2025年8月29日金曜日

ケジメなさい

P185
 近代になると儀式が形骸化し、ハレの日と日常の区別がつかなくなりました。初詣をする人の服装を見れば五〇年前との違いがよくわかります。それだけわれわれは生活のケジメをつけなくなっているのです。
日常生活と晴れの日のケジメのなさは、心と物質、現実と非現実の境界もあいまいにしています。

P186
 心の問題で、いちばんたいへんな境界例といわれる人たちは、自他の境界があいまいで、本来ならば母子一体感の時期に獲得しておくべき、基本的安定感(人間信頼の基礎)が確立しておらず、人間不信が底にありながら、誰かれに対しても、母子一体感的な甘えを求めます。

これらの人びとの特徴は、極度のわがままと相手も立場からものごとを見る視座に欠けていることです。ケジメと社会常識の作法に欠けるのです。 

プロカウンセラーの聞く技術
東山 紘久 (著)
創元社 (2000/09)

プロカウンセラーの聞く技術

プロカウンセラーの聞く技術

  • 作者: 東山紘久
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2015/04/01
  • メディア: Kindle版

 

島根県 出雲大社

辛いことを辛抱したから褒められる

 辛抱強くする教育なら、子供の頃から嫌いなことを多くさせた方がよい。
だから、学校は面白くてはいけない。学校は辛いことを辛抱した末に褒められる。
 授業では不得手なことを長時間する苦痛に耐える習慣をつける。これが日本の教育の重要なポイントである。
「あるべき明日」

堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る
堺屋 太一 (著)
PHP研究所 (2004/12/7)
P234

堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る

堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る

  • 作者: 堺屋 太一
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2004/12/07
  • メディア: 単行本

 

63番吉祥寺 愛媛県

日本人の動物化

 言葉と論理があるか、本能以外の自己抑制力を持つかが、人間と動物とを区別する基準であろう。
戦前派が後者の意味での人間であり、戦後派が前者の意味での人間であったなら、人間としての親子関係はなんとか成立の余地がある。
しかし、戦後派は欠損状態以外のなにものでもない。そこに人間関係は成立しないだろう。
親不孝などというものではなく、人間としての親子関係は死滅するとわたしが予測する所以である。

会田 雄次 (著)
日本人の意識構造―風土・歴史・社会 (講談社現代新書 293)
講談社 (1972/01)
P173

 

日本人の意識構造―風土・歴史・社会 (1972年) (講談社現代新書)

日本人の意識構造―風土・歴史・社会 (1972年) (講談社現代新書)

  • 作者: 会田 雄次
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1972
  • メディア: 新書


現代日本の「不幸」

つまり、わたしには、現代日本の「不幸」はデモクラシーが成立していないからなのではなく、むしろ、そのデモクラシーがあまりに規律をもたず、いわば無責任な言論の横溢をもたらしているところにある、と思われるのだ。
~中略~
 だから民意を「世論」という名で定立したり操作したりするマス・メディアこそがデモクラシーのカギを握ることになる。現代社会ではマス・メディアこそがデモクラシーの死活を握っていることになる。
そして、私の判断では、まさにこのマス・メディア、ジャーナリズムといった広い意味での言論知識層における言論の乱れ、時には無責任、あるいは確信の喪失こそが、現代日本の漂流の重要な原因ではないか、と考えたいのである。
この言い方は少々強いとすれば、マス・メディア、ジャーナリズムを含む知識人の言説こそが、漂流する現代日本の思考様式の象徴だと言ってもよい。

現代民主主義の病理―戦後日本をどう見るか
佐伯 啓思 (著)
日本放送出版協会 (1997/01)
P9

現代民主主義の病理 戦後日本をどう見るか (NHKブックス)

現代民主主義の病理 戦後日本をどう見るか (NHKブックス)

  • 作者: 佐伯 啓思
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 1997/01/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

