力してきたかを感じとるのです。そのとき「敬意」が生まれます。
もし、相手に嫉妬めいた感情や、負い目を感じたら、考え方をこう切り換えてください。
「わたしには、違う役割があるのだな」
P200
人生は、根本的に、人によって違うのです。ならば、比較することは不可能です。
そうした、人によって異なる人生について、勝ち組だとか負け組だとか、優れているとか劣っているとか、相手は「持っている」のに、自分は「何かが欠けている」と考えているのは、まさに間違った「執着」「妄想」ゆえです。
「いったん目を閉じて」リセットするほうが、正解です。
反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
草薙龍瞬 (著)
KADOKAWA/中経出版 (2015/7/31)
【限定特典付き】 反応しない練習: あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
人は人、自分は自分。自分は自分なりに、せいいっぱいがんばって今日まで生きてきたはずである。そんな自分を自分なりに受け入れ、認めていれば、友の成功や幸せは大いに喜び、自分はみじめだなどと落ち込むことはなくなるはずだ。
精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術
保坂 隆 (著)
大和書房 (2011/6/10)
P112
精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術 (だいわ文庫)
人はその内よりしてこれをいうときは、天地をも籠蓋し古今をも包括しているものである。
天地は広大であるが人の心の中のものに過ぎぬ。古今は悠久であるがやはり人の心の中に存するものである。人の心は一切を容れて余りあるものである。
しかしその外よりしてこれをいうときは、人の天地の間にあるのは、大海の一滴の如く大砂漠の一砂粒の如きものであり、また人の古今の間にあるのは、天空の一塵の如く大河の―浮漚 (ふおう)の如きものである。
人は空間と時間との中の一の幺微 なるものに過ぎぬのである。
四季と一身と(明治四十四年六月)
努力論
幸田 露伴 (著)
岩波書店; 改版 (2001/7/16)
P123
P247
いずれの場合も、かならずしも意識しているとはかぎらないが、わたしたちはこうした選択肢を残すためにほかの何かを手放している。
たとえば、必要以上に高性能のコンピュータや、無駄な保証のついたステレオを大金をはたいて買うはめになる。
子どもの習いごとの場合、こどもにさまざまな活動を少しずつでも経験させようとするあまり、子どもと自分の時間を―そして、子どもがひとつのことにほんとうに秀でる機会を―手放している。
P259
わたしたちは、扉を開けおきたいという不合理な衝動を抱えている。人間はそのようにできている。
しかし、だからといって扉を閉じる努力などしないほうがいいというわけではない。
予想どおりに不合理[増補版]
ダン アリエリー (著), Dan Ariely (著), 熊谷 淳子 (翻訳)
早川書房; 増補版版 (2010/10/22)
予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版
自分の力の四分の三ほどの力で、作品なり仕事なりを完成させるくらいがちょうどいいものが出来上がる。
全力量を用い精魂を傾けて仕上げたものは、なんとも重苦しい印象があり、緊張を強いるものだからだ。
それは一種の不快さと濁った興奮を与えることをまぬかれない。しかも、それにたずさわった人間の臭みというものがどこかついてまわる。
「人間的な、あまりに人間的な」
超訳 ニーチェの言葉
白取 春彦 (翻訳)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/1/12)
191
いつも完全無欠を求めていると疲れるものである。最上を求めるのはしかたないかもしれないが、自分が多少とも気にいることがあれば、それでもいいのではないだろうか。
養生訓 現代文
貝原 益軒 (著) , 森下 雅之 (翻訳)
原書房 (2002/05)
P49
澄む気を養い得て已まざれば、終に冴ゆる気に至る。
冴ゆる気に至れば気漸く化して神ならんとするのである。
冴ゆる気になれば、気象玄妙、神理幽微、予輩ただ教を外に受けて証を内に全うせざる者は 兌(だ) を塞ぎ 坤(こん) に居るべきのみであるからしばらく擱(お)きて言わぬ。
