2026年4月27日月曜日

孟子

P82
孟子は世界を転変するものととらえた。勤勉がかならず繁栄につながるとはかぎらないし、悪行がかならず罰せられるともかぎらない。どんなものにもなんの保証もない。世界には、当てにできるような包括的で安定した条理などない。それどころか、世界は切れぎれでどこまでも無秩序で、たえまない修繕が必要だと孟子は考えた。
安定したものなにもないと認識してはじめて、決断をくだすことができ、もっとも広がりのある人生を送ることができる。
 なんとも不安になる話だし、孟子でさえ受け入れるのに苦労したらしい。

P89
 孟子は、状況の複雑さを十分に見抜く力をつちかうただ一つの方法は、どうすれば自分の行動が建設的な道筋につながるか読み解く能力をつちかうことだと考えた。そして、だれもがそうできる素質、すなわち善の素質を備えて生まれてくると考えた。
~中略~なぜ善の素質をはぐくむためにもっと努力をしないのだろう。
 すべての人が天性の善の素質を備えて生まれてくると信じていた孟子にとっては、これはよけいに理解しがたいことだった。孟子はつぎのように言う。
 人間の本性が善であるというのは、ちょうど水が低いほうへ流れていこうとするようなものだ。低いほうへ流れない水がないのと同じように、本性が善でない人間はいない【11】
けれども、この善は素質として存在するにすぎない。人間の本性は潜在的に善だが、遭遇するものによって失われることも、ゆがんでしまうことも、変質することもある。孟子も言っている。
 たしかに、流れをせき止めて逆流させれば、水を頂上に押しとどめて低いほうへ流さないでおくことができるだろう。しかし、それは本当に水の本性だろうか。そうなるように外から勢いを加えたからにすぎない。人間がときによからぬことをしてしまうのも、それと同じ理由からだ。【12】
※11人の性の善なるは、なお水の下(ひく)きに就(つ)くがごとし。人善ならざることあるなく、水下(くだ)らざることあるなし。
※12今それ水は・・・・・・激(げき)してこれを行(や)れば、山にあらしむべし。これあに水の性ならんや。その勢いすなわちしかるなり。人の不善をなさしむべきは、その性もまたなおかくのごとければなり。
 孟子は、善良になる方法を理解するために、善の感覚を腹の底で理解するよう人々に求めた。善良であるとは身体感覚でどんな感じがするのか。それを体感するために日々なにをすればいいのか。
 孟子はこの問いに答えるために、初期段階の善を小さな芽のようなものだと考えるよう説いた。どの芽ももっと大きなものに育つ素質をもっている。けれども、小さな芽はゆきとどいた環境でしかるべく栽培し、その潜在的な成長の力を現実のものとしなければならない。
同じように、わたしたちはそれぞれ、自分の内に初期段階の善をもっている。だから孟子は、めいめいが君子のようになる素質、つまり、だれもが反映できる環境をつくりだせるようになる素質を生まれつき等しくもって人生をスタートすると結論づけた。

ハーバードの人生が変わる東洋哲学──悩めるエリートを熱狂させた超人気講義
マイケル・ピュエット (著), クリスティーン・グロス=ロー (著), 熊谷淳子 (翻訳) 早川書房 (2016/4/22)

ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義 (早川書房)

ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義 (早川書房)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: Kindle版

上高地

無為自然

静に造花の跡を観るに、皆其の事無き所に行わる

               「 言志録」第一七条

              佐藤 一斎 著

                岬龍 一郎 編訳

                現代語抄訳 言志四録

               PHP研究所(2005/5/26)

               P21

 

心静かにして、自然が生み出す草花の様子を見ていると、少しの無理もなく、強いてやってやろうという気構えがまったくない。

上善は水の如し。水は万物を利して争わず、衆人の悪む所に居る
                        老子
上善=理想的な生き方
P21

[現代語抄訳]言志四録

[現代語抄訳]言志四録

  • 作者: 佐藤 一斎
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/05/26
  • メディア: 単行本


