P214
村里生活者は個性的でなかったというけれども、今日のように口では論理的に自我を云々しつつ、私生活や私行のうえではむしろ類型的なものがつよく見られるのに比して、行動的にはむしろ強烈なものをもった人が年寄りたちの中に多い。これを今日の人々は頑固だと言って片付けている。
P207
祖父はもとからの畑や田の管理した。ムギをつくり、イモをうえ、アワをまき・・・・そういう仕事をくりかえしたのである。
そして藁仕事は一手にひきうけていた。つまり、もとからの生き方を生きぬいたのである。
「納得のいかぬことをしてはならぬ」というのが祖父の信条で、蚕をこうて金をもうけることは大切だが、そのために、米麦をつくる場所をせまくすることには賛成できなかった。だから自分は古いことをまもったが、人には強いたわけではない。
分だけは自分の納得のいく生き方を生涯通したかったのである。
忘れられた日本人
宮本常一 (著)
岩波書店 (1984/5/16)

0 件のコメント:
コメントを投稿