2026年2月24日火曜日

四季に順応して、自身を処理する

P129
もし植物や家畜において四季の作用することが甚大甚深であり、かつその作用に順応しまたはこれを利用することが、有利でかつ有益であることを認めたならば、人類もまた天地の外に立ち日月の照らさざるところに居るものでない以上は、 他の動物や植物と同じく四季の作用を受けて居る道理であるから、詳しく四季の我に作用する所以を考えて、これに順応しあるいはこれを利用するのが、有理の事であり有益の事であろうではないか。
自意識の旺盛なるために一切我より出ずとなして居るのは、自己の掌を以て自己の眼を掩(おお)うて居るが如き状がありはせぬか。
人類の他物に比して優秀なるは、疑いもなくその自意識の旺盛なる点にもあるが、自意識の旺盛なるのみで一切の事が了しているのではない。

太陽の熱は自意識の旺盛なものにも無意識のものにも同様に加被して居るのである。四季の准看は一切の物の上に平意識の旺盛なるままに、自然が我に加うる所以のものが存することを忘れて居るのは、観察の智が不円満であるとせねばならぬ。
~中略~
 果たして然らば、吾人は四季の吾人に対して与うるところのものに順応して吾人自身を処理するのが、至当でありかつまた至妙であるに相違ない。
是の如き道理で、吾人は春が吾人に何様いうことを為さしむるべくあるか、また夏や秋冬が何様いうことを為さしむるべくあるかという事を考察して、そしてこれに順応して、自身を処理するにある調摂を取って行きたいと考える。

(明治四十四年六月) 

努力論
幸田 露伴 (著)
岩波書店; 改版 (2001/7/16)

努力論 (岩波文庫 緑 12-3)

努力論 (岩波文庫 緑 12-3)

  • 作者: 幸田 露伴
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2001/07/16
  • メディア: 文庫

 

「どの人間の生にも春夏秋冬はある」
 と、彼の師の松陰が言ったことがある。幼少で死ぬ者もそれなりに春夏秋冬があり、長寿をえて死ぬ者も同様であり、春夏秋冬があることは人生の長短とかかわりがない。
ゆえに自分が短命におわることにすこしも悔いもない、とは松陰がみずからに言いきかせた言葉だが、晋作の人生の晩秋はみじかかった。

世に棲む日日〈4〉
司馬 遼太郎 (著)
文藝春秋; 新装版 (2003/04)
P303

 

世に棲む日日(四) (文春文庫)

世に棲む日日(四) (文春文庫)

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/12/12
  • メディア: Kindle版

 

 

 

たった一度だけわずかな雨が降ると、あまたの草地は一段と緑に燃えてしまう。
同様に、われわれの前途も明るくなり、よりよい考えが脳裏に流れ込む。
人生を祝福されたいと思うならば、われわれは常に現在に生き、草がわずかな露に濡れて、その色合いに影響を及ぼすように、自分の身に降りかかった、どんな出来事でも、それを有利な方向に活用すれば、そしてまた、これまでいろいろな機会があったのに、それをなおざりにしておきながら、いまさら時間を費ってそれを補うことが、われわれの義務を果たすことだと夢々考えないようにすればよいのだ。
すでに春は訪れているのに、われわれは冬の中でのらくらと過ごしている。

森の生活
D・ヘンリー・ソロー (著), 佐渡谷 重信 (翻訳) (著)
講談社 (1991/3/5)
P449

 

森の生活: ウォルデン (講談社学術文庫 961)

森の生活: ウォルデン (講談社学術文庫 961)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1991/03/05
  • メディア: 文庫

 そこで一日でいうなら朝です。昼も夜も新鮮な魅力を持つなんて、よほど修養しないとできません。夜深く、人静まって、独り正座して寝るに惜しいというような魅力を感じて、全身全霊を真剣に働かせるなどというのは、よほど修養しないとできない。~中略~
ところが朝だけは別だ。どんなボンクラでも新鮮溌剌とできる。朝を活かすということから人生は始まる。そういう意味からいうならば、人生の朝、青少年時代をいかに活かせるかというのが一番重要な問題です。

