2026年6月18日木曜日

同調性バイアス

  「お前さんは、どうして息子さんが錯乱しているとわかるのかね。今、天下の人々はみな是非の分別に惑い、利害にくらんでいる。同じ病の者が多いと、それと気づく者はいなくなる。それに、一人の人が錯乱しても、一家をことごとく錯乱させることにはならず、一郷をことごとく錯乱させることにはならず、一郷の者が錯乱しても、一国をことごとく錯乱させることにはならず、天下の者がことごとく錯乱したならば、錯乱させるものは何もないではないか。
もし天下の人々の心がことごとく息子さんのようになっていたとすれば、お前さんのほうこそ、錯乱しているということになるのだ。
そうなれば、哀楽、声色、匂い、是非など、誰が正すことができようか。このわたしの言葉だって、錯乱していないとは言い切れない。まして、魯の君主など、錯乱の最たるものだ。
どうして人の錯乱を解くことができようか。お前さんその食糧を担いで、早く帰るがよい」
(「列子」周穆王)

老荘思想の心理学
叢 小榕 (著)
新潮社 (2013/02)
P152

老荘思想の心理学(新潮新書)

老荘思想の心理学(新潮新書)

  • 作者: 叢小榕
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/08/23
  • メディア: Kindle版


P155
火災が発生していても、津波警報が出ていても、人々は避難しようとせず、現場に止まり、回避できたはずの被害を蒙ってしまうというような事例も報じられている。
「みんなが逃げないから自分も逃げなくて大丈夫だ」という「常識」を信じて疑わないのが原因の一つらしい。
 このように、多数の他者と同一の行動をとる現象を「同調性バイアス」という。
~中略~
 常識に従えば安心だというのは、昔も今も変わらない。しかも、どんなに不条理な常識でも、世間一般に常識として受け入れられれば、それと相反するものは無条件に非常識と見なされる。
だから、老子は「もし天下の人々の心がことごとく息子さんのようになっていたとすれば、お前さんの方こそ、錯乱しているということになるのだ」という。

老荘思想の心理学(新潮新書)

老荘思想の心理学(新潮新書)

  • 作者: 叢小榕
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/08/23
  • メディア: Kindle版


由布岳 大分県

足るを知る

必ずしも福を干( もと )めず。
禍無きを以て福と為す。
必ずしも栄を希( ねが )わず。
辱無きを以て栄と為す。
必ずしも寿を祈らず。
夭( よう )せざるを以て寿となす。
必ずしも富を求めず。
餒( うえ )ざるを持って富となす。

                  「 言志耋録」第一五四条
                 佐藤 一斎 著                        岬龍 一郎 編訳<
                現代語抄訳 言志四録
 
                PHP研究所(2005/5/26)

                  P231

[現代語抄訳]言志四録

[現代語抄訳]言志四録

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/05/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


分を知り、然る後に足るを知る。
            「 言志録」第四二条

    佐藤 一斎 著    岬龍 一郎 編訳
                 現代語抄訳 言志四録
           PHP研究所(2005/5/26)


      P32

[現代語抄訳]言志四録

[現代語抄訳]言志四録

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/05/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


P186
 べつにナムやタマ(住人注;筆者の寺の柴犬と黒トラ猫)に長寿を誘ってみても仕方ないことだが、禅僧はたいてい長生きである。
達磨さんは百五十まで生きたというし、趙州和尚は百二十歳。
日本でも足利紫山老師は百歳を超えたし、わが妙心寺派の古川大航老師は九十八歳まで現役の管長さんだった。
 基本的にはさきほどの「知足」の考え方で自分の年齢も肯定するのが禅僧であり、だからこそ長生きするのだろう。
「この歳になってみたかったんだ。ずっと待ってたんだ。最高だよ」と、幾つになっても今を全面肯定するのである。それはけっして幾つまでは生きたいという欲ではない。あくまで、もたった今の、現状への「知足」の認識なのである。

