2026年5月11日月曜日

重源

P232  おどま 勧進(かんじん)勧進
 という言葉が「五木の子守唄」に入っているが、九州その他の地方では乞食のことを勧進という。 旅をする高野聖が、庶民から一握りの米をもらい、富家からは、寺院の修復その他を名目にして金をもらい、それが高野山の財政の一半をささえていたとはいえ、結局は乞食と同義語になったのは、あわれというほかない。
後世の堕落した高野聖にも問題があるかもしれないが、ホンモノの乞食のほうが高野聖と称して米塩を稼ぐということが普通おこなわれていたのであろう。
 高野聖は、勧進してまわる。
 そのうちもっとも巨大な存在は、鎌倉期の高野聖・俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)であろう。
 源平争乱で、平重衡(しげひら)が奈良の東大寺の大仏殿に火を放ち、殿舎も大仏をももろともに焼いてしまったあと、高野山にいた重源が奈良にやってきてこの惨状を見、全国に勧進して再建再鋳しようとした。
 かれは法然流ではないが、本来念仏の徒であまりに念仏に凝ったために自分自身が阿弥陀仏だとおもうようになった。法然流ならそれは出て来ないが、重源は若いころ真言密教の行(ぎょう)にうちこんだから、密教の即身成仏の思想と論理が身についてしまっており、その論理からいえば、べつにおかしいことではない。
 重源の生涯は、ひたすらな勧進だったといっていい。たとえば橋をかける勧進をしてまわり、当時、日本でもっとも長い橋のうちである瀬田の唐橋や大阪の渡辺橋の修築もやった。湯屋(大衆浴場)を各地に建ててまわる勧進をしたこともある。最後の勧進が大仏勧進で、六十歳をすぎてからで、八十六歳でなくなるまで大仏の再興のために駆けまわった。
 重源が、どんな人間だったかは、知る手がかりがすくない。鎌倉期の作の木造が東大寺にある。 頭蓋骨がくるみにように厚くて頑丈そうで、目鼻立ちも大ぶりであり、これなら勧進聖(かんじんひじり)の大親方が、いかにもつとまりそうである。
「自分は三度も宗の国へ渡った」
などと自称していたそうだが、むろんホラであろう。しかし多少はホラを吹いて自己を大きく演出できるようでなければ、大仏再興という勧進のキャンペーンなどはおこせなかったかもしれない。
この俊乗房重源が高野山において住んでいた別所が、いまからゆく真別処谷なのである。

