2025年7月26日土曜日

富士山

P225
  そういうわけで、古くから日本人は富士山を、火の山、煙の山と考えていた。そのこと証拠が、有名な「竹取物語」のエンディングに出てくる。

 かぐや姫が月へ帰ってしまって、物語は次のようなエピソードをもって終わるのだ。
 帝は、月に戻るかぐや姫がくれた不老不死の薬を、かぐや姫にあてた手紙とともに、天にいちばん近い山で燃やすように命じた。その使いをした調石笠(つきのいわかき)は多くの武士をつれてそこへ行ったので、その山は「士(さむらい)の富む山」つまり富士山と呼ばれた。そして今も煙が絶えないのだ。
 これは、有栖川宮家伝来本「竹取物語」の終わり方である。この話にはひっかけがあり、不死の薬を焼くから不死山なのかな、と思わせておいて、士の富む山だから富士山、とオチがつけられている。

 しかし、富士山が煙をはく山でなければこういうストーリーは生まれるはずがなく、この話はその山が活火山であることの証拠になるのである。

P226
 士の富む山だから富士山とか、不死の薬を燃やしたから不死山、というのは、言葉遊びである。私は、二つとない山、で不二山なのかな、と思ったりしたが、どうもそれもこじつけっぽい。

 研究してみると、意外なことがわかった。
 まだ、これが正解と確定しているわけではなく、いろいろな説があるのだが、いちばん有力な説はこうである。
 フジ、もしくはフチ、というのは、アイヌ語で、火のことなのだ。フチの山、というのは、火の山、という意味であり、火山だからこその名前なのである。

しかし、納得できないこともある。
なぜ富士山に浅間(せんげん)神社があるのだろう、というのが、私の疑問である。
~中略~

 

 しかし、浅間は、あさま、とも読めるわけだ。そうすればどうしたって思い出すのが、群馬県と長野県の県境にある浅間山(あさまやま)である。それから、長野県松本市にある浅間温泉も思い浮かぶ。
 そして、なぜ富士山は浅間山じゃないのに、浅間神社なんだろう、と不思議に思うところである。
 浅間神社は、今でこそ、せんげん、と読むのが普通だが、もとは、あさま、だったと思われるのだから。
 そもそも、あさま、とは何なのだろう。
 それを調べていくと、意外なことがわかった。
 その語源は、マレー語などの、南方民族の言葉らしい。アサッ、という語があり、それが煙を意味するのだそうだ。
 阿蘇山や足柄山も同語源であるらしい。
 あさま、には、火山のイメージがあるということだ。
 そういうわけで、富士山を神として信仰すれば、あさま神社になるのだ。後にそれが、せんげん神社と読まれるようになったわけである。

どうころんでも社会科
清水 義範 (著),西原 理恵子 (イラスト)
講談社 (1998/11)

どうころんでも社会科 (講談社文庫)

どうころんでも社会科 (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/05/23
  • メディア: Kindle版

 

名称未設定-3 (Small).JPG横山大観

 

