2026年6月22日月曜日

P63
物有り混成し、天地に先だって生ず。
寂兮(せっけい)たり寥兮(りょうけい)たり、独り立って改わらず、周行して而も殆(つか)れず。
以て天下の母爲(た)る可し。吾其の名を知らず。
之を字(あざな)して道と曰う。強いて之が名を爲(な)して大と曰う。
大を逝(せい)と曰い、逝を遠と曰い、遠を反(はん)と曰う。
故に道は大なり、天は大なり、地は大なり、王も亦(ま)た大なり。
域中に四つの大有り、而(しこ)うして王は其の一に居る。
人は地に法(のつと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。

~中略~
形はないが、完全な何ものかがあって、天と地より先に生まれた。それは音もなく、がらんどうで、ただひとりで立ち、不変であり、あらゆるところをめぐりあるき、疲れることがない。
それは天下(万物)の母だといってよい。その真の名を、われわれは知らない。(仮に)「道」という字(あざな)をつける。 真の名をしいてつけるならば、「大」というべきであろう。
「大」とは逝ってしまうことであり、「逝く」とは遠ざかることであり、「遠ざかる」とは、「反(かえ)ってくる」ことである。だから「道」が大であるように、天も大、地も大、そして王もまた大である。こうして世界に四つの大であるものがあるが、王はその一つの位置を占める。
人は地を規範とし、地は天を規範とし、天は「道」を規範とし、「道」は「自然」を規範とする。

P77
「道」によって君主を助けようとする人は、武力を用いて天下をおびやかすことをしない。
そのようなことは、はねかえってくるのがつねだからだ。
軍隊のたむろしたところには、いばらやとげの木がはえる。大きな戦いのあとには、きっと凶作がくる。
すぐれた人(将軍)は目的をとげればそこでやめる。勝利をそれ以上に進めようとはしない。
目的をとげても、したことを誇りとしてはならない。目的をとげても、これみよがしにしてはならない。
目的をとげても、傲慢になってはならない。目的をとげても、粗暴であってはならない。活気に満ちたものにも、その衰えのときがある。
これ(粗暴)は「道」に反することとよばれる。「道」に反することは、すぐに終わってしまう。

P177
「老子」の書が「道徳経」の別名を有するのは古く、おそらく漢代からであろう。
「道」という字は全部で七十六回みえ、「徳」の字は四十四回現われる。ゆえに「道」は老子の思想における諸概念の中で最も重要なものであり、キイ・ワードである。老子と荘子の学派を道家と称するのは理由のあることである。
~中略~
 この二つの章から、「道」が単なる道路でなく、また儒家のいう人倫の道でもないことがわかる。「道」は万物の根源であるから、論理上、あらゆる物に先行する。それはすべての物が成立する根拠である。
こういうと「道」は宋代の哲学者のいう「理」に似てくる。朱子の哲学では「形なく影無き」ものが「理」であり、この抽象性を「形而上」とよぶ。けれども、老子の「道」は、実は特殊な具体性をもっている。
~中略~
老子は何らかの方法で神秘的経験をし、その到達した境地を語ったにちがいない、と私は思う。

P180
「道」はすべてのものをあらわしめる原理である。原理であるから、永久不変でなければならない。それを意味する「常」も老子の好んで使う語である。「常を知るを明という」(第十六章など)。不変なるものを知るのは英知の輝きとされる。「常」は原理そのものの属性であるが、それを知ることは、人の心にあるが、そのためには心の平静さが要求される。

P182
 このような「道」にのっとって、人もまた「無為」であること、よけいな行動をしないことを老子は教える。無為と自然は同じ事の両面である。

老子
小川 環樹 (翻訳)
中央公論社; 改版 (1997/03)

老子 改版 (中公文庫 お 25-2)

老子 改版 (中公文庫 お 25-2)

  • 作者: 小川 環樹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1997/03/01
  • メディア: 文庫

~中略~
形はないが、完全な何ものかがあって、天と地より先に生まれた。それは音もなく、がらんどうで、ただひとりで立ち、不変であり、あらゆるところをめぐりあるき、疲れることがない。
それは天下(万物)の母だといってよい。その真の名を、われわれは知らない。(仮に)「道」という字(あざな)をつける。 真の名をしいてつけるならば、「大」というべきであろう。
「大」とは逝ってしまうことであり、「逝く」とは遠ざかることであり、「遠ざかる」とは、「反(かえ)ってくる」ことである。だから「道」が大であるように、天も大、地も大、そして王もまた大である。こうして世界に四つの大であるものがあるが、王はその一つの位置を占める。
人は地を規範とし、地は天を規範とし、天は「道」を規範とし、「道」は「自然」を規範とする。

P77
「道」によって君主を助けようとする人は、武力を用いて天下をおびやかすことをしない。
そのようなことは、はねかえってくるのがつねだからだ。
軍隊のたむろしたところには、いばらやとげの木がはえる。大きな戦いのあとには、きっと凶作がくる。
すぐれた人(将軍)は目的をとげればそこでやめる。勝利をそれ以上に進めようとはしない。
目的をとげても、したことを誇りとしてはならない。目的をとげても、これみよがしにしてはならない。
目的をとげても、傲慢になってはならない。目的をとげても、粗暴であってはならない。活気に満ちたものにも、その衰えのときがある。
これ(粗暴)は「道」に反することとよばれる。「道」に反することは、すぐに終わってしまう。