知命と立命―人間学講話
安岡 正篤 (著)
プレジデント社 (1991/05))
P51

人間学講話第6集 知命と立命 (安岡正篤人間学講話)

人間学講話第6集 知命と立命 (安岡正篤人間学講話)

  • 作者: 安岡 正篤
  • 出版社/メーカー: プレジデント社
  • 発売日: 1991/05/27
  • メディア: 単行本

 

兵庫県 達身寺

傲岸不遜

人類愛とか純粋な信仰、良心、完全な自由、なるほど、それは立派な理念である。その実現に向かって努力することもよい。
しかし、自分自身がそんな善意と努力の人間だと思いこむとき、それは途方もない唯我独尊へと転化する。

会田 雄次 (著)
日本人の意識構造―風土・歴史・社会 (講談社現代新書 293)
講談社 (1972/01)
P232

>>>傲岸不遜(ごうがんふそん)

 

日本人の意識構造 (講談社現代新書)

日本人の意識構造 (講談社現代新書)

  • 作者: 会田 雄次
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1972/10/25
  • メディア: 新書

およそ人の悪徳は、矜なり。矜とは、ほこるとよむ。高慢の事也。
矜なれば、自(みずから)是として、其悪をしらず。過を聞ても改めず。故に悪を改て、善に進む事、かたし。
たとひ、すぐれたる才能ありとも、高慢にしてわが才にほこり、人をあなどらば、是凶悪の人と云うべし。

和俗童子訓 巻之一 
総論 上

養生訓・和俗童子訓
貝原 益軒 (著), 石川 謙 (編さん)
岩波書店 (1961/1/5)
P217

養生訓・和俗童子訓 (岩波文庫)

養生訓・和俗童子訓 (岩波文庫)

  • 作者: 貝原 益軒
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1961/01/05
  • メディア: 文庫

兵庫県 達身寺

戒めをたもち、品性あるある人

  ここで、資産者たちよ。戒めをたもち、品性あるある人は、なおざりにしないことによって、財産が大いに豊かとなる。
これが、戒めをたもっていることによって、品性のある人の受ける第一のすぐれた利点である。
 また次に、資産者たちよ。戒めをたもち、品性あるある人は、良い評判が起こる。
これが、戒めをたもっていることによって、品性のある人の受ける第二のすぐれた利点である。
 また次に、資産者たちよ。戒めをたもち、品性あるある人は、いかなる集会におもむいても、すなわち、王族の集会でも、バラモンたちの集会でも、資産者たちの集会でも、修行者たちの集会でも、どこに行っても、泰然としていて、おじけることがない。
これが、戒めをたもっていることによって、品性のある人の受ける第三のすぐれた利点である。
 また次に、資産者たちよ。戒めをたもち、品性あるある人は、死ぬときに精神錯乱することがない。
これが、戒めをたもっていることによって、品性ある人の受ける第四のすぐれた利点である。
 また次に、資産者たちよ。戒めをたもち、品性あるある人は、身体がやぶれて死んだのちに、善いところ、天の世界に生まれる。
これが、戒めをたもっていることによって、品性ある人の受ける第五のすぐれた利点である。

ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経
中村 元 (翻訳)
岩波書店 (1980/6/16)
P35

ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)

ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1980/06/16
  • メディア: 文庫

 

P37
一四三 究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達してなすべきことは、次のとおりである。
能力あり、直く、正しく、ことばやさしく、柔和で、思い上がることのない者であらねばならぬ。
一四四 足ることを知り、わずかの食物で暮らし、雑務少なく、生活もまた簡素であり、諸々の感官が静まり、聡明で高ぶることなく、諸々の(ひとの)家で貪ることがない。
一四五 他の識者の非難を受けるような下劣な行いを、決してしてはならない。一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。

P44
一八一 「この世で人間の最上の富は何であるか?いかなる善行が安楽をもたらすのか?実に味の中での美味は何であるか?どのように生きるのが最上の生活であるというのか?」
一八二 「この世では信仰が最上の富である。徳行に篤いことは安楽をもたらす。実に真実が味の中での美味である。智慧によって生きるのが最高の生活であるという。」

ブッダのことば―スッタニパータ
中村 元 (翻訳)
岩波書店 (1958/01)