富士山 河口湖 山梨県

出雲大社

 さて、出雲王朝のヌシである大国主命の降伏後の出雲はどうなったか。出雲へは、「高天ガ原」から進駐軍司令官として天穂日命(あめのほひのみこと)が派遣された。
駐屯した軍営は、いまの松江市外大庭(おおば)村の大庭神社の地である。ところが、この天孫人はダグラス・マッカーサーのような頑固な性格の男ではなかったらしく、「神代記」下巻に、「此の神、大己貴命に佞媚(ねいび)して、三年に及ぶまで、尚ほ報聞せず」とある。出雲人にまるめこまれたのであろう。~中略~ ゴウをにやした高天ガ原政権では、さらに天穂日命の子である武三熊之大人(たけみくまのうし)という人物を派遣した。
しかしこの司令官もまた「父に順(したが)ひ、遂に 報聞」しなかった。
 当然のことながら、高天ガ原では、大国主の生存するかぎり、出雲の占領統治はうまくゆかないとみた。ついに、大国主に対して、「汝、応(まさ)に天日隅宮(あまのひすみのみや)に住むべし」との断罪をくだした。
 この天日隅宮が、つまり出雲大社である。おそらく、大国主命は殺されたという意味であろう。
かれが現人神(あらひとがみ)であるかぎり、現地人の尊崇を集めて占領統治がうまくいくまい、とあって、事実上の「神」にされてしまったのである。
この点は、太平洋戦争終結当時の事情とやや似てはいるが、二十世紀のアメリカは、天孫民族の帝王に対してより温情的であった。しかし神代の天孫民族は、前代の支配王朝に対して、古代的な酷烈さをもってのぞんだ。
 大国主命は、ついに「神」として出雲大社に鎮まりかえった。
もはや、現人神あった当時のように、出雲の旧領民に対していかなる政治力も発揮しえないであろう。
「祭神」になってしまった大国主に対して、高天ガ原政権は、進駐軍司令官天穂日命とその子孫に永久に宮司になることを命じた。
 天孫族である天穂日命は、出雲大社の斎主になることによって出雲民族を慰撫し、祭神大国主命の代行者という立場で、出雲における占領政治を正当化した。
奇形な祭政一致体制がうまれたわけである。その天穂日命の子孫が、出雲国造となり、同時に連綿として出雲大社の斎主となった。
いわば、旧出雲王朝の側からいえば、簒奪者(さんだつしゃ)の家系が数千年にわたって出雲の支配者になったといえるだろう。
いまの出雲大社の宮司家であり国造家である千家氏、北島氏の家系がそれである。


司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10

司馬遼太郎 (著)


新潮社 (2004/12/22)

P231

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)

  • 作者: 遼太郎, 司馬
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/12/22
  • メディア: 文庫

P234
 古代国家にとって、これほどの大造営は、国力を傾けるほどのエネルギーを要したであろう。しかし、大和や山城の政権は、それをしなければならなかった。その必要が出雲にはあった。十六丈のピラミッド的大神殿を建てねば、出雲の民心は安まらなかったのである。
古代出雲王朝の亡霊が、なお、中古にいたるまで、中央政権に対して無言の圧力を加えていたと私は見る。
~中略~
 天穂日命の子孫は、天穂日命自身がすでにそうであったように、すぐ出雲化した。
かれら新しい支配者は土着出雲人に同化し、天ツ神であることを忘れ、出雲民族の恨みを相続し、まるで大国主の裔であるがごとき言動をした。

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)

  • 作者: 遼太郎, 司馬
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/12/22
  • メディア: 文庫

 

2025年7月25日金曜日

紀伊山地の霊場と参詣道


 世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」というと、だいたい総称して「熊野古道」と呼ばれることが多いのだが、そこには熊野三山以外にも、奈良県の吉野・大峯(おおみね)、和歌山県の高野山などが含まれている。そして、日本有数の聖地、伊勢神宮と熊野三山とを結ぶ伊勢路が三重県を縦断しているのだから、もちろんその存在についても無視することはできない。
世界遺産とされたのは、そうした異なる信仰(神道、仏教、修験道など)が道によってそれぞれ意味深く結ばれている点を評価されてのことなのである。
 たしかに「紀伊山地の霊場と参詣道」はいまでも神仏混淆のメッカで、神道、仏教、道教、修験道など、日本人の宗教を構成するあらゆる要素がそこに混在している。吉野一帯にも金峯山寺のみならず水分(みくまり)神社や金峯神社などがあるし、高野山には丹生都比売(にうつひめ)神社がある。奈良の天川大弁財天神社はまさに神仏混淆の地で、当然のように般若心経が読まれている。そこには神仏習合というような意識さえ存在していない。

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く
植島 啓司 (著), 鈴木 理策=編 (著)
集英社 (2009/4/17)
P20