P177
「老子」の書が「道徳経」の別名を有するのは古く、おそらく漢代からであろう。
「道」という字は全部で七十六回みえ、「徳」の字は四十四回現われる。ゆえに「道」は老子の思想における諸概念の中で最も重要なものであり、キイ・ワードである。老子と荘子の学派を道家と称するのは理由のあることである。
~中略~
 この二つの章から、「道」が単なる道路でなく、また儒家のいう人倫の道でもないことがわかる。「道」は万物の根源であるから、論理上、あらゆる物に先行する。それはすべての物が成立する根拠である。
こういうと「道」は宋代の哲学者のいう「理」に似てくる。朱子の哲学では「形なく影無き」ものが「理」であり、この抽象性を「形而上」とよぶ。けれども、老子の「道」は、実は特殊な具体性をもっている。
~中略~
老子は何らかの方法で神秘的経験をし、その到達した境地を語ったにちがいない、と私は思う。

P180
「道」はすべてのものをあらわしめる原理である。原理であるから、永久不変でなければならない。それを意味する「常」も老子の好んで使う語である。「常を知るを明という」(第十六章など)。不変なるものを知るのは英知の輝きとされる。「常」は原理そのものの属性であるが、それを知ることは、人の心にあるが、そのためには心の平静さが要求される。

P182
 このような「道」にのっとって、人もまた「無為」であること、よけいな行動をしないことを老子は教える。無為と自然は同じ事の両面である。

 

道家の創始者は春秋時代の老子(名は李耳(りじ))とされ、代表人物に列子(列禦寇(れつぎょこう))や荘子(荘周)らがおり、それぞれの著した書物とされる「老子」「列子」「荘子」が現存する。
また漢の淮南王(わいなんおう)・劉安(紀元前一七九~前一二二年)が学者を集めて編纂した「淮南子」も道家思想を伝える重要な書物である。
道家思想が「黄老の学」ともいわれるように、その源は今から四千五百年前の上古の帝王で、中華民族の先祖とさえれる黄帝の思想にさかのぼることができる。

P12
 道家思想の根幹をなす概念は文字通り「道」であり、これが「道家」と呼ばれる所以である。道家思想の影響を受けた韓非子は「老子」の解説において。「道とは万物の依拠する法則であり、万理の従う準則である」(「韓非子」解老)と説明している。
~中略~
 荘子も「道は機能しながら、何の作為もなく、形も見えない。伝えられるものだが、手に取って受けることはできない。得られるものだが、目には見えない。自らを根源とし、まだ天地がなかった古よりすでに存在している。
鬼神を生み帝王を生み、天を生み地を生む」(「荘子」内篇・大宗師)と述べている。

老荘思想の心理学
叢 小榕 (著)
新潮社 (2013/02)
P11

老荘思想の心理学 (新潮新書)

老荘思想の心理学 (新潮新書)

  • 作者: 叢 小榕
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/02/01
  • メディア: 単行本

 

自然に為成(な)すべき筋の出づる、是れ道なり。
(「中庸講筵録」)

山田方谷のことば―素読用
山田方谷に学ぶ会 (編集)
登龍館 (2007/07)
P55

山田方谷のことば (サムライスピリット)

山田方谷のことば (サムライスピリット)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 登龍館
  • 発売日: 2015/05/01
  • メディア: 単行本


山田方谷をご存じだろうか。幕末明治の儒者である。農民出身。備中松山藩五万石で奇跡の藩政改革をなしとげた。一般には司馬遼太郎の小説「峠」 などにでてくる越後長岡藩の河合継之助(つぐのすけ)が師に選び、その思想を育てた人物といったほうがなじみ深いかもしれない。
 陽明学者の安岡正篤(まさひろ)が「古代の聖賢は別として、近代の偉人といえば、私はまず山田方谷を想起する。この人のことを知れば知るほど文字通り心酔を覚える」といった。安岡は「終戦の詔勅(しょうちょく)」に筆を入れ、存命中、元号平成の創案にも関与したとされる人である。
~中略~
 こういう男の改革が、民を不幸にするはずがない。松山藩五万石の借金一〇万両をわずか一〇年で完済し、一〇万両の貯蓄を作ったが、きちんと民の懐もあたためた。
藩内に、備中鍬(ぐわ)の製造など金属産業をおこし、大坂商人に中間で利を奪われぬよう、慎重に船で江戸まで運んで販売し、民に利をわけた。未来の産業成長につながる部門の育成は長期的に考え、資金を集中投下し成功した。
 官僚化した組織は既存路線の踏襲でしか考えない。方谷はそれを改革した。「物事をかき分けてみなさい。今は葎(むぐら)(雑草)が茂っていても中に真っ直ぐな道がみつかるもの」といっている。至言といってよい。

日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで
磯田 道史 (著)
中央公論新社 (2017/10/18)
P177

日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで (中公新書)

日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで (中公新書)

  • 作者: 磯田 道史
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/10/18
  • メディア: 新書