P236
 五来(ごらい)重氏の研究では、平安末期から鎌倉初期にかけて真別処(新別所)に住んでいた聖たちは道心の堅固さで知られていたという。
 この谷の聖たちの親方である俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)は、とくに道心堅固な聖をえらんではこの谷に住まわせた。聖の集団とおうのは売僧(まいす)くさい猥雑なものだが、重源はそれをきらい、人柄から厳選してかかったというのは、高野聖の歴史の中でもめずらしいといわなばならない。
 当時、聖の出身はさまざまであったであろう。貧窮の中で育ってもうまれつき才覚のある者は、  ―聖にでもなって面白おかしく世をすごすか。
 ということになったかもしれず、そういう連中が聖渡世をすると、肉をくらい女とも戯れ、米銭をむさぼって、なかなか強(したた)かなものであったにちがいない。
 それに対し、重源が選んだ真別処谷の聖たちは、源平の争乱などで敗者の側に立った者が多かったといわれる。米銭が自然に身のまわりになる階層にうまれ、しかも没落し、そのはかなさを知ってみずから求めて無一文の境涯に入っただけに、過去の豊かさにももどりたいという気がすくない。
 聖はふつう妻帯して在俗生活をしているものだが、重源にひきいられたこの真別処の聖たちは女色も遠ざけ、本来の聖の渡世である遊行(ゆぎょう)や勧進という米銭を得る暮らし方をとらず、この山林にこもって外界とまじわりを断ち、ひたすらに不断念仏に身をゆだねていたという。
食ってゆくということについては、重源が面倒をみた。重源がたえず外界に出てはその広い顔を生かし、寄付などを集めてまわった。重源は世話好きである一面、勧進にかけてはけたはずれの名人であった。
晩年に、草莽(そうもう)の聖でありながら大仏再興という歴史的な大勧進をやってのけたのも、右のような勧進の積み重ねが若いころからあったせいであろう。
 重源の名は、かれと同時代の著作物である「愚管抄」にも出ている。「愚管抄」はいうまでもなく、鎌倉期の僧慈円が著した歴史書である。
慈円は、野の聖の重源とはちがい、僧官としては最高の天台座主の地位につき、その氏は藤原氏で、月輪関白(つきのわかんぱく)の異称である兼実の実弟である。慈円からみれば重源などはいかがわしいだけの存在で、好意がもてようはずがない。
~中略~
 支配階級の慈円には理解しがたいことだろうが、重源にすれば聖だけに宗派の思想に拘束されず、自由にものを考えることができる。たとえばおなじ念仏者でも法然は叡山から出ただけに顕教的に念仏をとらえ、阿弥陀如来を他者とし、その本願を絶対他力とし、その他力(阿弥陀如来の本願)に身をゆだねるという思想をもっている。
重源は高野山で空海の密教に影響されただけに、阿弥陀如来を他者と考えず、法を修めれば促進にして自分が阿弥陀如来という普遍的存在になりうると信じている。
遠い世の空海がきけば驚くにちがいないが、空海の即身成仏の理論を阿弥陀信仰にあてはめたのである。

街道をゆく〈9〉信州佐久平みち
司馬 遼太郎 (著)
朝日新聞社 (1979/02)

街道をゆく 9 信州佐久平みち、潟のみちほか (朝日文庫) (朝日文庫 し 1-65)

街道をゆく 9 信州佐久平みち、潟のみちほか (朝日文庫) (朝日文庫 し 1-65)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2008/10/07
  • メディア: 文庫

東大寺 奈良県

空海

空海が天才であるという理由は、平安時代に中国から密教という一大文化体系を持ち帰っただけでなく、日本初の庶民のための私立学校「綜芸種智院」の設立、日本最大のため池「満濃池」の修築、戯曲的構成で書かれた日本初の思想小説「三教指帰」など、他にも日本初のものや画期的な事業を多く成し、その業績が非常に多岐にわたっているからでしょう。

空海 人生の言葉
川辺 秀美 (著)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/12/11)
プロローグ

空海 人生の言葉 (偉人の名言集) (ディスカヴァー携書)

空海 人生の言葉 (偉人の名言集) (ディスカヴァー携書)

  • 作者: 川辺秀美
  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2014/10/16
  • メディア: 新書

 延暦二十三年(八〇四)年七月六日、空海は最澄とともに肥前の松浦から遣唐使船に乗り込んで出発しました。
空海が乗った船が唐の福州に到着したのが八月十日。ほぼ一カ月余りの旅でした。空海はこの時、三十一歳になっています。そして、ひたすら大唐国の首都・長安を目指して旅を続けていきます。


山折哲雄の新・四国遍路
山折 哲雄 (著),黒田 仁朗(同行人) (その他)
PHP研究所 (2014/7/16)
P15

山折哲雄の新・四国遍路 PHP新書

山折哲雄の新・四国遍路 PHP新書

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2014/12/12
  • メディア: Kindle版