P207
 松江城主であり、また石州流茶道の創始者でもある松平不昧公は「足ることを知れば、茶をたてて不足こそ楽しみとなれ」と「贅言(むだごと)」に書いている。
たしかにお茶の世界では、「不足」や「歪み」や[不完全さ」や「壊れやすさ」などが愛される。むろんそれも不昧公の言うように、「足ることを知れば」である。
現状を全面肯定しようという意志があればこそそんな嗜好が可能になるのだろう。
~中略~
 本当に望まない「不足」をも楽しめることこそ真の「風流」であり、それができる人が「曲者」と云えるだろう。
 老子は「曲なれば即ち全し」と言うが、幹や枝の曲がった木が伐られずに長寿をマットウするように、曲者こそが人生を長く楽しめるのである。

P210
 白隠さんの「槐安国語」巻一に、「山家の富貴は銀千樹、漁夫の風流は玉一蓑」という言葉がある。
山家とは山暮らしを決めこんだ樵(きこり)さん。その暮らす山が大雪で覆われ、「銀千樹」に見えるというのである。当然「銀千樹」というのは美しい光景として謳われていっる。
樵という仕事をこの山ですることに覚悟が決まっており、しかもとりたてて世間的富貴も名誉も望んでいないから知足している。
だからこうした「困った大雪」でもそうは思わず、美しさを愛でていられるのである。
同様に、漁夫も毎日身につける蓑一つで稼ぐのだと覚悟し、その志が揺るがないからこそ、蓑には「玉」という美称が添えられる。その覚悟の上でなら、押し寄せるさまざまな風、つまり大漁でも一匹も釣れなくても、あるいは嵐や風雪であっても、それは風流として楽しめるというのだ。
~中略~
 また似たようなことばで、「山僧の活計は茶三畝、漁夫の生涯は竹一竿」というのもある。
私の住む寺にもお茶の木が何本か残っており、昔はお寺で飲める段階まで作ったことが偲ばれるが、お茶というのはいわばお寺くらしの必需品である。
漁夫にとっての竹竿もいわば必需品と云えるだろう。現実の暮らしで「無一物」というのは無理だが、必要最低限なものさえあれば、あとはなんとでもやっていけるだろうという鷹揚な気分がこの詩からは漂う。
これも「知足」を知って「不足」を楽しみ、また覚悟を決めて「ゆらぎ」を楽しむという禅的なくらしのスケッチなのである。

禅的生活
玄侑 宗久 (著)
筑摩書房 (2003/12/9)

禅的生活 (ちくま新書)

禅的生活 (ちくま新書)

  • 作者: 玄侑宗久
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/08/02
  • メディア: Kindle版


足ることを知る者は富める者である。
                 (「老子」第三十三章)

老荘思想の心理学
叢 小榕 (著)
新潮社 (2013/02)
P127

老荘思想の心理学(新潮新書)

老荘思想の心理学(新潮新書)

  • 作者: 叢小榕
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/08/23
  • メディア: Kindle版

龍安寺 京都市






フェアな社会

 ザッカー(住人注;リン・ザッカー)の研究によれば、信頼社会の典型と思われがちなアメリカも、当初は安心社会としてスタートしていたといいます。
 考えてみれば、それは当たり前のことで、そもそもアメリカはヨーロッパ各地からの移民によって作られた、いわば寄り合い所帯の国です。社会そのものが伝統が浅いわけですから、当初はイタリア移民ならイタリア移民、ユダヤ人ならユダヤ人といった具合に、同じ出身地、同じ宗教を持った人たちが助け合うことからアメリカ社会が始まったというのは、当然の成り行きと言えるでしょう。
つまり、初期のアメリカは人種のモザイクならぬ、安心社会のモザイクによって出来ていた国家だったというわけなのでしょう。

