2026年1月26日月曜日

言葉の中央集権主義

P185
 東北地方の人が言葉の問題で苦労するとき、それは決して、私たちがベトナム語を習得するときの「苦労」の次元と同じではない。
東北なまりを苦にして自殺する例さえあるのは、単に共通語(いわゆる標準語)が完全に話せないからではなく、そこに差別があるからであり、侮辱を受けるからであり、誇りを傷つけられ、すべての人に当然あるべき尊厳を奪われるからなのだ。
方言は「下等」で”標準語”は「高級」だという誤った価値観がなければ、言葉によって殺されることはありえない。
関西の人々は一般に平然と関西弁を使う。関西弁を苦にして自殺した例などきいたことがないし、考えられもしないのは、関西が日本文化の旧・主流であり、その方言が旧・標準語であったことによる誇りがあるためであろう。
東京弁などは成り上がり者の洗練されぬ野卑な新興語だとさえかれらは思っている。  

P228
 したがって日本語を「美しく」などと設問しても、実態は日本語の「主流」たる東京弁や関西弁を基準とするモノサシで考えているにすぎないことが圧倒的に多いのではなかろうか。
さらに「豊かにする」となると、総理府や文部省はむしろ逆のことを考えている可能性がある。
つまり信州であれ東北地方であれ長州であれ飛騨であれ、全く言うまでもないことながら、そこで話されてきた言葉はすべて日本語だ。これらの中には、東京弁や関西弁ではどうしても言いあらわせない微妙な言葉がたくさんある。
全日本のこのような日本語(地域語とか生活語とか言えようが、方言とは呼びたくない)をすべてとり入れたら、日本語は今よりもはるかに豊かになるだろう。

実戦・日本語の作文技術
本多 勝一 (著)
朝日新聞社 (1994/09)
  

 

実戦・日本語の作文技術 (朝日文庫)

実戦・日本語の作文技術 (朝日文庫)

  • 作者: 本多 勝一
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 1994/09/01
  • メディア: 文庫


島根県 出雲大社

村人が文字を持つということ

P260
 これまで回顧してきた年よりたちは文字を知らないか、知っていても文字にたよることの少ない人たちばかりであった。
文字を知らない者と文字を知る者との間にはあきらかに大きな差が見られた。
文字を知らない人たちの伝承は多くの場合耳から聞いた事をそのまま覚え、これを伝承しようとした。よほどの作為のない限り、内容を変更しようとする意志はすくなく、かりにそういうものがある人は伝承者にはならなかったものである。つまり伝承者として適してなかったから、人もそれをきいて信じまた伝えようとする意志はとぼしかった。その話をしている事が真実であっても古くから伝えられていることと、その人の話が大きくくいちがっているときには、村人はそれを信じようとはしなかったものである。そして信じられるもののみが伝承せられていく。
 しかし文字をよみ文字にしたしむものは、耳できいただけでなく、文字でよんだ知識が伝承の中へ混入していき、口頭のみの伝承の訂正が加えられるものである。
が世間は、「あの人の話は書物で読んだのだからたしかだ」と信ずる傾向がある。しかし、それは今まである村の伝承とはくい違いがあり、村全般のものになることはすくなく、その人が文字で表現しないかぎりは、その人から直接きいたか、または間接にきいた者だけが信じ、一般の村人はその人をただえらい人としてのみ記憶している。
 文字を持つ人々は、文字を通じて外部からの刺戟にきわめて敏感であった。村人として生きつつ、外の世界がたえず気になり、またその歯車に自己の生活をあわせていこうとする気持ちがつよかった。

P303
 民間のすぐれた伝承者が文字をもってくると、こうして単なる古いことを伝承して、これを後世に伝えようとするだけでなく、自分たちの生活をよりよくしようとする努力が、人一倍つよくなるのが共通した現象であり、その中には農民としての素朴でエネルギッシュな明るさが生きている。

そうしてこういう人たちを中軸として戦争以前の村は前進していったのである。 

忘れられた日本人
宮本常一 (著)
岩波書店 (1984/5/16)