 

ブッダのことば: スッタニパータ (岩波文庫)

ブッダのことば: スッタニパータ (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1984/05/16
  • メディア: 文庫

 

 

 

それではチュンダよ、このように考えて、自らを戒めよう。
 荒々しい言葉を語る人もいるかもしれないが、わたしは荒々しい言葉を語らないように努力しよう。
 自分の考えに囚われる人もいるかもしれないが、わたしは自分の考えに囚われないように心がけよう。
 間違った離開や思考を手放せない人もいるかもしれないが、わたしは正しい理解と思考が身につくように頑張ろう。
 見栄やプライドにこだわる人もいるかもしれないが、わたしは見栄やプライドから自由でいられるように精進しよう。
 自分をよく見せたがる人もいるかもしれないが、わたしはありのままの自分で生きていくように努めよう。
                      ―チュンダへの諭し スッレカ経 マッジマ・ニカーヤ

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
草薙龍瞬 (著)
KADOKAWA/中経出版 (2015/7/31)
P70

 

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」

  • 作者: 草薙龍瞬
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2015/07/29
  • メディア: Kindle版

 

 

 三〇 「カエサル的(23)」にならぬよう、その色に染まらぬよう注意せよ。なぜならそれはよく起ることなのだから。単純な、善良な、純粋な、品位のある、飾り気のない人間。
正義の友であり、神を敬い、好意にみち、愛情に富み、自己の義務を雄々しくおこなう人間。そういう人間に自己を保て。哲学が君をつくりあげようとしたその通りの人間であり続けるように努力せよ。
神々を畏れ、人を助けよ。人生は短い。地上生活の唯一の収穫は、敬虔な態度と社会を益する行動である。
 あらゆることにおいてアントーニーヌス(24)の弟子として振る舞え。
~中略~
以上のことを思い、君も彼にならっていつ最後の時がやってきても良心が安らかであるようにしておけ。

マルクス・アウレーリウス 自省録
マルクス・アウレーリウス (著), 神谷 美恵子 (翻訳)
岩波書店 (1991/12/5)
P104

マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫)

マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫)

  • 作者: 神谷 美恵子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/12/18
  • メディア: Kindle版

兵庫県 達身寺

植福の説

P80
有福、惜福、分福、いずれも皆好い事であるが、それらに優って卓越している好い事は植福という事である。
植福とは何であるかというに、我が力や情や智を以て、人世に吉慶幸福となるべき物質や情趣や智識を寄与する事をいうのである。
即ち人世の慶福を増進長育するところの行為を植福というのである。

~中略~
 有福は祖先の庇蔭に寄るので、尊むべきところはない。惜福の工夫あるに至って、人やや尚ぶべしである。分福の工夫を能くするに至って、人いよいよ尚ぶべしである。福を有する人はあるいは福を失うことあらん。
福を惜しむ人はけだし福を保つを得ん。能く福を分つ人はけだし福を致すを得ん。福を植うる人に至っては即ち福を造るのである。植福なる哉、植福なる哉。
(明治四十四年一月)

努力論
幸田 露伴 (著)
岩波書店; 改版 (2001/7/16)

努力論 (岩波文庫)

努力論 (岩波文庫)

  • 作者: 幸田 露伴
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2001/07/16
  • メディア: 文庫

 

兵庫県 石龕寺

惜福の説

P56
 幸福不幸福というものも風の順逆と同様に、畢竟(つまり)は主観の判断によるのであるから、定体はない。
しかし先ず大概は世人の幸福とし不幸とするものも定まって一致して居るのである。
で、その幸福に遇う人及び幸福を得る人と然らざる人とを観察して見ると、その間に希微の妙消息があるようである。
第一に幸福に遇う人を観ると、多くは「惜福」の工夫のある人であって、然らざる否運の人を観ると、十の八、九までは少しも惜福の工夫のない人である。
福を惜む人が必らずしも福に遇うとは限るまいが、何様(どう)も惜福の工夫と福との間には関係の除き去るべからざるものがあるに相違ない。
 惜福とは何様いうのかというと、福を使い尽くし取り尽くしてしまわぬをいうのである。