 ところが、こうした「安心の保証」のメカニズムも、移民の大量移入、さらには急速な工業化などの社会変動によって、一九世紀後半あたりから失われていきます。
 つかり、今の日本と似たような状況が起きていたというわけなのですが、ちょうどこの時期にアメリカでは公平で効率的な社会制度の整備が急速に進んだのが、アメリカにとって幸いしたとザッカーは指摘しています。
 細かな話はここでは省略しますが、アメリカ人が誇りにする「フェアな社会」の基本は実はこの時期に作られたものであって、そしてこのときに作られた諸制度こそが、のちのアメリカの繁栄をもたらすものだったのだとザッカーは言います。

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点
山岸 俊男 (著)
集英社インターナショナル (2008/2/26)
P222

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点 (集英社インターナショナル)

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点 (集英社インターナショナル)

  • 作者: 山岸俊男
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/05/31
  • メディア: Kindle版

 

ラポール

  臨床心理学用語で「ラポール」という言葉があります。セラピストとクライアントとの間の心理的な関係性のことです。
もともとはフランス語で「橋をかける」という意味があります。つまり、相手の心と自分の心とのあいだに、橋が架かっている状態です。
心が通じ合って、互いに信頼し合い、相手を受け入れている状態を指してこう言います。

たった5つの感情でお客さまは動き出す!!―売り込まなくても結果が出る“感情集客術"
佐々 妙美 (著)
Clover出版 (2016/3/8)
P107

たった5つの感情でお客さまは動き出す!!―売り込まなくても結果が出る“感情集客術

たった5つの感情でお客さまは動き出す!!―売り込まなくても結果が出る“感情集客術"

  • 作者: 佐々 妙美
  • 出版社/メーカー: Clover出版
  • 発売日: 2022/10/15
  • メディア: Kindle版

 


 コミュニケーションにおいて相手に何かを働きかけるためには、まず、相手が自分に対して心を開いていることが必要です。
 相手が心をひ開いている状態、信頼感や安心感のある打ち解けた状態のことを「ラポール」といいます。
ラポール(raport)は、フランス語で「関係」という意味です。(「橋をかける」という意味であると説明されることもありますが、そうした意味はありません)。
 心を開くかどうかは意識で決めるわけではありません。無意識で決まります。ラポールは、無意識レベルで同調している状態です。
 ラポールがないと、コミュニケーションはうまくいきません。

脳と言葉を上手に使う NLPの教科書
前田 忠志 (著)
実務教育出版 (2012/3/23)>P45

脳と言葉を上手に使う NLPの教科書

脳と言葉を上手に使う NLPの教科書

  • 作者: 前田 忠志
  • 出版社/メーカー: 実務教育出版
  • 発売日: 2012/03/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

返報性のルール (快には快を 不快には不快を)

  脳のメカニズムの中には「快応答」というものがあります。
これは「快情報」を脳に与えてくれた人には、脳が「快」の情動で応答するというものです。
~中略~
これを社会心理学では「返報性のルール」とも言います。
いいことをしてくれた人に対しては、必ずいいことでお返しする。
~中略~

チャルディーニはこう言います。
「人は「不快」な情報をもたらす人を嫌う傾向にある」

小阪裕司 (著)
リーダーが忘れてはならない3つの人間心理
フォレスト出版 (2010/3/10)
P142

リーダーが忘れてはならない3つの人間心理 (Forest2545Shinsyo 10) (フォレスト2545新書)

リーダーが忘れてはならない3つの人間心理 (Forest2545Shinsyo 10) (フォレスト2545新書)

  • 作者: 小阪裕司
  • 出版社/メーカー: フォレスト出版
  • 発売日: 2010/03/10
  • メディア: 新書

 

 「社会的交換理論」という考え方があるのですが、これは要するに、人間関係というのはすべからく「交換」によって成り立っているという考え方です。
例えば、こちらが何かを言えば、それに対して相手も必ず何かを返してくれる。
お互いにこうしたことを確信できていると、人間関係を持続させようと思いますよね。
野田稔

