2026年3月7日土曜日

「子供」は道具じゃない

P103
 彼女(現代の主婦)たちは、子供を連れて劇場やディズニーランドに行きながら、子供と一緒にそれを楽しみたかったというのではない。自分が憧れていたことや、自分が味わいたかった楽しさを実現するために、まるで必要なツールか二次的な存在のように「子供」を求めているのだ。その中心は「子供」ではなくて、やっぱり「私」ではないだろうか。

P106
 このように主婦たちは、さまざまな所で「子供と一緒」に何かすることや「子供の存在」を大事そうに語るのだが、その中身をよく聞くと、見えにくいところでしばしば親の「私」中心が働いているようだ。厳しく言えば、そうとは気づかぬままに子供たちを都合のよい道具にしてしまっていることがあるのではないかと思う。
~中略~
主婦たちは場面が変わると、子供と一緒にいることや、子供の存在を急に疎ましそうに、邪魔者のように語り始めるのである。 「親子一緒」に憧れて「子供」の存在を欠かせない大事なもののように語る主婦と、子供を邪魔者のように語る主婦たちはまったく別物のように見えて、実は決してそうでない。

P117

子供たちの行動を、自分に「してくれる」「してくれない」こととして捉える親たちは、子供が「してくれない」年頃になると、どうもうまく関われなくなってくるようだ。このように、子供にいつまでも自分と一緒に仲良くしてくれることを望むのは、子供を早く一人前にして巣立たせようとしたかつての親の姿勢とは、ずいぶん違うものである。 

普通の家族がいちばん怖い―徹底調査!破滅する日本の食卓
岩村 暢子 (著)
新潮社 (2007/10)

普通の家族がいちばん怖い: 徹底調査!破滅する日本の食卓

普通の家族がいちばん怖い: 徹底調査!破滅する日本の食卓

  • 作者: 岩村 暢子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2007/10/01
  • メディア: 単行本

山口県 周防大島

誠に子を愛するなら

  凡(そ)小児をそだつるには、もはら(専)義方のおしえをなすべし。姑息の愛をなすべからず。
義方のをしえとは、義理のただしき事を以(て)、小児の、あしき事をいましむるを云。是必(ず)後の福となる。
姑息とは、婦人の小児をそだつるは、愛にすぎて、小児の心にしたがひ、気にあふを云。是必(ず)後のわざはひとなる。
~中略~
凡(そ)子ををしゆるには、父母厳にきびしければ、子たる者、おそれつつしみて、おやの教を聞てそむかず。
ここを以(て)、孝の道行はる。父母やはらかにして、厳ならず、愛すぐれば、子たる者、父母をおそれずして、教行れず、いましめを守らず、ここを以(て)、父母をあなどりて、孝の道たたず。
婦人、又はおろかなる人は、子をそだつる道をしらで、つねに子をおご(驕)らしめ、きずい(気随)なるをいましめざる故、其をごり、年の長ずるにしたがひて、いよいよます。
~中略~

いとけなき時、艱難にならへば、年たけて難苦にたへやすく、忠孝のつとめをくるしまず、病すくなく、おごりなくして、放逸ならず、よく家をたもちて、一生の間さいはいとなり、後の楽(たのしみ)多し。
~中略~
かくの如く、子をそだつるは、誠に子を愛する也。

和俗童子訓 巻之一 
総論 上

養生訓・和俗童子訓
貝原 益軒 (著), 石川 謙 (編さん)
岩波書店 (1961/1/5)
P211

養生訓・和俗童子訓 (岩波文庫)

養生訓・和俗童子訓 (岩波文庫)

  • 作者: 貝原 益軒
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1961/01/05
  • メディア: 文庫


母たるもの夫(おつと)のみじかき所あしき事などをその子に語りきかせてよろこぶもの、間(まま)に有(あり)。
これは正しくその子に不孝をおしえるなり。いかんともなれば子の不孝はかならず親の不是(ふぜ)なる所を見るよりおこれり (巻之四 教子報)

中江藤樹 人生百訓
中江 彰 (著)
致知出版社 (2007/6/1)
P86

中江藤樹人生百訓

中江藤樹人生百訓

  • 作者: 中江 彰
  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2007/06/01
  • メディア: 単行本
長谷観音 福岡県鞍手郡