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/04/17
  • メディア: 新書

 

奈良県 山上ヶ岳

高野山


 いや、かくいう高野山も実際のところ特別に選ばれた聖地であり、そこでは弘法大師が高野山金剛峯寺を建立するずっと以前から多くの山岳修行者がそれぞれ庵をつくって祈りを捧げた場所せあったことはたしかである。
そもそも弘法大師は金剛峯寺を建立する際に、丹生都比売(にうつひめ)を鎮守として祀ったと伝えられている。ここでもすでに神仏混淆である。
丹生都比売の起源は金剛峯寺が創建されるよりもさらに古く、もともと高野山一帯の地主神として崇拝の対象とされていたのだった。
高野山には根本大塔を中心とした壇上伽藍があるのだが、そこに丹生明神と高野明神を祀る神社(御社(みやしろ)があ堂々と並んでおり、しかも、弘法大師がその場所をもっとも重視したとなると、もともと真言密教と神道(女神崇拝)との間にはどこか通底するものがあったと考えざるをえない。
 ところで、ちょっとわき道にそれるかもしれないが、この丹生都比売の「丹」はまた朱色を指すもので、おそらく精製すると水銀がとれる朱砂(しゅしゃ)(硫化水素)のことではないかといわれており、「丹生」となるとその鉱脈を意味するのではないかとされている(永江秀雄「水銀産地名「丹生」を追って」「金属と地名」。谷川健一著、三一書房、一九九八年、二五八頁、二六二頁、二六三頁)。
また、水銀は水の神との結びつきも強く、水源、水分信仰とかかわっているとの見方もある。
其の点では、大丹倉(おおにぐら)、丹倉(あかぐら)神社なども、水の神を祀るとともに、朱砂を含む大きな鉱脈がその背景にあると考えることができるであろう。

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く
植島 啓司 (著), 鈴木 理策=編 (著)
集英社 (2009/4/17)
P123

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/04/17
  • メディア: 新書

 

高野山 奈良県

「寿福増長」を達成する条件は「衆人愛敬」

P199
あまり及ばぬ風体のみなれば、また諸人の褒美欠けたり。
このために、能に初心を忘れずして、時に応じ、所によりて、おろかなる眼にもげにもと思うやうに能をせん事、これ寿福なり。

よくよくこの風俗の極めを見るに、貴所・山寺・田舎・遠国、諸社の祭礼に至るまで、おしなべてそしりを得ざらんを、寿福達人の為手とは申すべきをや。
されば、いかなる上手なりとも、衆人愛敬欠けたる所あらむをば、寿福増長の為手とは申しがたし。

あまりに高踏的な芸風ばかりであっては、やはりすべての人の賞賛を獲得できない。
このために、これまで演じてきた演目を忘れずにいて、時と場所に応じて、鑑識眼の低い観客でもすばらしいと思うように能を演じることこそが、福徳なのである。
よくよく役者の芸力と人気との究極的なあり方を考えるに、貴人の御前や山寺、田舎遠国、諸国の神社の祭礼にいたるまで、あらゆる場所での演能で、つねに悪評を蒙らない者を、福徳のある達人の役者というべきではなかろうか。

したがって、どんなに上手であっても、多くの人に愛され親しまれるという点で欠けたところのあるような役者を、福徳を招く達人とはいいがたいのである。

世阿弥 (著), 竹本 幹夫 (翻訳)
風姿花伝・三道 現代語訳付き
角川学芸出版 (2009/9/25)

 

風姿花伝・三道 現代語訳付き (角川ソフィア)

風姿花伝・三道 現代語訳付き (角川ソフィア)

