2026年1月21日水曜日

宗教戦争

P103
 日本には本格的な宗教戦争などなかった。西暦で言えば六世紀にあたる時期の神仏崇拝論争による蘇我・物部の争いも、七世紀の律令国家建設過程で解決している。

 日本のあらゆる仏教宗派は、聖徳太子崇拝では一致できる。
また、第十五代応神天皇を御祭神とする八幡大名神は、仏教を保護する八幡大菩薩でもある。イスラム教を守護するキリスト教の天使など、聞いたことがあるだろうか。
 イスラム教は、新旧聖書とコーランを聖典として崇(あが)めるが、ユダヤ教は新約聖書の存在を認めない。もちろん、ユダヤ教もキリスト教もコーランを認めない。同じ神様を拝んでいるにもかかわらず、である。謹慎憎悪であろうか。
 日本で最大の宗教戦争として石山合戦が挙げられるが、本願寺は端から勅願寺になったことを喜んでいるのである。天皇の権威により、自己の社会的地位が向上したことを喜ぶということは、その威光に服属するということなのである。天皇は政治の争いから超然としていた。

P180
 宗教戦争は、相手を皆殺しにするまで終わらない。悪魔を相手とする正義の戦いだからである。悪魔との妥協は正義に反する。だから、戦いがひたすら悲惨になるのだ。
 こうした悲惨さと決別しようと、フーゴー・グロチウスは「戦争と平和の法」を提唱した。人間社会には現実として戦いが存在する。この戦いの悲惨さを軽減しようと、「戦いにも掟(おきて)がある」、それこそが国際法であると主張したのだ。
 グロチウスの考え方はウェストファリア体制の生成と発展に伴い、「文明」として拡大していく。これが近代である。
 しかし、彼らにとっても皮肉にも、有色人種で非キリスト教の日本こそが「近代」「文明」の模範生となった。

 

P181
 近代のヨーロッパ諸国や日本は、無差別戦争観に立脚している。戦争を人間社会におけるやむをえない事象と捉え、戦争のやり方に関して善悪をつけよう、軍事合理性に反する無意味な殺傷を軽減あるいは根絶しようとするのが、無差別戦争観である。
この考え方においては、戦争そのものに正義も悪もない。また、敵とは利害が異なるものであり、犯罪者ではない。利害が一致すれば昨日の敵も今日の友となりうるのだ。
 一方、アメリカ合衆国は差別戦争観、すなわち正義の戦争があるとする考え方を信じている。この考え方を信じている。
この考え方の幼稚で危険なところは、自分の行う戦争は常に正義で、相手が悪魔になりかねない。悪魔との妥協は許されないし、アメリカ人にとっての戦争とは犯罪者を退治する保安官の構図になるのだ。
保安官がインデアン狩りで何をしたかは、世界中の誰もが知っている。
自分が正義で敵を悪魔だと思う戦争を、宗教戦争と言う。アメリカは本質的に宗教原理主義の国であるとよく言われる。日本人からすれば、反近代の国なのである。 

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)

日本人だけが知らない「本当の世界史」 なぜ歴史問題は解決しないのか PHP文庫

日本人だけが知らない「本当の世界史」 なぜ歴史問題は解決しないのか PHP文庫

  • 作者: 倉山 満
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2016/04/08
  • メディア: Kindle版

