2026年7月28日火曜日

読書

  (住人注;安岡正篤曰く)本の読み方にも二通りあって、一つは同じ読むと言っても、そうかそうかと本から終始受ける読み方です。これは読むのではなくて、読まれるのです。
書物が主体で、自分が受身になっている。こちらが書物から受けるのである、受取るのである。つまり吸収するのです。
自分が客で、書物が主。英語で言えばpassiveです。もっと上品に古典的に言うと「古教照心」の部類に属する。
しかしこれだけではまだ受身で、積極的意味に於いて自分というものの力がない。
そういう疑問に逢着して、自分で考え、自分が主になって、今まで読んだものを再び読んでみる。
今度は自分のほうが本を読むのです。
虎関禅師は、「古教照心、心照古教」と言っておるが、誠に教えられ考えさせられる、深い力のある言葉です。
自分が主体になって、自分の心が書物のほうを照らしてゆく。

岡崎 久彦 (著)
教養のすすめ
青春出版社 (2005/6/22)
P187


教養のすすめ

教養のすすめ

  • 作者: 岡崎 久彦
  • 出版社/メーカー: 青春出版社
  • 発売日: 2005/06/22
  • メディア: 単行本
 古い本を読むことで、私たちは今の時代から大きく遠ざかる。まったく見知らぬ外国の世界に行くこともできる。
 そして現実に戻ったとき、何が起こるか。現代の全体の姿が今までよりも鮮明に見えてくるのだ。こうしてわたしたちは、あたらしい視点を持ち、新しい仕方で現代にアプローチできるようになる。
行き詰った時の古典は、知性への特効薬だ。
「人間的な、あまりに人間的な」

超訳 ニーチェの言葉
白取 春彦 (翻訳)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/1/12)
185

超訳 ニーチェの言葉

超訳 ニーチェの言葉

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2010/01/12
  • メディア: ペーパーバック

  [第一三段] ひとり、灯の下で書物をひろげて、昔の人を友とするのは、格別慰められるものである。
その書物は、文選の感じの深い巻々、白氏の文集、老子の言葉、荘子の諸篇などで、またわが国の学者たちの書いたものも、古い時代のものには、趣きのあるものが多い。

徒然草―現代語訳
吉田 兼好 (著), 川瀬 一馬
講談社 (1971/12)
P195

徒然草 (講談社文庫 古 3-1)

徒然草 (講談社文庫 古 3-1)

  • 作者: 吉田 兼好
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1971/12
  • メディア: 文庫
文は執見に随って隠れ、義は機根を逐(お)って現はるのみ。
辯顕密二教論 巻上

言葉は、読む人の偏見によって、真意が隠れてしまいます。
その本当の意味は、読み手の技量に応じて現れてくるのです。

空海 人生の言葉
川辺 秀美 (著)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/12/11)
聖なる言葉一六五

空海 人生の言葉

空海 人生の言葉

  • 作者: 川辺 秀美
  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2010/12/11
  • メディア: 単行本
 次のセネカの言葉は平凡であるが、真実をついている。
「書物の好きな人間は、この世の退屈さを逃れることができるだろう。その日一日の仕事をにうんざりして、夕方を心待ちににして溜息をつくこともなく、自分に不満を抱いたり、他人に不満を抱かせるような生活を送らなくてもすむ」。 
平静の心―オスラー博士講演集
ウィリアム・オスラー (著), William Osler (著), 日野原 重明 (翻訳), 仁木 久恵 (翻訳)
医学書院; 新訂増補版 (2003/9/1)
P227

平静の心―オスラー博士講演集

平静の心―オスラー博士講演集

  • 作者: ウィリアム・オスラー
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2003/09/01
  • メディア: 単行本
 学校で教ゆるのは短時日の間である。いくら充分に教えたとしても高が知れておる。
ゆえに学校は学生に知識を詰め込むよりも、学校を出てから、伸びのきく力を授ければよいのである。 さすれば学校を出てからも、各自に勉強し進歩する。
いまの学校は講義の筆記でひととおりのことを教え、それを読みさえすれば試験に及第するに差し支えなく、別に読書して勉強する必要のない組織になっている。
すでに学校で読書せぬからして、卒業後にも書物を読もうとせぬ。社会に出てから、何か講義にない新しい問題に出逢うときは、たちまち閉口して始末におえぬことができる。

修養 
新渡戸 稲造 (著)
たちばな出版 (2002/07)
P275


修養 (タチバナ教養文庫)

修養 (タチバナ教養文庫)

