2026年5月15日金曜日

一神教のGod(神)

P20
橋爪 日本人は、神様はおおぜいいたほうがいい、と考えます。
 なぜか。「神様は、人間みたいなものだ」と考えているからです。神様は、ちょっと偉いかもしれないが、まあ、仲間なんですね。
友達か、親戚みたいなもんだ。友達なら、おおぜいいたほうがいい。友達がたった一人だけなんて、ろくなやつじゃない。  で、その付き合いの根本は、仲よくすることなんです。おおぜいと仲よくすると、自分の支えになる。ネットワークができる。これは日本人が、社会を生きていく基本です。
~中略~

 一神教のGod(神)は、人間ではない。親戚でもない。まったくのアカの他人です。アカの他人だから、人間を「創造する」んです。~中略~
 Godが人間を「創造した」のなら、Godにとって人間は、モノみたいなもの。所有物なんです。つくったGodは「主人」で、つくられた人間は「奴隷」です。
人間を支配する主人が、一神教の「God」なんですね~中略~
 Godは、人間と、血のつながりがない。全知全能で絶対的な存在。これって、エイリアンみたいだとおもう。 だって、知能が高くて、腕力が強くて、何を考えているかわからなくて、怒りっぽくて、地球外生命体だから。Godは地球もつくったぐらいだから、地球外生命体でしょ?
 結論は、Godは怖い、です。怒られて、滅ぼされてしまっても当然なんです。

P23
橋爪 前略~
Godを信じるのは、安全保障のためなんです。Godが素晴らしいことを言っているから信じるんじゃなくて、自分たちの安全のために信じる。
 Godが考えているとおりに行動するには、預言者の言葉が手がかりになる。それが、Godとの「契約」になります。

P80
大澤 前略~
 神は、エデンに、智恵の気と生命の樹という、食べてはいけない実のなる樹をつくった。
しかし、「食べてはならぬ」とういうなら、神は、どうしてそんな樹をつくったのか。
だいたい、理由も言わずにただ「食べてはいけない」なんて言われたら、食べたくなりますよね。

神は、わざと、人間が罪を犯したくなるような状況をつくっておいて、人間を罪へと誘導しておきながら、人間を厳罰に科している。 

ふしぎなキリスト教
橋爪 大三郎 (著), 大澤 真幸 (著)
講談社 (2011/5/18)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/09/28
  • メディア: Kindle版

 

偶像崇拝がなぜいけないか

P88
橋爪 前略~
偶像崇拝がいけないのは、偶像だからではない。偶像をつくったのが人間だからです。人間が自分自身をあがめているというところが、偶像崇拝の最もいけない点です。
~中略~

偶像崇拝がいけないのは、Godではないものを崇拝しているからです。それは人間の業(わざ)なんです。人間をあがめてもいけないし、人間がこしらえた偶像を崇拝してもいけない。 

ふしぎなキリスト教
橋爪 大三郎 (著), 大澤 真幸 (著)
講談社 (2011/5/18)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/09/28
  • メディア: Kindle版

 

神の国

P177
橋爪 「神の国」というと、天国のことかと思っている日本人が多い。死んだら肉体が滅んで、霊魂がいく場所だ、みたいに考えている。
  こういう考え方は、キリスト教と関係ありません。もちろん、イエスがそんなこと考えていたはずもない。

P181
橋爪 前略~
イエスのいう「神の国」は、まず、ユダヤ人でも行ける人といけない人がいる。行けるかどうかは、神に委ねる。つぎに、神の国に、政治は存在しない。経済は存在しない。性別や家族も存在しない。これらすべてがない状態で、神を中心に、楽しく生きていきましょう、と言っているわけだ。
大澤 うーん、それはほんとうに楽しいですかね(笑)。キリスト教の場合、神の国は「永遠の生命」ということのなっていますよね。
ようするに死なない。そうすると、逆に退屈な可能性もありますよね。ずっと生きていなくちゃいけなくて、性別もなければ、お金も権力もないとなると、人がふつう欲望するようなものは何もないのですから。
 ちなみに、神の国に行けなかった人はどうなりますか? 地獄に行く?
橋爪 「地獄」というものは、ありません。聖書には書いていない。
 火で焼かれる。
 火で焼かれるとは、まず、洗礼者ヨハネが言っている。実を結ばない樹木みたいに、斧で伐って焼かれると。イエスも言っている。
~後略
大澤 前略~
 で、ぼくはいつも思うんだけど、神の国があって、そこで一部救われる。他方で救われない人がいて、火で焼かれる。なんかそれも、残酷といいますか・・・・。