こうして企業は再生する 2011年11月
大久保 恒夫 (その他), 野田 稔 (その他)
NHK出版 (2011/10/25)
P87  

こうして企業は再生する 2011年11月 (仕事学のすすめ)

こうして企業は再生する 2011年11月 (仕事学のすすめ)

  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2011/10/25
  • メディア: ムック

 社会を一つにまとめるために、人びとは共同で作業をし、たがいに助けあう。だがなかには、いつも人から受けとる以上にあたえてしまうという人もいる。
助けるべき人と助けなくていい人を、集団の中でどうやって見分ければいいのか。
判断はむずかしそうだが、意外に簡単な目安がある―自分を助けてくれた人を、助ければいい。つまり、「助けあい」である。おたがいに助けあうことが、世界に平和をもたらす。
~中略~
 私たちは自分を助けてくれた人を好きになり、好きになった人を助けようとする。だが、人は驚くほどささいなことのために、相手に好意を持つ。そしてささいなことのために、大きなものをあたえる。というわけで、助けがほしければ、まず自分から人を助けるほうがよさそうだ

その科学が成功を決める
リチャード ワイズマン (著), Richard Wiseman (原著), 木村 博江 (翻訳)
文藝春秋 (2012/9/4)
P82

 

その科学が成功を決める (文春文庫)

その科学が成功を決める (文春文庫)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/09/04
  • メディア: 文庫

 視覚的なアプローチでは、「ミラーリング」と呼ばれる手法を使います。相手と同じような姿勢、同じような座り方、同じような身体の動きやボディランゲージ、同じような表情をすることで、「共通点」を意識的に作り出すんです。あらかじめわかっていれば、相手と同じような服装をするのもいいでしょう。
 聴覚的なアプローチでは、「バックトラッキング」という手法を使います。
端的にいうと相手の言葉を「オウム返し」にするのです。そのままオウム返しにするだけでなく、相手の言葉を要約して返したり、重要なキーワードで言い返してもいいでしょう。

たった5つの感情でお客さまは動き出す!!―売り込まなくても結果が出る“感情集客術"
佐々 妙美 (著)
Clover出版 (2016/3/8)
P110

たった5つの感情でお客さまは動き出す!!―売り込まなくても結果が出る“感情集客術

たった5つの感情でお客さまは動き出す!!―売り込まなくても結果が出る“感情集客術"

  • 作者: 佐々 妙美
  • 出版社/メーカー: clover出版
  • 発売日: 2019/10/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
上高地

2026年6月17日水曜日

評判と信頼

 ネット取引をする場合に、評価システムを利用する目的が、当初は「危ない人」を見つけるためだったのが、「付き合っても大丈夫そうな人」を見つけるために変わったというわけなのです。
 この結果から分かったのは、評判には「追い出し」作用と「呼び込み」作用の二つがあるということです。
~中略~
 すなわち、悪い評判を流すことで相手を追い払うのではなく、いい評判を積み重ねていくことで自分のところに人が集まってくるようになるということです。
 老舗が人々の信頼を集めるのは、長年にわたり正直な取引を続け、客の期待を裏切らなかったからこそその店は「老舗」になれたのだろうとみんなが考えるからです。それが「ブランドの信用」というわけですが、ネット社会ではそうしたブランド化が企業のみならず、個人のレベルでも起きているということが言えるのではないでしょうか。
~中略~

 しかし、このオークション実験が示唆しているのは、見知らぬ他人が「泥棒」ではないかと過度に警戒してビクビク生きていくよりも、他人のいい評判に目を向け、そうして評判を確立した人たちと積極的に手を結んでいくほうが、信頼社会を構築するうえで重要なのではないかということです。

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点
山岸 俊男 (著)
集英社インターナショナル (2008/2/26)
P223

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

  • 作者: 山岸 俊男
  • 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
  • 発売日: 2008/02/26
  • メディア: 単行本