  • 出版社/メーカー: 角川学芸出版
  • 発売日: 2009/09/25
  • メディア: 文庫


世間というもの

P196
最初、この長州馬関に行ったとき、
「阿弥陀寺という寺はどこにあります」
と、土地のひとにきいて笑われた。明治以後、神社になってしまっているというのである。
「赤間宮がそうですよ」
 といわれて、なんだと思った。赤間宮の石段の下で、土地のひとにきいたのである。
~中略~
 赤間宮にのぼると、のぼった左手のほうに平家一門の墓がある。
~略~、例の琵琶法師耳無し法一の伝説もここからでた。
 ともあれ、幕末の長州人は、この赤間宮を知らない。維新後、神道ブームがあって神仏分離という悪名高い太政官令がでた。
阿弥陀寺の場合、天皇を仏式でまつるとはけしからぬということで、にわかに神社にした。一時、
「天皇社」
とよばれていたらしい。すぐに赤間宮という名称にかえられた。
 その初代宮司は、下関の豪商白石正一郎であった。

P199
 生き残りの長州志士は東京へゆき、どうみても三流の人物でしかないという連中まで廟堂に列したが、落魄した白石(住人注;下関の豪商、海運業者、白石正一郎で、維新の志士たちを支援することで家産を蕩尽した)をかえりみる者がなかった。
白石のほうも、いまさら勘定書を出すような人物ではなかったらしい。
維新後の白石正一郎について、下関在住の歴史家古川薫にいい文章がある。無断で借用すると、「正一郎の場合、その功績をみずから語ることばも、不遇をかこつ片言さえものこしていないことが、私たちはわずかな救いである。ただ正一郎が、安政(一八五七)年から明治十一年にいたる身辺の動きを克明に書きこんだ分厚い日記が無気味に残されているだけだ」とある。
 この日記は、昭和四十三年、下関市教育委員会から「白石家文書」として刊行された。そのどこを繰っても、古川氏のいうように、怨みごとはすこしも出てこない。
~中略~
赤間宮には、彼の碑もない。世間というのは、そういうものである。

街道をゆく (1)
司馬 遼太郎 (著)
朝日新聞社 (1978/10)

街道をゆく 1 湖西のみち、甲州街道、長州路 ほか

街道をゆく 1 湖西のみち、甲州街道、長州路 ほか

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/08/07
  • メディア: Kindle版

 

下関市 赤間神宮

2025年7月24日木曜日

天川大弁財天社

鎌田東二は以下のように推測している。「開山の役行者は大峰山寺のある山上ヶ岳において厳しい修業に励んでいた折、最初に弁財天女を感応し、それを天河の地に祀ったという。
この伝承の意味するところは、役行者が一番先に感応した弁財天女とはその土地の最も古い主神であったということだろう。後に「弥山」と讃えられるようになる霊峰より流れ落ちてくる天(てん)ノ川(かわ)の水源として、豊富で浄らかな水を司るこの地のヌシ神と讃仰(さんぎょう)されてきた女神が天河の神なのだ。
その女神は、循環流動して生命を育み、天地をつなぐ媒体の神となる(鎌田東二「天川―その土地の力とスピリチュアリティ」「ひととき」二〇〇六年九月号、ウェッジ、一八-二〇頁)」。
まさにそのとおりであろう。ここにも大地母神信仰のかすかな脈動が感じとれるのである。
 日本の三大弁財天の一つに数えられているこの天河大弁財天社では、中央にその弁財天女、右に熊野権現、左に吉野権現(蔵王権現)が祀られており、神仏習合の形態をいまも色濃く残している。その社殿も小高くそびえる森(琵琶山)の上に建てられている。
ここは大峯修験の要(かなめ)の行場とされ、古来、高僧や修験者たちが集まったことでもよく知られており、空海のみならず、法然、親鸞、一遍、日蓮など、多くの名だたる高僧たちがこの地を訪れたという。

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く
植島 啓司 (著), 鈴木 理策=編 (著)
集英社 (2009/4/17)
P185

 

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/04/17
  • メディア: 新書
奈良県 天河大弁財天社