上高地

気

わたしたちは、元気を出すためのありきたりのことはすでにいろいろ実践している。もっとも簡単なのは深呼吸だ。
今では西洋の不安やストレスの治療に組み込まれているが、深呼吸はいくつもの古代の伝統に起源をもつ。「内業」は深呼吸がたんなる呼吸以上のものだと教えている。
わたしたちが吸い込んでいるのはエネルギーだ。それが自分自身をなだめ、負の感情をしずめ、リラックスするのを助けてくれる。~中略~
 元気が出る別の例をあげよう。体を動かすことだ。土曜の朝ランニングに出かければ、エネルギーを蓄えられる。もっといえば、きみは自分にエネルギーを吹き込んでいる。
たしかに、足はがくがくするし、たっぷり汗もかく。一方で、おそらく陶酔感や高揚感も味わうだろう。「ランナーズハイ」と呼ばれる感覚だ。科学はこれをエンドルフィンという脳内麻薬の分泌と説明するが、「内業」は体内を流れる高純度のエネルギー、すなわち神の気として思い描く。
エネルギーがみなぎっていると、ものがより鮮明に見え、より鋭敏に感じられ、自分とそのほかの世界を隔てる壁が薄れていく。
 体を動かしたあとの爽快な気分と、仕事で心躍る画期的な成功をおさめたときの気分をくらべてみよう。気分が高揚するのはランニングのときと同じだ。幸福感がこみあげ、生命エネルギーが全身を駆け巡る。あるいは、音楽コンサートやスポーツ観戦へ行ったとき、周囲の見知らぬ人たちとのあいだに生まれる信じられないような一体感はどうだろう。
観衆のエネルギーが体内で脈打つのが感じられ、すっかりわれを忘れてしまう。
 こうしたエネルギーはすべてまったく同じものだ。~中略~
やっているのが体を使うことでも、頭を働かせることでも、人とかかわることでも、あの燃えるような興奮や世界との一体感は、まったく同じ身体的な感覚だ。
「内業」によると、わたしたちの経験はすべて<気>というエネルギーから生じなかでももっとも霊妙なエネルギー―爽快で生き生きした気分にしてくれるもの―は神のエネルギーだ。

ハーバードの人生が変わる東洋哲学──悩めるエリートを熱狂させた超人気講義
マイケル・ピュエット (著), クリスティーン・グロス=ロー (著), 熊谷淳子 (翻訳)
早川書房 (2016/4/22)
P154

ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義 (早川書房)

ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義 (早川書房)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: Kindle版
上高地