民主主義

P17
多くの人々は、民主主義とは単なる政治上の制度だと考えている。民主主義とは民主政治のことであり、それ以外の何ものでもないと思っている。

しかし、政治の面からだけみていたのでは、民主主義を本当に理解することはできない。政治上の制度としての民主主義ももとよりたいせつであるが、それよりももっとたいせつなのは、民主主義の精神をつかむことである。
なぜならば、民主主義の根本は、精神的な態度にほかならないからである。
それでは、民主主義の根本精神はなんであろうか、それは、つまり、人間の尊重ということにほかならない。
 人間が人間として自分自身を尊重し、互いに他人を尊重しあうということは、政治上の問題や議員の候補者について賛成や反対の投票をするよりも、はるかにたいせつな民主主義の心構えである。
~中略~
民主主義の精神が自分自身を人間として尊重するにあるからといって、それをわがままかってな利己主義ととり違える者があるならば、とんでもないまちがいである。
自らの権利を主張する者は、他人の権利を重んじなければならない。自己の自由を主張する者は、他人の自由に深い敬意を払わなければならない。
キリストは、「すべての人に為(せ)られんことを思ふことは、人にもまたそのごとくせよ」と教えた。孔子も、「おのれの欲せざるところは、人に施すことなかれ」と言った。
もしもこの好意と友愛の精神が社会にゆきわたっているならば、その社会は民主的である。もしもそれが工場の労働者と使用者との関係にしみこんでいるならば、その工場は民主的である。~中略~
どこでも、いつでも、この精神が人間の関係を貫いている場合には、そこに民主主義がある。政治もまた、この精神を基礎にした場合にのみ、ほんとうの意味で民主的でありうる。

P29
 民主主義は、国民を個人として尊重する。したがって民主主義は、社会の秩序および公共の福祉と両立するかぎり個人にできるだけ多くの自由を認める。各人が生活を経営し、幸福を築きあげてゆくことは、他人に譲り渡すことのできない自然の権利であるとみる。
 しかし、持ちつ持たれつのこの世の中では、そうした自由および権利と照応して、社会の一員として守るべき義務があることは当然である。
民主主義は、ひろく個人の自由を認めるが、それをかって気ままと混同するのは、たいへんなまちがいである。
事実、民主主義は、他人の権利を害しないかぎり、個人が自分の好きなように幸福を求めることを認め、それを奨励する。私どもは、自分の思うところに従って、宗教を信じ、政党を選び、ものを書き、また、語る。
けれども、私どもは、自分がそういう自由を、喜びをもって受ければ受けるほど、たえず私どもの隣人の、ひろくは、すべての国民の同様の自由と権利とを尊重しなければならないと思うであろう。 大きな自由が与えられれば与えられるだけ、それだけ、その自由を活用して、世の中のために役立つような働きをする大きな責任があるというのが、民主主義の根本の考え方である。自分に与えられた自由を、社会公共の福祉のために最もよく活用するという心構えがなければ、いかなる自由も、豚に与えた真珠にすぎない。

P185
民主主義の社会では、何よりもまず、だれもが同じ対等の人間として尊敬しあうという気持を養わねければならない。
個人の自由の尊さを認識せず、個人の尊厳を自覚しない者は、他人の自由を侵し、他人の人格を傷つけることを、意に介しない。
日本人には、特にそういう欠点が多い。他人の私生活に不必要に干渉し、それを悪いこととは思わないばかりか、どうかすると、かえってそれがしんせつであるかのように感違いしている。
むやみに他人のことを気にしたがるくせがあり、人の悪口に興じあったり、人をけなしてむなしい優越感を味わったりする傾きがある。
こんなありさまでは、政治や法律が民主化されても、民主国家の国民たるにふさわしい社会道徳を備えているとは、とうてい言いえない。

P430
  民主主義の社会を動かし、その活動の能率を高めていくものは、人間の力である。
しかし、それは、人間の力といっても、単なる個人の力ではなく、また、単なる個人の力の総計でもない。
リンカーンは言った。「政治の正しい目的は、国民全体のためにぜひともなされなければならないことでありながら、国民のばらばらの努力やひとりひとりの能力ではすることができず、あるいは、やってもうまくいかないような事柄を、やりとげていくにある」と。
民主主義は、無から有を作り上げることはできない。しかし、一見不可能なようなことを可能ならしめる力を持っている。それは、協同のちからであり、組織の力である。