P31 この本の題名(原題 The path)は、しばしば中国の思想家が<道>と呼んだ概念からきている。道は、わたしたちが努力して従うべき調和のとれた「理想」ではない。そうではなく、道は、自分の選択や行動や人間関係によってたえまなく形づくっていく行路だ。
わたしたちは人生の一瞬一瞬で新たに道を生み出している。
 道には、本書のすべての思想家が賛同しただろう統一されたとらえ方というものは存在しなかった。
思想家たちはそろって当時の社会の慣習に反論したが、人がいかにして人生の行路をひらくかという点では、それぞれが大きく異なるとらえ方をした。それでも、意見が一致する点が一つあった。
行路を切りひらく過程そのものが、自分と自分の生きる世界を変える無限の可能性を秘めているという点だ。

P117
 老子にとって<道>とは、ことばで言いあらわせない、分化していない原始の状態であり、あらゆるものに先立つものだ。それは、
 混沌としてすべてを内包するものであり、天地が生まれる前から存在していた。【20】
 宇宙のあらゆるものがそこから生じ、宇宙のあらゆるものがそこへ帰っていく。
また、道は複数のレベルに存在する、地上のレベルでは、地に似ている。地表に生えている一本の草の葉を考えてみよう。育つにつれて草は別個のものとして分化し、もっと大きくなるにつれて、さらに道から分離していく。十分に成長したオークの大木より、若木のほうが道に近いのはそのためだ。しかし、地に育つあらゆるものは、死ぬとふたたび地、すわわち道に帰る。
 万物は盛んに生長している。わたしには、そのすべてがまたもとに帰っていくのが見てとれる。物はしきりに生成し繁茂するが、それぞれ生まれ出た根もとに帰っていく【21】
※20物(もの)あり混成(こんせい)し、天地に先立ちて生(しょう)ず。
※21万物並び(なら)び作(おこ)り、われもってその復(かえ)るを観(み)る。それ物の芸芸(うんうん)たる、おのおのその根に復帰す。

P144
 道はいつもなにごともなさず、それでいて、なされていないことは一つもない。もし諸侯や王が、このような道のあり方を守っていけるなら、万民は自然と感化されるだろう。【29】
※29 道は常に無為にして、しかもなさざるなし。候王、もし能(よく)これを守らば、万物、まさに自(おのず)ら化(か)せんとす。

ハーバードの人生が変わる東洋哲学──悩めるエリートを熱狂させた超人気講義
マイケル・ピュエット (著), クリスティーン・グロス=ロー (著), 熊谷淳子 (翻訳)
早川書房 (2016/4/22)

ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義 (早川書房)

ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義 (早川書房)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: Kindle版

大山 鳥取県

後悔は未来へのバネにはならない

   宮本武蔵対佐々木小次郎の、この決闘は慶長十七年(一六一二)四月十三日に関門海峡の巌流島(むかしは船島とも向島とも言った)で、実際に行われた。
いまは小倉郊外の、海峡を見下ろすすばらしい眺めの手向山に武蔵と小次郎の碑が仲良く建ち、この日に武蔵・小次郎祭が賑やかに行われている。~略  「いずれの道にも、わかれをかなしまず」「世々の道に背くことなし」などと、「五輪書」「独行道」などの著書で名言を数々残している武蔵であるが、なかでも有名なのは、
「我事において後悔せず」
 これを「われ事において」と読んで、自分のした一つ一つのことには後悔しない、と解する人が多く、狭小な理解じゃないかと考えているが、今回は余計な議論はやめる。
  いずれにせよ後悔は未来へのバネにはならないのである。人を奮い立たせてくれない。反省するのはいいが、後悔はほどほどがよかろうか。

この国のことば
半藤 一利 (著)
平凡社 (2002/04)
P137

この国のことば

この国のことば

  • 作者: 半藤 一利
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2002/04/01
  • メディア: 単行本


 人生の選択における重大な選択であればあるほど、後悔したくないために、私たちは「失敗しない選択」や「最善の選択」をするように動機づけられる(4)。
しかし、困ったことに、人生における重大な選択は、選択をする際には、何が最善であるかは不明確であることが多い。 例えば、恋愛結婚が87%を超えるわが国(5)の2015年の離婚件数は、22万6215組である(6)。個々の状況により様々な理由が考えられるが、”この人が運命の人だ”と乾坤を決意しても、数年後の自分が同じように感じられるかを予測することは難しいのである。
これは心理学の研究でも裏付けられており、「今後10年の自分の変化予測」と「過去の10年の変化の実際」を比較すると、どの年代においても、予測は実際の変化を大きく下回ることがわかっている(7)。
要するに、人は現在を過大評価するするため、未来を正確に予測して、選択するのは難しいのである。
人生の重大な選択において、多くの人が後悔しないよう、慎重に選択をするにもかかわらず、人生には後悔がつきものであるのはこのためといえよう。
 しかし、たとえ過去の自分の選択に後悔をした場合でも、人は後悔を取り戻すことができる。
100歳を超えても、ホスピスの臨床に立ち続けた日野原重明氏は、著書の中で、「いのちの長さは未知であるけれど、人生は失敗ばかり、後悔ばかりという人ほど長生きをするべきだと僕は思います。
長生きして、その失敗や後悔を、残された人生で取り戻してほしいのです」と述べている(8)。
ローズらの行った大学生を対象にした心理学的研究(9)では、様々な否定的な感情(例えば、怒り、不安、退屈、恐怖、罪悪感など)の中で後悔は最もポジティブな機能をもつと評価されている。
後悔をしても、今後の失敗を避けようと行動を改善できたり、物事に取り掛かるときの洞察力が高まったり、人々が将来をよりよくするための役に立っているというのである。