神のエネルギー

P156
 あらゆる物の精は、これこそが物に生を与えている。地上では五穀を生じさせ、天上ではつらなる星となる。天地のあいだを流れていればそれを鬼神と呼び、それを胸中におさめている人を聖人という。【30】
神のエネルギーという概念は、古代ではとくに珍しくなかった。それどころか、ユーラシア全体にわたる概念だった。インドには「プラーナ(気息)」という概念があり、ギリシアには「プネウマ(息吹、霊魂、霊)という概念があった。どの概念もすべて、ことばで言いあらわせず目にも見えない生命の力が宇宙全体を駆けめぐり、生命そのものの起源に関与しているという感覚を説明していた。
 今日、多くの人は活力の実感が神のエネルギーから生じるという話に懐疑的だろう。けれども、<気>は、わつぃたちが元気になるために必要なものをあらわすのに便利なたとえだ。
本当にあると信じなくとも、そこから学べることがある。わたしたちはただ、このようなエネルギーを<かのように>の考え方でとらえればいい。~中略~
 通常、わたしたちは二元論的な世界観をもっている。神と人間、物質とエネルギー、心と体―これらをばらばらのことがらととらえている。しかし、「内業」は一元論的な世界観をもち、世界や人間のありとあらゆる要素が気という同一のものでできていると説く。
心でも体でも物体でも精神でも、土でも人でも動物でも空気でも、とにかくなにもかもがこのまったく同じ物質でできている。
 しかし、気はあらゆるもののなかに存在しながら、純度の違いは無限にある。岩、泥、土など、宇宙の無生物の部分は、劣った粗い気でできている。これは「濁った気」とよべるだろう。
 純度が高くなるにつれて、気は<精>になる。精がほかのすべてと別格なのは、生きているもののなかにしか存在しないからだ。植物や動物がもつ生気を与える力だ。
 最後に、気がもっとも霊妙で純度が高い状態のとき、<紳>の気になる。神の気はエネルギーがきわめて高いため、まわりのものに実際に影響をおよぼす。神の気は魂そのものだ。魂は生気を与えるだけでなく、生物に意識を与える。
 植物は生気を与える気、すなわち精を宿しているが、神にはなれない。魂をもつことはかなわない。考えることも世界に手を加えることもできない。ただ世界に存在するだけだ。
一方、魂は神の気であり、生気にあふれ能動的で生き生きしている。完全に鮮明で、一点の曇りもない意識で世界を見る。あますところなく世界を見られることで、世界に変化をもたらす作用を発揮できる。
※30 凡(およ)そ物の精(せい)は、比(ひ)すればすなわち生をなす。下(しも)は五穀を生じ、上(かみ)は列星(れつせい)となり、天地の間に流(し)く、これを鬼神(きしん)という。胸中に蔵(ぞう)する、これを聖人という。

P169
 周囲の浮き沈みに左右されず、感覚が洗練され、体は中世を保って健康なら、安定した心に到達する。これによって、きみの全存在は<精>(住人注;純度の高い気)の器になる。
 安定した心が内にあれば、耳や目は鋭敏になり、両手両足は健全になり、には精が宿ることになる【35】
 <気>はきみの内面できわめて重度の高い、集中した状態となり、きみは最上位の気からなる<神>のような状態になる。神は、活力にあふれた長命の人生を可能にする。きみは、”まるで神のように気を一つに集中する【36】”ことを学んだということだ。

ハーバードの人生が変わる東洋哲学──悩めるエリートを熱狂させた超人気講義
マイケル・ピュエット (著), クリスティーン・グロス=ロー (著), 熊谷淳子 (翻訳)
早川書房 (2016/4/22)

ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義 (早川書房)

ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義 (早川書房)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: Kindle版

上高地

端境期の知性

内田(住人注:内田 樹) 前略~ おそらく医学もそうだと思いますが、自然科学では、ある仮説がだめになった後、次の有効な仮説が出てこない過渡期みたいな時期というのが、必ずあるんですね。そういうパラダイムとパラダイムの端境期には必ず混乱が起きるのですが、クリアカットな論理を好む人というのはそういうとき、古い理論にしがみつくか、まだ不安定な新しい理論にパッと乗り移ってしまうのかのどっちかになってしまうことが多い。
 でも実際には、そうした時期には新しいところもつまみ食いしながら、古い理論の使えるところも取るというような、いい加減で、中途半端なやり方が必要なんです。
 そういう端境期の「酸欠状態」を、息を止めて「グッ」と我慢する。それは、普通考えられているよりもずっとフィジカルな知性のあり方だと思います。瞬間的な判断力じゃなくて、どれくらいの時間、判断を保留したまま我慢できるのか。こういう「知性の量的な側面」というのは、なかなか問題にされてこなかったと思います。

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
春日 武彦 (著)
医学書院 (2007/07))
P171

由布岳 大分県

発展しようとする精神の自由

 私は、女の尊さを悟るにつれ、自由を愛し自由に向かって進む権利を信じていたのは若い頃のことで、真の自由は、行動や言語や思想の自由を遥かにこえて発展しようとする精神的な力にあるのだということが判りました。