ふしぎなキリスト教
橋爪 大三郎 (著), 大澤 真幸 (著)
講談社 (2011/5/18)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/09/28
  • メディア: Kindle版

天国にひとりでいたら、
これより大きな苦痛はあるまい。
(「格言的」から)

ゲーテ格言集
ゲーテ (著), 高橋 健二 (翻訳)
新潮社; 改版 (1952/6/27)
P84

 

ゲーテ格言集 (新潮文庫)

ゲーテ格言集 (新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/12/21
  • メディア: 文庫

神の計画

P188
橋爪 キリスト教徒は世界を、「イエス以前」「イエス以後」で分ける。西暦は、イエス・キリストの生誕を基準にする、キリスト教暦です。
 じゃ、ユダヤ教はどこで分けると思う? ユダヤ教にも「旧い世界」「新しい世界」という考え方がある。
大澤 分けるとすれば、モーセが律法をもらったところですか?
橋爪 違いますね。
大澤 そうするとノアの方舟?
橋爪 そう、「洪水前」と「洪水後」。そこで一回、神が直接介入しているでしょう。人間があまりに罪深いので、自ら手を下して人間を滅ぼしているんですよ。
~中略~
 ノアの前、なぜ人間が神に背くようになったかというと、預言者もいないし、律法もなくて、言わば野放しの状態だった。
そこで神は、介入を強めることにして、モーセの律法を下したのです。人間はこうして、何が正しく何が間違っているか、律法に照らして認識できるようになった。
すると、律法(神の命令)に、従うことも反することもできるでしょう?ここで「罪」という概念が、明示的に生まれた。ノアの前は律法なしの罪だったのが、今度は、律法に照らしての、ルール違反なんですね。
 イエスの出現はこの延長線上なんです。
 キリスト教からすると、まずノアの洪水(神の直接行動による処罰)があって、それから、契約(モーセの律法)によって人間に規範を与えた。でも、ルール通りにできない罪をどうするかという問題になり、それが無視できないまでになったとき、イエス・キリストが現れた。

P190
橋爪 まず、いまのべたように、イエスが十字架で死んだりしないで、直接、最後の審判が行われたら、たぶん、ほとんどの人間は、救われない。
大澤 そうですね。その場合は全員救われないというのがたぶん正解でしょうね。
橋爪 神は、それをしたくなかったんです。
 そこで、別な計画(シナリオ)を用意した。それによると、最初にイエスが、ただの人間(人の子)として現れて、人間の罪を背負ってみじめに死んでしまう。そして、復活する。そのあと、天に昇った。
 天に昇ったのは、やがて再臨するため。そのときは、本格的な神の介入になる。イエス・キリストは、人に殺されたので、人間に復讐する資格がある。人間は、どんな罰を受けても文句は言えない。
でも逆に、イエス・キリストは人間を赦す資格がある。イエス・キリストは人間として死刑になったので、罰はもう済んだと言える。どちらになるかは、イエス・キリストの裁量です。

イエス・キリストが再臨する「主の日」に、最後の審判を行う。こういう、ワンクッションを置いた。これが、キリスト教の考える、神の計画です。 

ふしぎなキリスト教
橋爪 大三郎 (著), 大澤 真幸 (著)
講談社 (2011/5/18)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/09/28
  • メディア: Kindle版

天草 熊本県

三位一体

大澤 前略~ イエスの死後、何百年か経ってから、キリスト教には三位一体という教義が出てきます。これはキリスト教の非常に特徴的な教義ですね。
 教科書的なことだけ言っておくと、「三位」というのは何が三位かというと、「父なる神」と「子なるキリスト」と、それから「聖霊」ですね。
この三つが三つにして一つであるというのが「三位一体」の主張なんですね。