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者
大竹 文雄 (著), 平井 啓 (著)
東洋経済新報社 (2018/7/27)
P152

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2018/07/27
  • メディア: 単行本

大山 鳥取県

無為バイアス


 医療における決断の分析を行った認知心理学者は「無為バイアス(omission bias)」と呼ばれるものについて叙述している。
すなわち、もし自分が治療の選択などに深く関わって望ましくない結果、ことに副作用などが出た場合よりひどく後悔することになるだろうと恐れて、あえて積極的に自分で決定を下したくない、というひとが出てくるのだ。
この後悔することへの恐れのために患者によっては治療の選択権を放棄してしまう。

決められない患者たち
Jerome Groopman MD (著), Pamela Hartzband MD (著), 堀内 志奈 (翻訳)
医学書院 (2013/4/5)
P105

決められない患者たち

決められない患者たち

  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2013/04/05
  • メディア: 単行本

「不作為バイアス」とは、自分が何か行動した結果悪いことが発生することの方が、自分が何もしなかったために悪いことが発生した場合よりも、「悪いことだ(損失が大きい)」と認識しやすいバイアスのことである。

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者
大竹 文雄 (著), 平井 啓 (著)
東洋経済新報社 (2018/7/27)
P211

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2018/07/27
  • メディア: 単行本

 

九重連山 大分県

ポジティブ・イリュージョン

  最近、一部の心理学者の間からは、重いうつ症状ではなく、比較的マイルドなうつ傾向や抑うつ気分にある人に関して、従来とは異なる考えが提唱されるようになってきました。
 彼ら・彼女らは言います。「うつの人が現実を正しく認識できないというのは間違いだ。うつ傾向を持つ人こそ、じつはふつうの人よりも正しく現実を認識していることが多いのだ」と。
しかもこう続けるのだから驚きです。「精神的に健康とされている人こそ、むしろ現実をゆがめて認識しているのだ」
~中略~
 この認識のゆがみのことを、心理学では「ポジティブ・イリュージョン」と呼んでいます。
~中略~

 ポジティブ・イリュージョンとは、物事を前向きに、もっと言えば自分に都合がいいように無意識にゆがめて解釈する、不思議な心の働きを指します。

 その具体的な特徴として、ポジティブ・イリュージョンの名づけ親でもある心理学者のシェリー・テイラーは、次の3点を挙げています。
 ①自分自身を、現実よりも肯定的にゆがめて認識している
 ②周囲の状況において、実際以上にコントロール可能だと信じている
 ③将来について、根拠のない楽感主義を持っている

菊池聡

40歳の教科書NEXT──自分の人生を見つめなおす ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編
モーニング編集部 (編集), 朝日新聞社 (編集)
講談社 (2011/4/22)
P105

40歳の教科書NEXT──自分の人生を見つめなおす ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編

40歳の教科書NEXT──自分の人生を見つめなおす ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/04/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


P109
ポジティブ・イリュージョンが存在する理由のひとつ目は、「成長」です。
 我々の人生において、ポジティブイリュージョンがもっとも強く働くのは、子ども時代だとされています。
 経験が浅く、精神的・肉体的に未成熟な子どもたちは、たくさんの困難にぶつかりながら成長していきます。そうした困難を乗り越えるには、どうしても自分の力を過信するポジティブ・イリュージョンが必要なのです。
~中略~

 続いて二つ目の理由ですが、これは「心の免疫システム」という言葉で説明ができます。
 我々の生きる世界はあまりにストレスが多く、ありのままに受け止めるのは苦しすぎる。そこで、現実に対してポジティブ・イリュージョンというフィルターをかけることによって、嫌なノイズをふるい落とし、つらい現実を受け止めやすいものに再構築してゆく。
~中略~

 冒頭に述べた「うつの傾向を持つ人は、正しく現実を認識している」という主張は、「抑うつの現実主義(リアリズム)」と呼ばれ、ポジティブ・イリュージョンがうまく働かない状態にあることを意味しているのです。
菊池聡

 

40歳の教科書NEXT──自分の人生を見つめなおす ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編

40歳の教科書NEXT──自分の人生を見つめなおす ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/04/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか

P173
 さて、この信頼に関係するオキシトシンですが、その受容体の遺伝子スニップのひとつであるrs53576が「どれくらい人に共感するか」と関連するということがカリフォルニア大学バークレイ校心理学科のグループによって報告されました。
この研究によるとGGタイプの人はAAまたはAGタイプの人に比べて、「共感テスト」の成績が高いというのです。

 さらに米国国立精神衛生研究所(NIMH)の研究グループによって、rs53576がGGタイプの人は、社会的報酬への依存性がAAタイプの人に比べ高い、ということが、報告されました。
「社会的報酬への依存性」の得点が高い人というのは、他の人に認められたりほめられることへの依存度が高い、という意味で、この種の人は、社交性が高く、社会的承認を求める気持ちも高い。また、社会的なフィードバックからの学習能力も高い。
つまり、他の人からの意見に耳を傾けて自分の行動や態度を変えたりする傾向が強いという特徴がある。
一方、「社会的報酬への依存性」の得点が低い人は、社会的に孤立しがちで、冷たい人間関係を築きやすい傾向にあるそうです。