ただ張る気を以て芸術に従事するする者は、時に澄む気の閃光を示し、而してその芸術の進境を示すが、凝る気で芸術に従事するものは決して澄む気の象(かたち)を視(しめ)さぬということだけをここに言えば足りる。
張る気で芸術に従事すれば仮令(たとい)その人が鈍根なるにせよ、時日を経るに随いて遅々ながらも進歩する。またあるいは一進一止するにせよ、時に進境あるを思わしむるの痕を示す。
しかし凝る気で従事するものは、その絹紙筆墨を費すや甚大甚夥なるも、畢(つい)に繋がれたる馬の一つの柱を遶り、籠められたる猿の六つの窓に忙しげなると同様に何の進境も示さぬものである。
(明治四十五年七月)
努力論
幸田 露伴 (著)
岩波書店; 改版 (2001/7/16)
P243
P35
マックドゥーガル教授(1871~1938)もいっているように、
「本能的な衝動が、あらゆる活動の目的を決定し、またあらゆる精神活動に必要な推進力を供給するのである。」
そして最後に、無意識は、肉体的機能を監視する役割をはたす。消化・吸収・血液循環・肺・腎臓・その他さまざまな器官の働きが、無意識の作用で調整されている。
人間の身体は、時計みたいに、一度ぜんまいを巻いておけば自然に動くというものではない。複雑をきわめる肉体的機能のすべてが、精神によって監視されているのである。
しかし、この場合の精神は知性でなくて、無意識をさす。
自己暗示の基本法則
P42
無意識的自己暗示
「意識に入ってくる考えは、無意識によって受けいれられたら、必ず現実に変わり、今後の生活のなかで永続的な要素となる」
~中略~
要約すると、自己暗示の過程は、
(1)考えを受けいれ、
(2)その考えを現実に変える、
という二つの段階からなっている。
そしてこの二つの作用をおこなうのは無意識なのである。
C.H.ブルックス、E.クーエ (著), 河野 徹 (翻訳)
自己暗示
法政大学出版局; 新装版版 (2010/1/14)
君の身体と心の中には無自覚の部分がある。
その闇の領域から無意識的な衝動エネルギーがこみ上げる。
その衝動によって、知らぬうちに意識が走り出す。
それによって、身体と心のネットワークが動き始める。
それによって、眼・耳・鼻・舌・身・意の六つの門から次に何を感じるかが決まる。
それによって、無自覚的に感覚器官に情報がどんどん飛び込む。
その情報を処理して、快楽と不快という脳内信号が生じる。
快と不快に無自覚なことによって、
「快→欲望」「不快→怒り」という反応が生じる。
その反応に無自覚なことによって、反応がパターン化して執着と化す。
自分の反応パターンに無自覚なことによって、特定のパターンが君を支配して
「アイデンティティ」という幻覚をつくる。
そのかたくななエネルギーが新たな君を生み出し、その君がまた老い、やがて死に、ありとあらゆる苦しみを連鎖する。
長部経典「大念処経」
超訳 ブッダの言葉
小池 龍之介 (著)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2011/2/20)
一八〇
二者択一の決断をするときは意識を働かせ、状況のプラスとマイナスについて冷静に理性的な判断をおこなう。だが、選択がもっと複雑な場合は、意識の力を眠らせて、無意識を働かせる。
その科学が成功を決める
リチャード ワイズマン (著), Richard Wiseman (原著), 木村 博江 (翻訳)
文藝春秋 (2012/9/4)
P254
意識とは、自分が何かを経験しているということを認識し、自分が何かを感じていることを認識し、自分が何かを認識しているということを認識する行為です。いま、みなさんは、自身が本を読んでいることを認識しているでしょう。
意識があるおかげで、人は快楽の上位概念として「幸せ」を感じることができます。が、一方で不快の上位概念として「不幸」を感じます。
はじめは、生存に有利な環境を見出すために必要だったであろうシステムが、自身を苦しめるものになってしまうわけです。
「不幸」を感じて、あるいは予測される「不幸」のために、自ら命を絶つ個体も存在します。さらに、個体として快を優先する(不快を回避する)ために、子孫を残さない個体も生じています。
このような個体が少なくない数で存在するのは人に特徴的な傾向で、脳に意識というシステムがあることがその第一にの原因であると言えるでしょう。
脳はどこまでコントロールできるか?