  • 作者: 新渡戸 稲造
  • 出版社/メーカー: たちばな出版
  • 発売日: 2002/07/01
  • メディア: 新書

 古本は、たいてい、東京の神田の「高山書店」という店で買うことにしている。たれそれのことを知りたいと思えば、電話をかけるだけで、高山は懸命に本をさがしてくれるからだ。そのかわり、短編などの場合、本代のほうが稿料よりもうわまわることがある。
そういう話を知人にすると「商売でいえば、モトを切ったことになるな」と笑われるのだが、それではミもフタもない。考えてみればへんぺんたる私の作業よりも資料のほうがはるかに重い。
私の小説は読みすてられてそれでしまいのものだが、資料は後代にまでのこってゆく。むしろ私は短編を書いて資料を買っている、と自分で考えている。それだけに、私にとって資料は大事な宝物のようなものだ。
~中略~
 海音寺潮五郎氏は、 「本をよむ楽しみにくらべれば、私にとって小説をかく楽しみなどはその半分にもあたらない」
 といわれたが、このかたのばあい、それが極端で、シメ切りのせまっているときでも、資料を読みはじめると、わっとあふれるように読み続けてしまい、奥さんがときどき書斎に入ってきて、
「あなた」
 としかられなければ、雑誌社にめいわくをかけてしまうという。海音寺さんはあるとき、
「私は小説を書くのが苦痛なんです。本だけよんで一生すごせる身分ならどんなによいかと思います」
といった。
~中略~
 なぜ昔の資料などがおもしろいのか、といわれるが、なんでもないことだ。 そういう本を面倒を忍んで読みすすめるうちに、粛然としてそこに人生をみつけることがあるからだ。
ある男女の人生が、また人間が、いきいきと、そのきたない紙のなかからおどりでてくるのである。これは、息のつまるようなたのしみである。
その人間や人生をさまざまに創造しつつ読みすすめ、また関連した資料をさがして想像の肉づけをするうちに、まるでかれらは、私の友人や恋人のような相貌を帯びて、書斎の横にすわってくれる。もうこういうだけで、この瞬間は悲しくなるほどのよろこびをあじわう。
さらにその人間の来歴や背景などを調べたり読んだりするうちに、もはや、かれは、私にとって、現実の人間以上に現実的になる。
~略
(昭和37年4月)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10
司馬遼太郎 (著)
新潮社 (2004/12/22)
P145

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10 (新潮文庫)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10 (新潮文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/12/22
  • メディア: 文庫

文字(もんじ)を目に見、おぼえることはならざれども、聖人(せいじん)の書のほんいをよく得心(とくしん)してわが心の鏡とするを、心にて心をよむと云って真実の読書術也(なり)。 心の会得なく只(ただ)目にて文字をみ、おぼえるばかりなるをば、眼にて文字をよむと云って真実の読書にはあらず。(下巻之本)

中江藤樹 人生百訓
中江 彰 (著)
致知出版社 (2007/6/1)
P52

中江藤樹人生百訓

中江藤樹人生百訓

  • 作者: 中江 彰
  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2007/06/01
  • メディア: 単行本

書物を読むことは、確かに学問である。しかし、書物を読んでも、文字の背後にある「心」まで理解しないと真の学問とはいえないのだ。
聖人の書には、おのずと心が宿っている。その心を知ることを学問というのである。
それなのに、文字面だけを目で追って、それでわかったような気になってしまうのは、単なる”一芸”にすぎない。
だから私は、”文字芸者”といったのだ。

石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)
石田梅岩 (著), 城島明彦 (翻訳)
致知出版社 (2016/9/29)
P215

石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)

石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)

  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2016/09/29
  • メディア: 単行本

 

愛媛県今治市

扶氏医戒之略

 緒方洪庵の「医戒」についてはすでに触れたが、洪庵がフーフェランドの著書を読み、洪庵自身の倫理的解釈をもとに要約したもので、洪庵がその文章につけた題名は「扶氏医戒之略」ということになっている。
 ~中略~
「医師がこの世に存在している意義は、ひとすじに他人のためであり、自分自身のためではない。これが、この業の本旨である。ただ、おのれをすてて人を救わんことをのみ希(ねが)うべし」
「病者に対しては、ただ病者を視よ。貴賤貧富で視てはいけない」
「病者を弓矢にするな」
ということは、試験台にするなということである。病者ヲモッテ正鵠(せいこく)トスベシというのが洪庵の原文であった。正鵠とは弓のマトの中央の黒点のことである。~中略~
「医師というものはあまり変人であってはいけない。世間に対し衆人の好意を得なければ、たとえ学術卓越し言行厳格なる医師であっても病者の心を得ることができず、従ってその徳をほどこすことができない」
というくだりになったとき、蔵六はふと、
「この項にかぎって、わたしは医たる者にむいておりません」と、小さくつぶやいた。  

花神〈上〉
司馬 遼太郎 (著)
新潮社; 改版 (1976/08)
P394  

花神(上) (新潮文庫)

花神(上) (新潮文庫)

  • 作者: 遼太郎, 司馬
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1976/09/01
  • メディア: 文庫

