2025年8月6日水曜日

日本人のバランス感覚

  司馬 話は変わりますが、日本というところは、その意識が大変相対的で、一つ絶対なものをつくって他はいかんという工合になかなかならない。
 江戸幕府の大老になりうる家が酒井と井伊、天台の叡山と真言の高野山、本願寺は西と東、禅は曹洞と臨済、明治になって東京大学ができると、やがて京都大学。
~中略~
 要するに二者併立させることによって安定を感ずるというのは、日本人の考え方のどこかにあるんでしょうね。バランス感覚といいますか。

新装版 日本歴史を点検する
海音寺 潮五郎 (著), 司馬 遼太郎 (著)
講談社; 新装版 (2007/12/14)
P180  

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/12/14
  • メディア: 文庫


高野山 奈良県

2025年8月5日火曜日

逆暗示を払いのける

  誘導自己暗示は、医療にとって代わるものではない。
それを用いたからとて、永久に生きのびたり、人生諸般の災難病苦から逃れたりするわけにはゆかないのだ。

~中略~
聖人の無意識の中にある記憶は、現在のところ、子供のときから貯えられてきた無数の逆暗示で充満している。
誘導自己暗示に課せられた第一の仕事は、密集しているこの精神的障害を払いのけることであろう。

~中略~
病気に襲われたとき、それを払いのけるだけの有力な手段がわれわれの内部にそなわっていることは事実である。
しかし、だからといって、外部から病気をとりのぞく補助手段が無用になるわけではない。
自己暗示と通常の医療は手を相携えて、おたがいに相補うべきである。

もし病気になったら、従前どおり医師にみてもらうがよい。
だが、やはり誘導自己暗示の力もかりて、医師の治療をさらに補強拡大すべきである。

C.H.ブルックス、E.クーエ (著), 河野 徹 (翻訳)
自己暗示
法政大学出版局; 新装版版 (2010/1/14)
P100

自己暗示〈新装版〉

自己暗示〈新装版〉

  • 出版社/メーカー: 法政大学出版局
  • 発売日: 2010/01/14
  • メディア: 単行本


「痛い、痛い。もうダメだ。俺は死んでしまうかもしれない」とパニックになって騒いでいれば、止まる血も止まらない。
「大丈夫だ。絶対助かる」と信じて、心静かにじっと寝ていれば自然治癒力が高まり、おのずと回復に向かうのだ。
 つまり、「痛い」「もうダメだ」などのネガティブな言葉は自己暗示になり、現実に影響を及ぼすのである。
 天風(住人注;中村天風
)はよく、
「丸い卵も切りようで四角、ものも言いようで角が立つ」と言っていた。否定的な言葉は、口に出したそばから自分を傷つけたり、相手の気分を害したり、言葉通りの悪い状況をもたらしてしまうのである。


高血圧はほっとくのが一番
松本 光正 (著)
講談社 (2014/4/22)
P137

 

高血圧はほっとくのが一番 (講談社+α新書)

高血圧はほっとくのが一番 (講談社+α新書)

  • 作者: 松本 光正
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/04/22
  • メディア: 新書


長野県 善光寺

ランキングの弊害

P29
  1980~90年代、多くの有名病院が死亡率の公表に同意した。それまでの病院の質が明らかにされたことはなく、患者に新たな視点をもたらす画期的な出来事として受け止められた。病院の使命を踏まえれば、治療能力を示すこれ以上の尺度があるだろうか。

 ところが死亡率には、入院患者のタイプ、検査の数、看護の程度などが複雑に絡み合っている。
どうしても死亡率を下げたければ、重症患者を受け入れなければよい。
だが、そんなことがまかり通っては、難病患者や重症患者を受け入れ、リスクの高い治療に挑む病院が減ってしまう。その結果、どの病院も質が向上しないままとなる。