日本の高校生

 日本青少年研究所は2011年に日本・アメリカ・中国・韓国の高校生を対象にして「高校生の生活意識と留学に関する調査を施行し、その結果を公表している(http://www1.odn.ne.jp/youth-study/reserch/index.html)。
それによれば極めて興味深い日本の高校生像が浮かび上がってくる。
 まず、ポジティブな項目全般で日本の高校生の肯定率が低いようだ。特に、「自分を価値ある人間と思う自尊感については、米中韓の半分以下である。逆に、ネガティブな性格項目について、日本の高校生は「自分はダメな人間だ」「自分の将来に不安を感じている」そして「人並みの生活ができれば十分だ」といった項目での比率が、他の3国に比べて際立って高い。
 また、1980年、2000年のデータに比べて、「現状を変えようとするより、そのまま受け入れ方が楽に暮らせる」「自分はダメな人間だ」という肯定率も高くなっている。
~中略~
 日本人高校生の自己像(self-esteem)は著しく低いことがわかる。そして、その結果として、将来への目標に関しても、日本の高校生の将来への展望が弱いようである。将来、「高い地位に就く」「社会に役立つ」「お金持ちになる」に関しては、非常に低い値であった。
 さらに日本の高校生は留学への関心が4ヵ国中最も低いこともわかった。

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う
保坂 隆 (著)
大法輪閣 (2017/1/11)
P70

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う

空海に出会った精神科医: その生き方・死に方に現代を問う

  • 作者: 保坂 隆
  • 出版社/メーカー: 大法輪閣
  • 発売日: 2017/01/11
  • メディア: 単行本

2025年8月28日木曜日

道徳というもの

P86
道徳について、私がいつも気になることは、どうも道徳ということを、一般的には、何か我々の生活上の特殊な問題のように考える癖がついている。
特殊なこと、不自然なこと、無理なこと、強制しなければできないことのような、そういう先入観念があります。これを先生たる者、教育者たる者は、まず直さなければならないと思う。
 人間が禽獣的・動物的段階からだんだん発達してくるにつれて、善であること、美であること、真実であること、神聖ということ、つまり価値観というものができてきました。
そして現実の上に理想が考えられるようになってきて、だんだん動物と違うようになってきた。
そこに自然に生じてきたものが道徳というものであって、道徳とは、一般概念と違って、最も自然なものなのです。
道徳とは特殊なもの、不自然なもの、何か作為的なもの、強制的なものだと考えることが根本的な間違いで、逆に、道徳というものが一番自然なもの、最も真実なものであるということは、はっきりわきまえなければいけない。また、わきまえさせなければいけない。これをなくしたら、元の禽獣にはね返ってしまう。
 早い話が飲食をするということ、飲んだり食ったりするということが、これからして実は道徳なのです。人間ともなれば、犬や猫のようにはできぬ。飲食の仕方が違ってくる。

P88
 西洋でも物のわかった学者は、宗教と道徳とを区別したのは、人間のとんでもない間違いだと言っておるが、その通りで、広い意味において、人たることは道徳なのだ。すべて、人間はいかに生くべきかということなのであって、これを間違えたら人間は破壊してしまう。

P90
 つまり道徳というものは、小なり大なり人間のあり方、人間の行動をいかに自然にするか、いかに真にするか、美にするか、人と人との間をいかに良くするかです。これが道徳です。

安岡正篤
   運命を開く―人間学講話
  プレジデント社 (1986/11)
  

人間学講話第2集 運命を開く (安岡正篤人間学講話)

人間学講話第2集 運命を開く (安岡正篤人間学講話)