P453
解説
内田樹
前略~
「(住人注;明治憲法下でも)天皇も、国務大臣の意見に基かないでは政治を行うことはできないようになっていたし、行政についての責任は国務大臣が負うべきものと定められていた。これは、政治の責任が天皇に及ぶことを避ける意味であったと同時に、天皇の専断によって専制的な政治が行われることを防ぐための同意でもあった。」(二九二頁)
 限定的ではあったけれど、言論の自由、信教の自由も明治憲法では認められていたと執筆者は繰り返し主張する。「そういう点では、明治憲法の中にも相当に民主主義の精神が盛られていたということができる」とまで書いている(二九三)。
その「民主主義の精神」が日本社会に定着しなかったのは明治憲法には「民主主義の発達をおさえるようなところ」もかなり含まれており、「そういう方面を強めていけば、民主主義とはまったく反対の独裁政治を行うことも不可能ではないようなすきがあった」からである(二九三頁)。  運用次第では明治憲法下でも日本は民主的な国家となることができたとここには書かれている。その先例はイギリスの王政に見出すことができる。
イギリスは立憲君主制であり、国王には議会で決めた法律案に同意することを拒む権利が賦与されているが、その権利は一七〇七年以来一度も行使されたことがない(七三頁)。天皇制もそのように運用することは法理的には可能だったはずである。しかし、そうならなかった。独裁政治の侵入を許すような憲法の「すき」が存在したからである。
 一つは「独立命令」「緊急勅令」という、法律によらず、議会の承認を経ずに法律と同じ効力を持った政令を発令する権限を天皇に賦与したことである。
もう一つは「統帥権の独立」である。憲法十一条に定めた「天皇は陸海軍を統帥す」に基づき、戦略の決定、軍事作戦の立案、陸海軍の組織や人事にかかわるすべての権限が政府・議会の埒外(らちがい)で決定された。
そして、統帥権の拡大解釈によって、軍縮条約や軍事予算編成への干渉、さらには産業統制、言論統制、思想統制までもが「統帥権」の名の下に軍によって専管されたのである。 その結果、浜口雄幸(はまぐちおさち)はテロリストによって、犬養毅は海軍将校によって、ともに軍縮に手を付けようとして殺害された。「武器を持って戦うことを職分とする軍人が、その武器をみだりに振るって、要路の政治家をつぎつぎ殺すことを始めるにいたっては、もはや民主政治もおしまいである」(三〇六頁)。
昭和六年の十月事件、三月事件、血盟団事件、五・一五事件から昭和十一年の二・二六事件に至る一連のテロによって、日本の民主主義はその命脈を断たれた。
「かくて、軍閥は、この機に乗じて日本の政治を動かす力を完全に獲得し、これに従う官僚中の指導的勢力は、ますます独裁的な制度を確立していった。政党はまったく無力となり、民意を代表するはずの議会も、有名無実の存在となった。そうして、勢いのきわまるところ、日華事変はついに太平洋戦争にまで拡大され、日本はまさに滅亡のふちまでかりたてられていった。」(三〇八頁)
 この帝国戦争指導部に対する怒りと恨みには実感がこもっている。軍国主義に対する怒りはGHQに使嗾(しそう)されなくても、本書の執筆者全員に共有されていたはずである。
それゆえ、この教科書は「軍国主義」を近代日本が進むべきだった道筋からの「逸脱」ととらえるのである。
そして、それを「のけて」、明治初期の福沢諭吉や中江兆民のひろびろとした開明的な民主主義思想と、今始まろうとしている戦後民主主義を直接に繋(つなげ)げようとするのである。