P376
 学問好きは経歴にとって(67)「さまたげの石」になる、と学究的開業医が考えたとしたら、それはおかしなことだと言わねばなるまい。
本の虫のような開業医は決して成功しないかもしれない。書物に精通するするあまり、得た知識を実地に応用できないかもしれない。
あるいは、彼の失敗の原因は本を読みすぎたからではなく、それ以上に人間について学ばなかったからかもしれない。
彼は、私がすでに警告した例の気おくれ、内気さを克服していないのだ。

P392
(67) さまたげの石(stumbling-block):旧約聖書、イザヤ書、八:十四:新約聖書、ローマ人への手紙、九:三三。その他、聖書にはこの語がたびたび引用されている。

平静の心―オスラー博士講演集
ウィリアム・オスラー (著), William Osler (著), 日野原 重明 (翻訳), 仁木 久恵 (翻訳)
医学書院; 新訂増補版 (2003/9/1)

平静の心―オスラー博士講演集

平静の心―オスラー博士講演集

  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2003/09/01
  • メディア: 単行本

ナトリ博士は同著書(住人注;「日本医療へのアドバイス」(注1)という本を書いた、米国ハワイ大学臨床教授(産婦人科学)シゲオ・ナトリ博士)のはじめに「よい医師を、さらに良くする4C」というのを書いています。つぎの、四つの心がけです。
Competence 医師はまず有能でなければならない。十分な医学知識を身につけ、手が器用であるうえに、方法が確かでなければならない。
Communication 医師が患者をよく理解するだけでなく、患者にも、医師の説明がよくわかるようにする。患者と医師の、お互いの理解がたいせつである。
Concern     医師は、患者の疾患に対する関心と同時に、人間的な思いやりをもつこと。
Credibility    患者から信頼されるようにつとめる。個人的秘密や約束はよく守ること。
と、じつに簡単なことですが、これを日々実行していくのは、なかなかたいへんです。
藤田 真一(著)

患者本位の病院改革
新村 明(著),藤田 真一(著)
朝日新聞社 (1990/06)
P238

患者本位の病院改革

患者本位の病院改革

  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 1987/03/01
  • メディア: 単行本

大山祇神社 愛媛県今治市

伊達正宗

 創業の政宗(一五六七~一六三六)は遅くうまれすぎた人といっていい。かれが奥州統一をすべく活動しはじめたときに中央で秀吉の政権ができ、それが次第に確立し、秀吉の小田原攻めのときにその傘下に入らざるをえなかった。
 東北地方がもし戦国期に統一していれば(むろん政宗意外の存在によってでもかまわないが)さらにそれによって東北固有の共通文化が熟成し、独自の広域経済の原型が十六世紀ごろにできていれば、江戸、明治期の東北はよほどちがったものになっていたにちがいない。
 ともかくも正宗の生涯は、東北が未成熟段階のまま―多分に中世的な経済段階に置かれたまま―中央政権に屈服し、それに隷属せざるをえなかったといううらみをのこしている。
政宗は東北へ直接ヨーロッパ文明を導入(支倉常長のローマへの派遣)しようとさえしたが、そのこともつかのまの夢になり、江戸期には多数の大小名の領地に細分され、経済的後進性のまま明治期に入った。
 政宗の第二子忠宗が仙台伊達家を嗣(つ)ぐ。第一子である秀宗が仙台を出てはるかに宇和島まできて初代藩主になる。~中略~
 政宗は多分に政略ながらも秀吉に対し従順のかぎりをつくした。秀宗(幼名・兵五郎)が三歳の文禄二年(一五九三)にも入洛し、聚楽第で秀吉に謁したとき、奥州から連れてきた秀宗をも拝謁させた。この時代の慣習ではその幼児が正式に主人に拝謁した場合、その家の世継ぎにあるのである。しかも政宗は、
「お手元にてお育てくださいませんか」
 と、たのんだ。その意味の一つは人質ということであり、べつの意味として、ゆくゆくの秀吉の子飼いの大名にしてほしい、ということである。
 秀吉のよろこびはひととおりではなかった。~中略~
 秀吉はこの兵五郎に自分の秀の一字をあたえて秀宗(秀弘という説もある)と名乗らせ、猶子(ゆうし)とした。ナホ(猶)子ノゴトシ、という意味で、養子よりやや軽いが、尋常なあつかいではない。
 以後、秀宗は竣工早々の伏見城で養われ、のち大坂城で育つ。
 秀吉の子秀頼よりは二つ上で、近習―この場合は遊び相手―として大きくなった。
~中略~
 慶長五年(一六〇〇)関ヶ原で徳川の天下が成立する前後から、政宗はそのほうへ参じたが、豊臣家へ行ってしまっている少年の秀宗の始末にこまった。
 結局、正夫人が生んだ次男虎菊丸(のちに忠宗)を家康と秀忠に拝謁させたのである。秀宗がいつ嗣子からおろされたかよくわからないが、虎菊丸が元服するのは、慶長十六年十二月、異例なことに二代将軍秀忠の前においてであった。仙台伊達家が時代の変遷のなかで生き残るには、ここまでの配慮が必要だった。
 当然、次男虎菊丸に対し将軍秀忠が名付け人になり、自分の忠の字をとって忠宗とつけてやるのである。将軍が名付け人になった以上、伊達家の相続人は忠宗に決まった。
 秀忠は、あわれなものであった。かれはすでに大坂を去り、江戸に居住していたが、ともかくも豊臣秀吉の猶子だったということは、徳川氏の治下ではまずいことだった。
 慶長十九年冬、徳川氏は諸大名を動員して、豊臣秀頼を攻めた。大坂冬ノ陣である。その直後、徳川氏は、
「伊達秀宗には、別家をたてさせ、伊予宇和島(当時、板島とよばれていた)十万石をやろう」
ということで、仙台伊達家と切り離した。

