2026年6月9日火曜日

社会主観

人間は自分一人で満足できるほど意志強固ではない。見せる相手がわかってくれる、世間みんなが認めてくれるものでなければ満足できない。つまり、人間の満足は主観的だが、その主観は世間の同意を得た社会主観なのだ。
 広告は、社会主観を創る。このブランドは高級だ、この店は一流だ、この俳優はすばらしい、巨人―阪神戦は伝統の一戦、サッカーのワールドカップは見る値打ちがある等々、いずれも「世間の評価」や「みんなの話」で創られた社会主観だ。
「「平成三十年」への警告」

堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る
堺屋 太一 (著)
PHP研究所 (2004/12/7)
P58

堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る

堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る

  • 作者: 堺屋 太一
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2004/12/07
  • メディア: 単行本

それ自体良いとか悪いとかいう行為はない。ただ社会の習慣次第でどっちでもなる。
(「作家の手帳」一八九二年)

モーム語録
行方 昭夫 (編集)
岩波書店 (2010/4/17)
P36
モーム語録 (岩波現代文庫) (岩波現代文庫 文芸 163)

モーム語録 (岩波現代文庫) (岩波現代文庫 文芸 163)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/04/17
  • メディア: 文庫

 貯金通帳に大きな数字が並んでいれば「お金持ち」だと誰もが思うでしょう。しかし、それ自体は紙に印刷された単なる記号です。ATMから引き出した現金も、何か社会の大変動が起これば一瞬にして紙くず同然になる可能性がある。すくなくとも、これに価値があるのは、人も価値があると考えているからでしょう。
私たちが現実だと思っているものの存在感は、意外と脆いものです。
 そう考えると、現実というのは決して客観的なものではなく、私たちの主観の中にしかないのだといえるでしょう。
 それも、自分だけが「ある」と信じるだけでは。本当にあるとは感じられません。ビットコインも、大勢の人が「ある」と信じているから自分も「ある」と思えるし、そこに価値を感じることもできるのです。
それは「自分」という存在についても同じことがいえます。

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門
和田 秀樹 (著)
青春出版社 (2015/4/16)
P143

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門 (青春新書インテリジェンス)

自分が「自分」でいられる コフート心理学入門 (青春新書インテリジェンス)

  • 作者: 和田 秀樹
  • 出版社/メーカー: 青春出版社
  • 発売日: 2015/04/16
  • メディア: 新書

三つ子の魂百まで

 アドラー心理学では、行動は信念から出てくる、と考えますから、自立し、社会と調和して暮らせるという適切な行動ができるためには、それを支える適切な信念が育っていなければならないのです。
 ここでいう信念は、自己や世界についての意味づけの総体であり、「ライフスタイル」と呼ばれています。
アドラーは四、五歳といっていますが(「子どもの教育」一二五頁、「個人心理学講義」三二頁など、)、現代アドラー心理学では十歳前後である、といわれています。
子どもはライフスタイルを個々の体験の中形成するわけですから、親や教師は、子どもと接する際絶えず自分の行っていることが、子どもの適切な信念を形成する援助となっているかを点検していかなければなりません。
~中略~
 ときに自分のライフスタイルが不便であるということに思い当たるような経験をしたとしても、一度身につけたライフスタイルを容易に変えることはありません。
不便でも慣れ親しんだライフスタイルで生きるほうが、次に何が起こるかという予想もできますから、実際には変えようとはしません。

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために
岸見 一郎 (著)
KKベストセラーズ (1999/09)
P40 

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

  • 作者: 岸見 一郎
  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 1999/09/15
  • メディア: 新書

 

個性と我

  ぼくが桂離宮を撮って三年目のこと、楽器の間の飛石を撮影しているときに、飛石がピントグラスを割って目に突き刺さるように見えた。
あ、写るというのはこれだな、と。
そのとき喜びが足の裏から噴水のように上がってきて頭のてっぺんからビューっと中央に伸びるような体験をしました。