母親というもの

 高嶋ちさ子さんの気持、約束を守らなかった息子さん腹を立ててゲーム機を二つに折った気持、私にはよくわかる。普通の母親であれば誰だってカンカンに怒る。
それが母親というものだ。
母親にとって子供は自分の血を分けた、切っても切れぬ分身である。こういう人間になってほしい。こういうことはしてほしくないと常に願っているのは分身ゆえだ。
他人の子供ならば「あんなことしてる。しょうがないねえ」ですむが、母親だから怒りに火がつく。怒るなといっても無理だ。それが母親というものなのだから。
 親の感情を子に押つけるな。
 子供の自主性を尊重せよ。
 親は権力者であってはならない。
 などと、教育の専門家はいう。正論である。
 しかし生身で子育てに熱を籠(こ)めている母親には、正論なんぞ右の耳から左の耳へ抜けて行く。
~中略~
こうしたらこうなる、ああしたからああなったというのは結果論であって、「親の心得」についてなんぞ、ことごとく正論をぶったところでどうなるものでもない。
親はしたいようにすればいい。するしかないのである。高嶋ちさ子さんがゲーム機を二つ折りににしても私は、バカボンのパパのように、
「これでいいのだ・・・・・」
 というだけである。

九十歳。何がめでたい
佐藤 愛子 (著)
小学館 (2016/8/1)
P181

九十歳。何がめでたい

九十歳。何がめでたい

  • 作者: 佐藤愛子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/08/01
  • メディア: 単行本

 

長谷観音 福岡県鞍手郡

舐犢(しとく)の愛

P24
当座(とうざ)の苦労(くろう)をいたわりて、子のねがいのままに育てぬるを、姑息(こそく)の愛と云(いい)、姑息の愛をば、舐犢(しとく)の愛(あい)とて牛(うし)の子をそだてるにたとえたり。

姑息の愛はさしあたりては慈愛(じあい)に似たれども、その子随(きずい)になりて、才(さい)もなく徳もなく、とりけだものにちかくなりぬれば、畢竟(ひっきょう)は子をにくみて、あしき道へひきいるるに同じ
(上巻之本)

P80
幼少の時には教(おし)え戒(いまし)める事悪(あ)しと心得(こころえ)、寵愛におぼれ、何事をもその子の気随(きずい)にまかせて佚楽(いつらく)にふけるようにもてなし、ものいい立(たち)ふるまいなどのいやしくそこつにして、その心放埓(ほうらつ)に習(ならい)をも戒(いま)しめ制する事なし。これ皆(みな)子をそだつるあやまりなり。
(巻之四 教子報)

 

P81
 幼少のときのは、それぞれの年令にふさわしい子育てがある。
だが、その子の振まいをみて、他の子とはちがう優れた才能があると思い込み、成人と変わらない育て方をする親もあれば、幼少のときには、その子の思うように自由奔放に育てるのが良い、と思う親もある。しかし、そのように育った子は、寵愛におぼれ、なにごとも自分中心にものごとを考える習癖が心に染みつき、思慮のあさい粗忽な人間育ってしまうのである。

中江藤樹 人生百訓
中江 彰 (著)
致知出版社 (2007/6/1)

中江藤樹人生百訓

中江藤樹人生百訓

  • 作者: 中江 彰
  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2007/06/01
  • メディア: 単行本

長谷観音 福岡県鞍手郡

父母の恩、高天よりも高く、厚地より厚し

我を生じ我を育するは父母の恩、高天よりも高く、厚地より厚し。
身を粉にして命( みょう )を損じても、何ぞ却って報ずることを得ん。
教王経開題

あなたを生んで育てた父母の恩は、天よりも高く、地よりも深い。
その恩はどんなことをしても報いることができないほど尊いものです。

空海 人生の言葉
川辺 秀美 (著)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/12/11)
縁について七五

空海 人生の言葉

空海 人生の言葉

  • 作者: 川辺秀美
  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2013/02/04
  • メディア: Kindle版

 

英彦山 福岡県

ガンコ親父にならないために

頭を柔軟にしておくためには、いつも変化し、それを楽しんでおくことです。
そのためには、遊ぶ、人と会う、本を読む。

しつも新しい刺激に満ちていれば、そしてそれを率直に驚き、喜び、積極的に自分に取り入れる姿勢を持っておけば、脳の回路は年齢とともに進化こそすれ、固まってしまうことはないのです。

小阪裕司 (著)
リーダーが忘れてはならない3つの人間心理
フォレスト出版 (2010/3/10)
P135

リーダーが忘れてはならない3つの人間心理 Forest2545新書

リーダーが忘れてはならない3つの人間心理 Forest2545新書

  • 作者: 小阪裕司
  • 出版社/メーカー: フォレスト出版
  • 発売日: 2014/08/29
  • メディア: Kindle版

 