街道をゆく (14)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1985/5/1)
 P97

街道をゆく14

街道をゆく14

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/10/07
  • メディア: Kindle版

訪問看護

 訪問看護は、専門の看護師が患者の過程を訪ね、主治医などと連携して看護サービスを提供する。定期的な訪問のほか二四時間の緊急対応もする。
「在宅ケアの要となる存在」と、長野赤十字訪問看護ステーション管理者の中村妙子さん。
~中略~
増えない原因の一つは、訪問看護の報酬の低さ。全国訪問看護事業協会の二〇〇七年の調べでは、事業所の三割以上が赤字に苦しむ。二〇〇八年度の診療報酬改定と二〇〇九年度の介護報酬改定で多少引き上げられたが、「微々たるものでしかない」と中村さんは言う。
もう一つの原因は全国的な看護師不足だ。
~中略~
 大北医師会会長の横沢厚信・横沢内科医院長(長野県大町市)は、「在宅の患者や家族からかかってくる緊急電話の九割は、訪問看護が対応してくれています。
すべてが医師が来たら、とてもこなせない。訪問看護が倒れたら在宅ケアは崩壊します」と心配を隠さない。 実際、大町市のステーションが担当する患者の在宅死は減っている。一九九六年度の四二人ンから二〇〇八年度は一八人と約4割まで激減した。
 横沢院長は「経済的基盤を整えるため十分な報酬が必要」と訴える。

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア
信濃毎日新聞社文化部 (著)
岩波書店 (2010/3/31)
P116

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア

  • 作者: 信濃毎日新聞社文化部
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/03/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

高齢者の場合は、もっと話はかんたん。ほとんどの高齢者は、すでに住宅を持っている場合が多いからだ。その家をバリアフリーに改装するのはそんなにむずかしいことではない。
 それに在来の日本家屋だって、わるくない。~中略~ 畳の部屋はちょうどいざって歩くのにラクで、ドアで仕切られていない襖の部屋は移動が自由。雪見障子やテレビなど、すべてが座卓の生活に合わせた目線の高さに統一されていて、車いすがなくても室内では暮らしに不自由はなさそうだった。
 在宅の高齢者を規格サイズの建物に集めて、施設でお世話するのが「進歩」だろうか。

男おひとりさま道
上野 千鶴子 (著)
文藝春秋 (2012/12/4)
P166

 

男おひとりさま道 (文春文庫)

男おひとりさま道 (文春文庫)

  • 作者: 上野 千鶴子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/12/04
  • メディア: 文庫

 

 

 在宅緩和ケアにおいて、大岩氏は住み慣れた家が鎮痛剤になることも感じてきた。 「病院は団体生活です。食事や起床、就寝の時間も決められ、外出も自由にできない。その反動もあるでしょうが、わが家に戻ると痛みや吐き気が治まる。表情が明るくなる、と元気になる患者さんが多いのですよ。わが家は鎮痛剤、なんです。誤解のないように申し上げておきますが、私は病院での医療を否定しているのではなく、病院医療と在宅緩和ケアは補完しあう関係が理想的と位置づけています」  同時に、患者にとって家族が心地よい存在として機能できれば、こんなに心強い存在はない、と言う。家族という鎮痛剤だ。  「終末期の在宅医療でご家族の介護負担と言えば、多くの人は肉体的疲労を想起すると思います。実際は衰え、日常の生活動作が緩慢になり、食べられなくなる変化を直視する精神的な辛さの方が大きい。その中で、ご家族が攻撃的になる場合もある。患者さんが食べられなくなっているときに『食べて!食べて!』と促す、受け応えがはっきりしなければ『しっかりして!』と注意する、などです。これは患者さんには大変辛い。したくてもできない苦しさは患者さんが一番わかっていますから」  では、病院がいいのか、という比較論も浮かぶ。 「ご家族が病院に行っても、自宅に帰ってくれば、リラックスして、患者さんのことは一時的にも忘れられる。患者さんにとってみれば、これも辛いのです。 私たちスタッフがご家族と関わるのは、患者さんにとって肉体的にも精神的にも落ち着ける状態を創る目的から。ご家族は大変な面もありますが、うまく機能して『ちゃんと支えられている』『自分たちが役に立っている』という実感を持てると、亡くなるまで側にいて、見てあげることに喜びと責任感も見出すのです」 ~中略~  がんの終末医療では、患者も家族も医師も看護師も「がんの最後は痛くて苦しいもの」という考えが根強く残る。その先入観を捨て、痛みを覚え、痛み止めで痛みが緩和されない時には、薬の更なる増量だけを考えるのではなく、痛みが強くなったり、鎮痛剤が効かない理由が、何らかの情動に由来しているのではないか、と考慮して対策を講じる発想の転換が求められている、と言えよう。 取材・文 小林照幸(ジャーナリスト)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ
別冊宝島編集部 (編集)
宝島社 (2013/4/22)
P131