そうすることによって、戦後の日本を、実はもともと民主主義的な素地のあった大日本帝国の正嫡として顕彰するという戦略をひそかに採択したのだと私は思う。
 これはすでに気づいた人がいるだろうけど、司馬遼太郎の「司馬史観」と同型のものである。司馬遼太郎は明治維新から日露戦争までの四十年、敗戦までの四十年、戦後の四十年に近代日本を三分割して、第二期にあたる昭和一桁から敗戦までの十数年を「のけて」、前後をつなぐという歴史観を披歴したことがある。
「その二〇年をのけて、たとえば、兼好法師や宗祇が生きた時代とこんにちとは、十分に日本史的な連続がある。また芭蕉や荻生徂徠が生きた江戸中期をこんにちとは文化意識の点でつなぐことができる。」(「この国のかたち」)
「異胎・鬼胎」としての軍国主義を歴史から切除しさえすれば日本文化の連続性は回復できるという司馬遼太郎の歴史戦略は、多くの日本人に歓迎された。それが歴史的なものの観方としてどれほど学術的検証に耐えうるものかは定かでないが、戦後の日本人たちがこの「物語」を愛したのは事実である。
 立場は異なるけれど、本書を執筆した人々の心の中にも、「古き良き日本」と戦後日本を繋(つな)いで、そこに連続性を見出そうとする志向は、控えめな仕方であったにせよ、存在していたように思われる。その心情は掬すすべきだと思う。
 しかし、その作業をほんとうに誠実に履行しようとしたら、どうして日本人はある時点で民主主義を自分で育てることを止めて、軍国主義に魅入られるに任せたのかという重苦しく、つらい思想的・歴史的な問いを引き受けなければならない。残念ながら、敗戦直後の日本人にはそのようなつらく不毛な作業を最優先するだけの余力はなかった。
~中略~
なぜ日本人は民主主義を育てるのを止めて、軍国主義に走ったのか。ほんとうは「民主主義の教科書」はそれを柱に書かれるべきであった。そのことは執筆者たちにもわかっていたと思う。~中略~ 戦後民主主義を讃(たた)えながら、本書では、それは制度の問題ではなく、心の問題だということが強調されているのである。
~中略~
 さらっと読み飛ばしてしまいそうだけど、まさにこの命題からこの本は書きはじめているのである。民主主義は制度ではない、それは心だ、と。そういう考え方も民主主義についての一つの考え方かも知れないけれど、それはあくまで一つの考え方に過ぎない。デモクラシーは心の問題であると断定したら、「それは違う」と言いだす人がいくらでもいるだろう。
カントなら「違う」と言うだろうし、プラトンも「違う」と言うだろう。でも、この本はそういうかなり偏った定義から話を始めているのである。民主主義は制度にではなく、心に宿る。そうだとすると、まったく統治モデルが違う国でも、どちらも心においては民主主義であるということがありうる。
~中略~
 誤解して欲しくないけれど、私はこの「屈曲」を批判しているわけではない。この本を書いた人たちはすばらしい仕事をしたと思う。おそらくは「一億総懺悔」と称して過去の日本のすべての制度文物を「歴史のごみ箱」に放り込んで、新しい政治体制とイデオロギーに適応しようとしている世渡り上手の同時代人を苦々しくみつめながら、敗戦の瓦礫の中から、明治以降の先人たちの業績のうち残すべきものを掘り出して、それを守ろうとしたのである。
敗戦の苦しみの中で、占領軍の査定的なまなざしの下で、本書の執筆者たちは戦前の日本と戦後の日本を架橋して、戦争で切断された国民的アイデンティティを再生しようとして「細い一筋の理性の網」を求めたのである。このような先人を持ったことを私は誇りに思う。