P178
クロニンジャー博士は、新奇性探索にはドーパミン、損害回避にはセロトニン、報酬依存にはノルアドレナリンが、それぞれの気質を特徴づける神経伝達物質であるという仮説を提唱していますが、これは日本でも一般にずいぶん普及しているようです。
 しかしながら、この仮説はそれなりの生物学的な証拠にもとづいてはいるものの、かなり大雑把なもので、ことを単純化しすぎているということが近年明らかになてきています。
~中略~

 さらにいえば、ドーパミンD4受容体のrs1800955が新奇性探索の気質を説明する割合もたかだか3%で、他の分子をコードする遺伝子の影響を足したものの影響力の方がはるかに高いのです。
~中略~

ですから、「ドーパミンタイプの性格」とか「セロトニンがすくないタイプの人」というような表現は、あまり科学的とはいえません。

「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか―パーソナルゲノム時代の脳科学
宮川 剛 (著)
NHK出版 (2011/2/8)

「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか パーソナルゲノム時代の脳科学 (NHK出版新書)

「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか パーソナルゲノム時代の脳科学 (NHK出版新書)

  • 作者: 宮川 剛
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2016/11/30
  • メディア: Kindle版


 犯罪心理学者のレインは、双子を対象とした研究の結果、子どもの反社会的行動の40%から50%は、遺伝によって説明できると主張しています。
さらに、両親、教師、同世代の友達という3者の情報提供者の評価を平均して、対象となる子どもが実際どのように行動しているかを抽出したところ、環境要因はわずか4%にすぎず、残り96%が遺伝によるものであったとしています。
~中略~
 個人の幸福度には遺伝的な影響があるのでしょうか?あるとすればその影響はどの程度なのでしょうか?
 行動遺伝学者のリッケンとテレゲンらのグループによって行われた「幸せな双子の研究」と呼ばれる有名な双子研究があります。彼らはミネソタ双生児登録からデータを入手し、ミネソタ州で生まれた双子たちを追跡調査しました。
 その結果、一卵性双生児のうちのひとりの幸福度を調べれば、もうひとりの幸福度の値がほぼ推定できる、ということがわかりました。
一卵性双生児の幸福度は、環境が違っていてもにかよっていたのです。また環境要因として、収入額、配偶者の有無、職業、宗教などについても調査されています。
 収入額が幸福度の変化に与える影響は2%以下、配偶者の有無が与える影響は1%以下でした。職業、宗教の影響が小さいことも明らかになりました。

空気を読む脳
中野 信子 (著)
講談社 (2020/2/20)
P186

空気を読む脳 (講談社+α新書)

空気を読む脳 (講談社+α新書)

  • 作者: 中野信子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/02/20
  • メディア: Kindle版

 

「甘え」今昔

P288
 すなわち甘えはまず一義的には感情である。この感情は欲求的性格をもち、その根底に本能的なものが存在する。

P292
 日本では依存的な人間関係が社会的規範の中に取り入れられているのに、欧米ではそれを締め出しているために、前者では甘えが発達し後者では発達しなかったというものである。

P1
 一九七五年には「「甘え」の構造 補遺」を発表し、一九八〇年には「「甘え」再考」を書き、刊行二〇周年の一九九一年には「甘え」が本来非言語的心理であるという事実をめぐって新しい序文を書き、更に二〇〇一年には「続 「甘え」の構造」を出版して「甘え」概念の総括的考察を試みた。しかし恰度(ちょうど)その頃から私の「甘え」理論に対し表だって異論を唱える者もでなくなったのである。

 さてこのことは私の持論が一般の認めるところとなったことを意味するものなら結構な話だが、必ずしもそうとは言えないことが問題である。
 というのはこの頃から人間関係についての一般の関心が急速に失われてきたように思われるからである。「甘え」は本来特別に親しい二者関係を前提とする。それこそ相手あっての「甘え」である。例えば、親子関係、夫婦関係、師弟関係、親しい友人関係などがそれに相当する。
~中略~
しかしこのような二者関係の特異性重要性は近年急速に失われつつあるのだはないだろうか。
~中略~
今や「甘え」といえば人々は一方的な「甘やかし」かひとりよがりの「甘ったれ」のことしか考えなくなったのだ。
~中略~
しかし今やこの二語が「甘え」を代表するものになったとすれば、そのことに言及しない本書は現代人の感性にもはや訴えないということにもなりかねなねまい。

P6
しかし今や、この本が出てから三十数年を閲(けみ)した今日、事態はますます深刻さを増していることが誰の目にも明らかなのではあるまいか。
 この点は近年特に家庭をめぐる事件ないし犯罪が一段と急増し深刻になっている事実が端的に示すところであると思う。本来なら家庭こそ「甘え」の育つ場所であったはずだ。しかしその家庭が今や不安定となり、こわれやすく、多くの悲劇の現場となっている。

「甘え」の構造 [増補普及版]
土居 健郎 (著)
弘文堂; 増補普及版 (2007/5/15)

「甘え」の構造 [増補普及版]

「甘え」の構造 [増補普及版]

  • 作者: 土居 健郎
  • 出版社/メーカー: 弘文堂
  • 発売日: 2007/05/15
  • メディア: 単行本

 

P55
愛情不足が問題行動の原因である、といわれることはよくあります。息子の場合、親が(父親でなく母親)子どもを抱きしめなければ愛情が不足して将来学校に行かなくなるとまでいわれました。
 しかし今日愛情不足というよりは親の側からいえば愛情過多、子どもの側から言えば、十分愛されているにもかかわらずもっと愛してほしい、親の愛を自分だけに向けないと気がすまないという意味で愛情飢餓のケースのほうが多いのではないか、と思います。 そういう子どもたちを抱きしめるとどうなるかといえばますます甘やかすことになってしまいます。

