2026年8月18日火曜日

認知症と向き合う

P140
(住人注:認知症の)Sさんはすでに、ご家族の判別がつきません。私たち看護師をあるときは奥さん、あるときは娘さんと認識して話しかけてきます。その場合、私たちは絶対に否定しません。

否定しても患者さんが不安になったり混乱したりするだけなので、必ず話を合わせます。
~中略~

 ある日、地元で暮らす妹さんがお見舞いに訪れました。
もちろん妹さんは、自分の兄が認知症であることを知っていると思います。でも病室に入るなり、Sさんに向かって「私が誰だかわかる?名前を言ってみて」と声をかけたのです。
Sさんが答えられずにいると、なのも、「兄さん、私のこと忘れちゃったの?」と質問します。それが2~3分続いたでしょうか。Sさんはとうとう「うるさい!」と声を上げ、車椅子で病室を出て行ってしまいました。

 あっけにとられている妹さんに、私は言いました。
「Sさんは今、一生懸命あなたのお名前を思い出そうとしていましたよね。でもご本人にしてみれば、自分が忘れてしまったことを問いただされるのは、ものすごくつらいことなんですよ。だから今度いらしたときは、ご自分から名乗ってあげてくださいね」

 自分のことを覚えていてほしいという、ご親族の気持ちはわかります。
でも、患者さんはそうしたくて忘れたわけではありません。いくら思い出そうとしても、記憶の引き出しが開かないのです。
そこで無理やり引き出しをこじ開けようとすると患者さんは混乱し、イライラ感を募らせたり乱暴を働いたりします。

P143
病気(住人注:認知症)が進行すると「食事をさせてもらえない」と腹を立てたり、「家の中でものを盗られた」と騒いだり、暴言や暴力、徘徊なども増えてきます。
それらの行為に、ご家族はいらだちを覚えることもあるはずです。でも、注意や説得をしても意味がありません。
患者さんは自尊心を傷つけられたと思うだけで、自分の行動を改めるわけではないからです。

大事なのは指示や命令をすることではなく、相手と同じ目線に立って支持する姿勢。
認知症であっても、人格と尊厳を持ったひとりの人間の人間であることに変わりはないという事実を、ケアするご家族は絶対に忘れてはいけません。

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付
日本精神科看護技術協会 (著), 末安民生 (著)
朝日新聞出版 (2010/11/12)

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付 (朝日新書)

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付 (朝日新書)

  • 作者: 社団法人日本精神科看護技術協会 末安民生
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2012/08/01
  • メディア: Kindle版



P090
 認知症老人が失敗したりトラブルを起こしたときに叱っても、効果は期待できない。まったく期待できない。
 不適切な振る舞いに対して叱ったつもりでも、老人はそのように受け取らない。この人は自分につらく当たった、意地悪をした、因縁をつけたといったマイナス感情しか抱かない。自尊心を傷つけられたと思い、自己を否定されたと感じて恨みを抱く。
失敗したことや、間違ったことをしてしまった事実は忘れても、自尊心を傷つけられたといった気持ちだけは忘れない。それに自分を叱る相手は、十中八九が年下の人間なのである。若僧に叱りつけられた悔しさは大きい。
 潜在的な能力に期待をかけることは大切だけれども、往々にして我々は認知症の老人が「トラブルを起こしたことそのものを認識していない」「忘れたということそのものを自覚していない」「助けを求めるという発想そのものが頭にない」といった大前提をつい忘れがちである。

P091
 かれらは能力の低下に対して、漠然とした危機感や不安感を抱いている。具体的にではなくて漠然としたところでとどまってしまうところが、まさに認知症ゆえの限界なのであろう。
いずれにせよかれらは、「なんだかヤバイな、まずいな」といった違和感や困惑とともに生きている。そんなときに叱られれば、不安感と悔しさを不条理感とがプライドを傷つけられた気持ちと一体になって、根深い恨みと化しても不思議ではあるまい。

P099
 苦し紛れに人間はどんなことをするものなのか。それこそが認知症老人の言動である。まるで悪意があるように、まるで何事もなかったように振る舞いかねない。結果だけを見れば溜め息をつきたくなろうが、「どうしていいかわからないときに、かれらは助けを求められない」という認知症老人の立場を想像すれば、少なくともムカついたりせずにいられるのではないだろうか。