民主主義

文部省 (著)
KADOKAWA (2018/10/24)

民主主義 (角川ソフィア文庫)

民主主義 (角川ソフィア文庫)

  • 作者: 文部省
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/10/24
  • メディア: 文庫

フランスという国

 フランスという国はヨーロッパの中でももっとも宗教嫌いの世俗主義国家です。この宗教嫌いは、ドイツやイギリスと比較にならないくらい強いものです。
個人であっても、公共空間に宗教を持ち込むことを忌避しますし、実際、ヴェールやスカーフについては法律で禁止しています。

イスラームから世界を見る
内藤 正典 (著)
筑摩書房 (2012/8/6)
P135

イスラームから世界を見る (ちくまプリマー新書)

イスラームから世界を見る (ちくまプリマー新書)

  • 作者: 内藤正典
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2020/09/25
  • メディア: Kindle版

 

西欧の革命は権力を打ち砕く運動だった

  私たちは、何も宗教に頼らなくても、公正な社会の実現は可能だと考えます。欧米諸国の大半もそうでしょう。
キリスト教会から離れ、宗教から離れることによって、人間は一個人としての自由や尊厳を獲得できたというのが、西欧近代世界のドクマ といってもいいくらい確固たる信念だったからです。
 中世のころ、いや、実際は近代になっても、まだ、教会の力は強く、人びとを縛ってきただけでなく、搾取もしてきました。 これを市民の力で破壊したのがフランス革命ですが、その後、ロシア革命にいたるまで、あちこちでおきた革命は、王権や貴族だけでなく教会の権力を打ち砕く運動でもあったのです。
その歴史を考えれば、西欧の人たちが、教会と国家を切り離さないと近代化も自由化も民主化もできないと信じているのは当然ともいえましょう。

イスラームから世界を見る
内藤 正典 (著)
筑摩書房 (2012/8/6)
P122

イスラームから世界を見る (ちくまプリマー新書)

イスラームから世界を見る (ちくまプリマー新書)

  • 作者: 内藤 正典
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2012/08/01
  • メディア: 新書

 

国家意識の喪失

P114
  官僚は何をよりどころにすればよいのだろうか。
 わたしは、それは国家意識だと考える。そしてこの国家意識の喪失が、今日の官僚の信頼性の喪失につながっているのではないだろうか。
官僚エリートは、必ずしも、大衆とともにある必要はない。

この国家意識が失われたとき、官僚は大衆から浮き上がった、セクショナル・インタレストの権化となり、大衆は、わが身のことしか考えないミーイズムの中に身を沈める。
現代日本で、まさにこのことが生じているとまで言わないが、危険な兆候が見られることは間違いないのではなかろうか。 なぜなら、国家意識を限りなく希薄化することに腐心したのが戦後日本の教育であり、文化であり、デモクラシーであった。
そして、エリート官僚たちはまさに、その戦後の教育、文化の秀才なのである。

P234
 民主主義が、「公共的事項」に対して大多数のものが参与するという政治の空間を回復するためには、したがって、何よりもまずは、個人の主観を超えた共有価値が存在することを認めなければならない。
個々人は、この共有価値にコミットし、またこの共有価値から行動の指針を受け取ることになる。 イギリスの政治哲学者ラズは、このような共有された価値体系を「共有文化」あるいは「公共文化」と呼び、この「公共文化」に対する人々の敬意とそれを維持しようとする精神こそが自由や民主主義を支えることを述べ、個人主義的な自由観や民主主義観に反対しているが、わたしには、これは当然の主張に思われる。

 

共有価値が宗教的なものなのか、民族的なものなのか、それとももっと静かでゆったりと流れる生活習慣のようなものなのか、これはまた別の議論であろう。
しかし、ある種の価値の共有によって定義される、広い意味でのコミュニティや自生的秩序を見失ったところでは、民主主義は私的エゴによって食い荒らされ衰退するか、あるいは「人民の意志」を盾にした「全体意思」に転換する危険をもつことに注意しなければならないのだ。

現代民主主義の病理―戦後日本をどう見るか
佐伯 啓思 (著)
日本放送出版協会 (1997/01)

現代民主主義の病理 戦後日本をどう見るか (NHKブックス)

現代民主主義の病理 戦後日本をどう見るか (NHKブックス)

  • 作者: 佐伯 啓思
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 1997/01/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

ウェストファリア体制

P85
 一六四八年一月三十日のスペイン・ネーデルランドの講和条約調印を皮切りに、最終的には十月二十四日の講和条約正式調印に至り、ようやく三十年に及ぶ欧州の大戦は終結した。

 条約の主な内容は、以下の通りである。
~中略~
 この条約によって成立した体制を、ウェストファリア体制と称する。世界中の国際法の教科書では、次の三つの要点が強調される。
 一つは帝国から主権国家の独立、二つは対等な主権国家の並立、三つは教会権力と世俗権力の対等である。要するに、我々現代人が想像する主権国家は、ウェストファリア条約によって成立したのであり、広義にはいまだに世界はウェストファリア体制なのである。  ローマ教皇や神聖ローマ皇帝の支配を脱しようと、オランダ、フランス、イングランドで始まった舌体王権による国家の統一とそれらの国々の並立は、ウェストファリア体制により、急速にヨーロッパ中に広まる。
 現代の国家は、土地を基盤とした領域国家であるが、この時点のヨーロッパはまだまだ属地法ではなく国王を核とする属人法の世界であった。
国王はその領内で権力を行使し、すべての特権階級を従わせる。そして他の国王の介入を許さないことで、現在に至る主権国家の原型ができあがるのである。