杉本 鉞子 (著), 大岩 美代 (翻訳)
武士の娘
筑摩書房 (1994/01)
P172

武士の娘 (ちくま文庫)

武士の娘 (ちくま文庫)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2016/07/01
  • メディア: Kindle版

 

「自ら最善(ベスト)をつくそうとしなければ、いくら最善を手に入れられる自由があっても、それは何の意味もなさない」
「プライオリティ」誌、ジャン・ヘミング「コリン・パウエル将軍に聞く」

パウエル―リーダーシップの法則
オーレン ハラーリ (著), Oren Harari (原著), 前田 和男 (翻訳)
ベストセラーズ (2002/05)
P93

パウエル―リーダーシップの法則

パウエル―リーダーシップの法則

  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 2002/05/01
  • メディア: 単行本
由布岳 大分県

肉体化された思想

肉体化された思想というものは今日では益々稀になった。現代人は、思想でなく思想の罐詰(かんづめ)を食って生きているようにみうけられる。国産の配給品もあれば、外国製のもある。急いで罐詰を食いちらしている情景は、戦前も戦後も変わらない。自分で畑を耕し、種子をまき、あらゆる風雨に堪えて、やっと収穫したというような思想に出会うことは稀だ。
たとい貧しく拙劣でも、自ら額に汗してえた思想を私はほしい。
そういう勤労の観念がいまどこにあるだろうか。勤労者の味方をもって自任する政党の思想が、最も罐詰臭いのは不思議なことである。

大和古寺風物誌
亀井 勝一郎 (著)
新潮社; 改版 (1953/4/7)
P113

大和古寺風物誌―写真版 (1953年) (創元選書)

大和古寺風物誌―写真版 (1953年) (創元選書)

  • 出版社/メーカー:
  • メディア: -

英彦山 福岡県

幻覚妄想は心から発信されている

 幻聴は心の問題であり、だから聾唖者であっても幻聴に悩まされることはある。幸か不幸かわたしは幻聴を体験したことがないけれど、たとえば統合失調症においては、本人の一挙手一投足に対して幻聴が小馬鹿にしたトーンでいちいちコメントしたりすることがあるという。
~中略~
 幻聴対策として、耳に綿を詰める人がいる。もちろん幻聴は内なる声なのだから耳栓などまったく意味をなさない。だが、耳を塞がずにはいられない気持ちは察しがつく。
なべて幻覚妄想は自分の心から発信されている事象を外在化させてしまうところに本質があるわけで、だから耳栓がトンチンカンなコーピングであると患者は決して思わない。

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
春日 武彦 (著)
医学書院 (2007/07))
P191

「治らない」時代の医療者心得帳-カスガ先生の答えのない悩み相

「治らない」時代の医療者心得帳-カスガ先生の答えのない悩み相

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2007/07/01
  • メディア: 単行本


英彦山 福岡県

花は鳥を知るが如く、鳥は花を待つに似たり

P31
「知らない者どうし、縁あって結ばれるのです。縁というものは育ててゆかないと豊かになりませんから、お互いに縁を育ててください。

P48
そこで良寛はこう詠んでいます。
花無心にして蝶を招き、蝶無心にして花を尋ぬ、花開く時蝶来り、蝶来る時花開く、吾も亦人を知らず、人も亦吾を知らず、知らずして帝則に従う

松原 泰道 (著)
人生百年を生ききる
PHP研究所 (2004/08)

人生百年を生ききる (PHP文庫)

人生百年を生ききる (PHP文庫)

  • 作者: 松原 泰道
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2021/07/06
  • メディア: Kindle版

 

島根県 美保関

2026年4月24日金曜日

自分をだましてはならない

P177
このように、人は自分のはったりを自分で信じるようになることが多い。このような行動を食い止めるか、少なくとも軽減することはできないだろうか?
実権で成績を正確に予想することに報酬を与えても、自己欺瞞 をとり除くことはできなかった。