P100
 認知症老人は知能において極端に低下しているものの、だから感性が鈍っているわけではない。怯えたり恐れたりして、それがそのまま表現されずに問題行動へ結実してしまうのがかれらの特徴である。
いわゆる問題行動とは、内面の混乱や困惑が知能の低下と相まって生ずる不適切な(そして苦しまぎれの)振る舞いのことである。
 かれらは表現手段をもてず、記憶力や認知力の低下ゆえに時間や場所といった座標軸をもちえず、ひたすら空回りをせざるをえないことが多い。そんな認知症老人にとって、自分をとりまく雰囲気とか空気、気配といったものは決定的な影響を及ぼす。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

 

P142
 引き算のときだけでなく、認知症の人と接するとき全般で介護者が心得ておかなければならないとことは、そう多くありません。必要なのは、
 おどかさない・追いつめない・おびえない
  という、この三原則だけです。

P149
 認知症に詳しい川崎幸クリニック院長の杉山博医師によると、認知症介護にあたる家族の心理的変化は、「否定」「混乱」「怒り」「あきらめ」を経てようやく、認知症の「受容」という段階に到達するのだそうです。うまくつき合えるようになるまでに、家族がつらい思いをするということは、誰もが知っておくべきです。

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ
右馬埜 節子 (著)
講談社 (2016/3/23)

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ (介護ライブラリー)

  • 作者: 右馬埜 節子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/03/23
  • メディア: 単行本



私のこれまでの経験や体験から得た認知症介護における「6つの原則」をご紹介しましょう。私はそれを、介護の3原則「HSS」、そして「介護の鉄則AKB」と名付けました。
 最初に「HSS」から説明します。
 H―否定しない
  ~中略~
 S―叱らない
  ~中略~
 S―説得しない
  ~中略~
 では、つづいて「AKB」に行きましょう。
 A―焦らせない(急がせない)
  ~中略~
 K―(自尊心を)傷つけない
  ~中略~
 B―びっくりさせない

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護
板東 邦秋 (著)
ワニブックス (2017/1/24)
P87

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護 (ワニプラス)

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護 (ワニプラス)

  • 作者: 板東 邦秋
  • 出版社/メーカー: ワニブックス
  • 発売日: 2017/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 認知症もまれな病気、他人事のように思われるかもしれない。しかし、わが国では65歳以上の人の15%が認知症に罹患している。そのうえ、ほぼ同数の数が、認知症の予備軍(軽度認知機能傷害)と見積もられている(2)。
今後、日本人の5人に1人は認知症になると推測されることを考えると、認知症は決してまれな傷害ではないことがわかるだろう。
 認知症は高齢者の身体の治療に様々な傷害をもたらす。治療との関係では、
 ①治療を自分自身で決めることが難しくなる(意思決定能力の低下)
 ②薬を時間を決めて服用することや必要な処置を自分ですることが難しくなる
 ③熱が出たり、水分も摂れないときのように緊急の受診が必要な状況を理解し、臨機応変の判断をすることが難しくなる
などの問題が生じる。

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者
大竹 文雄 (著), 平井 啓 (著)
東洋経済新報社 (2018/7/27)
P171

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2018/07/27
  • メディア: 単行本

 

乗鞍岳

パーソナリティ障害

 日常の心の働きにおける偏りやクセが極端にいびつとなり、特に対人関係で問題を重ね、また本人も失敗から学ぶといった姿勢がまったく見られず、毎度同じようなパターンでトラブルを繰り返した挙げ句に日常生活が満足に営めなくなると、ここでその人は「パーソナリティ障害」の領域に突入したということになる(以前は人格障害と呼んでいたが、その名称では生々しすぎるということで最近はパーソナリティ障害と言い換えられている)。
 したがって、「個性的な人」とパーソナリティ障害とのあいだに明確な線引きはできない。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P107

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

P145
 これらの人々では、自己中心的で他者配慮に欠ける面や、情緒不安定で適切な対人関係の距離を保つことができないという特性から、治療構造を守れないということが起こってきているように見えます。医師側が、「困っているから」「見捨てるとよくないから」と安易に要求に応じていると、その要求はますますエスカレートしていき、それを満たしてもらえなくなると、逆に強いこき下しが始まることになります。
 したがって、約束された時間内の診療にとどめるほうが結果的に医師―患者関係を安定させ、治療をスムースに進めさせ、治療効果も上がっていくことになります。もちろん設定外の時間の面接はしないけれども、診療時間内であれば受け付ける用意がいつもあるということ、それはすべての患者さんに守ってもらっていることで特別扱いはしないが決してその人を見捨てているのではないということについて、折を見て説明しておくことが必要です。