 

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2013/04/22
  • メディア: 大型本

 

 

 

真の病気のほかに、昔の病人は罹らなかったような、家庭から隔離されたために起る余病が併発している。あなた方(住人注;看護師)は、他人には譲渡できない病人の権利を奪い、病人にとって大切な人達を追い払ってしまった。いわば、侵入者であり、変革者であり、強奪者である。そして母、妻、姉、妹達は、あの優しい愛の務めが果たせなくなってしまったのである。
冗談はさておいて、あなた方の出現で生じた病人の心の痛みを軽視してはならない。
 かけがえのない大切な命の世話(ケア)を赤の他人に委ねることは、この世の最大の試練の一つだと言えるかもしれない。病人は、神聖冒すべからずものを犠牲にして、あなた方の技能や手順に身を委ねる。
  現代の複雑な社会のもとでは、看護と慈善行為は、余り正面切って行わないほうがようであろう。

平静の心―オスラー博士講演集
ウィリアム・オスラー (著), William Osler (著), 日野原 重明 (翻訳), 仁木 久恵 (翻訳)
医学書院; 新訂増補版 (2003/9/1)
P186

 

平静の心―オスラー博士講演集

平静の心―オスラー博士講演集

  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2003/09/01
  • メディア: 単行本

2026年7月24日金曜日

本当の治療

P202
 ナルコプシー(日中の過度の眠気、情動脱力発作委、睡眠麻痺(金縛り)、入眠時幻覚などを主徴とする過眠症。)という病気は今のところ治療法があまりないものですから、メチルフェニデートという覚醒させる薬をずうっと飲ませて、目を覚まさせておくしかあまり手がないんです。
 新聞に載っているように、それと同じような治療がうつ病の人に行われていて、メチルフェニデートを出すと元気が出るのよ。ちょっとやる気が出てくる。でも、それは緊急処置なの。だから、それはよくなるということじゃなくて、麻雀をやっていて眠くなったら覚せい剤を打って、また一晩ぐらい徹夜でやれるというようなことと同じで、緊急の足し、緊急処置です。
 それを、どうしようもない精神科医がずっと、メチルフェニデートを出したりするから、どんどん量が増えていって、だんだん嗜癖になる。それで今度、禁止になりました。
 禁止になって大変なんだよ。官庁はこれを禁止しましたが、医療で作られた嗜癖患者が大量にいますから、その人たちはブラックマーケットでメチルフェニデートを買って使うしかない状態で、今、医療現場で非常に困っています。~中略~
 では本当の治療とはどういうことか。その根本に置かれなければならない治療とは何かと言うと、それは自然治癒です。

P203
 風邪を引いたとか、お腹をこわしたとか、ほとんどのものはこれで戻っていく。そしてこの経過は自然経過です。すべての病気はそれぞれに特有の自然経過があって、その自然経過を把握して、それを少しでも応援するのが、本当の治療です。

P204
 病を消すとか、病の状態を持ち上げるとかいうのでなくて、自分でなんとかして持ち上げていこうとする生体の営みに対して、少しでもよさそうなことをしてみようというのが治療なんです。それが、本当に中心となる治療です。
~中略~
 それからメタボがそうです。メタボは病気じゃないけれど、病気になるような状態だから、食生活を整えて、運動して、少し痩せるとかいうのを「養生」と言います。その養生の連続線上、その延長のような位置にあるものが、最も理想的な治療の中心、核でないといかんのよ。

神田橋條治 医学部講義
神田橋 條治 (著), 黒木 俊秀 (編集), かしま えりこ (編集)
創元社; 初版 (2013/9/3)

神田橋條治 医学部講義

神田橋條治 医学部講義

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2013/09/03
  • メディア: 単行本
上高地 長野県