中野 信子 (著)
ベストセラーズ (2014/8/19)
P220
人が眠っている間、意識はお休みをしていてあまり活動をしていませんが、無意識の部分は、しっかりと夢を見ていて、日中に起こった出来事を処理できるよう働き続けているのです。
読書の皆さんは、何らかの問題に取り組むアドバイスとして、「一晩寝かせなさい」という表現を聞いたことがあるでしょう。この言い回しは理に適っています。なぜなら、無意識は物事を違った角度から見る助けになるからです。
無意識は、また心の癖の多くが作用するところでもあります。
~中略~
これらの無意識のスキルは、落ち込んだり、ストレスで参ってしまったり、怯えたり、希望を失ってしまったりと、自分に害をもたらしてしまうスキルでもあることもあります。
また逆に、やる気を起こしたり、リラックスしたり、もっと自信や希望にあふれることができるスキルでもあります。
望む人生を手に入れよう―NLPの生みの親バンドラーが語る 今すぐ人生を好転させ真の成功者になる25の秘訣
リチャード バンドラー (著), Richard Bandler (原著),白石 由利奈 (翻訳),& 1 その他
エル書房 (2011/6/1)
P51
望む人生を手に入れよう―NLPの生みの親バンドラーが語る 今すぐ人生を好転させ真の成功者になる25の秘訣
チャンスとは、言い方を変えると、毎日の地道な努力を怠らない人だけが気づくことができるもの、といえるのではないでしょうか。さらに、チャンスに気づいたとしても、次の行動を起せるか起せないか、ということも大きな分かれ目になります。
桃はすぐに川下に流れていってしまいます。チャンスもまた、「幸運の女神の後ろ髪」と同じです。前髪をつかみ損ねてしまうと、後ろ髪はつかもうとしてもそこにはない。二度と自分の手に入らない、元には戻せない「失われた機会」なのです。
一流の男は「気働き」で決める
高野 登 (著)
かんき出版 (2014/4/23)
P129
精神的なスランプからは、なかなか抜け出すことができない。
根本的な原因は、食事や睡眠のような基本的なことにあるのに、
それ以外のところから原因を探してしまうからだ。
落合博満 「コーチング」
大山 くまお (著)
名言力 人生を変えるためのすごい言葉
ソフトバンククリエイティブ (2009/6/16)
P41
スランプとは、自分の努力に見合っただけの成果が得られないと感じるときに起こるものですから、むしろ、頑張っている証拠だと喜んだ方がいい。
言わば、「スランプおめでとう!」なのです。
ですから、スランプが訪れたら、受験勉強であれば、まずは「一人前の受験生になった」、仕事ならば「一応、一人前の営業マンになった」と認識するといいと思います。
逆に言うと、努力していない人には絶対にスランプは来ない、ということをちゃんと理解しておいた方がいいですね。
もう一つ、スランプというのは、壁にぶち当たっている状態なわけですから、その壁を乗り越えるという経験ができます。
~中略~
そういう意味でも、失敗やスランプはネガティブに捉える必要は全くない。自分が成長できる場を与えてもらえたと考えるといいのです。
~中略~
スランプに陥ると、どうしてもネガティブな妄想が広がってしまいます。けれども、結局それはあくまで「妄想」であり、自分の頭の中で作りあげているに過ぎないのです。
~中略~
間違えてはいけないのは、こうしたことをすることによって、「自分がいかに小さいかを知るといい」と言われがちですが、そうではありません。
自分が小さいのではなく、自分の悩みが小さいんだということを認識できるようにするのです。
“司法試験流” 知的生産術
伊藤 真 (その他), 野田 稔 (その他)
NHK出版 (2012/1/25)
P78
“司法試験流” 知的生産術 2012年2月 (仕事学のすすめ)