 同様に、大学ランキングの類も近年、攻撃の的になっている。

P34
 ポジションマップや市場調査に限らず、どんな分析手法にも言えることだが、自社の競争力を測るという前向きな努力が、結果的には(住人注;差別化とは反対に、企業間の)均質化を促すムチになっていまう。
~中略~

 真の差別化は、均整の取れた状態から生じるものではない。むしろ、偏りから生まれる。
卓越性についても同じことが言える。脳外科医が、自分は小児整形外科やしわ取りの専門医であると言ったなら、あなたはうさんくさく思うだろう。
なぜなら、どこかが抜きん出ていれば、どこかにその代償があることを、直感的に理解しているからだ。

 

P40
 あなたが教師なら、まず、学生の能力を測定し、抽象的に表現することをやめよう。
学生たちにモノサシという権威に頼らずに、他から抜きん出ることの意味を考えさせよう。
やがてあなたは、学生たちが造り出す成果に目を見張るだろう。学生たち自身も驚くに違いない。  


ヤンミ・ムン (著), 北川 知子 (翻訳)
ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業
ダイヤモンド社 (2010/8/27)

ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業

ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業

  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2010/08/27
  • メディア: 単行本

 

P65
2月3月になると「サンデー毎日」や「週刊朝日」などで、恒例の大学合格者高校別ランキングが賑々しく紙面を飾る。以前は東大合格者の氏名まで出されていた、最近は個人情報の絡みで出てこない。その代りにやたら多くの大学についてもランキングが出されている。
こういうことをしながら一方で学歴社会を批判する新聞社の鉄面皮ぶりには感服するが、それはまた別の話である。
~中略~
 しかし、だされた結果の数字からは、「本当に指導がうまい」のか、多くの進学校がそうであるように「もともといいのを選んでいる」だけなのかはわからない。後者を選択バイアス(selection buias)という。
「なんとかがんセンター」と名前のつく施設が加盟した全国がん(成人病)センター協議会(以下全がん協)という組織が、2007年から何度か施設ごとの各種ガン生存率を、病気に分けて治療成績として公表している。
全がん協のHPでは、施設間の比較はできないようになっているが、そんなもの、データを拾って表Aのような比較対照表にすることくらいは誰にでもできる。
ではその対照表で、生存率が上位の施設が治療が上手かというと、そうではない、というのはすでに説明した通りである。

P69
 要するに、多くのマスコミは、全がん協の「意図」を無視して、「ランキング」としてこのデータを報道したのである。ついでに書くと、上記の「相対生存率」について触れていたのは13記事中4記事のみであったが、そのすべてで、(専門家からみると)用語の解釈が間違っていたという。
 だから、素人の新聞記者たちは、小難しい統計学の方法論などはすっ飛ばすか誤解した上で、疫学的には「してはいけない」と断りつつ、やっていたことになる。
~中略~
 私は、病院間に診療レベルの差がないと言っているのではない。そんなもの、あるに決まっている。ただ、それは簡単に数字で表せるものではないし、簡単に出されてりう数字はあてにならないどころか医療レベル全体の低下を招く。
本稿であまり触れなかったが、「数字を良くする」最善の方法は、「危ない患者に手を出さない、下手に助けようと思わない」ことである。
里見清一

P79
 岡田氏(住人注;岡田正彦 医師)は、統計というものがいかに恣意的なものであるか、気づいてほしいと呼びかける。
「『検診が有効である』という結論に誘導したいがために、データの抽出方法を変えることはいくらでも可能です。たとえば10歳刻みで見ると特徴のないデータでも、5歳刻みで区切ると『検診が有効である』と言える年代区分があったとします。すると、その部分をクローズアップするわけです。
 このように、集まったデータをあらゆるフィルターにかけて見ていくわけですから、数十通りも試みるうちに、いつかは『○○の場合は健診が有効』という結論に結び付けられるでしょう。確かにこれはデータの”改ざん”でも”操作”でもありません。しかし、私はこの手法は『勝ち続けるまでギャンブルする』状態と同じで、結論を誘導する際の常とう手段だと思います」