忘れられた日本人 (岩波文庫)

忘れられた日本人 (岩波文庫)

  • 作者: 宮本 常一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/04/20
  • メディア: Kindle版

 

島根県 荒神谷遺跡

言葉の重み

P236
  石原慎太郎東京都知事が「天罰」だと言った。「日本人のアイデンティティは我欲。この津波をうまく利用して我欲を一回洗い落す必要がある。やっぱり天罰だと思う」。

 年をとっても口の減らない人だが、「上から目線」も相変わらずだ。無責任といえばそれまでだが、一一年前の彼の発言を思い出す。
二〇〇〇年四月二六日、彼は日本原子力産業会議の年次大会で講演し、「東京湾に原発を造っても構わない」と言った。「東京湾に造ったっていいくらい日本の原発は安全だ」とも言った。ならば、そうすればいい。
~中略~

石原都知事も、その「安全神話」の語彙の貧しさが空虚でないというなら、その言葉の中心に全体重をのせて選挙に四選出馬をするというなら、みずから原発東京湾立地を選挙の争点にして都民に賛否を問うてみたらいい。
ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」とは、その言葉の中心の無自覚という虚しさのことだ。

 そうではない言葉もある。
三陸に限らず東北一帯には、いまもアイヌ語の片鱗が残る。

アイヌ語で「考える」という意味の「ヤイコシラム(ムは小文字)スイェ」は「心を揺らす」ことだ。また、「みやげ」とは、「ミアンゲ」という。身をあげる、神々や他者にわが身を差しあげる、全身と全体重をのせた思いやりや心づくしも言葉ではないだろうか。
なのに、それはさりげなく聞こえる。

助男(住人注;筆者の幼なじみ)が言う「まま食ってきたか?」「まま食っていけ」という言葉づかいにも、何かしら重たい堆積が濾過されたのちに澄んだ、さり気なさを感じる

 

幸ひ思ひ出立申すべし
  簾内敬司 (作家)

世界 2011年 05月号

岩波書店; 月刊版 (2011/4/8)

世界 2011年 05月号 [雑誌]

世界 2011年 05月号 [雑誌]

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/04/08
  • メディア: 雑誌

 

島根県 出雲大社

日本語を漢字で書く困難

清水 先生の「漢字と日本人」を拝読して、非常に盲点をつかれたような気がしました。日本人は日本語という言葉をもっていたが、それを中国の漢民族の言語を書きあらわす漢字で書くことになってしまった。だから漢字を使っていることは、日本人には本当は居心地が悪いことであると。

高島 千数百年前に日本に漢字が入ってきたというのは、たとえばこういうことです。今かりに、英語が、それを書きあらわす手段を持たず、この世に文字は漢字しかないとします。本にも書きましたが、それで仕方なく英語を漢字で書くことにした。そういうことだったんですね。
たとえば「山」という字、最初はとうぜん「サン」とよんでいたでしょうが、この字のさすものは、日本語の「やま」に相当することは明らかであるから、「山」を「やま」とよむことにしたんですね。これは相当奇抜な所業であり一大飛躍でした。
高島俊男

はじめてわかる国語
清水 義範 (著) , 西原 理恵子 (イラスト)
講談社 (2002/12)
P138

はじめてわかる国語 (講談社文庫)

はじめてわかる国語 (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/01/12
  • メディア: Kindle版

 

島根県 出雲大社

現代の語意で過去を判断してはいけない

そもそも、私が言葉に関心を払うようになったきっかけは、佐藤進一先生の示唆にあります。
佐藤先生はすでに早く一九五八年二月号の「思想」の「歴史認識の方法についての覚え書」という論文(「日本中世史論集」岩波書店、一九九〇年所収)で、史料に現れる「用語の研究」の必要を強調され、たとえば中世文書にしばしば見られる「支配」という語が今日とは異なり、配分、配付、割りあて等の意味であったことや、与えるという意味の「与奪」という語や「地頭」の意義について言及されていますが、さらに先生の名著で、現在も各大学の古文書学のテキストとして用いられている「(新版)古文書学入門」(法政大学出版局、一九九七年)を読みますと、先生が古文書に現れる言葉をいかに大切に扱われているかが、実によく伝わってきます。
古文書を解読する場合、われわれはとかく現在、常識的に使用している言葉の意味をすぐに投影して理解しがちですが、本来それは歴史を正確に把握するためには、戒められるべき態度であるといわなくてはなりません。