 不機嫌になる大きな理由の一つは、自分のなしたこと、自分の産んだことが人の役に立っていないと感じることだ。
 だから、不機嫌な老人がいる。一方で輝く青春の真っ只中にいる若い人たちが不機嫌なのは、自分が社会の中で生産的な存在になることがまだなかなか難しいからでもある。

 したがって、いつも機嫌よく生きていくコツは、人の助けになるか、誰かの役に立つことだ。
そのことで自分という存在の意味が実感され、これが純粋な喜びになる。
「人間的な、あまりに人間的な」

超訳 ニーチェの言葉
白取 春彦 (翻訳)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/1/12)
016

超訳ニーチェの言葉

超訳ニーチェの言葉

  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2012/10/18
  • メディア: Kindle版

 

英彦山 福岡県

亭主関白を勘違いするな

戦国時代の女はしいたげられていたなんてきめつけて言うのはとんでもないことで、女を蔑視しているというのはむしろ明治からですよ。
~中略~
自分一人だけ、わがまま勝手なことを言って威張りちらすというのは、亭主関白でも何でもない。ただ自分本位なだけですよ。

池波 正太郎 (著), 柳下 要司郎 (編集)
新編 男の作法―作品対照版
サンマーク出版 (2004/05)
P165

新編 男の作法―作品対照版

新編 男の作法―作品対照版

  • 作者: 池波 正太郎
  • 出版社/メーカー: サンマーク出版
  • 発売日: 2004/05/01
  • メディア: 単行本


英彦山 銅鳥居 福岡県

鼠頭牛首(そとうごしゅ)

 「鼠頭牛首(そとうごしゅ)というのは、戦闘が、たがいにこまかなかけひきに気をとられてもつれあいになっているとき、同じ頭でもねずみの頭から牛の首の思いを移すのと同じように、小さなことから思いきって大きなことへ、あるいはその逆に、視点をがらりと変えて局面を判断しなければならぬということだ」
(鼠頭牛首ということ)

武蔵がこのあとにつづけていうには、武士たる者は平常のときにおいても、まるで口ぐせになるように「そとうごしゅ、そとうごしゅ」と思っていなければならない。

奈良本 辰也

宮本武蔵 五輪書入門 (学研M文庫)

宮本武蔵 五輪書入門 (学研M文庫)

  • 作者: 奈良本 辰也
  • 出版社/メーカー: 学研プラス
  • 発売日: 2022/02/19
  • メディア: 文庫

 (著)
宮本武蔵 五輪書入門
学習研究社 (2002/11)
P188

 

兵庫県 圓教寺

自己主張が働くかぎり、いい作品はつくれない

 独断をいうようだが、陶芸家というものは自己主張が働くかぎり、いい作品はつくれない。その点、絵画や彫刻などの純粋芸術とは異っている。
中国の古陶磁は、多く無名の職人によって作られた。彼らは、一貫作業のほんの一部を荷なう。毛ほども作業意識のない宮廷奴れいにすぎなかった。彼等の作品が、今日の堂々たる作家たちの作品を、虫のように圧殺している。
 陶芸は人が創るのではなく、火が作る。火の前に己れを否定して随喜してゆく精神のみが、すぐれた陶芸品を作るのだ。もともと陶芸は、人が自己否定することによってのみなりたちうる芸術である。
人はただ随喜して火の世話をするにすぎない。人の我意が働けば働くだけ焼きあがった作品は小さく、火が縦横にふるまえばふるまうだけ、できあがった作品は自然のごとくおおきい。そこに花を挿そうが竹を置こうが、当然の機能のように調和するのである。

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10
司馬遼太郎 (著)
新潮社 (2004/12/22)
P98

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)

  • 作者: 遼太郎, 司馬
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/12/22
  • メディア: 文庫

 

兵庫県 圓教寺

「子のつとめ」を果たすのもたいへん

ずっと頼りにしてきた長女に先立たれた90代のお年寄りには、慰めのことばもありません。
超高齢社会とは、自分がうんと長生きすれば子どもに先だたれることもある、という高齢逆縁が起きる社会。「親より先に死なないのが子のつとめ」という言いならわしがありますが、「子のつとめ」を果たすのもたいへんになってきました。

おひとりさまの最期
上野千鶴子 (著)
朝日新聞出版 (2015/11/6)
P139

おひとりさまの最期 (朝日文庫)

おひとりさまの最期 (朝日文庫)

  • 作者: 上野 千鶴子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2019/11/07
  • メディア: 文庫

兵庫県 圓教寺