P182
 まず「精神医学事典」(弘文堂、新版一九九三年、縮刷版二〇〇一年)では、パーソナリティ障害について「病気ではないのに、その人の行動、態度、対人的な関わり合い、思考の様式などが普通の人と大いに変わっていて、そのために自分が悩んだり周囲の人々を悩ませたりする場合を呼ぶ」とあります。
すなわち、病気のように一次的な現れではなく、行動や態度、対人的な関わり合いの特徴が思春期以降に持続的に継続しているものを意味します。
 したがって、パーソナリティ障害の発現には、個人の有する生物学的な要因のみではなく、その人の生育歴、つまり家庭や学校の環境、育てられ方、教育のされ方、対人関係、被虐待の経験等、さまざまな出来事が関与すると言われています。言い換えると、人間が成長・発達していく際には、その時期に応じたさまざまな精神発達課題を達成していきますが、パーソナリティ障害ではその発達課題の達成が部分的に未成熟であるということなのです。そのための部分的な育て直しが、心理療法を通して必要であるとされているのです。

精神科医はどのように話を聴くのか
藤本 修 (著)
平凡社 (2010/12/11)

精神科医はどのように話を聴くのか

精神科医はどのように話を聴くのか

  • 作者: 藤本 修
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: Kindle版
乗鞍岳

パーソナリティ障害とどう向き合う

P124
 さまざまな形でパーソナリティ障害に接し、我々はしばしば心を傷つけられる。
わたしだって強烈なBPD(住人注;境界性パーソナリティ障害(「ボーダーライン・パーソナリティ・ディスオーダー」))が診療室で騒いだりすると、3日は気分が悪い。
  かれらが名うての嫌われ者として登場したならば、まだこちらとしても覚悟がつく。だがかれらは「普通のマトモな人」のようにして登場することが多い。
それなのに豹変するから困惑させられるし、自分のほうがなにか思い違いや見落としをしていたのではないかと不安になる。おまけに相手が結婚していたりちゃんとした仕事に就いていたりすると、それは相手を好きになったり評価する人間がいたということになる。もしかするとオカシイのは自分のほうではないか、と気持ちが」ぐらつく。
~中略~
 けっきょくのところ、かれらを前にした我々は、我々自身のなかにある自信のなさや曖昧さや不安をあぶり出されてしまうのである。
だから相手が悪いと思うと同時に、自分に関して何かやましさや心苦しさが析出してくる。~中略~
 いまいましいけれど、立腹すると同時に謙虚な気持ちも発動しなければ、かれらとの出会いは不毛なものでしかなくなる。

P125
 BPDとの関係性においてベストなのは、わたし自身が「世間一般の考え方や意見」の代表となることだと思っている。かれらは世の中の人々が普通に感じあり考えたりする内容がわかっていない。微妙にずれる。
いや、そのわからないことを自己愛的に解釈して自分を特別視し、アイデンティティとしているフシがる。だから普段はユニークで孤高なオレ様で結構なのだけれど、いったん不安になると、「世の中の普通」がいまひとつわからないがために、なおさら不安になったり疑心暗鬼となる。~中略~
つまり世間一般の人々はそんなふうに感じたり考えて過ごしているのであり、君のようにこだわるのは不自然だよ。だからストレスをため込むんだよ、と言ってあげられる存在となることが、予想以上に重要なのではないかと考えている。 

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

乗鞍岳

2026年8月13日木曜日

人間の心の根底にあるのは「無力感」である


 すべてを思いどおりにできない、望みは叶うことのほうがむしろ珍しい、自分1人では生きていけない―そんな具合に、赤ん坊のときから我々は無力感を痛感しつづけて成長してきている。
すると、それに対して人はどのように考えたり振る舞ったりすることになるのか。そこに、人それぞれの生き方や考え方が析出してくる。
 ある人は、無力感を克服するべく奮闘努力しがんばり抜き、しかし成功者となってもなお無力感を払拭できぬままうっ屈した気分で日々を過ごしているかもしれない。別な人は、無力感ゆえに努力も忍耐も放棄し、その場しのぎの無気力で怠惰な毎日を送っているかもしれない。~中略~
 もともとは「無力感」という切ないものからスタートしているにもかかわらず、成長していくうちに、どのように無力感を手なずけ飼い慣らすかで全然傾向の違った人柄ができあがっていく。
そのような多様性と不思議さとを、我々は念頭に置いておくべきだろう。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P012