それから自分の写真が変わりました。事務所でそれまでに撮った二千枚くらいのカラー・フィルムを鋏でちょん切り、その後の写真でまとめたのが「桂離宮」(講談社・一九七七年)です。

 土門拳の作品は実存に直接アタックしていく写真ですから、学問では探求できない世界。言葉で聞いてわかるというものじゃないんです。
土門さんは「自分が小さくなって消えてしまう写真がいい」といっていますが、~中略~
現代の芸術は作家の主観が出ていることを尊重しますが、土門拳はそんなもの完全に否定した。作家の個性が出ているような写真は失敗作だという考えです。
西川 孟 

古寺を訪ねて―東へ西へ
土門 拳 (著)
小学館 (2002/02)
P194

土門拳 古寺を訪ねて 東へ西へ(小学館文庫)

土門拳 古寺を訪ねて 東へ西へ(小学館文庫)

  • 作者: 土門拳
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2018/07/01
  • メディア: Kindle版

 

P44
「個性を伸ばそう」なんていうようなことが書いてある学校は、欧米にはありません。そんなこと当たり前の話だから、わざわざ書く必要がないです。日本とは大違いです。
~中略~
外国の教育学者の人と話をしていると、すごくよく言われます。 「日本人は、少しでも変わった事に対する寛容度が低い」と。

P45
 みなさん、外国へ行かれた時に、できたら一度向こうの小学校とか中学校でも見に行かれたらいいと思いますが、それはすごいやかましさです。それから、アメリカの高等学校なんかでは、治安を保つために警官が入っています。~中略~
校内暴力とか言っても、日本の現状を向こうの人に話したら、そんなものは暴力の内に入らないくらいですね。それほど向こうの学校はすごいんです。
そしてガヤガヤ言うにしても、暴れるにしても、喧嘩をするにしても、スケールが日本とはぜんぜん違います。 それほど、みんな一人ひとりが「自分が生きないといけない」と思っていますから、大変なんです。

P48
 私は、カウンセリングをしながら、ある人がだんだんと個性が強くなって行ったときに、「あなたはその勢いで生きていったらいいけれども、日本の国であなたが生きようと思うと、ある程度考えないとだめですよ」ということを言う時があります。

P97
 先日、アメリカの臨床心理学者が来まして、いろいろと話をしていたら、その人がおもしろいことを言いました。
~中略~
 西欧人は、個性を伸ばす、個人を生かすということをものすごく大事にしてきた。ところが最近、個性を伸ばし個人を生かすこわさを心理学者が感じはじめていると言うのです。
あまりに個性、個人と言いだすと、場を壊してしまう。あるいは、さきほど言ったように、偉い者や大将はいいけれど、大将に従わなければならない者はだめだということが、すごくはっきりしてしまう。
心理療法では、個性を伸ばし、個人を生かすということを目標にしてきたけれども、やはり全体ということも考えねばならないと、この頃反省している。日本はどうだ、というようなことを言いました。なるほどと思いましたね。

河合隼雄のカウンセリング講座
河合 隼雄 (著)
創元社 (2000/06)

河合隼雄のカウンセリング講座

河合隼雄のカウンセリング講座

  • 作者: 河合隼雄
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2015/03/26
  • メディア: Kindle版