ふしぎなキリスト教
橋爪 大三郎 (著), 大澤 真幸 (著)
講談社 (2011/5/18)
P242

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/09/28
  • メディア: Kindle版

 

天草 熊本県

お仏壇

背戸でもいだ橙(だいだい)も、
町のみやげの花菓子も、
仏さまのをあげなけりゃ、
わたしたちにはとれないの。

だけど、やさしい仏さま、
じきにみんなにくださるの。
だからわたしはていねいに、
両手をかさねていただくの。

うちにゃお庭はないけれど、
お仏壇にはいつだって、
きれいな花がさいてるの。
それでうち中あかるいの。

そしてやさしい仏さま、
それもわたしにくださるの。
だけど、こぼれた花びらを、
踏んだりしてはいけないの。

朝と晩とにおばあさま、
いつもお燈明あげるのよ。
まかはすっかり黄金(きん)だから、
御殿のように、かがやくの。

朝と晩とにわすれずに、
わたしもお礼をあげるのよ。
そしてそのとき思うのよ、
いちんち忘れていたことを。

忘れていても、仏さま、
いつもみていてくださるの。
だから、わたしはそういうの、
「ありがと、ありがと、仏さま。」

黄金の御殿のようだけど、
これは、小さな御門なの。
いつもわたしがいい子なら、
いつか通ってゆけるのよ。

(「お仏壇」「金子 みすゞ全集」<JULA出版局より>)

見真
龍谷総合学園 (著)
本願寺出版社; 第三刷版 (2003/03)
P108

見真

見真

  • 出版社/メーカー: 本願寺出版社
  • 発売日: 2003/03/15
  • メディア: 単行本

 

 

山口県下関市

地上に富を蓄えてはならない

P66
イエス
 自分のために地上に富を蓄えてはならない。そこでは虫やさびが付くし、盗人が押し入って盗みを働く。自分のために天に富を蓄えなさい。そこでは虫もさびも付かず、盗人が押し入って盗みを働くこともない。
マタイ伝

P67
ブッダ
 賢い者は善行を積みなさい。それは他人に分けられず、盗人に盗まれず、永遠になくなることのない富である。
クッダカパータ

P32
イエス
 天の王国は、畑にまかれた辛子の種のようなものだ。種の中でも最も小さいが、成長すると大きな茂みを作り、やがて木になって、空の鳥が枝に巣を作るほどになる。
マタイ伝

 

P33
ブッダ
 善を軽く見て、自分に何も報いもないものと思ってはならない。水滴も積もり積もれば水差しを一杯にする。
知恵のある人は、たとえわずかずつであっても善行を積み、自分の中を善でみたす。
ダンマパダ

今枝 由郎 (翻訳), 鈴木 佐知子 (翻訳), 武田 真理子 (翻訳), マーカス・ボーグ
イエスの言葉ブッダの言葉
大東出版社 (2001/10)

イエスの言葉ブッダの言葉

イエスの言葉ブッダの言葉

  • 作者: マーカス・ボーグ
  • 出版社/メーカー: 大東出版社
  • 発売日: 2001/10
  • メディア: 単行本


 

 いま良いことをしても、その結果は今日すぐに来るかもしれないし、三代くらい後かもしれない。
でもそれは早いか遅いかの違いで、いました行いの結果は必ずあらわれると思うと、前向きになれるのじゃないかな。
たとえいま巡り合せが良くなくても、その分、今良いことをしていけば、未来は変わっていくかもしれない。

天台宗大阿闍梨 酒井 雄哉 (著)
一日一生
朝日新聞出版 (2008/10/10)
P182

 

 

一日一生 (朝日新書)

一日一生 (朝日新書)

  • 作者: 天台宗大阿闍梨 酒井 雄哉
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2008/10/10
  • メディア: 新書



 

九重連山 大分県

仏教徒は慈悲と智慧を思え

今回のようにお寺でにお仕事で選択に迷った時、高野山に住んでいた頃あるチベット僧が話してくれたことをよく思い出す。
それは、長く難解な仏教哲学の話の後に語られたシンプルな話だった。
「今日の話は、少し難しい部分があったかもしれません。でも仏教徒として、このふたつのことは、いつも思っていてください。それは慈悲と智慧です。このふたつは、すこぶる大切です。
慈悲とはあらゆる人、命を抱えたすべての存在に愛しく親しい感情を持ち、行動すること。
智恵とは、この世界の本当の姿を知るための認識の力です。そこから”もっといい方法があるんじゃないだろうか”と、いつも考えるんです、あなたの生き方を含めて。慈悲と智慧をいつも思うのであれば、あなたは仏教徒としてスタートすることができるでしょう」