P99
ウェストファリア会議において、戦勝国のスウェーデンのクリスティーナ女王が人類史に残る画期的な一言を言い放った。
「異教徒を殺さなくてよい」
 本書をここまでお読みいただいた読者諸氏は、この一言以前のヨーロッパ社会がどのようなものだったか、そしてなぜ画期的だったかが理解できるだろう。
「異教徒は殺さなければならない」
 敵に対する魔女狩りや十字軍は言うに及ばず、裏切り者は異端審問にかけて苦しめて殺さねばならない。これが、ローマ帝国末期から三十年戦争にかけて、ヨーロッパの暗黒の世紀において支配的だった価値観である。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)

日本人だけが知らない「本当の世界史」 なぜ歴史問題は解決しないのか (PHP文庫)

日本人だけが知らない「本当の世界史」 なぜ歴史問題は解決しないのか (PHP文庫)

  • 作者: 倉山 満
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2016/04/03
  • メディア: 文庫

世界的食料争奪戦

P132
 農業就業人口が大きく減った大きな要因は、戦後の日本農業を引っ張ってきた昭和一桁生まれの人々が引退したこと、すなわち高齢化だ。農業就業人口の平均年齢は66.4歳となり、65歳以上の占める割合が63.5%になった。1995年の平均年齢は59.1歳だから7.3歳の上昇だ。世代交代が進んでいないのである。

P133
 農地面積は1961年には608万6000ヘクタールを数えたが、2015年は449万6000ヘクタールまで減った。荒廃農地抑制や再生がこのまま進まなければ、2025年の農地面積が420万ヘクタールに落ち込むとの推計を、この資料(住人注;「荒廃農地の現状と対策について」(2016年))が明らかにしている。農業就業者も減り、農地面積も減ったのでは収穫量は当然落ち込む。
 農業は産業の特殊性も考えなければならない。後継者不足による食糧生産量の減少は、国家の安全保障問題とも直結するということだ。というのも、世界は人口爆発の趨勢にあり、それが地球規模での深刻な食糧不足をもたらす。食料の海外依存が大きくなれば、将来的に国際舞台での日本の発言力は著しく低下する。

P134
 農水省の「2050年における世界の食料需給見通し」(2012年)は、2050年時点での世界人口を養うために要する食料生産量を2000年比で試算している。それによれば、1.5倍に引き上げなければならないという。それはつまり、日本がこれまで通りの食料輸入を続けられるか分からなくなるということだ。
~中略~
 このように、品目別に見れば例外は存在する。だが、国家単位で食糧確保を考えたとき、2050年頃の日本が世界的な食料争奪戦に巻き込まれることは避けられない。

 

 

未来の年表 人口減少日本でこれから起きること
河合 雅司 (著)
講談社 (2017/6/14)

未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書)

未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書)

  • 作者: 河合雅司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/06/14
  • メディア: Kindle版

アジア式国家

P176
「マッサージを頼めますか」
 という意味の韓国語を暗唱していたのだが、発音がへたで通じなかった。やむなく日本語でいうと、なんとか通じた。ところが、
「値段は三千ウォンですよ」
 と、フロントは値段の数字に力を入れていったのである。円もウォンもほぼ等価だから、むろん大変な暴利である。物価の高い日本でさえ、ホテルでの一時間のマッサージ代というのは千円と幾許(いくばく)かで、さらにはフロント自身が用件を承るや否や「三千円ですよ」といきなり値段をいって切りかえすようなことはまずない。
(これはよほど事情があるにちがいない)
と、私はあることを想像して、心が躍った。