病気と患者との三角関係

 みなさんがお医者さんになって患者さんを診ているときに、いちばん最初に患者さんを保護するようにしてあげますよね。
そのとき保護することだけをやっていたら、患者さんは「される側」になってしまうし、こっちは「してあげる側」になり丸抱え込みになってしまう。そうすると、すばらしい治療者のようだけれども、これでは患者の自助能力を阻害するかもしれない。せっかく育つところをだめにするかもしれない。
 だから、それをするのはどういうときかと言ったら、自助の能力がないような状態のときだけです。赤ん坊とか、意識のない人とか、ひどい認知症の状態とか、そういうまったく自助能力が育ってくる見込みがない、差し当たって本人が無力だと思ったときにはこれでやる。
 しかし本人に何らかの自助能力があると思ったときには、みなさんにぜひこれおをしてほしい。ここは覚えていたらいいし、ここだけでも覚えて帰ってください。
 それは「三角形の関係」。三角形の関係とはこういうことです。ここに何か解決しなくてはならない問題を置きまして、ここに患者さんを置きまして、ここに治療者を置く。
これが三角形の関係になるようにするの。病気なら病気という問題を間に置いて、こっちに治療者がいて、あっちに患者さんがいて、二人でこの問題を眺めているという、この関係が今、医療関係の中でとっても大事なの。

神田橋條治 医学部講義
神田橋 條治 (著), 黒木 俊秀 (編集), かしま えりこ (編集)
創元社; 初版 (2013/9/3)
P233 

神田橋條治 医学部講義

神田橋條治 医学部講義

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2013/09/03
  • メディア: 単行本

 

上高地 長野県

ヒトという生物

  プロメテウス(住人注;火を人間にやった)を罰したゼウスは、こんどは人間を苦しめる方法をあれこれ考えた。すると、いいことを思いついた。美しい女を作って、人間達におくることである。
 そこでヘパイトスに女を作らせて、パンドラという名をつけ、これに息をふきこんだ。パンドラという名は<あらゆるものに恵まれた者>という意味だと言う。

~中略~
 すこし頭のたりないエピメテウスは、パンドラにせがまれて、とうとうふたをすこしあけた。とたんに病気、憎しみ、ぬすみなどのあらゆる悪が、箱(住人注;人間を愛したプロメテウスがあらゆる悪を閉じ込めておいた)からとびだして人間の世界にとびちった。

~中略~
考え深いプロメテウスは、ゼウスが人間をひどく苦しめた時のことも考えて、希望をもこの箱の中にちゃんと入れておいたのだった。こうして希望が最後まで人間のそばに残り、彼に勇気と力とをあたえることになったのだという。

山室 静 (著)
ギリシャ神話―付・北欧神話
社会思想社; 再版版 (1962/07)
P36

ギリシャ神話―付・北欧神話 (1963年) (現代教養文庫)

ギリシャ神話―付・北欧神話 (1963年) (現代教養文庫)

  • 作者: 山室 静
  • 出版社/メーカー: 社会思想社
  • 発売日: 2021/01/25
  • メディア: 文庫

 

 

理性のある動物、人間とは、まことに都合のいいものである。
したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、理屈をつけることもできるのだから。

フランクリン (著), 松本 慎一 (翻訳), 西川 正身 (翻訳)
フランクリン自伝
岩波書店 (1957/1/7)
P67

フランクリン自伝 (岩波文庫)

フランクリン自伝 (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/12/18
  • メディア: Kindle版

今では、三百年前の人間も今の人間も同じだということがよくわかる。どちらもただの人間、ただあり方や習慣が時として変わるだけで、人間の性質なんて今も昔も変わるはずがない。

父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章
フィリップ・チェスターフィールド (著), 竹内 均 (翻訳)
三笠書房 (2011/3/22)
P114

父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章 (知的生きかた文庫)

父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章 (知的生きかた文庫)

  • 出版社/メーカー: 三笠書房
  • 発売日: 2011/03/22
  • メディア: 文庫

 

 現在(住人注;2010年12月24日)、フェースブックのユーザーは世界に5億5000万人以上いるといわれている。
そして、いまも増え続けている。彼らにとって、「フェイスブックする」と言う言葉は、「電話する」という言葉と同じ意味を持っている。それも、みんなでする電話のようなものだ。

 映画「ソーシャル・ネットワーク」の中で、フェイスブックを始めたばかりという女子学生がいう。
「サイコーにクールなサイトよ。でも、ハマるから気をつけて!1日に5回も見ちゃう!」

 そう、人は、人とのつながりを、いつも、いつも、確認していたい生き物なのだ。

山脇 伸介 (著)
Facebook 世界を征するソーシャルプラットフォーム
ソフトバンククリエイティブ (2011/1/19)
P183

 

Facebook 世界を征するソーシャルプラットフォーム (SB新書)

Facebook 世界を征するソーシャルプラットフォーム (SB新書)

  • 作者: 山脇 伸介
  • 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
  • 発売日: 2012/06/11
  • メディア: Kindle版

 

 