P108
 ここで改めて、「執着気質」の特性を確認しておこう。精神科医の下田光造氏によれば、執着気質とは具体的には、几帳面、きまじめ、責任感や正義感が強く、凝り性で、仕事熱心といった特徴がある。
さたに執着気質の人は、ごまかしや、大雑把なことを嫌い、何ごとも徹底的にやらなければ気が済まないので、他から確実な模範人として評価されるという。
これらは、空海の著作・理論構成の緻密さや、正確さの背景として考えられる性格的要因を意味している。責任感や正義感が強いため、頼まれたことが正しいと思ったら断らず、たとえ満濃池の修復や綜芸種智院の創設なども受けたら敢行し、貫ききって結果を出している。さらに、自らも筆を作り、寺の修繕、曼荼羅の修復なども徹底的にやっている点など、まさに「凝り性で、仕事熱心」と言うべきであろう。
 一方で、この執着気質の基本は、「感情の経過の異常」にあるとも言われている。
つまり、一度起こった感情が、正常者のごとく、時とともに冷却することがなく、長くその強度を持続し、あるいはむしろ増強する傾向を持つというのである。
実は空海には、このような感情が持続し徐々に高じていく面があり、その様は、最澄と空海の決別の経緯として必ず取り上げられている。

P110
 改めて空海の性格を言えば、従来のうつ病の病前性格論から考察すれば、それはかなり典型的な執着気質と言えるということである。

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う
保坂 隆 (著)
大法輪閣 (2017/1/11)

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う

  • 作者: 隆, 保坂
  • 出版社/メーカー: 大法輪閣
  • 発売日: 2017/01/11
  • メディア: 単行本

京都市 東寺

フラクタルな「華厳経」ワールド

 鎌倉の大仏さまは阿弥陀仏ですが、奈良の大仏さまは毘盧遮那仏です。ご存知でしたか。
毘盧遮那仏は「華厳経」に出ている仏で、原語はビローチャナ(輝くもの)です。釈尊が悟りを開いたときに世界を照らす光を発したイメージをもとにしています。大仏がある東大寺は、「華厳経」によって成立した華厳宗の本山ですよね。
~中略~

 竹村牧男氏は「華厳経」の核心を、「一即一切・一切即一」「一入一切・一切入一」と表現される、めくるめくような関係性の世界、いわゆる「重重無尽」の縁起世界であると述べています(「華厳経とは何か」)。華厳思想には、ひとつの細胞と全宇宙は同じ、ひとつの細胞に全宇宙がある、その全宇宙の中にはまた個々の細胞がある、といったお互いに同一であり、お互いに内包し合っているような積極的関係が語られています。相即相入と言います。
 すべてのものは幾重にも幾重にも重なり合い、お互いに飲み込み合っている(重重無尽)。
すべたは排除されることなく、融け合い、滞ることなく、刻々と関係し続けている。これを法界縁起 と言います。「融通無礙」ってこのことなんですよ。

いきなりはじめる仏教生活
釈 徹宗 (著)
バジリコ (2008/4/5)
P308

いきなりはじめる仏教生活 (木星叢書)

いきなりはじめる仏教生活 (木星叢書)

  • 作者: 釈 徹宗
  • 出版社/メーカー: バジリコ
  • 発売日: 2008/04/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

東大寺 奈良県

行基

 行基はすごい人です。聖徳太子は仏教を貴族に布教したけれども、行基は民衆に布教して、仏教を民衆の底辺まで広げた。
行基はあち こち旅をして、道を直し、橋をつくり、布施の行をした。そして寺をつくり、仏をつくった。
 行基がつくった仏は、木の仏です。
~中略~

木というのはもともと神さまの宿るものです。神さまである木から仏が出現してきた。
日本の神さまはだいたい異相です。吉野の蔵王権現がそうでしょう。だから行基仏は神さまに似て異相をしているんです。
奈良時代にこの ようにして木彫仏が造られ、平安時代にはこの木彫仏が全盛して、ほとんど金銅仏や乾漆仏は造られなくなりました。
木彫仏の制作そのも のが神仏習合を示しています。
このさきがけをなし、しかも木彫仏を造り始めたのが、白山信仰を始めた泰澄らしいのです。泰澄が行基に 神仏習合の思想と木彫仏制作を教えた。