P123
子どもが甘やかされた子どもになるためには、プラトンの言い方に従えば、そのことを「善し」とする判断がなければならず、アドラーであれば、甘やかされた子どもになる目的は、各人の「創造力」によって創り出されるのであり、そのような選択や行動に先行する出来事や、外的事象は「副原因」(影響因)であっても「真の意味での原因」(決定因)ではないわけです。  この場合、親の甘やかすという働きかけが自分にとってメリットがある、と判断したとき、その働きかけを自分の目的のために使うのです。

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために
岸見 一郎 (著)
KKベストセラーズ (1999/09)

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

  • 作者: 岸見 一郎
  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 1999/09/01
  • メディア: 新書

 

P108
<甘え>の客観的指標があるわけでもない。精神科医が患者の行動に同調できず、患者に対して陰性感情をもつにいたった時、患者の中に<甘え>があるとされるのである。
 疾患の有無が精神の専門家としての了解に裏打ちされているのに対し、<甘え>の有無は一般常識人としての感情的同調に裏打ちされているといえる。精神科医にとって、疾患は治されるべきものであるのに対し、<甘え>はしつけられるべきものであり、元来疾患とは無関係である。
しかし、精神科医が<甘え>という言葉を発したとたんに、この言葉は疾患という言葉同様<精神医学化>される。
言葉の<精神医学化>とは、医師が患者の行動を精神医学的に説明する際に使用できるよう、言葉を加工することである。それにより、疾患と<甘え>は同列に配して比較できるようになってしまう。

P114
 私は精神分裂病(統合失調症)者・神経症者・嗜癖(しへき)者・自己愛性人格障害者の順に後ろのほうほど<甘え>の度合いが大きくなってゆくように感じている。

P116
 精神科医全般では、嗜癖者を治療対象と考えるかどうかが、精神科医を二分する分水嶺となっている様子である。すなわち、嗜癖サイクルの形成のおおもとである陶酔を疾患の表現ととるか、<甘え>の表現ととるかということである。
一般に、<甘え>の度合いが大きいと見なされた患者に対しては精神療法、反対に<甘え>の度合いが小さいと見なされた患者に対しては薬物療法が中心に用いられる、といえよう。

P117
 精神科医が患者に大きな<甘え>を認めたとしても、それは感情的同調による主観的判断であり、第三者にその<甘え>を説得的に表現することはできない。そして、<甘え>は治療対象ではなく、患者の自己責任において克服されるべきものだとの認識を精神家医がもったところで、この<甘え>がいまや<精神医学化>」された概念であるから、結局のところ、精神科医は<甘え>から逃れることはできず八方ふさがりとなる。
ただ、そこまで責任を負わされてはたまらないというのが、精神科医の本音である。

精神科医になる―患者を“わかる”ということ
熊木 徹夫 (著)
中央公論新社 (2004/05)

 

精神科医になる 患者を〈わかる〉ということ (中公新書)

精神科医になる 患者を〈わかる〉ということ (中公新書)

  • 作者: 熊木徹夫
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/03/13
  • メディア: Kindle版

P95
 土井先生は、日本語の本では明確に論じていませんが、海外向けの論文で「甘え」をこのように定義しました。
「ほかの人の行為をあてにしたり、それに依存することのできる個人の能力および特権」
 これだけを見ても、決して「甘え」を否定していないことは明らかでしょう。
~中略~
日本ではこの「甘え」がうまくできないと人間関係がスムーズにいきません。
おかわりを要求しても起られることはないでしょうが、相手は「気づかなくてごめんなさい」と申し訳ない気持ちになるでしょう。
場合によっては、「図々しい人だな」と思われるかもしれません。
上手に甘えて、相手が自発的に好意を示してくれる行動(これがまさに「おもてなし」です)を起すのを待ったほうが、人間関係は円滑になるのです。

P97
日本人の社会には、いわば「成熟した甘え」と「。未熟な甘え」があって、適度に他人に頼り、適度にそれを受け入れられる人間が「成熟した大人」と見なされるのです。
 でも、l「良い甘え」と「悪い甘え」の線引きは難しい。そのため、日本人には「甘え過ぎてしまう病理」と「甘えられない病理」の二つがあります。

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門
和田 秀樹 (著)
青春出版社 (2015/4/16)

 

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門 (青春新書インテリジェンス)

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門 (青春新書インテリジェンス)

  • 作者: 和田 秀樹
  • 出版社/メーカー: 青春出版社
  • 発売日: 2015/04/16
  • メディア: 新書

 

 

土居健郎の「甘えの構造」(弘文堂)など、数々の日本人論が示唆する心理的事実は、「つながり」を感じている状態は、情動的安定を保証するということです。
「甘える」という行為は、相手との関係を全面的に受け入れたうえで、自分のある種のわがままを相手に受容してもらうことを期待しています。換言すると、つながりは、相手にとって迷惑かもしれないことをしても壊れないほど強固である、という安心感が自分にはあります。
相手とつながっているという強い深層意識的認識があれば、甘えることも容易だし、安心感もまた強くなるのです。

「痴呆老人」は何を見ているか
大井 玄 (著)
新潮社 (2008/01)
P187

「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書)