隣人の見た日本人


秋山謙蔵の文章を借りると、
「・・・・・当時外人に反映した日本人の性格は「吾学篇」に奸狡(かんこう)の語を以て代表せされ」
 とある。悪賢くてずるい、というほど他人に対して悪しざまな言葉はない。
 秋山が摘出した文献のなかに、前記「籌海図編」のなかに日本人評がある。
 「倭奴(わど)(日本野郎というほどの意味)ハ、狡猾ニシテ素(もと)ヨリ義を慕フノ誠ナシ」
 と、いかにもはげしい。
 また明の「皇明世法要録」に言う。
 「性、徂詐(そさ)ニシテ狼貪(らうたん)ナリ」
 徂詐とは狙い撃ちのようにして人をたばかる。狼貪とは狼のごとく貪(むさぼ)る。どちらもすさまじい表現である。
 おなじく「皇明実録」では、
「倭情、譎詐(けっさ)、遽(にはか)ニ信ズベカラズ」
~中略~
 ところが、十五、六世紀におけるこれら漢文文献関係の日本人評の悪さにひきかえ、おなじく漢文文献の関係の琉球人評は、黒と白ほどに評判がいいのである。
 「俗ハ、死ヲ軽ンズルコトヲ尚(たふと)ビ、進ムヲ知ッテ退クヲ知ラズ、戦ヘバ勝タザルコトナシ」(「李朝世祖実録」)
 「其ノ俗、皆礼法に循(したが)ヒ」(「殊域周咨録」)
 といったぐあいなのである。明の使節潘営が「礼儀之郷」といったということも、琉球人評の一つに数えていい。
~中略~
 中世における琉球人の貿易活動はじつに盛んなもので、その行動圏は日本、朝鮮、中国、そして遠く東南アジアにまで及んでいたことは、諸記録をみてもあきらかである。
沖縄の「万葉集」といわれる「おもろさうし」にも、そういう歌がある。
~中略~
 評判といえば、当時、ヨーロッパ人からみた東南アジアでの日本商人の人格的印象は決して悪くはないし、さらには、フランシスコ・ザビエルらの日本人評にいたっては、日本人として照れたくなるほどにいい。
だからかならずしも、漢文文献による評判だけで、秋山謙蔵のように当時の日本の貿易商人を品評することはできない。

街道をゆく (6)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1978/12)
P46

街道をゆく6

街道をゆく6

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/08/07
  • メディア: Kindle版

 

 くり返していうが、百年あまりまえまでは、日本にとって中国は、先進の技術や、文物の供給源にすぎなかった。中国の影を、そんなに政治的に意識しないですんだ。

双方にとって、たがいに友好的であるのはもちろん望ましいが、かりに非友好的な関係であったとしても、現実にはべつに差支えなかったのである。
 どうでもよかった隣人。―
 といえば言いすぎかもしれないが、すくなくとも、おたがいに息苦しくなるほど相手を意識したケースは稀でであった。
 幕末明治期から、この淡白な隣人同士が、どうでもよいというわけにはいかなくなったのである。


日本人と中国人――〝同文同種〟と思いこむ危険
陳 舜臣 (著)
祥伝社 (2016/11/2)
P45

日本人と中国人――〝同文同種〟と思いこむ危険 (祥伝社新書 487)

日本人と中国人――〝同文同種〟と思いこむ危険 (祥伝社新書 487)

  • 作者: 陳 舜臣
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2016/11/02
  • メディア: 新書

関門海峡

念仏の教え

 仏教には大事な二つの原理があります。
ひとつは平等ということですね。
仏教はインドで起こったのですが、インドは厳しいカースト社会ですから、このカースト社会を裏づけるヒンズー教が盛んで、人間の平等を説く仏教はインドでは根づかなかった。

 もうひとつ大事なのは、悟りを得る、煩悩の世界を超えた生き方ができるということです。
煩悩を超えた、自利利他の世界に生きることができる。

念仏の教えは密教のように悟りを自力によって得るのと違いまして、悟りを他力で得る。阿弥陀さまという極楽浄土の仏さまをお頼みすることによって、他力によって菩提を得る。
これは日本仏教のひとつの大きな流れになっています。
 浄土仏教は、特に日本において発展した仏教であるということができると思います。

梅原猛の授業 仏教
梅原 猛 (著)
朝日新聞社 (2002/01)
P194

梅原猛の授業 仏教 (朝日文庫)

梅原猛の授業 仏教 (朝日文庫)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2006/10/01
  • メディア: 文庫