大山祗神社

P36
 平安時代に「日本総鎮守」とされ、深い信仰を集めてきた大三島(愛媛県今治市)の大山祗神社には、国宝や重要文化財が数多く集まっています。
 日本の総菩提寺は高野山(和歌山県高野町)ですが、大山祗神社は海の神、山の神を統合する日本総鎮守なんですね。

P86
 大山祗神社は山と海の神、オオヤマツミノカミを祭神とし、古来、海賊衆の氏神とされた。境内にそびえる樹齢二千年を超える大楠が御神木として祀られ、日本最古の歴史書「古事記」で神武天皇が統制する際、瀬戸内海を案内した小千命(おちのみこと)が植えたと伝えられる。
 伊予の海賊衆のことを伊予水軍ともいう。伊予水軍は小千命を祖に越智氏、河野氏、村上氏、惣那氏など、平安時代から戦国時代の終わり頃まで津々浦々に割拠し、情報と銭を動かした。
また、航行する船に対して通行税を求め、安全を保証したが、従わなければ襲撃することもあった。製塩や操船、造船技術に長けた技術者集団として中国大陸や朝鮮半島とも古くから交わった。
 そもそも農耕の民とは道理のヘソが少し違うのである。

P88
同神社の宝物館に展示される古地図によると、かつてはその辺りにまでさざ波が打ち寄せ、船がつながれていたようだ。参道は西から東へと貫かれている。
つまり、参道から向かって太陽は本殿の背後から昇り、ご神木を真上から照らし、やがて瀬戸内海へ沈むのである。~中略~
 瀬戸内に暮らす海の民たちは、西から楠が茂る白砂を踏んで氏神であるオオヤマツミノカミに参拝していたのである。

P36
 奈良で一番古い神社の一つに春日大社(奈良市)があります。ここには社が五殿あり、一殿から四殿までは藤原氏の氏神で南を向いていますが、若宮の五殿だけは西を向いている。
奈良の平城京も京都の平安京も南向きです。これは「天子南面す」という中国の思想で、天子というのは北極星を背負い、南を向いて政治をするという意味です。
 ところが、中国の影響を受ける以前の日本の伝統的な社というのは、西か東を向いています。日本は農耕社会ですから太陽と月の恵みを中心に世の中を考え、統治するという仕組みができていた。
そのため、東西の軸を大切にしたんですね。一方、中国大陸では北極星を中心とした南北の軸に基づいた世界観が優勢でした。
このため、唐の都に倣ったとされる平城京が造られた時、日本の伝統的な寺社はすべて南を向かせられたのだろうと私は考えています。

 

 


山折哲雄の新・四国遍路
山折 哲雄 (著),黒田 仁朗(同行人) (その他)
PHP研究所 (2014/7/16)

山折哲雄の新・四国遍路

山折哲雄の新・四国遍路

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2018/02/16
  • メディア: ペーパーバック

 

愛媛県 大山祇神社

守り本尊

 日本人はみな職業によって様々の守護神や守り本尊をもっている。たとえば船乗は船魂(ふなだま)神社を祀(まつ)り、大工左官は聖徳太子を崇(あが)め、魚屋は恵比須(えびす)を、裁縫師は伎芸天を(ぎげいてん)を、三味線や琴の師匠は吉祥天(きっしょうてん)を祭ると云ったように、それぞれの職域を神聖なものとして、自分の芸や仕事を磨いてきた。これは世界に例のない床しい習慣だと思う。
芸の危うさを本能的に知っている。職人気質(かたぎ)の然(しか)らしむるところだ。

大和古寺風物誌
亀井 勝一郎 (著)
新潮社; 改版 (1953/4/7)
P111

大和古寺風物誌 (新潮文庫)

大和古寺風物誌 (新潮文庫)

  • 作者: 勝一郎, 亀井
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2022/04/28
  • メディア: 文庫