「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書)

  • 作者: 大井 玄
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/01/15
  • メディア: 新書

 

出来る事からコツコツと

  不振の原因を「外」だけに求めてはいけない。
自分でコントロールできないものに責任を転嫁するのは意味がない。
自分にコントロールできる者は何かを考えて、そこに集中する。それがみずからを鍛え、成長させる一番の方法だ。

若松 義人 (著)
なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか
PHP研究所 (2005/12)
P89

なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか (PHP新書)

なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか (PHP新書)

  • 作者: 若松 義人
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/12/01
  • メディア: 新書


全世界とか全人類というものはなくて、目の前にいるこの人しかないのです。この人との関係を離れて、全人類という抽象的な概念を考えることは意味がありません。

全人類のために何かをするということではなくて、あるいは全人類を何とかしようというのではなくて、今日ここでこうして接しているこの人との関係を少しでも変えようと努めることが、ひいては全人類をかえることにつながる、と考えてみたいのです。

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために
岸見 一郎 (著)
KKベストセラーズ (1999/09)
P179 


アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

  • 作者: 岸見 一郎
  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 1999/09/01
  • メディア: 新書




「大きなことで優秀な成果を上げるつもりなら、日頃から小さなことにも同じ意識で取り組むことだ。
優秀さは特別なものではなく、ふだんからの積み重ねである」
パウエル自伝「マイ・アメリカン・ジャーニー」P198


パウエル―リーダーシップの法則
オーレン ハラーリ (著), Oren Harari (原著), 前田 和男 (翻訳)
ベストセラーズ (2002/05)
P187

パウエル―リーダーシップの法則

パウエル―リーダーシップの法則

  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 2002/05/01
  • メディア: 単行本


 実はスポーツ心理学では、自信を付けるための近道があるという。
「行動を細分化し、「これができる」「これもできる」という、自己効力感を積み上げていくことで自信に繋がるのです。
この小さな自己効力感をいかにたくさんつけるかを意識して、ゴローさんのルーティンを完成させれば、と考えていましたね」
(住人注;メンタルコーチの荒木香織)

五郎丸日記
小松 成美 (著)
実業之日本社 (2015/12/18)
P314

五郎丸日記

五郎丸日記

  • 作者: 小松 成美
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2015/12/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

P167
 人はできるだけ多くの人に好かれたいと思っているし、実際、慕われたほうがいいに決まっている。それには何も反対しない。ただ、「他人の気持ちはコントロールできない」という、ある意味、冷徹な前提を認識した上での話だ。
 私の持論は、何事も「自分がコントロールできるものに力とエネルギーを集中すべき」というものだ。
自分がコントロールできないことについて、あれこれ悩んだり、心配したり、イライラしたりしても仕方がない。そして基本的に他人の気持ちはコントロールできない。これは家族でも友人でも恋人でも社員でも同じだ。  人に好かれたいという思いに振り回されて”自分の人生”を生きなかったら、私にはその時間は無駄に思える。他人に好かれたり慕われたりすることはとても大切だが、それに振り回されていたらとても不幸だ。

P169
 他者の気持ちはコントロールしようとすればするほど離れていく。そんなものをこちらの思いどおりにしようとするのではなく、確実にコントロールできる自分、そんな自分の目の前にあることに時間とエネルギーを集中投下すべきなのだ。

頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法
田村耕太郎 (著)
朝日新聞出版 (2014/7/8)

頭に来てもアホとは戦うな!

頭に来てもアホとは戦うな!

  • 作者: 田村耕太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/09/25
  • メディア: Kindle版

九重連山 大分県

2026年6月19日金曜日

心の教育でいじめはなくなるか?

 いじめは現代日本だけに限った現象ではなく、人類共通の現象であるということです。
~中略~
 ところが、今の日本では「心の教育」をすれば、いじめをしない子どもができるという前提で議論が進んでいます。ここに私は、今の日本のおかしさが潜んでいると思うのです。
 改めて言うまでもなく、「いじめをする心」を教育によって修正することができるという発想は、旧ソ連や中国で行われた「イデオロギー教育」と何ら変わるところはありません。

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点
山岸 俊男 (著)
集英社インターナショナル (2008/2/26)
P30

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

  • 作者: 山岸 俊男
  • 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
  • 発売日: 2008/02/26
  • メディア: 単行本


豊田漁港 愛媛県

安心社会と信頼社会

P239
 本書をここまで読み進めてこられた読者は、すでによくお分かりだと思いますが、この地球上には安心社会と信頼社会という二種類の社会が存在します。
 おさらいになってしまいますが、メンバー同士の相互監視や制裁といった仕掛けを通じて、人間同士の結びつきの不確実さを解消していこうとするのが安心社会んのありかたです。
 このような社会に生きる人たちにとって、集団の外にいる人たち、つまり、「よそ者」との関係を持つことは歓迎されません。外部の人間は彼らにとっては「他人」であり、「泥棒」同然の存在というわけです。
 集団主義社会に暮らす人たちにとっての最優先事項は、集団内部の安定を維持することになります。すなわち、身内と波風を立てずに生きてゆくことがなによりも大切だというわけで、集団内部の人間関係をうまく感知する能力も自然に発達していきます。また、こうした社会では他の仲間から排除されないために、なるべく控え目に行動するという行動原理が自然と身についていくことになるでしょう。
 これに対して、信頼社会とは社会が提供する「安心」に頼るのではなく、自らの責任で、リスクを覚悟で他者と人間関係を積極的に結んでいこうという人々の集まりです。
 このような社会で生きて行くには、他人から裏切られたり騙されたりするリスクはつきものなのですが、そのリスクを計算に入れても、他者と協力関係を結ぶことによって得られるメリットのほうが大きいと考えるのが信頼社会の人々の発想です。