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

 

新穂高ロープウエー 長野県

アイデンティティ危機に陥れる患者たち

心気症者は身体科では疎まれ、冷遇されることが多い。心気症では、自覚症状の強さと裏腹に他覚所見にまったく異常が見出せない。これはすなわち、身体科治療者が拠って立つ自らの診療体系に対する確信をぐらつかせ、治療者に不快な無力感を生み出すこととなる。
 治療者は、精神科・身体科を問わず、自らをアイデンティティ危機に陥れる患者たちとの遭遇に、どう対応してゆくべきか。当然のことながら、治療者の感情は大きく波打つだろう。

精神科医になる―患者を“わかる”ということ
熊木 徹夫 (著)
中央公論新社 (2004/05)
P80

精神科医になる 患者を〈わかる〉ということ (中公新書)

精神科医になる 患者を〈わかる〉ということ (中公新書)

  • 作者: 熊木徹夫
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/03/13
  • メディア: Kindle版

 苦労したり努力したぶんだけ相手が喜び、あるいは望ましい結果がもたらされるとしたら、我々の仕事はまことに充実感に富んだ素敵な活動ということになるだろう。
 ところが実際には、逆恨みをする者もいればどんなに手厚く扱ってもらっても文句しか言えない者もいる。図々しい人間、恥知らずな人間、愚かな人間、心のねじ曲がった人間が世の中にはあふれている。
 そしてときには我々は、必ずしも相手の希望どおりに行動するわけにはいかない。相手の判断が不適切であったり、まったくの「こだわり」にもとづいているだけだったり、常識をまったくわきまえていなかったり・・・・・・。
 そうなると、たとえ相手の幸せを願っても、結果的には恨まれたり憎まれたりしてしまうことはいくらでもある。実際い、だからこそ我々は「げんなり」した気分にとらわれたり、自尊心を著しく傷つけられたり、天職を考えたりすることがしばしばあるわけである。
 しかもこうした「誠実に尽くしているのに、恨まれたり憎まれたりクレームをつけられる」といった事態は、その経緯や感情のすれちがいの要因をうまく他人に説明することがあんがいむずかしい。おまけに微妙なニュアンスが絡んでいることが多い。
むずかしいのにそれを一所懸命説明しているうちに、馬鹿らしさや虚しさや不全感がどんどん心に広がってきて、ついには「もう、どうでもいいや」「はいはい、私が悪うございました」と投げやりな気分になってしまうこととてあるだろう。
こちらが正しくとも、だから話がシンプルであるとは限らない。ましてや相手が「俺は患者だ、弱者なんだ!」と声高に主張するときには。

はじめての精神科―援助者必携
春日 武彦 (著)
医学書院; 第2版 (2011/12)
P142

援助者必携はじめての精神科 第2版

援助者必携はじめての精神科 第2版

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本

新穂高ロープウエー 長野県

2026年8月10日月曜日

青春

 また、思春期になると、性欲を中心としたC(住人注;幼児的な自我状態)の本能的な部分が急速に発達してくる。しかし、A(住人注;大人の自我状態)の発達はこれに伴わず、現実を吟味する力はまだ弱い。さらにこの時期になると、社会生活の拡大とあいまって、観念的なレベルでのP(住人注;親的な自我状態)もにわかに発達し、大人の世界の歪や矛盾が見えてくる。
青くさい理想主義の発展である。青年たちが声を大にして、人間のあるべき姿を世に訴えたり、宗教やイデオロギーの追求に熱中したりするのも、このためである。
このように、未だ現実に即した思考や判断の力をもたぬ未熟なAの状態で、いわば地獄ともいうべき本能的なCと、天上的ともいえる高遠な理想主義のPとの間で振り回される時期こそ、思春期なのである。
思春期では、このように P、A、Cの間に大きなアンバランスがあることが、むしろ自然な姿なのである。