 五木 たとえば、念仏ということ一つにしても、念仏の発展の歴史の中で、いろんな念仏がありますよね。

 最初の念仏は「お頼み申します。お願いします」で、法然、親鸞になると、もう他力で、むこうから救われるのだから。「ああ、ありがたい。もうおまかせします」という帰依の念仏。
蓮如のときになると、往生、救われることは、むこうがもう決めてくれているのだから、はっきりと報恩感謝の念仏と言い切っているんです。ただただ、あんたたちは毎日毎日「ありがとうございます。ありがとうございます。うれしゅうございます」とこう言えばいいんだよ、というふうに変化、発展しています。
 能登のほうでは、お茶なんか出してもらうと「ああ、なんまんだぶ、なんまんだぶ」と言います。これは「ありがとう」と言っていることなんです。 

仏の発見
五木 寛之 (著), 梅原 猛 (著)
平凡社 (2011/3/8)
P237

仏の発見

仏の発見

  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2011/03/08
  • メディア: 単行本

 

 

[第三十九段] 或る人が法然上人に「念仏の最中、眠りにおかされて、お勤めを怠ることがありますが、どうしたら、このさまたげを取りのけることができましょうか。」と尋ねたところ、「目がさめている間、念仏なさい。」と答えられたのは、まことに尊いことであった。
また、「極楽往生は、確かに決まっていると思えば、一定(たしか)、決まっていないと思えば、不定だ。」と言われた。 それも尊いことだ。
さらにまた、「疑いながらも念仏すれば、それでも極楽往生する。」と言われた。これもまた尊いことだ。  

徒然草―現代語訳
吉田 兼好 (著), 川瀬 一馬
講談社 (1971/12)
P196

 

徒然草 (講談社文庫)

徒然草 (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/09/20
  • メディア: Kindle版

 

 

 

[三六] 静かな夜の明け方に、この道理(住人注;執着を持つなということ?)をよくよく考えて、そこで、私自身の心に向かって問いを発してみる。―長明よ、おまえが世俗から脱出して、山林に入りこんだのは、乱れやすい心をととのえて、仏道を修行しようがためである。それなのに、おまえは姿だけは清浄な僧になっていて、心はけがれに染まったままだ。
住む家は、まるでそのまま浄名居士維摩の方丈の小室をまねているが、そこでおまえのやっていることは、どんなに見つもったって、周利槃徳の修行にさえもかなうものではないぞ。ひょっとすると、これは、宿業のむくいとしての貧賤がおまえ自身を悩ましているのか。
あるいはまた、みだりな分別心、なまはんかな知性がこうじて、気が狂ったのか。さあ、どうだ。―こうして問いつめた時、私の心は、まったく答えることができない。答えられないのだ。
残った方法は一つ。ここにけがれたままの舌をうごかして、阿弥陀如来をお迎えする儀礼もととのえず、ただ念仏を二、三べんとなえるだけ。それで終わったのだ。 )

方丈記 現代語訳付き
鴨 長明 (著), 簗瀬 一雄 (翻訳)
角川学芸出版; 改版 (2010/11/25)
P114

 

方丈記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

方丈記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

  • 出版社/メーカー: 角川学芸出版
  • 発売日: 2010/11/25
  • メディア: 文庫

 

 

 

浄土真宗が他の仏教とくに真言密教などと異なるのは偶像を媒体としないことや、それを行すれば利益があるとも説かず、さらには加持祈祷の思想のように法には超人的な力があるとも説かない。
ただたれでも弥陀の本願によって浄土に生まれるはずだと説くのである。
その本願のありがたさへの感謝として念仏を唱えるだけで、念仏そのものに浄土に生まれる呪術性があるとも説かない。

街道をゆく (4)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1978/11)
P110

街道をゆく〈4〉洛北諸道ほか (1978年)

街道をゆく〈4〉洛北諸道ほか (1978年)