P64
 何故に惜福者はまた福に遇い、不惜福者は漸くにして福に遇わざるに至るであろうか。
これはただ事実として吾人の世上において認むることで、その神理の鍵は吾人の掌中に所有されておらぬ。
しかし強いて試にこれを解して見れば、惜福者は人に愛され信憑されるべきものであって、不惜福者は人に憎悪され危惧されるべきものであるから、惜福者が数々福運の来訪を受け、不惜福者終に漸く福運の来訪を受けざるに至るも、自から然るべき道理である。
(明治四十三年十一月)

努力論
幸田 露伴 (著)
岩波書店; 改版 (2001/7/16)

努力論 (岩波文庫)

努力論 (岩波文庫)

  • 作者: 幸田 露伴
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2001/07/16
  • メディア: 文庫
兵庫県 石龕寺

生きているほうがいい

 すべての生き物は、死んでいるよりは生きているほうがよい。人もヘラジカも、マツだってそうだ。
そしてその事実を正しく理解する者は、その命を殺(あや)めるのではなく、むしろ守ろうとするだろう。―「メインの森」

ソロー語録
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(著), 岩政 伸治 (翻訳)
文遊社 (2009/10)
P25

ソロー語録

ソロー語録

  • 出版社/メーカー: 文遊社
  • 発売日: 2009/10/01
  • メディア: 単行本

 

P467
 われわれアメリカ人、つまり、一般に言って現代人は、古代人、否(いな)、エリザベス朝の人々と比較して、知的小人だ、と耳に痛いほどやかましく言う者がいる。
だが、だからと言って、どうだというのか? 犬でも、生きていれば、死んだライオンよりましだ。自分が小人の種族に属しているという理由で、自分で首を吊ってしまい、なれる可能性のある最も立派な小人になろうとは思わないのか。
己が人間としての人格を身につけるよう努力しようではないか。

P470
 自分の生活がどんなにみすぼらしくても、それを正面から受けとめて、生きることだ。
その生活から逃げ出したり、激しい非難を浴びせてはならぬ。その生活は君自身ほど悪いものでもない。
最も裕福な時に、心は最も貧しく見える。他人の欠点を見つける人間は、自分が天国にいても、同じようなことをする。 貧しいからこそ、君の生活を愛するのだ。おそらく養老院にいてさえ、楽しく、胸がわくわくするような、素晴らしい生活を過ごすことができるかもしれない。

森の生活
D・ヘンリー・ソロー (著), 佐渡谷 重信 (翻訳) (著)
講談社 (1991/3/5)

 

森の生活 (講談社学術文庫)

森の生活 (講談社学術文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1991/03/05
  • メディア: 文庫
岩屋山泉水寺(せんすいじ)福岡県豊前市

歩キ続ケテ果テニ熄ム

P137
 白州正子さんは死を予感して、ご自分で電話をして救急車を呼んだ。待っている間に、お好きなものを食べた。入院して間もなく昏睡状態となり、旬日を経ず他界した。

 その一週間ほど前、一献差し上げたいからといささか急なお招きが懸かった。いぶかしながらも、鶴川のお宅に伺ったところ、白州さんは2階で床に着いていた。
そのとき白州さんが、月の光のようにキラキラとした顔をしておられたのを、今でも思い出す。
 その夜、白州さんは酒宴には加わらなかった。私たちはスッポンの饗応にしたたかに酔って、夜遅く帰宅した。
 後で、それは白州さんのお別れの儀式だったと知った。
~中略~

 こんな死に方をしたいと心に決めてきたが、私のほうはそうはいかなくなった。
~中略~

私は理想の死に方さえ奪われてしまったのだ。
 さてと、考えてしまう。死線をさまよって生き返った身だ。死はもう怖くない。
~中略~
 私は麻痺を除けば、体は頑強だ。うまく死ねそうにない。阿鼻叫喚の最後くらい覚悟している。でもこれまでの苦しさに比べれば、どんな苦痛にも耐える自信はある。私のような重度の障害者は、日常が苦痛の連続である。声を失った今は、叫ぶことさえできない。
~中略~

 