  • 作者: 安岡 正篤
  • 出版社/メーカー: プレジデント社
  • 発売日: 1986/12/02
  • メディア: 単行本


道徳と法律とは、社会の秩序を保つためにどちらも欠くことのできないものであるが、同じ内容の責任にしても、強制的にこれを守らせるのが法律であるのに対して、道徳上の責任となると、自分でそれを自覚し、自らすすんでそれを実行してゆくところにねうちがある。
しかも、法律上の責任も、国家から強制されるまでもなく、国民がすすんで行うようになることが必要であり、道徳上の責任も、どうしてもそれを守らない者があれば、法律的な強制に訴えるほかはなくなる。
だから、法律も道徳によって基礎づけられなければじゅうぶんに行なわれないし、道徳も法律が伴わないと力が弱い。
 たとえば、電車の運転手は、いつも信号に注意し、責任を持って運転に従事しなければならない。友だちとの話に気を取られて事故を起こしたり、不注意で人をひいたりすると、法律によって罰せられる。
しかし、多くの運転手は、法律上の処罰を恐れてではなく、たくさんの人命をあずから責任の重大さを感じて、自らすすんで注意に注意を重ね、いやしくもあやまちが起らないように気をつけて電車を運転しているだろう。それらの運転手は、法律上の責任を道徳的に守っているのである。
また、たとえば、人から借りたものを返すのは、道徳上の義務である。友だちから本を借りたならば、忘れずに返そうと思うであろう。困ったときに金を用だててもらったならば、さいそくされないでもつごうのつき次第に返済するだろう。
けれども、中には、言を左右にして借財を踏み倒す者もある。そういう場合には、法律によって弁済を強制する必要が起る。すなわち、道徳上の義務を法律的に強く行わしめることが必要になってくる。
 このように、道徳と法律とは、車の両輪のように密接に結びついて、秩序正しい人間の共同生活を維持しているのである。しかし、日常の社会生活では、法律に訴えるまでもなく、道徳の力によって正しい秩序が保たれているに越したことはない。
 ところで、日本では、昔から人間の間の「縦の道徳」がひじょうに重んぜられてきた。下は上を敬い。上は下をいつくしむ、というようなことが、縦の道徳である。
特に、君に対する忠と、親に対する孝とが、国民道徳の根本であるとされてきた。
これに対して国民相互の対等の関係を規律する「横の道徳」は、その割にいっこう発達していなかった。「旅の恥はかき捨て」などと言って、だれも知っている人のいない所へ行けば、不道徳な行いをしても平気だというような態度があった。「免れて恥なし」と言って、法律で罰せられられる心配がなければ、どんな悪いことでもやってのけると言った連中もあった。
そのために、日本人は、ややもすれば、見ず知らず人にぶあいそで、非社交的で、公衆道徳を守らないという不評判をとるきらいがあった。
 このように、縦の道徳だけが重んぜられて横の道徳が軽んぜられたというのは、日本の社会にまだ封建的な要素が残存していることの一つの証拠である。

民主主義
文部省 (著)
KADOKAWA (2018/10/24)
P184

民主主義 (角川ソフィア文庫)

民主主義 (角川ソフィア文庫)

  • 作者: 文部省
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/10/24
  • メディア: 文庫

上高地 長野県

”快”を増やせ、”不快”を減らせ

P121
「心の状態を見る」というブッダの考え方にてらせば、幸か不幸かは、”快”か”不快”かという心の状態で定義することになります。

P123
 生き物が”快”を感じるのは、欲求が満たされたときです。だから、欲求を素直に、否定することなく、満たしてあげることが、幸せへの近道ということになります。
 たとえば、食べたいものをおいしく食べる、快適な睡眠をとる、家族と楽しく過ごす、趣味や娯楽など五官の快楽を大切にする「おいしい」「楽しい」「心地よい」という反応を、積極的に行なう、と考えることになります。
 こう言うと、「仏教は禁欲を奨励する厳しいものと思っていました」と言う人がいます。
 たしかに、「心を清浄にする修行」をつきつめて、究極の安らぎ―心の反応が滅した”涅槃”と呼ばれる境地―にたどり着こうとすれば、快も不快も含めて、一切の反応をしてはいけません。仏教には、そういう厳しい世界がたしかにあります。
 しかし、そういう境地を目指すというのは、一つの方向性ではあっても、すべての人に共通する目標とはいえませんよね。みんなをそこに向かわせようという発想は、「宗教」です。しかし私たちに共通するのは、一人ひとりが苦しみを抜けて、それぞれの幸福にたどり着くという目標です。その方向にてらして考えれば十分です。
そもそもブッダの教えというのは、そういう開かれた目的を掲げていたものです。

P126
 心の反応は、「心がけ」次第で、強くもなり、弱くもなります。もしあなたが毎日の「快」を大切にして、楽しい時は「楽しい!」心地よい時は{心地よい!」と、素直に感じ取るように努めていると、「快」は、もっとはっきりと、鮮明に感じ取れるようになります。
 幸福も、心がけ次第で増やすことができるのです。

 

P149
「改善」とは、仏教的にいえば「快を感じられる工夫をする」ことです。
仕事の進め方、小道具、BGM、環境、カラーリング(配色)、パソコンのソフトや携帯のアプリ、人付き合いなど、なんでも、「快を感じられるように」改良していくのです。
 すでにお伝えした通り、心は快か不快かの二者択一の反応をしています。”不快”を感じた心は、その場から逃避しようとします(それが「ストレス」です)。
 他方”快”を感じれば、心はその対象に執着します(それが「やる気」です)。その心の性質を活かすなら、”快”を感じられるように環境を改善していけばいいのです。

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
草薙龍瞬 (著)
KADOKAWA/中経出版 (2015/7/31)

反応しない練習  あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」

  • 作者: 草薙龍瞬
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/中経出版
  • 発売日: 2015/07/31
  • メディア: 単行本

戸ノ上山 北九州市