P84
手術を受けた患者の5年生存率を比較した表(表4(住人注;略))である。よく見ると、上位の病院ほど「初期がん」の患者の割合が高くなっている。「進行がんよりも、軽い程度の治療で済む初期がんの患者を多く手術していれば、死亡率が低くなるのは当たり前の話でしょう。そこに意図的な患者の選別があったかどうか否かはわかりませんが、がんの進行具合という条件を加味せず、ひとまとめにしてデータをとりランキング化することは、ある意味乱暴だと言えます。
がん検診に限らず、あらゆる数字を疑ってみてください」
取材・文/山守麻衣(ライター)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ
別冊宝島編集部 (編集)
宝島社 (2013/4/22)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2013/04/22
  • メディア: 大型本

それでは、なにをあてにして病院を選べばよいのだ、何もないのではあんまりではないか、身も蓋もないとおっしゃるのであれば、その通りである。ただし、不完全ではあっても情報があった方がよいと称していい加減なことを書いて売るマスコミは、私には「何もない」末期患者に対して「何もしないよりマシ、ダメでもともと」で壺を売る霊感商法とダブって見える。
 病院間に診療レベルの差がないと言っているのではない。そんなまも、あるに決まっている。
ただ、それは簡単に数字で表わせるものではないし、簡単に出されている数字はあてにならないどころか医療レベル全体の低下を招くと申し上げているのである。良い指標があるならそれに越したことはない。

偽善の医療
里見 清一 (著)
新潮社 (2009/03)
P92

偽善の医療 (新潮新書)

偽善の医療 (新潮新書)

  • 作者: 里見 清一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/03/01
  • メディア: 新書

 

佐賀県 祐徳稲荷

数字のマジックに騙されるな

P116
  虫歯を削った後に使う詰め物には水銀の合金が使用されており、ごく微量の水銀蒸気が発生します。これは無機水銀で、メチル水銀のような強い神経毒性はありませんが、ヒトの水銀暴露の一要因となります。

 英国の妊娠女性の毛髪中水銀とアマルガムの有無には関係があり、歯に詰め物をしていない女性とその子どものほうが毛髪中水銀濃度が有意に低くなっています。

このデータだけを見ると、歯の詰め物がある人は毛髪中水銀濃度が2倍になるので心配になるかもしれません。実際英国ではアマルガムの水銀が問題視されています。しかし詰め物によって増加した水銀の濃度は0.2~0.3ppm程度であり、これがもし毛髪中水銀濃度が10ppmを超えることもめずらしくない日本の女性で調査されていたら、アマルガムの有無による差はバックグラウンドの変動に埋もれて検出できなかったでしょう。
英国人女性の毛髪中水銀濃度が0.2ppm程度と少ない値でその変動幅も小さいために、歯の詰め物によるごく僅かな影響も検出できるのです。

 バックグラウンドが低い、すなわち汚染が少ないというのはリスクが小さいということですから喜ばしいことなのですが、メディアはアマルガムで水銀濃度が上がるから問題であるというふうに、きわめて狭い範囲の情報だけを取り上げて報道することが多いのです。ヨーロッパではアマルガムの問題について対応せざるを得なくなり、リスク評価を行って問題ないという結論をだし、広報を行っています。
水銀が心配だからという理由から、現時点ではなんの問題もない詰め物をほかの材料のものに代えるようなことはすべきでないと説明しています。

 一般論として、なんらかのリスクなりベネフィットなりを誇張して表現したい場合、数字は絶対値でなく□□の何倍、△△より増えた、といった表現が好まれるようです。
小さい数字はたとえ2倍になっても小さいままです。