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京都市 法然院

ウニ

 ウニが食品として高級魚介の仲間に入ったのは、腰だめでそういうのだが、ここ半世紀ほどのあいだのことではないか。
 練りウニは、古くからあったらしい。しかし生うにが京・大阪あたりで賞味されるようになるのは、にぎり鮨の移入以後のはずだから、せいぜいここ五十年ぐらいのことかと思われる。
 この点、やや不安だから、料理研究家の土井信子さんに電話できいてみると、さあ、どうでしょうか。私の父が昭和初年ごろ、九州の知人から生ウニを塩漬けにしたものを送ってもらってよろこんでいたという記憶がありますけど、といわれた。
~中略~
 しかし、樫本さんは、
「わしらの子どものころ―大正末年から昭和初年―は海へゆくとウニがごろごろしていて、だれも食べられるものだとは知りませんでしたな。むろん食べ方を知っている者もおらんかったです」
 と、言われた。そのように聞くと、ウニが高級食品として日本中にゆくわたるのはやはり江戸前のにぎり鮨のたねに使われるようになってからだろうという気に私はなってくるのだが、しかしどうだかわからない。
 さらにいえば、日本中が、マツタケをよろこび、越前ガニを美味であるといい、牛肉は松坂にかぎると言い、すしのたねにウニが欠かせないというふうに、味覚までがマスコミ化して全国にゆきわたる大現象がおこるのは、昭和三十年代以後のことではないか。
 このために、ウニが高級なものになった。
~中略~
 ここまで書いたとき、土井信子さんから電話がかかってきた。彼女はあのあと、大和郡山市に住んでおられる味の研究家の大久保恒夫氏に電話できいてくれたらしい。大久保さんは早寝で、すでに九時ごろだから床に入っておられたが、わざわざ起きて来られて、
「そんなもの、昔から食べていまっせ。奈良時代にも、平城京から出土する木簡に出ていたりしますから、食品としては古いですぜ」
 ということだった。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P143

街道をゆく〈7〉大和・壷坂みちほか (1979年)

街道をゆく〈7〉大和・壷坂みちほか (1979年)

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下関市 唐戸市場

オモテナシは人の為ならず

 私どもは無論単なる旅行者で、モンゴル人民共和国から旅行者以上に意味のある扱いをうけていない。
これらの経費は、日本交通公社を通じてあらかじめ払いこんであるウランバートルホテルの宿泊用のクーポン券の中に込められているのである。その値段は忘れたが、しかし一般のホテルの宿泊費より高くない。
 私どもは、かれらに気の毒なほどの少人数であった。もしも大団体ならその支払金額の中からこれらのひとびとの人件費ぐらいは出るだろうが、この状態は、資本主義的計算でいえばモンゴル人民共和国に大きな赤字を出させているということになる。社会主義的計算でいってもおなじであろう。
~中略~
「私どもがこんなに少人数なのに、こんなにおおぜいの人に出て貰って悪いですね」
「いいですよ」
といったとき、風が、彼女のまるいおでこを吹きあげて、髪を反りかえらせた。
旅客を接待するのは国家の仕事です。モンゴル人の美質は、昔も今もお客好きなことです、と彼女はいった。
「しかし、どうも赤字だな」
「アカジとは?」
彼女は首をひねった。
「帳簿につける黒い数字と赤い数字」
「つまり、損?」
と、彼女は的確に反応した。そのあとすぐさま、
「そんなアカジ、ちっぽけじゃないですか、人類が戦争したりすることを思えば・・・・・」
 話が大きくなった。なるほど国家が戦争をしたりする大赤字を考えれば、外国から来る旅客を赤字でもてなしても、たかが知れている。

街道をゆく (5)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1978/10)
P200

街道をゆく5

街道をゆく5

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/08/07
  • メディア: Kindle版


大谷山荘 山口県

2026年6月3日水曜日

金毘羅大権現

 金毘羅大権現というのはインドのガンジス川のワニの化身だといわれているが、仏教渡来後、どういうわけか、仏教と直接縁のないインドの古俗の神が、何かにくっついて日本に入ってきたものと思える。
仏教渡来後、日本人は、在来の神々よりも「異国の神、きらきらし」ということで、効き目は海を渡ってきた蕃神にあるとした。そういく古来以来の気分が、あやうく遭難しかける場合に、住吉の神に祈らず、金毘羅大権現を祈るというあたりに続いているともいえるかもしれない。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P154

街道をゆく〈7〉大和・壷坂みちほか (1979年)