どうやら、私は知らないうちに答えを見つけていたようだ。それは平凡だが「歩キ続ケテ果テニ熄ム」というようなことらしい。
私は物理的には歩けないが、気持ちは歩き続けている。白州さんも西行も、結局同じところに死をみつけたのではないか。体は利かないがこれならできる。もう少しだ、と思って、私はリハビリの杖を握り、パソコンのキーボードに向かう。そして明日死んでもいいと思っている。

寡黙なる巨人
多田 富雄 (著), 養老 孟司 (著)
集英社 (2010/7/16)
P137

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

  • 作者: 多田富雄
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2014/10/03
  • メディア: Kindle版

 

 実はわたしは、次のように感じています。
 にんげんいつかは死ぬだろうけれど、いつ、どんな死に方をするかは決められない。じたばたするかもしれないし、しないかもしれない。突然死するかもしれないし、しないかもしれない。
まだ死んだことがないのでわからない。
 それより多くのひとびとの死に方を学んできて思うのは、どんな死に方もあり、という感慨です。
終末期についての研究から私自身が得たもっとも大きな成果は、これでした。
 生まれることと死ぬことは、自分の意思を超えています。それをもコントロールしたいと思うのは、神をも怖れぬ不遜。ですが、生きているあいだのことは、努力すれば変えられる。与えられた生の最後までを生きぬくこと。

おひとりさまの最期
上野千鶴子 (著)
朝日新聞出版 (2015/11/6)
P269

 

おひとりさまの最期 (朝日文庫)

おひとりさまの最期 (朝日文庫)

  • 作者: 上野 千鶴子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2019/11/07
  • メディア: 文庫
岩屋山泉水寺(せんすいじ)福岡県豊前市

自警

一、人をあざむくために学問すべからず。

一、人とあらそうために学問すべからず。

一、人をそしるために学問すべからず。

一、人を馬鹿にするために学問すべからず。

一、人の邪魔をするために学問すべからず。

一、人に自慢するために学問すべからず。

一、名を売るために学問すべからず。

一、利をむさぼるために学問すべからず。

         足代弘訓

 佐藤 一斎 著    岬龍 一郎 編訳

          現代語抄訳 言志四録

         PHP研究所(2005/5/26)

         P208

 

[現代語抄訳]言志四録

[現代語抄訳]言志四録

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/05/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

自分の我欲を満たすために努力するということだったら、これは結局、我欲と同じことです。本当の向上心というのはそういうことではなくて、神に近づくための向上心ということですね。これは我欲と違います。そこには我欲もなければ、競争もないわけです。

葉室 頼昭 (著)
神道 見えないものの力
春秋社 (1999/11)
P183

神道 見えないものの力(旧版)

神道 見えないものの力(旧版)

  • 作者: 葉室 頼昭
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 1999/11/25
  • メディア: 単行本

  [第百三十段]前略~
 もし人よりすぐれようと思うならば、学問をして、学才が人にまさりたいと願うがよい。
何のために道を学ぶのかと言えば、それは、自分の長所を自慢せず、仲間と争ってはならぬということを、承知せんがためである。高い官職をも辞退し、利益をも捨てることができるのは、ひとえに学問の力である。

徒然草―現代語訳
吉田 兼好 (著), 川瀬 一馬
講談社 (1971/12)
P250

徒然草 (講談社文庫 古 3-1)

徒然草 (講談社文庫 古 3-1)

  • 作者: 吉田 兼好
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1971/12
  • メディア: 文庫

P225
少しでも学問でもすると、すぐにこれを出したくなるのが多数の通弊である。昔の儒者は「学問は実に臭いものである。 ちょうど大根を煮ると同じく、煮れば煮るほど臭くなるが、全く煮尽くせば臭みがなくなる」と言うた者がある。
禅をやる人を見るに、なまじいにやった人はとかく豪傑ぶる。
脱俗とか何とか言うて、人に無礼の振る舞いをなし、大功は細瑾(さいきん)を顧みぬといって、人に対し不快の念を起こさせるようなことをして得々としている。