P125
トランス脂肪酸の表示に関しても、必ずしも表示することが科学的に正等であると世界中で考えられているわけではありません。~中略~
したがって日本のようにとくに問題がない場合には表示によるメリットはほとんどなく、表示することによるデメリットだけが加わることになります。~中略~
表示項目が多く複雑になればなるほど消費者は表示を読まなくなり、大切な情報が伝わりにくくなるため表示はできるだけ単純で明確なものがよい、とされているのです。日本の場合、トランス脂肪酸の表示より、基本的な栄養成分表示が優先課題でしょう。

畝山 智香子 (著)
ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想
化学同人 (2009/11/30)

ほんとうの「食の安全」を考える: ゼロリスクという幻想 DOJIN選書

ほんとうの「食の安全」を考える: ゼロリスクという幻想 DOJIN選書

  • 作者: 畝山智香子
  • 出版社/メーカー: 化学同人
  • 発売日: 2018/09/24
  • メディア: Kindle版

日本の研究者は「サマリー」(冒頭の要旨)だけを読んで、そこになるデータを引用してしまうことが多い(住人注;海外の研究者も同じと思います。自分の主張を正当化するのに都合のいい論文をセレクトしているのですから)。しかし論文全体を精読すると、行われた調査手法に問題があるなど、根本的な欠陥に気づくこともあります。
 また、データの解釈の仕方というのは大変恣意的なものです。2人の研究者が同じ論文を読んで、180度違う正反対の見解を示すこともあるほどです」
取材・文/山守麻衣(ライター)
別冊宝島2000号「がん治療」のウソ
別冊宝島編集部 (編集)
宝島社 (2013/4/22)
P79

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2013/04/22
  • メディア: 大型本

例をもう一つ。人間が生きていくために必要な耕地や海の広さを割り出して環境への負荷を見る手法がある。「エコロジカル・フットプリント(EF)」と呼ばれる指標だ。~中略~

世界自然保護基金の試算によると、日本人のEFは二・三。つまり、世界中の人が日本人並みの生活をしたら、地球は二・三個必要だという。「へえ、日本人はぜいたくなんだ」と思うでしょう。
その数字自体は正しいが、「世界中の人がアメリカ人並みの暮らしをしたら、地球は五個必要」というデータを
聞いたらどうだろう。「なんだ、日本はやっぱり慎み深いのね」と正反対の印象になる。
ちなみに、世界で見れば日本は二十九位だそうだ。
気になる科学 (調べて、悩んで、考える)
元村有希子 (著)
毎日新聞社 (2012/12/21)
P77

 

気になる科学 (調べて、悩んで、考える)

気になる科学 (調べて、悩んで、考える)

  • 作者: 元村有希子
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2012/12/21
  • メディア: 単行本

 世の中が不安だらけになると占いや予言が流行るが、冷静になれば、そういうことを頼りにしてはいけないことがわかる。
 では、何を頼りに判断をすればよいのだろうか。
 世の中の状態を冷静に判断するには、「真実」を知る必要がある。

 それには、現実から調べた数字をもとにして事実関係を積み上げて結論を得るしかない。
 だからといって、数字が現実のすべてを表せるとは限らない。
 たとえば、新聞には毎日のように世論調査の数字が出てくる。この世論調査というのは、答えてくれる人をいろいろな職業、いろいろな年収、すべての階層から選ばないといけない。だから完璧な世論調査というものは、本来、存在しないものなのだ。
~中略~
 数字をみると、数字の厳密さを思い浮かべる人がいる。しかし、それは誤解である。数字が正確かどうか、何を意味しているかを判断するために、数学的な方法が必要なのだ。数字に厳密性などない。むしろ、間違えた結論を出す危険性がある。
~中略~
 数学を使って、現実に起こっていることを調べるためには、必ず数学における仮定というものを考えないといけない。
今調べようとしている現実が、その仮定を満たしているかどうか考えないといけない。満たしていれば、数字はとても強力な道具になる。しかし、仮定を満たしていない現象に使えば、数字の定理が間違った結論を導いてしまう。
 仮定を満たしていない現症に、数学の定理を応用していることが、最近よく見受けられるのである。