 

太宰府市

茶道

P14
茶道は貴婦人の居間に浸透したし、身分いやしい者の栖(すみか)にも入った。われわれの田夫は花を活(い)けることを知り、野人も山水を尚(たつと)ぶことを知るようになった。
人がその人生の劇に起る厳粛にして滑稽な関心事に無感動であるならば、われわれはそういう男を、俗に「茶気がない」と言う。逆に、浮世の悲劇に無頓着に自由奔放にはしゃぎまわる抑制のない審美家には、「茶気がありすぎる」という烙印を押す。

P34
 日本の茶の湯にわれわれは茶の理想の頂点をみる。一二八一年の蒙古襲来を首尾よく撃退したために、わが国は、中国がこの遊牧民族の侵入のために不幸にも断たれてしまった宋の文化運動を継続することができたのである。
茶はわれわれにとっては、飲む形式の理想化以上のものとなった。それは生の術の宗教である。その飲料は純粋と精巧にたいする崇拝の口実となり、主人と客が一緒になって、この折に現世の無上の幸福を作りだす神聖な役割を果たすものとなった。
茶室は生存の寂寞たる荒野の中のオアシスであり、疲れた旅人はそこに出会って、芸術鑑賞という共同の泉から渇きをいやすことができた。茶の湯は、茶、花、絵画を素材に仕組んだ即興劇であった。茶室の調子を乱す一点の色もなく、物事のリズムをそこなうもの音一つ立てず、調和を破る身の動き一つなく、周囲の統一を破る一言も口にせず、すべて単純に自然に振舞う動作―こういうものが茶の湯の目的であった。そしていかにも不思議なことに、それがしばしば成功したのであった。そのすべての背後には微妙な哲理がひそんでいた。茶道は変装した道教であった。

茶の本
岡倉 天心 (著),桶谷 秀昭 (翻訳)
講談社 (1994/8/10)

英文収録 茶の本 (講談社学術文庫)

英文収録 茶の本 (講談社学術文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1994/08/10
  • メディア: 文庫

 

旅の恥はかき捨て

P50
 「日本人らしさ」なるものは、実は日本の社会で生きていくための知恵、むずかしい言葉でいえば「戦略的行動」に過ぎないのではないかというのが私の考えであり、私が研究している「社会心理学」の考えであるのです。
 つまり、日本人とアメリカ人の行動パターンの違いは、文化に違いがもたらしたものというよりも、その人が置かれている「環境」、つまり社会のあり方がもたらしたものにすぎないというわけです。

P128
 つまり、普段その人のおとなしい性格や、真面目な行動はその人自身の心の働きや心の性質から生まれたものではなく、そういうふうに振る舞うのが「戦略的にトクをする」から、そうしているだけのこと。
したがって環境が変わって、大人しく振る舞わなければいけない状況がなくなれば、大胆なことでも平気でできるし、それを恥ずかしいとも思わない。まさに「旅の恥はかき捨て」になってしまうわけです。

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点
山岸 俊男 (著)
集英社インターナショナル (2008/2/26)

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点 (集英社インターナショナル)

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点 (集英社インターナショナル)

  • 作者: 山岸俊男
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/05/31
  • メディア: Kindle版

太宰府市

謝意は受け取れ

 感謝を本気で拒絶すると、相手は侮辱されたと思う。
「曙光」

超訳 ニーチェの言葉
白取 春彦 (翻訳)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/1/12)
146

超訳ニーチェの言葉

超訳ニーチェの言葉

  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2012/10/18
  • メディア: Kindle版

 