ボクは坊さん。
白川密成 (著)
ミシマ社 (2010/1/28)
P118

ボクは坊さん。

ボクは坊さん。

  • 作者: 白川密成
  • 出版社/メーカー: ミシマ社
  • 発売日: 2010/01/28
  • メディア: 単行本

 

釈迦の脇侍は、文殊と普賢、知恵と慈悲を表す菩薩だそうである。われわれは前に阿弥陀の脇侍が観音・勢至であることを知った。観音は慈悲、勢至は知恵を表す菩薩であった。
仏教では、このように如来の脇侍として、知恵と慈悲を表す菩薩が選ばれているがそこに仏教の性格が自ずと示されるのである。
釈迦と阿弥陀は、性格が違っている。したがって脇侍の知恵と慈悲も又性格が違うのであろう。
現実的な知恵と慈悲を示す文殊と普賢に対して、来世的な慈悲を示す勢至と観音、この場合、釈迦の脇侍では文殊が前によばれ、阿弥陀の脇侍では、観音が先によばれ、それぞれ、他の脇侍に対して兄貴格とされているのに注意するがよい。そこに仏教における、知恵優位から慈悲優位への思想のうつりゆきがろう。
 浄土教の盛んな日本では、仏教は慈悲に傾くが、本来の仏教では、慈悲より知恵が重視されるのであろう。この知の重視は、仏教の大きな特徴であろう。
ヨーロッパ文明は二つの大きな柱から出来上がっているという。いうまでもなく、ヘレニズムとヘブライズム、ギリシア文明とキリスト教である。この場合ギリシア文明はヨーロッパ人に知恵を与え、キリスト教は愛を教えた。ここにやはり、知恵と慈悲の綜合がある。~中略~
しかし、己のなかに知恵の原理をもつ仏教は、それなりに一つの完成した世界観を示すものであろう。

続 仏像―心とかたち
望月 信成 (著)
NHK出版 (1965/10)
P62

 

仏像〈続〉―心とかたち (1965年) (NHKブックス)

仏像〈続〉―心とかたち (1965年) (NHKブックス)

  • 出版社/メーカー:
  • メディア: -

 

 

 

そのうちもう一人、熱心な拝観者があらわれた。老婦人がほとんど身を投げ出すように文殊の前に正座し、こうべを深く垂れている。婦人は何か繰り返しつぶやいていた。つびやきは次第に大きくなり、我々の耳に届いた。
韓国訛りの日本語だった。二人の孫がどちらも幼稚園に入り、無事に夏休みを迎えている、と老婦人はささやくように言った。ありがとうごじゃいます。ありがとうごじゃいます、文殊さま。信仰とはこういうものだと心にしみてくるような、それは感謝と怖れだった。
~中略~
靴をはき終えると、みうらさんがおもむろに言い出した。
「本当の知恵って何よ?ピタゴラスの定理じゃないでしょ?詰め込み教育、よくないよ」
 知恵の象徴、文殊を目の前にし、孫の無事を一心に願う老婦人を見ての発言だとわかった。

見仏記ガイドブック
みうらじゅん(著), いとうせいこう(著)
角川書店(角川グループパブリッシング) (2012/10/19)
P32

 

見仏記ガイドブック

見仏記ガイドブック

  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/10/19
  • メディア: 単行本
乗鞍岳

法華経のキモはどこか

  法華経には、「法華経という神秘な経典がある」ということが繰り返し説かれている。
ところが、その法華経の中身は最後まで明かされることなく、法華経を書写し読誦せよ等というだけで終わってしまう。

つまるところ、法華経を讃えた経典が法華経なのであり、奇妙な自己撞着に陥っているかのように見える。

~中略~
漢訳法華経でも「この経を受持し読誦し書写し解説すれば無上の悟りに至る」と繰り返し説かれて、法華経は真理の世界への通路であることが示されている。
その神秘な宇宙のエントランスとして設置されたのが文字の経典であるとすれば、「南無妙法蓮華経」の題目は、その扉を開く鍵であると解釈することができよう。