世の中の罠を見抜く数学
柳谷晃 (著)
セブン&アイ出版 (2013/3/1)
P4

世の中の罠を見抜く数学

世の中の罠を見抜く数学

  • 作者: 柳谷晃
  • 出版社/メーカー: セブン&アイ出版
  • 発売日: 2013/03/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

数字の解釈はどうにでもなるもので、たとえばコレステロールが一定以上高いにんげんをつかまえて、薬によってこれを下げると、狭心症や心筋梗塞になる頻度は三三パーセント下がる、とする。さあ大変だ。
っぱり下げないと。しかし、三パーセントの発症率が二パーセントになると、これは三三パーセントの低下である。
要するに、飲まないと九七パーセントオッケー、飲めば九八パーセントオッケーであると聞かされると、途端に薬を飲む気が起きなくなるであろう。
なんだ、では三三パーセント減少というのは嘘ではないにせよ、製薬メーカーの売り文句で、大して意味はないのか。
 しかし、しかしである。そういう人間が一千万人いたとして、狭心症や心筋梗塞の発症率が三パーセントから二パーセントになるということは、一パーセントつまり十万人が救われるということで、一年間に肺癌になる人が全部助かった場合よりも多い数字になる。
これは公衆衛生上、もしは保健政策上、無視してよい数字ではない。
 要するに、立場によって数字の解釈などはころころ変わる。

偽善の医療
里見 清一
(著)
新潮社 (2009/03)
P112




偽善の医療 (新潮新書)

偽善の医療 (新潮新書)

  • 作者: 里見 清一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/03/01
  • メディア: 新書

P208
 ものごとを統計的に考える能力というのは、生きていく上で非常に重要です。アンケート調査なんかの結果をどう解釈するか、というのも統計的なリテラシーがあってこそです。
「嘘には三種類ある。嘘と大嘘、そして統計である」というイギリスの首相であったディズレーリの言葉なんかがありますが、正しい統計を正しく解釈すると、いろいろなことがわかってきます。

P209
 我が国における、がん(広義のがん、悪性新生物のことです)による死亡数は男女とも増加し続けており、2013年には1985年の約2倍になっています。医学が進歩してるはずなのにどうして、と思われるかもしれませんが、これは主として高齢化による影響が大きいのです。
年齢で補正した死亡率でいうと、女性は1960年から右肩下がりですし、男性は1995年くらいまでは増加していましたが、現症に転じています。この減少は間違いなく医学の進歩によるものです。

P210
子宮がんによる死亡率も過去半世紀で非常に低下しています。これが、女性のがんによる死亡率低下の大きな要因です。意外にも、乳がんによる死亡率はあまり下がっていません。治療法の向上があったのは間違いないのですが、罹患率が向上しているので、それによって相殺されてしまっています。
 乳がんと同じように大腸がんの罹患率も上昇傾向にあります。乳がんや大腸がんは、もともと欧米人に比較して日本人では少なかったのですが、おそらくは、ライフスタイル、特に食べものの欧米化にともなって増加してきているのです。また、胃がんの率は欧米人に比較すると日本人は非常に高かったのが、次第に減少してきているのも、同じようにライフスタイルや食事といった理由によるものです。

P223
医学は、統計的なデータを示してくれますが、個別例の将来を予測してくれはしません。だから、エビデンス、すなわち、これまでに得られた統計的データを基に、自分で判断するしかないのです。治療法の種類が増えて複雑になってきている上に、インフォームドコンセントをうけて治療の方針は自分で選択しなければならないのです。

こわいもの知らずの病理学講義
仲野徹 (著)
晶文社 (2017/9/19)

こわいもの知らずの病理学講義

こわいもの知らずの病理学講義

  • 作者: 仲野徹
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 2017/09/19
  • メディア: 単行本

 