P210
実のところ、これは今に至るまで私の痛恨事の一つである。どうして私はあの時、差し出された缶コーヒーを断ったのだろうか。
 本当に、どうして断ったのだろう。私はもともとコーヒーが好きではない。また、その時は後で駅の喫茶店で何か飲もうと、約束はしていた。
しかし、そんなことが理由になるのか。あの時、身動きとれず、できることがほとんどない状況で差し出された、患者さんの好意と感謝のしるしを断るなんて、今となっては人非人の所業と思える。
いや、今となってから思うのではない、あの時患者さんの病室を辞した時以来、ずっと私は後悔し続けている。
~中略~
 以降私は、次のことを自分に課しており、また私の後輩たちに言っている。  回診の時に、時々患者さん(中高年の女性が多い)から、「先生もどうですか」などとお菓子や果物を勧められることがある。その時には決して断ってはならず、礼を言ってもらった上で、その場で食べなければならない。ここが重要である。~中略~
大袈裟に言えば、これは私の会得した、臨床医の極意の一つだと、本気で思っている。私はこれを心理学の用語で説明することはできないが、しかし、これが「極意」であることは欠片も疑いをもっていない。
~中略~
 柄にもなく慌てて付け加えるが、別に患者は金品を差し出せと言っているのではない。
差し出すと何か良いことがあるかというと、普通は何もない。医者の方は、誰から何をもらったか、ほとんど覚えていないからである。
だから何かを贈ったからといって扱いがよくなることを期待はできないし、医者との関係が特別良くなることもないだろうと思う。
いつか、私の病院に、「金品を贈ったにもかかわらず、それを受け取られたにもかかわらず、扱いが良くならなかった」という患者からの苦情があったそうだが、そういう時、医者連中は「何と卑しい人だ」と、むしろ患者の側を軽蔑する。
したがって、そうした下心のある場合はへたに贈り物などしない方がよいかも知れない。
 最近はどこの病院に行っても、「もらいものはお断り」の札が貼ってあるし、実際全部断るところもあるようだが、くれるというんものは受け取るべきであろう。
この「お断り」は看護婦の方が徹底しているようで、私も子供が生まれた時に、退院時に病棟へ菓子折りを差し出したが、頑として受け取ってもらえず突っ返された。非常に不愉快であった。
 もっと極端な例では、私の病院で、患者さんが自分の畑でとれたという葡萄を病棟宛に送ってくれたが、看護部が返せと命令し、病棟が「丁重な礼状」とともに送り返したそうだ。患者さんはそれならと担当医宛に送りなおしたが、それが届いた時には葡萄は腐ってしまっていたという。
こういうことはまことに失礼であるし、不人情この上ない。~中略~
 人情は、「倫理」や規則よりも上位である。
 もらう側にも礼儀は必要である。恐縮して、また喜んで、もらわねばならない。

P216
 正直に白状するが、誰からいくらもらったか覚えてなくても、総体として何がしかの「お礼」があると、医者は嬉しいしモチベーションが上がる。それを卑しいというのであれば、もちろん卑しい。しかし開き直るようだが、何かを頼むとき手土産の一つも下げるのは世の中の常識の一つではないのか?
~中略~ 汚職は国を滅ぼさないが正義は滅ぼすと喝破したのは山本夏彦翁であった。ちなみに、患者になったときにいろんな裏工作をしてどうか便宜を図ってもらおうとするのが一番目に余るのは新聞記者をはじめとするマスコミ関係の人間だ、というのは医者の間でよく言われることの一つである。