大角 修 (翻訳)
図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説
学習研究社 (2001/03)
P313

図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説 (エソテリカ・セレクション)

図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説 (エソテリカ・セレクション)

  • 出版社/メーカー: 学研プラス
  • 発売日: 2020/07/16
  • メディア: 単行本



 

P207
 日本でもってもよく読まれた長編の経典「法華経」は、この鳩摩羅什の訳です。「法華経」の法華というのは蓮の花を意味します。

P210
 「法華経」が「般若経」と並んで大乗仏教の最も重要な経典であることは否定できません。
~中略~
「法華経」にはたとえ話が多くて、西洋哲学を勉強した私にははなはだ理論的に物足りないように思われたんですね。ある仏教学者は、「「 法華経」には「法華経」が優れているということ以外には何も語られていない」と言っています。
~中略~

「法華経」は「維摩経」などとは違って二乗成仏を主張します。
二乗というのは声聞、縁覚という釈迦の弟子たちのことで、人里離れた山に 住んで自分ひとりが悟りを開いて、清い人生を送っている人たちのことです。そういう二乗も成仏できる。いったんは大乗仏教の救いから排 除された二乗仏教、声聞、縁覚などの釈迦の弟子たちの仏教を、もう一度大乗仏教のなかに吸収しようとする狙いを持っています。
二乗成仏は、それゆえに仏教の統一を目指す仏教であると言えます。
統一と平等というのが「法華経」の根本思想です。二乗も成仏できるということは、いかなる人間も成仏できるということになります。

 この「法華経」を根本経典とする日本天台宗を創設したのは最澄ですが、最澄は「人間には、仏になれない人間や仏になれるかどうかわ からない人間がいる」とする奈良仏教に対して、「すべての人間が仏になれる」という説を唱えました。
すべての人間に仏性があり、いかなる 人間でも何度か生まれ変わるうちに必ず仏になれるというわけです。

 「法華経」の「提婆達多品」のなかで、はなはだ重要な説が説かれています。悪人である提婆達多ばかりか、龍女すらいつか必ず仏にな れる、とお釈迦さんは約束します。
仏になれるという御釈迦さんの約束を授記と言いますが、提婆達多の授記、および龍女の授記は大変に 重要な思想です。
そこに悪人成仏、女人成仏の説が説かれているのです。
~中略~
この悪人成仏、女人成仏の説をさらに発展させたのが浄土教であると言えます。

梅原猛の授業 仏になろう
梅原 猛 (著)
朝日新聞社 (2006/03)

 

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2009/11/06
  • メディア: 文庫


戸ノ上山 北九州市

火宅を抜け出せ 比喩品

  仏というものは、世界が朽ち古びた炎の家であるかのような時に現れます。
なぜなら、人々は生老病死の憂いと悲哀のなかにありながら、心は暗く閉ざされていて、貪(とん;むさぼり)・瞋(じん;怒り)・癡(ち;愚か)の三毒の炎に焼かれています。
仏はそのような人々を苦悩の炎から救いだし、無上の悟りを得させたいと望むのです。

~中略~
三界の火宅に住みつづけることのないように、平安を求める願いを起こしなさい。
そして早く苦しみの三界を出なさい。
あなたがたには声聞縁覚菩薩 の三種の乗物があり、皆、すぐれています。
それらは人々を苦から離れさせ、仏の智慧の世界に導き、生死を越えてゆきます。
この三種の乗物によって、ことごとくの根(知覚と精神)と力(能力)と覚(目覚め)と道(修行)、それから、禅定(心身の調和)と解脱(解放)と三昧(精神集中)において、あなたがたはみずから楽しみを得るし、そのことによって至高の幸いに至ります。

大角 修 (翻訳)
図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説
学習研究社 (2001/03)
P47

図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説 (エソテリカ・セレクション)

図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説 (エソテリカ・セレクション)

  • 出版社/メーカー: 学習研究社
  • 発売日: 2020/03/07
  • メディア: 単行本


戸ノ上山 北九州市