梅原猛の授業 仏になろう
梅原 猛 (著)
朝日新聞社 (2006/03)
P227

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2009/11/06
  • メディア: 文庫

 

奈良県 金峯山寺

山川草木悉皆成仏

 平安時代の終りに「天台本覚論」という思想が生まれ出ました。天台本覚論の合言葉は「山川草木悉皆成仏」という言葉です。
山や川も、草や木も、すべて成仏する。動物はもちろん、植物や鉱物、山や川まで仏性を持っていて、仏になれる。仏性を持つものの範囲 が広がったんです。そういう思想が平安時代の終りにでて、この思想が土台になって鎌倉仏教が生まれてくるわけです。
 これはインドにはないんだ。インドでは、動物までは有情、つまり生きているものだと言える。植物に果たして仏性があるか。植物までは仏性はないんじゃないかという考え方のようです。

梅原猛の授業 仏になろう
梅原 猛 (著)
朝日新聞社 (2006/03)
P24

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫 う 10-5)

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫 う 10-5)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2009/11/06
  • メディア: 文庫

 

ある時、私はクモを殺して
それが当を得たことかどうかを考えた。
神は、私と同様にクモをも
この日々の生活にあずからしめんと欲せられたのだ。
(西東詩編「ことわざの書」から)

ゲーテ格言集
ゲーテ (著), 高橋 健二 (翻訳)
新潮社; 改版 (1952/6/27)
P72

 

ゲーテ格言集(新潮文庫)

ゲーテ格言集(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/04/22
  • メディア: Kindle版
滋賀県 延暦寺

「般若心経」のこころ

P49
般若心経は、「現実の空しさ、うつろさを徹底して実感せよ(色即是空)、すると、現実に生きる価値と意義が十二分に自覚できる(空即是色)」と教えます。
 空しさやうつろさは、しかし、死とか別れのようなくらい場面に感じるとは限りません。
現代の日本のように、経済的に高度の生活がつづくと、「満ち足りている」ことに空しさと不服とを感じるのです。

P64
般若心経の内容を一言でいうと「空を知る知恵を体得して、純粋な人間性に立ち返る教え」となりましょう。

P60
 白隠禅師は「観自在菩薩とは余人にあらず、汝(おんみ)自身なり」と示されるのです。
 それは、文法的にいう二人称・三人称をひっくるめた大いなる第一人称の「自己」を創造することです。
弘法大師空海が、自著「般若心経秘鍵」の冒頭に「それ仏法遥かにあらず、心中にして、すなわち近し」といい、一休禅師も般若心経を講じて、
よもすがら ほとけの道を たづぬれば
わが心にぞ たづねいりける
と詠まれた心情を発見することになります。

 

そして、本来「ほとけ」とは、せけんでいうような死人とか仏像ではなく、「真実の人間性」のことなのです。
ゆえに、自分の中にわけ入って真実の人間性を開発するのが「般若心経」のこころといえます。

松原 泰道 (著)
般若心経入門―276文字が語る人生の知恵
祥伝社 (2003/01)

般若心経入門―276文字が語る人生の知恵 (祥伝社黄金文庫 ま 1-3)

般若心経入門―276文字が語る人生の知恵 (祥伝社黄金文庫 ま 1-3)

  • 作者: 松原 泰道
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2003/01/01
  • メディア: 文庫

 

滋賀県 延暦寺

四弘誓願

P136
 仏さんというのは、いろいろな願いを持っています。本当の仏さん、悟りを開いた仏さんは如来といいますが、菩薩さんはこれから仏さんに なろうとしていて、そのために願を抱いて、その願を実行して仏になります。いろいろな仏さんにいろいろな願がありますが、四弘誓願という のは、すべての仏や菩薩に共通の願いを言います。
~中略~

衆生無辺誓願度

煩悩無数誓願断

法門無尽誓願学

仏道無上誓願成

P158
 十善戒と六波羅蜜をしっかり守って、四弘誓願を自分の願いとして生きる。
そのように生きることができれば、仏道は八割方成就しています。その上に、いろいろな宗派のいう座禅や念仏をすればよいんですね。