人間とは何か。
 定義は「直立二足歩行するサル」だ。でも、人間を人間たらしめた特性は何か、人間という存在、その心や行動をそうあるものにしている引き金は何かというと、それは、「親子が生まれながらにして離れていて、赤ちゃんが仰向けで安定していられる」ことだと考えるようになった。
 巷でよく聞くストーリーは、二足歩行説だ。
~中略~
 でも、チンパンジーの足をみてわかるように、霊長類は四足動物ではない。手ばかり四本あるのだ。
霊長類の昔の呼び名は四手類といった。なぜなら哺乳類のなかで、手が四つあるのはサルの仲間だけだからだ。
つまり、四足動物が立って、二足で立ち上がることで、はじめて手ができたのではなくて、最初から四つの手がある。
~中略~

 人間は立ち上がることによって、手をつくったのではない。
人間は立ち上がることによって、足をつくった。足という、物をつかめない四肢の末端をつくった。それで歩くようになったのが人間だ。

P55
 人間は、生まれながらにして親子が離れている。そういうなかで赤ちゃんは仰向けで安定していられる。その姿勢が、見つめ合う、微笑みあうという視覚的なコミュニケーションを支え、それが後には発語につながっていく。
そして、生まれながらにして自由な手で物を扱い、多様な道具使用に結びつく。けっして四足の動物が二足で立ち上がって、手が自由になって物を扱うようになったのではない。人間が二足で立ち上がるのは一歳頃なのだから。
 人間は一歳のときに人間になるのではなくて、生まれながらにして人間なのだ。
人間は生まれながらにして、見つめあい、微笑みあい、声でやりとりをして、自由な手で物を扱う、そういう存在として生まれてきているのだ、と私は考えている。

これが学会で認められた説ということではない。まだ私が、われわれの研究グループが、ほんの一握りの人々が一生懸命言っている段階だ。
しかし、「そういう考え方もあったか」ということが徐々に知られていっている。

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心
松沢 哲郎 (著)
岩波書店 (2011/2/26)
P53

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心

  • 作者: 松沢 哲郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/02/26
  • メディア: 単行本

 

 物事に変化はつきものであるが、その半面、偉大な思想は何世紀にもわたって生き生きと流れて、(86)ペリクレスの時代と同じようにわれわれを効果的に支配している。
人類はたえず進歩しているとよく言われるが、人間は変わらない。人間性の基となる愛、希望、恐れ、信仰、さらに人間の心の基本的情熱は不変であり、文学から霊感を得る秘密は、時と場所を問わず共感を抱き、それに共鳴する心の琴線に触れる能力を持つことである。

平静の心―オスラー博士講演集
ウィリアム・オスラー (著), William Osler (著), 日野原 重明 (翻訳), 仁木 久恵 (翻訳)
医学書院; 新訂増補版 (2003/9/1)
P50

 

 

 

平静の心―オスラー博士講演集

平静の心―オスラー博士講演集

  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2003/09/01
  • メディア: 単行本

 

 

 

 

人間は、他人の経験を利用するという
特殊能力を持った動物である。
[R・G・コリングウッド] イギリスの歴史学者 | 1889-1943

人生はワンチャンス! ―「仕事」も「遊び」も楽しくなる65の方法
水野敬也 (著), 長沼直樹 (著)
文響社 (2012/12/11)
P49

 

人生はワンチャンス!- 「仕事」も「遊び」も楽しくなる65の方法 人生は~シリーズ

人生はワンチャンス!- 「仕事」も「遊び」も楽しくなる65の方法 人生は~シリーズ

  • 出版社/メーカー: ミズノオフィス
  • 発売日: 2013/07/05
  • メディア: Kindle版

自分たちがわざわざ設定したルールで、自分たちが用意した競技場で、時に涙を流したり、激怒したりしながら、応援や競技をすることは、人間を動物の一種として考えると「相当に変」なことだな、と不思議な気持ちになった。 「生存に無関係なこと」で必死になっている。
動物の中で「人間固有」の特徴をいくつか挙げようとするならば、そこにはこの「生存に無関係なことで必死になる」ということが登場するように思う。これはスポーツばかりでなく、芸術や遊びなどにも言えることだ。
 そして、また「宗教」という存在も「人間固有」のものだろう。

ボクは坊さん。
白川密成 (著)
ミシマ社 (2010/1/28)
P222

 

ボクは坊さん。

ボクは坊さん。

  • 作者: 白川密成
  • 出版社/メーカー: ミシマ社
  • 発売日: 2010/01/28
  • メディア: 単行本

ポンペイ展(二〇〇二年、福岡市博物館にて開催。)、もう見に行った? ベスビオ火山が噴火したのは紀元前かな。もし機会があったら見てご覧なさい、人間は全然進歩しとらんことがよく分かるから。昔のほうがよっぽどいい。もうがっかりしたな。
町の構造、美術的なもの、快適な空間作り、社会の衛生面に対する配慮、そういったものが全部きれいに作り出されています。今のほうがよっぽど悪い、非健康的だ。

 

 

神田橋條治 医学部講義
神田橋 條治 (著), 黒木 俊秀 (編集), かしま えりこ (編集)
創元社; 初版 (2013/9/3)
P066

 