P178
 間髪を容れず、ドアがノックされた。私がドアをあけにゆくと、若いフロントが、釜山空港の税関吏と共通するあの独特の無表情さで入ってきた。
(マッサージ師は?)
 とおもって彼の背後を見たが、だれもいない。彼はただサキガネを取るためにのみ私の部屋のドアをノックし、私にドアをあけさせ、部屋に入ってきたのである。
フロントはサービス従業員である。どこの世界に、マッサージの先金をとるために客室に乗りこんでくるフロント係がいるだろうか。が、私は腹をたてなかった。その理由はあとで触れる。
 彼は私のてのひらから金を巻あげると、身を翻し、一礼もせずに部屋を出て行った。
朝鮮人は一般に慇懃ではない。国風の特徴であり、それ自体は決してわるくはなく、たとえばその傾向が国際会議場などで見る場合、日本人のペコペコ傾向よりもはるかに凛然としていてうらやましくなる。
それはいい。私は元来、年少のころから朝鮮人と数多くつきあってきて、朝鮮人のよさをナマの朝鮮人以上に分かっているつもりであるが、しかしこの場合は凛然という表現はあたるまい。
 別の見方が成り立つ。朝鮮民族は権力の座(私営ホテルのフロント係が権力の座かという内容については、繰りかえすようだが、あとでのべる)につくと、変に居丈高になる癖がある。~中略~
そのあたりに職責についている朝鮮人のえもいえぬユーモアがあり、これは決して悪徳ではない。癖である。
 この事件は、家内が手洗いに行っているあいだにおこり、終了した。あっという間の出来事であった。出てきた家内に、
「先金で三千ウォンとられたよ」
 というと、家内はただそれをきいてひっくりかえるほどに笑った。私の間抜けもおかしかったのだろうが、悪事というのは元来切れ味があざやかであるほどユーモラスになるようである。

P180
 要するにあの三千ウォンのうちの大部分は、三人のフロント係がいそいそと分けどりしたにちがいなく、その情景まで想像することができるのである。
 それがわがアジアというものである。
 マッサージ師は終始にこにこして愛想のいい好青年だった。すこし日本語ができた。私はかれのために酷かもしれないと思いつつ事の経緯を説明したあと、
―それで大兄の取り分だけど、500ウォン?
と、ゆっくり一語一語区切って、質問した。
「いいえ」 
 ともいわず、ただ笑っているだけのことだが、五百ウォンなど、とてももらってないことが気配でわかった。かれの態度はあきらかにフロント係を怖れている風であった。
フロント係こそかれの収入の大部分をにぎっている権力者であり、出入りの職人であるかれにとっては、おそるべき官僚なのである。
~中略~
「取り分は三百ウォンやな」
と、私は揉まれながらつぶやいた。ホテルという会社に、いわば規定上の納入金を百ウォンおさめる。かれは三百ウォン。
あとの二千六百ウォンは、フロント係が山賊式に分ける。むろん平等には分ない。
私からの電話の受話器をあげた大将が、二千ウォンはとる。他の二人は、「
「見たぞ聞いたぞ」というわけで、三百ウォンずつとる。
それが、アジア式の”官吏”というものので、中国でもむかしはこれが普通であった。
~中略~
 このホテルにおけるフロント係とマッサージ師と客の関係を国家に拡大してもかわらない。
つまりアジア型国家というものはそういうもので、近代中国では清朝がそうであった。
 李鴻章や袁世凱の政治力は偉大なものであったが、かれらはマッサージ客―外国資本―から国家の名において金をうけとり、または借款し、その何パーセントかを国家のためにつかうだけで他は自分の懐に入れた。そのことは悪ではなく、体制としての伝統であり、決して汚職ではない。