梅原猛の授業 仏になろう
梅原 猛 (著)
朝日新聞社 (2006/03)

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2009/11/06
  • メディア: 文庫

 

京都府 高山寺

四摂法

四摂法(ししょうぼう)を行えということは、仏教で最初から説くことですが、四摂法というのは、人々を救うために人々を摂(おさ)めて守る四つの仕方、四つの包容の態度ともいえます。
第一は布施。その場合には、物質的なものでもいいし、あるいは精神的な雰囲気を人に与えることになります。
第二は愛護。だれにたいしても優しく、愛情のこもったことばをかけること。
第三に利行。人々のためになることを行なうこと。
第四に同事。ことを同じくすることです。人々はお互いに人々と連関のなかで生きているわけですから、お互いに協力することが必要です。
 布施・愛護・利行・同事、この四つは人々とつきあっていくためにはぜひ必要なことですが、自分の利益のためにそういうことをするのではない。そうではなくて、一切の生きとし生けるもののために、「無愛染心」愛着の心もなく、「無厭足心」嫌になって飽きてしまうというような心もなく、「無罣礙心」さわり、とどこおりのあるような心もなく、広々とした気持ちで、生きとし生けるものを受け入れましょう。
つまり、自分が何かになりたいとかいうようなつもりで人々を助けるのではない、広々とした気持ちで人々を救いましょうというのです。

『維摩経』『勝鬘経』 (現代語訳大乗仏典)
中村 元
(著)
東京書籍 (2003/06)
P102

『維摩経』『勝鬘経』 (現代語訳大乗仏典) (現代語訳大乗仏典 3)

『維摩経』『勝鬘経』 (現代語訳大乗仏典) (現代語訳大乗仏典 3)

  • 作者: 中村 元
  • 出版社/メーカー: 東京書籍
  • 発売日: 2003/06/01
  • メディア: 単行本

 

福井県 神宮寺

大般若経

P205
「大般若経」というのは、古くから伝わっている般若経典とともに、孫悟空が活躍する「西遊記」で有名な玄奘三蔵が新しく持ってきた般若経典のすべてを新たに訳したものです。
~中略~
「大般若経」が大乗仏教の中心経典であることは間違いありません。

P208
 「大般若経」には、前にお話した六波羅蜜の教えが詳しく語られています。「六波羅蜜の徳を備えないような人は決して仏教徒ではない」 という考えが、そこにはあります。
この般若の教えを要領よく短くまとめたのが「般若心経」という、日本で最もよく読まれている経典です。
弘法大師空海は「般若心経秘鍵」と いう本を書いて、ここにすべての仏教が含まれていると考えます。
そして最後に「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦」という陀羅尼(呪文) が来ますが、この陀羅尼のなかに全仏教が含まれているというのです。
~中略~

 しかし、私は「般若心経」だけで般若の教えを理解することに多少の疑問があるんです。
というのは「般若心経」には「大般若経」で詳しくと かれている六波羅蜜の徳が少しも説かれていないからです。
~中略~

 

 「大般若経」のなかには般若経典とともに「理趣経」や「金剛般若経」というものも含まれています。
「理趣経」は真言密教の経典となり、「 金剛般若経」は禅の経典ともなりました。
ですから、真言密教も禅仏教も般若の思想のひとつの展開と考えられなくはないと思います。

梅原猛の授業 仏になろう
梅原 猛 (著)
朝日新聞社 (2006/03)

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2009/11/06
  • メディア: 文庫

 