セルフコントロール―交流分析の実際
池見 酉次郎 (著), 杉田 峰康 (著)
創元社; 新版 (1998/11)
P49

セルフコントロール 交流分析の実際

セルフコントロール 交流分析の実際

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2015/03/26
  • メディア: Kindle版

 

脚本

交流分析では、人生におけるこのような反復傾向を「脚本」と呼ぶ。脚本とは、子ども時代に親たちを中心とする周囲の影響のもとで発達し、その後の対人関係を含めた人生体験によって強化された人生のプログラムであり、個人の人生の最も重要な局面で、行動を左右するものである。

セルフコントロール―交流分析の実際
池見 酉次郎 (著), 杉田 峰康 (著)
創元社; 新版 (1998/11)
P103

セルフコントロール 交流分析の実際

セルフコントロール 交流分析の実際

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2015/03/26
  • メディア: Kindle版

 

2026年8月5日水曜日

親離れのタイミング

 子どもの発達を見ると、あまり特別風変りでない普通の子どもの場合は、「自分の親は最高の親だ」と信じるわけ、全然そうじゃなくても。信じて、ずっとやっているうちにだんだんボロが見えてきて、「なあんだ」とか言って、離れていく。
 その流れで、信じているあいだに、自然治癒力とか自然な発育ができて、十分、独り立ちができるようになった頃に、だんだん夢が破れて、「なあんだ、うちの親も大したことないな」とか言って、ボロが見えて、離れていくといいのよ。タイミングが合うといい。
 あまり早く「自分の親はしょうもないやつだ」と分かると、信じているあいだに発育するところが、早めにストップするから可哀想だよ。
 それからめちゃめちゃ立派な親御さんだと、「いつまで経っても、自分はどうしても乗り越えられない」となる。みなさんのなかにも、すばらしく偉い立派な親御さんのお子さんがいて、そのために不幸な人もいると思うんです。

神田橋條治 医学部講義
神田橋 條治 (著), 黒木 俊秀 (編集), かしま えりこ (編集)
創元社; 初版 (2013/9/3)
P231

神田橋條治 医学部講義

神田橋條治 医学部講義

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2015/04/17
  • メディア: Kindle版

 

平均値と正常値

P063
確かに平均値を取れば、だいたいこの辺が正常という値がありますけれど、それぞれの個体にとっての正常値は、必ずしも平均的正常値と一致するとは限らない。
臨床家というものは、その個体にとってどこが正常値なんだろうかという思考を、いつもどこかに持っていてほしい。 そうでないと、検査成績を治療していることになる。
今の医学はそうなっていますから、「果たしてこの検査成績が正常になってくることが、この人にとっていいのかな?」と考える習慣を持ってください。
~中略~
その藤島先生(住人注;元九州大学医学部内科学教授)に「血圧はどのくらいが、いちばんいいんですか?」って聞いたの。年を取ったら、だんだん血圧が上がってくるでしょ。
そしたら、「朝、目が覚めて、頭の気分がいいときの血圧を測ってください。それが、その人のいちばんいい血圧です」って。
やっぱり優れた臨床家が最終的に到達する結論はそういうことなんです。

P081
自分に合うようにしているかどうかは「気持ちがいいか、どうか」です、これが大事です。
「気持ちがいい」というよりも、「気分がいい」と言ったほうがいいかもしれません。これは今やっている自分の行動も含めた環境が、その生体にとって無理がないということ、自然治癒力を含めたその生体の活動にとって、よい環境、行動、自分がやっている行動も環境ですから、「生体にとってよい環境」を表わしているわけで、前に藤島名誉教授が言った血圧のことも同じです。
 そしてそのときに何が起こってくるかと言うと、「快食」「快眠」「快便」というような生理的なよさがありますし、「自分らしい」という感覚があります。

神田橋條治 医学部講義
神田橋 條治 (著), 黒木 俊秀 (編集), かしま えりこ (編集)
創元社; 初版 (2013/9/3)

神田橋條治 医学部講義

神田橋條治 医学部講義

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2013/09/03
  • メディア: 単行本

 

福岡空港

2026年8月4日火曜日

私とは

P28
京極 でも、近代的自我って結構堅固ですから、「私は私なんだから」と言っている人に、「根拠は何?」ときいた時に「だって私なんだもん」と無為な問いかけのループしか起きないでしょう。
そこがちょっと悲しいですね。
私はほんとに私なんだろうかと疑問に思い、そうでないとしたら何なんだろうと考え、やがて私は私でなくたっていいじゃないと思う気持ちが幅をつくる。