P257
 昔の諺に「能ある鷹は爪を隠す」とある。
知力ある者は、いたずらにこれをほかに現わすことがない。これを貯蓄し保存し、折をみてこれを利用する。
ある人の言に「金言とは機会を逸せずして発したる言なり」と言うたごとく、いかなる名説でも、機会を逸して述べたものは、愚人の放言たるに過ぎぬ。
俗に「下司の後智慧」というが、下司も聖人君子と同じ智恵があっても、これを出す時が後れる。智慧を出す機を失すれば君主も下司となる。その時を失わなければ、下司もまた君子となるであろう。

修養
新渡戸 稲造 (著)
たちばな出版 (2002/07)

修養 (タチバナ教養文庫)

修養 (タチバナ教養文庫)

  • 作者: 新渡戸 稲造
  • 出版社/メーカー: たちばな出版
  • 発売日: 2002/07/01
  • メディア: 新書


にせの学問は博学のほまれを専(もっぱら)とし、まされる人をねたみおのれが名をたかくせんとのみ、高満(高満)の心をまなことし、孝行にも忠節にも心がけず、只(ただ)ひたすら記誦詞章(きしょうししょう)の芸ばかりをつとめる故に、おおくするほど心だて行儀あしくなれり。(下巻之本)

中江藤樹 人生百訓
中江 彰 (著)
致知出版社 (2007/6/1)
P50

中江藤樹人生百訓

中江藤樹人生百訓

  • 作者: 中江 彰
  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2007/06/01
  • メディア: 単行本
岩屋山泉水寺(せんすいじ)福岡県豊前市

学に勉む

   学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行してゆくことをいう。
~中略~
ところが、後の時代になって文字の意味を誤解し、学とは詩や文を作ったり本を読むことであると思っているが、これは間違いである。

 啓発録
  橋本 左内 (著)
  講談社 (1982/7/7)
   P40

啓発録 (講談社学術文庫)

(講談社学術文庫)

  • 作者: 橋本 左内
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1982/07/07
  • メディア: 文庫

P42
 次に、勉、つとめるというのは、自己の力を出し尽し、目的を達するまではどこまでも続けるという意味合いを含んだ文字である。
何事によらず、長い間強い意志を保ち続け、努力を重ね続けるのでなければ、目的を達成することはできないが、まして学問は、物事の道理と筋道を解釈し明らかにするものであるから、前に述べたような軽々しく粗雑なやり方では、いつまでたっても真の道義は理解できず、世の中に実際に役立つ学問とはなり得ないものである。

 

何か上手にできるようになりたいときは、その方法を最初から自分で考えるのではなく、上手にできる人のやり方を自分のものにするのが近道です。そのような方法を「モデリング」といいます。

脳と言葉を上手に使う NLPの教科書
前田 忠志 (著)
実務教育出版 (2012/3/23)
P260

脳と言葉を上手に使う NLPの教科書

脳と言葉を上手に使う NLPの教科書

  • 作者: 前田 忠志
  • 出版社/メーカー: 実務教育出版
  • 発売日: 2012/03/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 知らないことを学ぶときに大事なことが二つあります。ひとつは、大きな流れ―ものごとの原理とか大枠といってもいいかもしれません。―をきちんととらえることです。
何事においても、原理的なことをしっかり頭にたたき込んでおくと、大きく間違えることはありません。
そして、細かいことは、後から必要に応じて、原理の枠とでもいったものに枝や葉としてくっつけて覚えていけばいいのです。そうすると、物事の全体がよく見えてきます。
~中略~
 もう一つ、新しい分野を勉強するときに大事なのは、言葉の意味をきちんと理解しておくことです。それができていないと、なにがなにやらわからなくなることがあります。
幹となる事柄や大事な用語はそれほど多くありませんので、きちんと理解して覚えてくださいね。

こわいもの知らずの病理学講義
仲野徹 (著)
晶文社 (2017/9/19)
P177

こわいもの知らずの病理学講義

こわいもの知らずの病理学講義

  • 作者: 仲野徹
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 2017/09/19
  • メディア: 単行本

 

岩屋山泉水寺(せんすいじ)福岡県豊前市

市場競争は悪か?