愛媛県 大山祇神社

善意の諜略

(住人注:重度の麻痺で苦しんでいる私に)紹介してくれた中には、いろいろな健康食品や民間療法があったが、中には科学とはいえない治療法、一見していかがわしい食品もあった。
免疫を高めるという製品とか、麻痺が治るという核酸、癌を含め、万病に効くという生物製剤、酵素、エキス、万能の「気」など、こういうのが堂々と流通しているかと思うと、心が寒くなる。

 昔から「鰯の頭も信心から」というが、個人的に信じているだけならいい。押しつけがましい信仰となったり、有害な風評となると穏やかではない。たとえ善意であっても、他人の生活に介入することは困る。
 電話や手紙が一段落すると、今度は訪問が始まった。
~中略~

 私は曲がりなりにも免疫学の専門家だ。素人の講義が間違っていることなど分かる。
相手が善意でやっているだけに、追い出すわけにもいかず、しゃべれないから苦情を言い立てることもできない。ナンセンスな話を延々と聞かされることになる。

 私は民間療法を馬鹿にしているわけではない。それを医療に取り入れるために、「日本補完代替医療学会」という学術団体も組織されている。私も二〇〇五年、その学会長を務めた。

 民間療法を含め、代替医療の治療効果は、個別性が高い。一人に効いたからといって、誰にも応用できるわけではない。
まして万病に効くなどと信じるわけにはいかない。薬の効果には科学的検証がなされなくてはならない。
そうした配慮のない善意の押し売りを、「善意の諜略」というそうだ。

寡黙なる巨人
多田 富雄 (著), 養老 孟司 (著)
集英社 (2010/7/16)
P207

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

  • 作者: 多田富雄
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2014/10/03
  • メディア: Kindle版


 同僚の圧倒的多くは「EBMに反することで、百害あって一利なし」と、口を極めて患者さんを説得にかかろうとしている。ほとんど面子にかけて、という感じに近い。
ただ、多くは旗色が悪い。それはそうだろう。こっちは、昨日今日担当医になった、多くは患者さんよりはるかに年下の、どこの馬の骨だが牛の骨だが分からん医者で、そういうたとえば健康食品を勧めてくれたのは、世話になっている叔母さんとか心配してくれている甥だとか長年の親友だとかである。
患者さんがどっちの言うことを聞くか、勝敗の帰趨は見えている。
勧めてくれた人は皆、善意であり、「患者さんのためを思っている」こと、我々と同等以上であろう。科学?統計学? それがどうした。
 私が、真面目だが融通の利かないレジデントと一緒に回診をしていた時、ある患者さんが「知り合いから勧められているのですが・・・・」と、複数の健康食品を出してこられた。
ちょこちょことラベルをチェックして、今飲んでおられるのはどれ? これはこれから始めるつもり? では、これとこれは続けてもらっていいでしょう、これは、放射線治療している間はやめておいた方がいいな、これを始めるのは、これこれが終ってからの方がいいでしょう。それまで腐るようなものではないですよね? てなこと言って引き揚げた。
レジデントが後で猛烈な勢いで、「先生、ああいうものが効くと、お考えですか!」
バカかおまえは。何勉強して来たんだ。効くわけないだろう。「だったら、どうして、これはいいなんておっしゃるんですか!」
ちっとはものを考えろ。中身も見ずに、全部即刻やめろ、なんて言ったら、闇に潜るだけに決まっているだろうが。
 闇に潜られると悪いかというと、悪いのである。

偽善の医療
里見 清一(著)
新潮社 (2009/03)
P197

偽善の医療 (新潮新書)

偽善の医療 (新潮新書)

  • 作者: 里見 清一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/03/01
  • メディア: 新書