P185
帝政ロシアも、きわめてアジア的であった。
 一例をあげると、一九〇四年五月二日、ロシアのニコライ二世から神の名において日本を懲らしめるべき大艦隊(バルチック艦隊)の司令官に任命されたロジュストウェンスキー提督は、その編成と航海準備をするだけで灰神楽のたつような大さわぎを演じなければならなかった。
 任命を受けるや、かれはロシア海軍の根拠地であるクロンスタット軍港へとんでゆき、砲弾その他の資材を出ししぶる役人たちの横っ面をひっぱ叩くようないきおいで在庫品の帳簿を出させ、各倉庫の扉をひらかせ、強奪するようにして戦闘用の資材をととのえた。ロシアの官界はそこまで腐敗しており、ロジュストウェンスキーはかれらから資材を強奪せざるを得なかったのである。
~中略~
そのロ提督でさえ、その艦隊にあわれな汚職無線機を積みこまされていた。つまり優秀なマルコニ式の無線機がいつのまにか各艦からおろされ、そのかわりとしてスラヴィアルコ式無線機という粗末な機械を積みこまされていたのである。たまたま日本は独自の無線機を開発し、開戦前、長崎・台湾基隆(キールン)間の長距離通信に成功するほどの精度の高さに達していたため、日本海海戦における日本の勝利は通信戦の勝利である」とさえいわれた。

P186
 体制的汚職という変なことばをつかったが日本でも奈良朝、平安朝といった中国もしくは朝鮮風の律令体制であったころは、体制そのものが汚職であった。
「受領はころんでもただで起きない。於きあがったときは土なりともつかんでいる」
 と当時はいわれた。受領とは中央の任命で諸国へくだって行政をやる地方長官(国司)である。
受領たちは中央政府へ所定の金品をおさめると、あとは、その分国の百姓から収奪するものは取り得であった。かれらは転べば土でも懐ろに入れようととした。それは悪ではなく、正当な経済行為であり、ときには甲斐性とされた。これが儒教的中国体制というものであった。
「武士の勃興」
 という呼び方で日本史上最大の土着集団の出現が、このばかばかしい律令体制をずたずたにしてしまい。鎌倉幕府という、土着者の利益を代表する体制ができて日本史はアジア的なものから解放された。
さらにくだって、徳川期になると、西ヨーロッパの封建制よりある意味ではもっと精巧な封建制が確立され、アジア的世界とは別個な社会をつくりあげてしまった。

われわれが「大邸のフロント係」になることからまぬがれたモトは、固有名詞でいえば源頼朝から発しているのである。 

街道をゆく2

街道をゆく2

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/08/07
  • メディア: Kindle版

国家が空洞化している

 佐藤 ~前略 
 イスラエルのネタニヤフ首相の官房長を務めた知人が、おもしろいことを言っています。
―国際情勢の変化を見るときは、金持ちの動きを見るんだ。
最近になって格差が広がってきたというけれど、そうじゃない。昔から人口の五パーセントの人間に富は偏在していた。東西冷戦の間は、共産主義に対抗するために、その五パーセントの人間が国家による富の再分配に賛成していたけれども、冷戦後は、もはやそういうことに関心をもたなくなった。
いまやその五パーセントの格差がうんと広がって、ビル・ゲイツの資産は、ヨーロッパ諸国の予算を軽く上回っているし、アフリカ諸国のGDPよりも大きい。こんなことはかつてなかった。
しかし、大富豪、あるいはIBMのような大企業は、自分たちの儲けの半分を吐き出さないとつぶされることを経験則でわかっている。そこで自分たちのつくったファンドで、慈善基金という名で富の再配分をしている。
~中略~
アベノミクスは政府介入策かもしれないが、われわれはあまり関心がない。金融政策や財政政策といったって、世界の富は、国家を迂回して動いているんだ。

新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方
池上 彰(著), 佐藤 優(著)
文藝春秋 (2014/11/20)
P77

新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)

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  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/11/20
  • メディア: 単行本

先進国の宿命

 親の世代よりもむしろ子供の世代に生活水準が低下することがしばしばある、
というのが先進国の常態なのである。

中西 輝政 (著)
なぜ国家は衰亡するのか
PHP研究所 (1998/10)
P97

なぜ国家は衰亡するのか (PHP新書)

なぜ国家は衰亡するのか (PHP新書)

  • 作者: 中西 輝政
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 1998/10/01
  • メディア: 新書