「私は私なんだから」と言い続けていると、悪いことをしたくなるかもしれないし、死にたくなるかもしれない。
つまりは行き場がなくなるということですよ。
京極夏彦

P29
京極 私たちは異常と正常の間のどこかに常にいるわけです。
カッカしているときの自分と冷静な時の自分、お互いに接点は何もないわけですよ。
人間なんてそんなもので、無段階に変わっていく位相をたくさん持っているんだと認められれば、それは一つの許しなんだろうし、多生のことではへこたれないと言う気はします。
京極夏彦

玄侑 宗久 (著)
多生の縁―玄侑宗久対談集
文藝春秋 (2007/1/10)

多生の縁 玄侑宗久対談集

多生の縁 玄侑宗久対談集

  • 作者: 玄侑 宗久
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/03/24
  • メディア: 単行本

 

P37
近代社会とは、確たる「個人」が成立前提です。だからこそ、近代になって「自分とは何か」という問題が生きていくための一般的な主題になったわけです。
近代以前では、「集団の要素」「集団において、それ以上分割できない単位」としての概念でしかなかった個人が、意思決定や行動決定の主体としての個人へと転換されたわけです。その転換は、宗教中心の文脈で言えば、プロテスタンティズムというムーブメントによってもたらされたと見ることができます。
 さて、この近代「個人」を規定するものとして重宝されたのが、「自我」という概念です。日本語の「自我」はもともと仏教用語です。アートマンというサンスクリット語の訳で、他者に対する我れ、というニュアンスです。ヒンドゥー文化の宗教では、こいつが私の本性であって、輪廻の主体とされています。
 近代になって、「自我」は人間を考える上で重要な概念となりました。エゴやセルフの訳語として使われ、<私>というものをうまく説明するための仮説としても使勝手のよいものとなったと言えます。

P46
 経済のバブルは崩壊したものの、自我のバブルは続いているのではないでしょうか。実体もないのに情報によって泡立てられている。”バブル状態”です。もはや自分でコントロール不能なほど肥大した自我を抱えて苦しんでいるのが、今の私たちです。
新書のような教養本がよく売れたり、宗教本が売れたりするのも、肥え太った自我と現実との落差を埋めるための理論武装じゃないかと思うのです(自分でも書いていて、こんなこと言うのもなんですが)。

P330
私たちは自我を機能させないと社会適応できない、反面、その自我をもてあますのです。
肥大した自我をどこかで点検しなければ、この苦悩は低減できません。そのためには、自分を読み解く手順、この世界を読み解く手順を身につけなければなりません。もちろん、それに応える体系は「宗教」だけではないでしょう。読み解く手立ては、社会学や文学や医学にもあるにちがいありません。でも、宗教という回路でしかありえない領域があるのです。
 それは、宗教がもつ非日常体系という世界です。今回、これを「出世」や「外部」と表現しました。宗教は、外部へと行く力を提供します。だからこそ、この世界を、この私を相対化できるのです。
 でも、それだけじゃありません。宗教と言えば、外部へ向かう方向性ばかりが注目されますが、そこから戻る力が大切なのです。練り上げられてきた「宗教」には、日常の多重性へと回帰する道筋が描かれています。非日常の回路を開き、日常へと還元し、豊饒なる日常を味わうことができるからこそ、私たちは「社会と異なる価値体系」や「不合理」を生きる力にすることができるのです。

いきなりはじめる仏教生活
釈 徹宗 (著)
バジリコ (2008/4/5)

 

 

いきなりはじめる仏教生活 (木星叢書)

いきなりはじめる仏教生活 (木星叢書)

  • 作者: 釈 徹宗
  • 出版社/メーカー: バジリコ
  • 発売日: 2008/04/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 

いかに精神分析的な知識が豊であっても、それが己を知る方向に活用されないかぎり、当人の救いにはなりがたいものである。

セルフコントロール―交流分析の実際
池見 酉次郎 (著), 杉田 峰康 (著)
創元社; 新版 (1998/11)
P245

セルフコントロール 交流分析の実際

セルフコントロール 交流分析の実際

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2015/03/26
  • メディア: Kindle版