佐賀県 吉野ヶ里遺跡

死ぬのが難しい時代

死ぬのが難しい時代、地域で語り合う場を

 長い間悩みながら地域で患者をみとってきたなかで、経管栄養は大きなテーマのひとつでした。 経管栄養など「やれること」をすべてやるのではなく、ときに「やらないでみとる」という選択も、患者・家族と相談し悩みながら重ねてきました。
 医学が進歩した現代は「死ぬのが難しい時代」だと思います。だからこそ「どのように死ぬのか」を、元気なときに考えて言葉にしておくことがとても大切です。
 それには医療・介護従事者と地域住民が一緒になって考えなければいけません。ぜひとも多くの人々と語り合う場を持ちたいと考えています。
すみだクリニック医師 隅田俊子さん(58)

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア
信濃毎日新聞社文化部 (著)
岩波書店 (2010/3/31)
P54

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

  • 作者: 信濃毎日新聞社文化部
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/03/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

佐賀県 吉野ヶ里遺跡

グリーフケア

P150

 がん医療では、患者の家族も告知のときから大きなストレスにさらされる。適応障害や抑うつ状態になる人も少なくないため、「第二の患者」とも言われている。死別後も看病疲れや深い喪失感に苦しみ、継続的な治療やケアを必要とするケースもある。
大西さんは「病院では患者が亡くなれば治療は終わる。でも、遺族の悲しみと苦しみはそこから始まるのです」と話す。

P151
 悲観に特効薬はない。外来では「語る」「聴く」ことを通して悲しみと向き合う。数か月の治療で落ち着く人もいれば、一〇年受診し続ける人もいる。

P152
 遺族をケアする外来が全国的にも数少ないなか、長野県松本市の城西医療財団城西病院は二〇〇八年一〇月、内科に「グリーフケア外来」を開設した。担当する庄司進一院長(66)のもとを、病気や自死、事故で親や子、配偶者を失った遺族らが訪れる。
 悲観にくれる遺族に追い打ちをかけるのが、周りの心ない言葉や、遺産をめぐる親族とのトラブル。「病気や自死への偏見、経済的な不安など、さまざまな要因が絡み合い、傷を大きくしている」と庄司院長は指摘する。

 P167
解説28 グリーフケア
 病気や事故、災害などで大切な人を失った人の悲嘆を受け止め、支援していくケア.グリーフは「悲嘆」の意.英、米などで広く取り組まれている.
日本でも近年、核家族化や都市化による孤立を背景に、死別の事実を受け止めきれず、病的な状態に陥る人のケアが課題になっている.
看護師による死に化粧の研修や悲嘆の専門外来など、医療現場での取り組みのほか、死別経験を持つ人同士の自助や支援グループが各地で活動.悲嘆教育など、教育現場でも関心が高まっている.

P157
産婦人科医の内藤威さん(63)は「昔は病院では死んだ子は見せるな、と教えられたが、最近はきちんと別れを告げたいという親が増えている」と話す。
死産の母親の「一晩一緒に眠りたい」「体をふいてやりたい」といった要望を、できる限りかなえている。
 倉石さんは振り返る。「死産のとき、医師や看護師さんたちが、亡くなった子を一人の人間として扱い、悲しみをともに受け止めてくれた。だから前を向けたのだと思います」。
死産、流産のグリーフケアの態勢づくりを求める声は多い(→解説31)。霊安室でお別れ会を開くなど心のケアに積極的に取り組む病院もあるが、まだ一握り。

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア
信濃毎日新聞社文化部 (著)
岩波書店 (2010/3/31)

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

  • 作者: 信濃毎日新聞社文化部
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/03/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



  

 