Pⅺ
 市場競争とは、いわばインセンティブの与えられ方の一つである。厳しい競争にさらされるのはつらいかもしれないが、私たちは競争そのものの楽しさや競争に打ち勝った時の報酬があるから競争に参加する。しかも、市場競争を通じた切磋琢磨は、私たちを豊かにしてくれるという副産物をもたらす。
 一方で、市場競争の結果、格差が生まれてしまうのは事実である。経済学者の多くは、市場競争で豊かさを達成し、その成果を分配し直すことで格差に対処するべきだと考えている。
しかし、市場競争によってより豊かになるよりも、公平や平等を重視するという価値観を優先する人もいる。ただし、競争そのものを制限して本当に公平な世の中が達成できるかどうかは怪しい。競争を制限することの本当のコストを理解した上で、市場競争を否定しているかどうかもわからない。
人によって価値観が違うのは当然だが、正しい知識のもとに、自分の価値観と照らし合わせて、世の中の仕組みを作っていく必要があるだろう。

P5
「市場による自由競争によって効率性を高め、貧困問題はセーフティネットによる所得再分配で解決することが望ましい」。これは、どんな経済学の教科書にも書いてあることだ。実際、ほとんどの経済学者はこの市場とセーフティネットの組み合わせによって私たちが豊かさと格差解消を達成できると考えている。
ところが、この組み合わせは日本人の常識ではないようだ。
 日本では、格差問題は規制緩和によって発生したと考えている人が多い。格差を解消するためには、行きすぎた規制緩和ををもとに戻すべきだというのが標準的な議論になっているのではないだろうか。しかし、こうした考え方は、経済学者からみるととても違和感がある。
 市場競争で格差が発生したら、それに対する対策は基本的には二つである。第一に、政府による社会保障を通じた再分配政策によって格差を解消することであり、第二に、低所得の人たちに技能を身につけさせて高い所得を得られるよう教育・訓練を充実することである。

P6
「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人々はより良くなる」という考え方にあなたは賛成するだろうか。アメリカの調査結果であるピュー研究所は、二〇〇七年のピュー・グローバル意識調査で、世界各国でこの質問を行っている。
 この結果を示しているのが図1-1である。この図からわかるように、主要国のなかで日本の市場経済への信頼は最も低く、四九パーセントの人しかこの考え方に賛成していない。これに対してアメリカでは七〇パーセントの人が賛成している。
~中略~
 つまり大陸ヨーロッパ諸国(住人注;カナダとスウェーデンでは71%、イギリスと韓国では72%)とロシア(住人注;53%)は比較的市場に対する信頼が低い国だ。
しかし、日本はその大陸ヨーロッパ諸国や旧社会主義こくである中国(住人注;75%)やロシアよりも市場のメリットを信頼しない国なのである。

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 市場競争も嫌いだが、大きな政府にによる再分配政策も嫌いだという日本の特徴はどうして生じたのだろうか。血縁や地縁による助け合いや職場内での協力という日本社会の慣習が、市場経済も国も頼りにしないという考え方をい作ってきたのだろうか。
狭い社会でお互いよく知った者同士、お互いを監視できるような社会でのみ助け合いをしてきたのが日本人社会の特徴なのかもしれない。私たちはその狭い社会の「外」の人に対する助け合いは行いたくないという感情をもっているのかもしれない。
 それとも高度経済成長期の完全雇用の経験によって作られた価値観が原因だろうか。高度成長期の完全雇用の時代には、仕事がなくて貧しいというのは、まじめに仕事をしていない場合にのみ発生するという状態だったと考えられる。まじめに働いていても貧困に陥るという認識が日本人にはなかったのだろう。