P217
 私がまだ二十代のころ、そのとき勤務していた病院に、地元のヤクザの親分が入院してきた。付き添っている子分ともども、物腰は非常に丁寧であった。入院二日目か三日目に、何か封筒に入れたものを渡された。どうしたわけか病院の封筒であったので、何かの書類かと思い受け取ってしまった。
~中略~
ナースステーションで開けたら大枚のお金であり、たまたまそこにいた部長に相談したところ、「バカ野郎!すぐ返して来い!」と怒鳴られ、病室に戻りなんとか押しかえしてきたが、すぐに子分二人がやってきて「先生、社長がお呼びだからおいでください」。
 大男にはさまれて震えながら病質に行ったところ、親分からあくまでも丁寧に紳士的に受け取ってくれと頼まれた。とにかく上がうるさいので、という情けない言訳の一転張りで逃げ帰ってしまうのがやっとだった。
 別の日、子分の一人が婦長に「この病棟の看護婦さんは全部で何人か」と何気なく聞いたので、婦長も何人です、とすぐに答えてしまった。次の日、その人数分の高級菓子の詰め合わせセットを子分が重たそうに運んで、「皆さんへ」。婦長も真っ青になってしどろもどろで親分の病室に返しに行く、さすがに親分憮然として「一体何だったら受け取ってもらえるんですか」。
婦長も気の毒になったのか、「お花くらいだったら」とうっかり答えてしまったところ、その翌日はものすごく立派な胡蝶蘭が何鉢も届いた。これはそれでもなーすステーションにしばらく飾ってあった。
 もちろん親分に悪気があったわけではなく、またこれで医療者の歓心を買おうなどというようなケチな根性ではなかったのだと思う。そもそも当然のごとく特別室に入って、初めから違う扱いを受けていたわけであるし。
私は今、あのときの部長の年齢と同じくらいになっているが、今だったら、まあ大枚の現金は別として、あのお菓子は病棟を代表してお礼を述べた上で、有り難く頂戴してもよかったかなという気もする。
 こういうのではなく、いわゆる心のこもった贈り物というのももちろんある。一番嬉しかったのは、以前、高校生の男の子からもらったものである。
~中略~
 何はともあれ良くなって、親御さんにも感謝された。もらったのは、広島かどこかへの修学旅行のお土産のしゃもじである。もちろんつまらないものには違いない。ただ、私の記憶と理解が正しければ、修学旅行で子供が使えるお小遣いは決まっているはずである。
その子は、大したことない予算の中から私のために幾許(いくばく)かを使ってくれたのだから、これを喜ばずしてなんとしよう。
~中略~
 さてつい先日のことである。私は外来の診察室に六十代後半男性の患者さんを呼び入れた。肺癌で化学療法の後、頬部に放射線の照射を行ったが、その後急激に腰椎の転移が出現また増悪し、強い腰痛のため車椅子でこられた。 ~中略~ 診察室に車椅子で入ってこられたとき、その患者さんは手にホットの缶コーヒーをもっていた。わたしを見るなり「先生、コーヒー飲むかい?」と差し出された。
冬場であったが診察室は暖房が効いており、私はのどが渇くのでペットボトルのミネラルウォータを脇において飲みながら外来診察をしていたが、すぐに(と言いたいが、もしかしたら一瞬の間合いはあったかもしれない)「あ、ありがとうございます」と受け取って缶を開け、飲みながらその患者さんの診察をした。
~中略~
 ご長男は診察室から出られる前に、私に「コーヒー飲んでいただいて有難うございました」とにっこり笑って礼を言われた。
 私はこの時、うれしそうに、また美味しそうに、コーヒーを飲めていたのだろうか。

偽善の医療
里見 清一 (著)
新潮社 (2009/03)

 

偽善の医療 (新潮新書)

偽善の医療 (新潮新書)

  • 作者: 里見 清一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/03/01
  • メディア: 新書
竈門神社 太宰府市

一人でいられる能力


イギリスの精神分析家で小児科医でもあったドナルド・ウッズ・ウィニコットは、まさに「一人でいられる能力」について書いています。
それによると、赤ん坊が一人でいられる能力は、孤独を経験させることで高まるのではありません。
むしろ、母親に愛された赤ん坊のほうが、その能力が高いといいます。

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門
和田 秀樹
(著)
青春出版社 (2015/4/16)
P101

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門 (青春新書インテリジェンス)

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門 (青春新書インテリジェンス)

  • 作者: 和田 秀樹
  • 出版社/メーカー: 青春出版社
  • 発売日: 2015/04/16
  • メディア: 新書

 

竈門神社 太宰府市