 奥さまはご主人を亡くした後も、精神腫瘍科(住人注;筆者)の外来に通いながら、涙を流し、ご主人の思い出を語るグリーフケア(悲嘆のケア。近親者を亡くしてた後で病的なうつ病にならないようにケアすること)を続けていた。
 そして四十九日が近づいた頃の、外来での会話である。(※《》が私の言葉、「」が奥さまの言葉)。
《ご主人は、その後は”戻ってくる”ことがあるんですか》
「はい、先日も・・・・・」
《どんな感じだったんですか?》
「2階の主人の書斎はそのままにしてあるんですが、先日、2階でガタッと音がしたんです。「あなたなの?」と声をかけたんですが、それっきりでした。きっと主人が研究の資料を取りに来たんだと思います。あの世に行ってもやはり研究を続けているんですね」
《そういえば、もうすぐ四十九日「ですからね》
 不思議な会話に聞こえるかもしれないが、私も奥さまも真面目な顔をして、このような会話をしたのである。
そして、ご主人を亡くした半年後になると涙を流すことも少なくなり、「毎日スポーツクラブなどに外出しています。娘夫婦が同居してくれることになりましたので、もうここにも来なくて大丈夫そうです」と言い、グリーフケア外来は終了した。

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う
保坂 隆 (著)
大法輪閣 (2017/1/11)
P210

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う

  • 作者: 保坂 隆
  • 出版社/メーカー: 大法輪閣
  • 発売日: 2017/01/11
  • メディア: 単行本


土居ヶ浜遺跡 山口県

2025年8月4日月曜日

狛犬

  王陵のそばに、石人がいる。花崗岩のその彫像は千数百年の風雪のため風化がはなはだしいが、それでもなお文官である宰相は冠をただして立ち武官である将軍はひじを張り、剣を杖ついてもし侵入者がくれば一喝してしりぞけようとしている。
 狛犬もいる。
 この犬たちはたくましく前足を聳えさせながら城内に危険な者が入りこめば激しく吠声(はいせい)を発しようとしている。
かれらもまた石人とともに風化しているが、しかし王陵を守ろうとするけものの気魄はうしなっていない。
この石犬だけは日本の神社などにつたわって、その故郷の名を冠して高麗犬(狛犬)とよばれているのである。

街道をゆく (2)
司馬 遼太郎(著) 
朝日新聞社 (1978/10)
P110

街道をゆく2

街道をゆく2

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/08/07
  • メディア: Kindle版

 

島根県 鰐淵寺

御師

 伊勢神宮にも、御師のグループがいた。
立山の場合もそうだが、伊勢神宮の場合も御師は参詣者を泊める宿を営む。単に泊めるだけでなく、御師みずから祈禱もし、あるいは国々を分担して御札や大麻などを売りあるかせる組織もうごかしていた。
さらには団体参拝をも勧誘する。それを御師の宿に泊め、ひいては神社の経済をも賑わすのである。
神社の神官ではなく、こんにちの会社組織でいえば、メーカーに直結している販売会社と考えていい。
立山もそうだが、おおきな神社がこういう全国組織をもっていたということは、日本の中世、近世の社会を考える上で重要なことといわねばならない。

街道をゆく (4)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1978/11)
P121

街道をゆく〈4〉洛北諸道ほか (1978年)

街道をゆく〈4〉洛北諸道ほか (1978年)

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  • メディア: -

 

立山
おかげ横丁

アラ

  それら(住人注;揖夜神社の境内のすみの摂社や末社)のなかに、「荒神社」という標柱の出た石のホコラがあった。
荒神社(こうじんしゃ)でなく、荒神社(あらじんじゃ)とふりがなが振られていることがおもしろかった。
 アラという呼称は日本の古い姓氏にも多い。安良(あら)という文字をあてたりする。
太田亮博士は荒氏は「任那(みまな)帰化族なるべし」などと推量されているが、おそらく南朝鮮の伽耶(かや)地方を故郷とする氏族なのであろう。
古代、朝鮮半島の全体もしくは一部を、カラ(韓)、カヤ(伽耶)、アヤ(漢)、アラなどと呼んだ。とすればこの「荒(あら)神社も、韓神をまつるホコラなのかもしれず、すくなくともそんな想像を刺激してくれる。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P272

街道をゆく〈7〉大和・壷坂みちほか (1979年)

街道をゆく〈7〉大和・壷坂みちほか (1979年)

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関門海峡