P16
 どうして、日本人はこのように市場に信頼を置かないのであろうか。ハーバード大学のディ・テラ教授とプリンストン大学のマカロック教授の研究によれば、資本主義への支持と強く相関するのは、運やコネでなく勤勉が成功につながるという価値観や汚職がないという認識だという。2
 最近のデータでみるかぎり、日本における勤勉の重要性の認識は、国際的には低いものになっている。~中略~
 アメリカ、ニュージーランド、台湾、中国、スペイン、カナダ、韓国の諸国も、勤勉が大事だと考える人の比率が七割以上である。これに対し、二〇〇五年に調査があった日本は運やコネが大事だと答える人の比率は四一パーセントで、先進国のなかでは高いほうである。
 日本人は勤勉な国民で、それが高い生産性の原動力になってきたとされている。しかし、二〇〇五年時点では、そのような認識がずいぶん薄れてしまい、運やコネを重視するようになっている。
 日本人が運やコネを重視する価値観をもつようになったのは、最近である可能が高い。世界価値観調査で、日本について同じ質問を行った一九九〇年と九五年と二〇〇五年のデータを集計してグラフにしたものが図1-5である。
日本人で運やコネが大事だと答えた人は、九〇年で二五パーセント、九五年で20パーセントと少数派であったものが、二〇〇五年になると四一パーセントに急増していることがわかる。二〇〇〇年代になってから日本人の価値観から、運やコネを重視するように変化してきた可能性がある。
 なぜ、このような変化が生じたのだろうか。この点については、カルフォルニア大学ロサンゼルス校のギウリアーノ教授とIMFのスピリンバーゴ氏の研究が参考になる3。
彼らはアメリカのデータを使って、若い頃の不況経験が、価値観に影響を与えることを実証的に明らかにしている。具体的には、十八歳から二十五歳の頃、つまり、高校や大学を卒業してしばらくの間に、不況を経験するかどうかが、その世代の価値観に大きな影響を与えるというのだ。
この年齢層の頃に不況を経験した人は、「人生の成功は努力よりも運による」と思い、「政府による再分配を支持する」が、「公的な機関に対する信頼をもたない」、という傾向があるそうだ。この価値観は、その後、年をとってもあまり変わらないということも示されている。
 日本でもバブル崩壊以降、長期の不況が続き、若年層の就職が困難な時期が続いた。このような経済環境は、若年層を中心に勤勉に対する価値観を崩壊させた可能性がある。P67
 たしかに、市場が失敗する例は多い。しかし、それでも市場がうまく機能する場合も多い。
スーパーに商品がたくさんあり、売れ残りや、品切れが少ないのは、市場経済がうまく機能しているからである。
筆者の世代より上の読者ならば、社会主義経済の国が存在した頃、商品がない棚が目立つ商店の映像をテレビで見たことを記憶しているのではないだろうか。
最近では、社会主義国がほとんどなくなったため、私たちが市場経済のメリットを感じることが少なくなってきているのかもしれない。

P68
 市場への参入規制が強ければ、市場参加のなかでの競争は少なくなり、全員が高い利潤をあげられる。
しかし、規制が緩和されて、市場競争が激しくなると、市場参加者の間での格差が大きくなる。そうした市場競争を嫌う感情は、誰にでもあるものだろう。
参入規制が強いと、市場参加者と参加できない者との格差が大きいが、その核鎖はあまり実感されない。
ところが、誰でも競争に参加できるようになると、競争に参加している者同士の格差が明確になる一方で、市場参加者は市場競争に勝ち残るために一所懸命に努力する。このような市場の厳しい規律付けは、誰にとってもつらいものだ。
競争が大好きという人も多いかもしれないが、常に競争を強いられるというのはつらい、というのが多くの人の本音だろう。
 だからこそ、市場の失敗が明らかになると、もともと市場を憎んでいた人たちの声が大きくなる、反市場主義の世論が高まってしまう。

 

P77
 市場競争は、誰にとっても厳しいものである。市場で生き残るためには、市場競争という規律付けに従っていく必要がある。競争が大好きという人もいるかもしれないが、競争させられるのは嫌いだ、という人も多いだろう。
競争から逃れて、安心できる生活をしたいという人も多いはずだ。
それでも市場競争という仕組みを私たちが使っていくのは、市場競争のメリットがデメリットよりも大きいからである。より豊かになれること、誰にでも豊かになれるチャンスがあることが大きなメリットである。
~中略~
私たちは、市場競争のメリットを最大限生かし、デメリットを小さくするよう規制や再配分政策を考えるという、市場競争に対する共通の価値観をもつべきではないだろうか。
 

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)

競争と公平感: 市場経済の本当のメリット (中公新書 2045)

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  • 作者: 大竹 文雄
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2010/03/25
  • メディア: 新書

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