P179
 では自己欺瞞について、私たちはどういう立場をとるべきだろう?そのままにしておく?それとも排除した方がよいのだろうか?
自己欺瞞は、自信過剰や楽観主義に近いもので、この種のいろいろなバイアスの例に漏れず、よい面もあれば悪い面もある。よい面としては、根拠のない自信のおかげで、ストレスにうまく対処できるようになり、全体的な健康感が高まる、困難な仕事や退屈な仕事にとりくむ根気が出てくる、まったく新しいことを試す意欲がわいてくる、といったことがあげられる。
 わたしたちがこうしてまで、自分を欺くのは、一つには好ましい自己イメージを保つためだ。だからこそわたしたちは自分の失敗をごまかし、成功をアピールし(完全に自力によるものでなくても)、否定しようのない失敗をしたときには、他人や環境のせいにしようとする。
~中略~
 悪い面としては、人生をあまりにも楽観視して甘い考えで行動していると、万事がうまくいくと誤って思い込み、よりよい決定を積極的に下そうとしなくなるかもしれない。また自己欺瞞のせいで、著名大学を卒業したなどと偽って、自分の人生を「美化」していると、いずれ真実が明るみに出たとき大変なことになる。それにもちろん、一般的な欺瞞というものの代償がある。 自分や周りの人が不正直だと、だれもが疑心暗鬼になる。信頼のない場所では、生きていくのが何かと大変だ。
 人生のほかの側面と同じで、ここでもやはりバランスが大事だ。幸福(自己欺瞞のおかげでいくぶん増す)を求めつつも、将来のための最善の決定積極的に下す(かつ、現実的な自己イメージをもつ)必要がある。 バラ色の未来を夢見て、希望に胸をふくらませるのはもちろんすばらしいことだ。だがこと自己欺瞞に関する限り、過大な思いこみをもっていると、現実が押し寄せてきたとき、深く傷つくことになる。

 

P186
 カリフォルニア工科大学の一九七四年の学位授与式で、物理学者のリチャード・ファインマンは、卒業生に対するはなむけのスピーチでこう言った。
「第一の原則は、自分をだましてはならないということだ。自分というのは、最もだましやすい人なのだ」。
ここまで見てきたように、わたしたち人間は、根本的な葛藤に引き裂かれている。自分や他人を欺こうとする根深い傾向と、自分を善良で正直な人間と思いたいという欲求との葛藤だ。
そこでわたしたちは、自分の行動がなぜ妥当で、ときには称賛に値さえするのかを説明する物語を語ることで、自分の不正直さを正当化する。実際、わたしたちはじぶんをだますのがとてもうまいのだ。

ずる―嘘とごまかしの行動経済学
ダン アリエリー (著), Dan Ariely (著), 櫻井 祐子 (翻訳)
早川書房 (2012/12/7)

ずる 嘘とごまかしの行動経済学

ずる 嘘とごまかしの行動経済学

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2013/01/25
  • メディア: Kindle版

 

人は想像によって、人生から完全な満足を得られぬことの埋め合わせをする。
人間の避けがたい運命と考えて、もっとも根本的な本能の多くを満足させることを諦めるのだが、諦めるのはなかなか辛い。
そこで、名誉欲、権力欲、愛欲などが阻まれると、人は空想を用いて自分を欺く。現実に背を向けて、何のさまたげなしに欲望を満足させるような作り物の楽園に向かう。
そして虚栄心からこの心的作用に特別な価値を持たせ、想像力の駆使は人間の最も崇高な行為であるように思い込む。
しかし、想像することは失敗である。現実に直面して敗北したことを承認することだからだ。
(「作家の手帳」一九三三年)

モーム語録
行方 昭夫 (編集)
岩波書店 (2010/4/17)
P1

モーム語録 (岩波現代文庫)

モーム語録 (岩波現代文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/04/17
  • メディア: 文庫
乗鞍岳