~中略~
 このように、安心社会と信頼社会は全く違う原理で動いている社会であるわけですが、ここでぜひ強調しておきたいことが一つあります。
 それは安心社会と信頼社会はそれぞれに完結した社会であって、一方の社会のほうがもう一方に比べて劣っているとか、遅れているということは全くないということです。安心社会には安心社会の利点があり、信頼社会には信頼社会の利点があって、どちらかだけが正しいということはありえません。
 歴史的に見れば、安心社会のほうがずっと長い伝統を持っていて、信頼社会は比較的新しく生まれた社会ではありますが、だからといってこれからは信頼社会が主流で、安心社会がなくなっていくというわけでもないでしょう。
なぜならば、戦乱が続いたりあるいは飢饉などが起きるといった不穏な状況になれば、信頼社会よりも安心社会のほうがずっと安定した社会を提供できるという利点があるからです。

P241
 さて、おそらくこれからも人類社会は安心社会と信頼社会の二本立てで進んでいくのではないかと予測できるわけですが、こうした二種類の社会がそれぞれに独立した「モラルの体系」を作り出していることを初めて指摘した人がカナダ人の学者ジェイン・ジェイコブズでした。
 彼女は都市論や経済学など、さまざまな分野で優れた著作を何冊も遺して、つい先日なくなったのですが、その彼女が書いた本に「市場の倫理 統治の倫理」(香西泰・訳 日経ビジネス人文庫)という本があります。
 ジェイコブスは古今東西の道徳律を調べていく中で、人類には二種類のモラルの体系があるということを発見しました。それが「市場の倫理」であり、もう一つが「統治の倫理」です。市場の倫理とは分かりやすく言うならば「商人道」、「統治の倫理とはすなわち「武士道」だと理解しておけば、まず間違いないでしょう。
~中略~
 これらの二つのモラル体系を紹介したのち、ジェイコブスはこう言います。
えてして人間は、統治の倫理と市場の倫理という二大モラル体系を合体させれば、最高にして最良のモラルが出来上がると考えてしまうのだが、実はそれこそが大間違いである。それどころか、この二つのモラルを混ぜて使ってしまったとき、「救いがたい腐敗」が始まってしまうのである―と。
 ではいったい、なぜ武士道と商人道の二つのモラルを混用してはいけないのでしょうか。  その理由は、この二つのモラル体系が目指す世界はまったく対立するものであって、その二つのモラルを混ぜることは大いなる矛盾と混乱を社会にもたらすばかりでなく、最終的には「何をやってもかまわない」という究極的な堕落を産み出すことになってしまうからだというのです。
~中略~

 このように「市場の倫理」と「統治の倫理」はけっして組み合わせてはいけないものであるわけですが、身分制が厳密にあった時代には、統治者の社会と商人の社会は別のものであったので問題が起きる心配はほとんどありませんでした。
 しかし、今日のように身分制がなくなった民主制度の時代においては、統治者と商人の境がなくなってしまいました。このために、この二つの道徳律がしばしば混同されるようになったので、さまざまな問題が起きているのだとジェイコブズは指摘しています。

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点
山岸 俊男 (著)
集英社インターナショナル (2008/2/26)

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

  • 作者: 山岸 俊男
  • 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
  • 発売日: 2008/02/26
  • メディア: 単行本


豊田漁港 愛媛県

精神的に健康であるということ

P100
  まず、自分を受け入れることが一つの条件です。
アドラーはいいます。「大切なことは何があたえられているかではなく、与えられているものをどう使うかである」と(「神経症の諸問題」Problems of Neurosis,P.4)。
自分という道具はたしかに癖があるけれども、大切なことはこれをどうやって使いこなすかということです。そのためにはこの自分という道具を好きになる、あるいは英語の表現でいうと自分を受け入れる(accept)ことができなければなりません。

P104
しかし自分のことを受け入れる、自分のことが好きであるだけでは十分ではありません。
まわりの人は隙があれば自分を陥れようとしている敵である、と考えていたのでは、たとえ自分が好きであっても、そのような人のライフスタイルは健康であるとはいえませんし、幸福であることもできません。人に対して敵対的であり、敵国の中にいていつも危険にさらされている、と感じているからです(「個人心理学講義」九六頁)。

P106
自己受容もできる、他の人も信頼できる・・・・それだけでは十分ではありません。まわりの人はいい人だけれど、自分はまったくの役立たずだ、と思っていると幸福になることはできません。
人から受けるだけではなく他の人に与える、あるいは、他の人から受けるだけではなく返すということがなければなりません。

P110
自己受容、他者信頼、他者貢献はどれ一つ欠くことができません。他の人に貢献できる自分が受け入れられるのであり、貢献するためには他の人を信頼できていなければならないからです。

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために
岸見 一郎 (著)
KKベストセラーズ (1999/09) 

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

  • 作者: 岸見 一郎
  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 1999/09/01
  • メディア: 新書

 

やまえだの浜 北九州市門司区