 

神田橋條治 医学部講義

神田橋條治 医学部講義

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2013/09/03
  • メディア: 単行本

 

 

 

 

全く人間と言う奴はこうしたもんです!
どいつもこいつも違えばこそ。
隣の人が不幸に襲われれば、大口をあいて喜んでいる。
~中略~
今日は今日とて、罪もない避難民の気の毒な様を見に、
みな遊山みたいに出かけるのです。同じ運命が、すぐにとは言わないまでも、
いずれは自分の身の上を見舞うことを考える者とてありません。
こうした浮わついた気持ちは勘弁なりませぬが、やはり人間の持ち前ですなあ。
(「ヘルマンとドロテーア」第一の歌から)

ゲーテ格言集
ゲーテ (著), 高橋 健二 (翻訳)
新潮社; 改版 (1952/6/27)
P23

 

ゲーテ格言集 (新潮文庫)

 

ゲーテ格言集 (新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/01/25
  • メディア: 文庫
上高地 長野県

2026年7月23日木曜日

軽々しく「ガンバレ」って言うな

「 アナウンサーによくいるんだけど・・・・
本当にガンバッている人に向かって、気軽に[ ガンバッてください ]なんて言う。
ああいうアナウンサーは首を絞めてやりたい 」

         永 六輔

         伝言

         岩波書店 (2004/2/22)

         P86

伝言 (岩波新書)

伝言 (岩波新書)

  • 作者: 永 六輔
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2004/02/22
  • メディア: 新書

 人間は立ち上がれる余力と気力があるときに励まされると、再び強く立ち上がることができます。
ところが、もう立ち上がれない、自分はもうだめだと覚悟してしまった人間には、励ましの言葉など上滑りしてゆくだけです。
「がんばれ」という言葉は戦中・戦後の言葉です。私たちはこの五十年間、ずっと「がんばれ、がんばれ」と言われ続けてきた。
しかし、がんばれと言われれば言われるほど辛くなる状況もないわけではありません。

P081

 「頑張る」という言葉は悪い言葉でね、これを別の言葉で言うと、「目的のために心身に無理をさせろ」ということです。
「頑張れ」は「無理をさせろ」ということですから、「頑張る」は長くしたらだめなのね。
でも、火事で逃げるときは頑張らにゃ。「自分の生体に無理のかからない速さで、火事場から逃げましょう」とか言って、焼け死んでしまったらだめだから、緊急事態には頑張るということもある。無理した分は、あとで休息して休む、これが必要です。ずうっと頑張り続けるのは全然だめね。
 これは八木剛平先生(「精神科における養生と薬物」診療新社)との対談のときに聞いたんだけど、ターミナルケアでは「頑張る」という言葉は禁忌になっているらしいね。いいことだと思う。「頑張る」という言葉はホスピスでは使っちゃいけない。「さあ、無理しなさい」と言ったって、もう死にかかってるんだから、ガンの人に「頑張れ」なんて言っちゃいかん。

 

五木 寛之 (著)
他力
幻冬舎 (2005/09)
P293

他力

他力

  • 作者: 五木寛之
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2013/09/02
  • メディア: Kindle版

 


P212
中国の「加油」と言うのは、「フレーフレー」という意味なんだよな。これはちょと足し方が多いような気がするな。
だけど日本語の「頑張れ」と言うのはもっと悪い。「頑張れ」という言葉を日本から追放するのはなかなか難しい。
だけど、そうか、追放せんでいいんだ。過去形でやるといい。
 アフガニスタンでペシャワール会の伊藤和也さん(二〇〇八年八月、アフガニスタン日本人拉致事件の被害者)が殺されたときに、同僚や家族の人が「お前はよく頑張ったね、と言ってやりたい」と語っておられました。だから過去形はいいんだよ。「よく頑張ったね」と言うのはいい。
 だけど、「よく頑張った。さらに頑張れ」と言うのは、いかん。オリンピックで賞をもらった人は不幸だよ。あとに地獄が待っている。「この次はもっと頑張って、色の違うメダルを取って」とか、可哀想になあ。

神田橋條治 医学部講義
神田橋 條治 (著), 黒木 俊秀 (編集), かしま えりこ (編集)
創元社; 初版 (2013/9/3)
神田橋條治 医学部講義

神田橋條治 医学部講義

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2013/09/03
  • メディア: 単行本

 しばしば「がんばる」といった言葉が安売りされるが、がんばってどうにかなるほど単純な世界に我々は住んでいない。がんばろうにも方法がわからなかったり、方向性が定まらなかったり、客観的に見て自分はがんばったことになるのか判然としない―むしろそんなシチュエーションのほうが多いからこそ、我々は途方にくれ、困惑し、さもなければ溜め息をつかざるを得ないのではないのか。

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
春日 武彦 (著)
医学書院 (2007/07))
P016

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2021/03/09
  • メディア: 単行本

愛媛県 石鎚山