奈良県 室生寺

勝鬘経

P75
 「勝鬘経(しょうまんぎょう)」の重要な点は、女人の説法であるということです。在家仏教、家にある人々が仏教を実践するという、そういう仏教の動きの理想は「維摩経」のところで述べましたが、それより後代にあらわれた「勝鬘経」のなかにもはっきり出ています。
 この経典は、釈尊の面前において国王の妃である勝鬘夫人(ぶにん)が、いろいろの問題について大乗の教えを説き、それにたいして釈尊はしばしば賞賛のことばをはさみながら、その説法をそうだ、そうだと言って是認するという筋書きになっています。
当時の世俗の女人の理想的な姿が「勝鬘経」のなかに示されています。
 「勝鬘経」の原名は「シリーマーラー・デーヴィー・シンハナーダ・スートラ」(略(住人注;表記できません))というのですが、「シリーマーラー」というのは、めでたい花輪という意味です。それを漢字で勝鬘と訳しました。すぐれた花飾りということです。「デーヴィー」というのは王さまのお妃のことですが、それが師子吼(獅子吼とも書く)をした経典ということです。
つまり、勝鬘という王妃が獅子のほえるように偉大な教えを説いた経典ということです。大乗仏教の精神を華麗な芸術的・哲学的表現をもって鼓吹したものです。

P78
 この経典は二重の意味において注目されるべきでしょう。
 第一には、説法している主体が在家の人で、出家修行者ではないことです。ふつうは、出家者が在家の人々、信者にたいして教えを説くというのが通例です。~中略~
 それから第二には、在家の人のうちでも、女人が教えを説いています。古い時代のインドでは女性が哲学的な思索を述べ、議論に加わることは珍しいことではなかったようですが、他の国々では女性が公開の席へ出ることは一般にはまれでしたでしょうし、しかも堂々と国王のお妃が難しい教えを述べるということがあったかどうか、それはわかりませんけれども、ここでは国王の妃が難しい哲学説を述べるということが当然のこととして受け取られています。
 そして人びとを救おうという偉大な誓願を立てているのですから、当時北インドの上流夫人のあいだには、このような理想をめざす動きがおこっていたのでしょう。
 この経典が作成される以前にも、女人をテーマにした、あるいはそれに関連して説かれた経典というものはいろいろあります。たとえば、「感無量寿経」のようなものです。しかし、女人がみずから姿を現して、自分から積極的に教えを説くという点では、「勝鬘経」は例外的です。
この点で「勝鬘経」はまったく独自の経典であるということがいえます。
~中略~
「勝鬘経」は、日本の仏教にとってひじょうに重要な意義をもっています。それは、日本に仏教がとりいれられた初期のころに、聖徳太子がこの経典を選び出して講義をし、また注解書を書いたからです。
その注解書は、めんどうな注解ではなくてむしろ趣旨を明らかにしたものですが、その書物を「勝鬘経義疏」といいます。しかしこれは、先に述べたように日本最古の書と思われる「三教義疏」のうちでも、いちばん早く書かれたものです。
 一つには、当時の天皇は推古天皇で女帝でしたから、そのためにますますこの経典が重要視されたのではないかとも考えられるのですが、とにかくそこには太子独特の解釈が示されており、「勝鬘経」は後代の日本の仏教の特徴を規定するにいたった一つの重要な経典であって、今日までの仏教の背骨を提供してくれたといえるでしょう。

 

P94
 ここに注目すべきこととして、勝鬘夫人という女人が未来に仏になるのであって、「男子に生まれ変わって、のちに仏になる」ということは説かれていません。「変成男子(へんじょうなんし)」ということは説かれていないのです。「変成男子」ということは、しょせん仏教の一部の思想であったということがわかります。

『維摩経』『勝鬘経』 (現代語訳大乗仏典)
中村 元
(著)
東京書籍 (2003/06)

『維摩経』『勝鬘経』 (現代語訳大乗仏典) (現代語訳大乗仏典 3)

『維摩経』『勝鬘経』 (現代語訳大乗仏典) (現代語訳大乗仏典 3)

  • 作者: 中村 元
  • 出版社/メーカー: 東京書籍
  • 発売日: 2003/06/01
  • メディア: 単行本

 

京都府 神護寺