秋篠寺 奈良県

2025年7月23日水曜日

顧客の立場で考える

P77
  今の顧客は、売り手が自分たちの都合を押し付けていることを敏感に感じ取ります。
 大切なのは常に”顧客の立場で”考えることです。わたしが”顧客のために”という言葉を社内で禁止するのも、この決めつけや押し付けをなくし、常に”顧客の立場で”で考えることを徹底させるためです。
鈴木 敏文

P214
死に筋排除の大切さは、FC会議でも繰り返し話します。ただ、それをオーナーにそのまま伝えるなら誰でもできます。
重要なのは、どんな情報が相手にとってメリットがあるのか、どんな情報に価値を感じるのか、相手の立場に立って考え、自分なりに消化した情報を提供することです。
鈴木 敏文

勝見 明 (著), 鈴木 敏文, 野中 郁次郎
セブン‐イレブンの「16歳からの経営学」―鈴木敏文が教える「ほんとう」の仕事
宝島社 (2005/10)

セブン‐イレブンの「16歳からの経営学」―鈴木敏文が教える「ほんとう」の仕事

セブン‐イレブンの「16歳からの経営学」―鈴木敏文が教える「ほんとう」の仕事

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2020/03/28
  • メディア: 単行本

 

 顧客は賢い会社と取引したいと思っている。
あなたの会社が顧客の視点に立っていることを顧客に示せたら、あるいは、顧客が自分で気づかないことまで理解していることを示せたら、顧客はあなたの会社の洞察力に驚嘆することだろう。

魂を売らずに成功する-伝説のビジネス誌編集長が選んだ 飛躍のルール52
アラン・M・ウェバー (著), 市川裕康 (翻訳)
英治出版 (2010/2/25)
P49

魂を売らずに成功する-伝説のビジネス誌編集長が選んだ 飛躍のルール52

魂を売らずに成功する-伝説のビジネス誌編集長が選んだ 飛躍のルール52

  • 出版社/メーカー: 英治出版
  • 発売日: 2010/02/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




P136
 彼らは説得する対象ではないし、わからんちんでもない。上から見てもいけないし、必要以上に崇めるべきでもない。
彼らの根本は「好意的な味方」なのだ。誠意を持ってつきあいさえすれば、かげがえのないパートナーとなるのである。

P181
 うちの娘は中学1年生だが、少ない小遣いでちょっと高めの物を買うとき(1000円とか2000円の小物だ)、グーグルで検索していろんな意見や競合商品を調べてから買いに行く。

P225
 変化した消費者は、長めに付き合ってあげることで、実は強力な味方になる。
彼らはすでに単なる受け手ではなく送り手でもあるので、彼らを味方につけることがどれだけ大切かはもうわかっていただけると思う。

佐藤 尚之 (著)
明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法
アスキー (2008/1/10)

 


明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法 (アスキー新書 045)

明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法 (アスキー新書 045)

  • 作者: 佐藤 尚之
  • 出版社/メーカー: アスキー
  • 発売日: 2008/01/10
  • メディア: 新書



お店や店員、病院や医療スタッフなど、自分たちの目線でしか仕事をしない、できない、つまり、スムーズなコミュニケーションのない接客は、お客様の立場にたてば、心地よいものとはいえません。
 マニュアルや型、形式ばかり重視した「自己チュウ」な接客が、お客様を不快にさせるのです。なぜこうした「自己チュウ」な接客が横行しているのでしょうか。
それは、そこにマナーがないからです。
マナーとは、「あなたの心を形で表現」するものです。したがって、まず相手に対する気持ち、心ありきから接客は始まります。

究極の「お客様満足」を実現する プロフェッショナル接客・接遇マナー
西出 ひろ子 (著)
日本実業出版社 (2013/5/23)
P002


究極の「お客様満足」を実現する プロフェッショナル接客・接遇マナー

究極の「お客様満足」を実現する プロフェッショナル接客・接遇マナー

  • 作者: 西出 ひろ子
  • 出版社/メーカー: 日本実業出版社
  • 発売日: 2013/05/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)