街道をゆく〈7〉大和・壷坂みちほか (1979年)

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トチの実

 そこ(住人注:高室院の表口)に大きな桶があって、山より引かれている樋から、間断なく水がそそぎつづけられている。
桶のなかに、大ぶりの栗の実のようなものが填(つま)っていた。一個つまみあげると、栗の実に似ているが、頭がとがっていない。
「トチ(栃、橡)の実ですよ」
 と、勝山さんがいわれたので、目が覚めるような感動でそれを見直した。縄文時代の主要な食物のひとつなのである。~中略~
十津川郷にあっては、太古以来、ほんの三十年ほど前まで、これが主食のひとつだったのである。幕末の文久三年(一八六三)四月、上平主税ら一郷の有志総代七人が京にのぼって中川宮にさしだした「十津川郷由緒書」にも「・・・・・不毛の地にて、食に乏しく、土民ども、雑穀、木の実を食(くら)ひ」といっている木の実とは、主としてこのトチの実であった。
~中略~
 トチの実はにがい。その苦味はサポニンとかアロインによるものだというが、ともかくそれを去らなければ食物にならないのである。
「厄介なものですよ」
 と、老神職はいった。
 まずあの固い外皮をむいて中身を灰汁(あく)に数日もしくは一週間つけておくことからはじまるのである。そのあと流れの速い谷川の水で一週間さらす。その上で木の臼に入れて舂(つ)き、それへモチゴメを入れて蒸し、しかるのちにだんごにして食う、という。
 トチの実を食べるのは日本だけでなく、中国の華南の高地に住む少数民族の一部でそれが見られるらしいが、私はよく知らない。
日本には、栃とか橡、あるいは杤(とち)、杼(とち)の文字を冠した地名が多い。吉田東伍博士の「大日本地名辞書」の索引に載っているだけでも、三十三カ所ある。越後の橡尾、越前の橡泉、下野(しもつけ)の栃木、磐城の栃窪、陸中の栃内(とちない)、上野(こうずけ)の栃本、武蔵の栃谷、信濃の杤原といったぐあいである。
主として北陸、関東、奥羽に多いのは、九州から畿内に入った水田耕作があるいは北進し、あるいは東進し、平安後期になってようやくそのあたりに及ぶといった地方と偶然かどうか、かさなっている。水田耕作には自然の適地ならともかく、やや農業土木を必要とする地帯は、農業土木を興(おこ)すに必要な条件がととのってから水田化するわけで、それまでは縄文時代以来の食物に多くを頼らざるをえず、そういう暮らしの中では、トチの木の多い尾根、峠、谷が重要な意味を持ち、自然地名として呼称されがちになるのかもしれない。
 トチを冠した地名の印象は、暗く重い。
 植物としておなじ仲間であるマロニエが、明治大正の日本人にパリの華やかさの象徴として印象されたのとずいぶんちがっている。

街道をゆく (12)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1983/03)
P168

街道をゆく12

街道をゆく12

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/10/07
  • メディア: Kindle版

 

奈良県 十津川

魚島(うおじま)

 言葉でいうと、大阪あたりには魚島(うおじま)という言葉がある。陽春の季語でもある。
魚が内海の底で冬ごもりしているのが、海面が暖かくなるにつれ、明石から淡路あたりに出てくる。タイなどは、節分から八十日のあいだに日ましに色の紅さがあざやかになり、肉もついてきて、味がうまくなる。
魚島というのは島をあらわす地理的用語ではなく、魚が美味になるという季節をあらわす時間的な用語なのである。
私は魚が格別好きではないのが、春になって魚好きの連中から「魚島」という言葉を聞くと、自分の唾液までつられてしまうような豊かさを感ずる。その魚島の根拠地のひとつが明石の海浜なのである。

街道をゆく (7)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1979/01)
P97

街道をゆく〈7〉大和・壷坂みちほか (1979年)

街道をゆく〈7〉大和・壷坂みちほか (1979年)

  • 出版社/メーカー:
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