歴史を考えるヒント
網野 善彦(著)
新潮社 (2001/01)
P11

歴史を考えるヒント (新潮文庫)

歴史を考えるヒント (新潮文庫)

  • 作者: 網野 善彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/08/27
  • メディア: 文庫

 

島根県 松江市

言語の本質

 目の前をパッと通り過ぎた生き物のことを、額が白で、前足が黒で、背中が茶色で・・・と覚えるよりは、「シカ」というシンボルとして覚え、そのシンボルの記憶をコミュニティへ持って帰って「シカを見た」と言ったほうが、体験を仲間と共有できる。

 どんなに直観像記憶があっても、その体験を他者と共有できない。
だから人間は、言語というものを生み出す過程で、瞬間的な直観像記憶を失った。どうして失うかというと、脳の容量が決まっているからだ。

 コンピュータだったら、新しい機能を付け加えるには、新しいモジュールを増設すればいい。
でも、脳の場合は容量が決まっているから、何かを捨てる必要がある。
運動能力や嗅覚を失ったのと同じように、瞬間的な直観像記憶を失うことによって、逆にシンボル、表象、言語というものを得たのだろう。

 どこでトレードオフが起こったかというと、たぶんホモ属が出現する二五〇万年前くらいだろう。
ホモ属が出てきたところで脳の容量が四〇〇ミリリットルぐらいから一気に八〇〇ミリリットルぐらいに増えた。
たぶんその頃に、人間的な子育ての方法も始まり、石器も作るようになった。
人間的な子育てをするということは、母親だけでなく複数の大人たちが協力して、複数の子どもたちを同時に育てるということだ。
コミュニティの中での利他的行動や協力や役割分担が必須になる。そうした場面では言語が役に立つ。
なぜなら、一瞬見たものにラベルを貼って、「シカ」なら「シカ」という認識をコミュニティに持ち帰って、「シカを見たぞ」「さぁ、みんあで捕まえに行こう」というような意味内容を伝えられるからだ。
~中略~

 言語の本質は、携帯可能性にある。情報を持ち運べる。経験を持ち運べる。
それが言語の適応的な意義ではないか。経験を持ち運んで、他者と共有する。

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心
松沢 哲郎 (著)
岩波書店 (2011/2/26)
P174

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心

  • 作者: 松沢 哲郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/02/26
  • メディア: 単行本

 

P73
  人間は言葉以前、抽象概念以前の原体験として、言葉以前の肉体の全感覚器官を通じた、リアリティとのふれあい体験を山のように持っていて、そのうえに概念世界を きずきあげたのだ。そのような原体験なしには、人はいかなる考えも持ちえない。いかなる概念もきずきえない。
~中略~

 そして、先に述べたように、その原始的体験の言語以前の部分は、個人の脳の中ではヴィジュアルな原始記憶として蓄えられている。
その言語以前の記憶が、言語表現を獲得したときにはじめて人は「わかった(ユーレカ)」というわけである。それ以前は「わかった」が 出てこないから、人間はつい、自分は言葉で考えているのであって、言葉が出てくる以前は考えていないのだと思いこんでしまう。
しかし、現実は、人間は言葉で考えている のではなく、言葉が出る以前から考えていることを言葉にするだけなのである。
では言葉になる以前の考えとは何かといえば、主として(それだけとはいわないが)頭の中の ヴィジュアルで素朴な原始記憶と、その集合や組み合わせを頭の中でこねくりまわしているうちに、あと一歩で言葉になりそうなレベルまできたときに生まれてくる「非言語的 原始概念」というべきものだろう。
それはまだ言葉にならないが、「もうちょっとでそれにふさわしい言葉が見つかりそう」というときに感じるあのもどかしさの背後にあるモヤモヤ である。
人間が本当に何かを考えるというのは、あのモヤモヤの中で、モヤモヤの霧を何とか少しでも晴らしたいと思って五里夢中状態のままあたりに手をさしのばしてあが いているあのてさぐりの状態そのものをいうのだ。

ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術
立花 隆 (著)
文藝春秋 (2001/4/16)

ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術

ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術

  • 作者: 立花 隆
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2001/04/16
  • メディア: 単行本

 

五木 私はこう思うんですよ。言葉というものは、その実体がなくなったとき、消滅する。
平凡社の百科事典から「ボタ山」という言葉が消えたのは、それは「ボタ山」自体がなくなったからなんです。

気の発見
五木 寛之 (著), 望月 勇
幻冬舎 (2005/09)
P29

 

気の発見 (幻冬舎文庫 い 5-7)

気の発見 (幻冬舎文庫 い 5-7)

  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2005/09/01
  • メディア: 文庫

 

 

 

 複雑な思考には必ず言語が伴っています。
ですから、言語には、シグナルとしての動物的な使い方と、思考のためのツールという利用法があります。
 そういうふうに見ていくと、ほかの動物と人間を分けているものは言語であり、逆に言語以外はの部分は、ヒトと動物は結構似ているような気さえしてきます。
 面白いのは、人間には言語野があって、言語を自然に作り上げる能力を持っていること。  

脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!?
池谷 裕二 (著)
祥伝社 (2006/09)
P244  

 

脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!? (新潮文庫)

脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!? (新潮文庫)

  • 作者: 裕二, 池谷
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/05/28
  • メディア: 文庫

 

 

 ことばは、過去の英知を含み込み、未来に運ぶタイムマシンのようなものだ。何百年も前の人々の思想や感情を、そこからいつでも取り出せる。
鈴木健一

からだ (人生をひもとく 日本の古典 第一巻)
久保田 淳 (著),佐伯 真一 (著), 鈴木 健一 (著),高田 祐彦 (著),鉄野 昌弘 (著),山中 玲子 (著)
岩波書店 (2013/6/19)
Pⅶ

からだ (人生をひもとく 日本の古典 第一巻)

からだ (人生をひもとく 日本の古典 第一巻)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2013/06/19
  • メディア: 単行本

 

島根県 松江市

日本語ブーム

 若い世代の人間は、日本語を守ろう、という主旨の日本語本なんか読みやしないのだ。なぜなら彼らこそが、日本語の破壊者だからである。二十一世紀を迎えて、日本語はものすごく大きく崩れ去ろうとしているのかもしれない。
 だからそのことの予感におののく年配世代が、何かにすがりつくように日本語を求めているのだ。

 日本語は正しくはこういうものだったんだよなあ、日本語はこんな美しさをもっていたんだ、日本語の成り立ちはこうだったんだ、というようなことを、日本語がいよいよ消えゆこうとしている今、センチメンタルに振り返っているのが、今の日本語ブームだと言えなくもないのである。

はじめてわかる国語
清水 義範 (著) , 西原 理恵子 (イラスト)
講談社 (2002/12)
P300

はじめてわかる国語 (講談社文庫)

はじめてわかる国語 (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/01/12
  • メディア: Kindle版

 

 衣食足りて礼節を知る、というが、ことばは礼節のひとつである。ことばを大切にするのは文化のはじまりで、ことばへの関心が高いのは豊かに成熟した社会である。
ただ働くのに忙しいというのではことばを顧みるゆとりがない。
 ことばを文化の媒体であると認める人たちはことばによって人間を判断、評価するようになる、この点で、”文は人なり”ということばを生んだフランスが世界に先んじていたとしてよかろう。イギリスもまけてはいない。上品でていねいなことばを遣う人が紳士であり淑女であるとした。
 わが国はもともとことばを大事にしてきた。古くから、言霊のさきわう国であるのを誇りとした。昔から詩歌、文芸が栄え、他に比を見ない精緻な敬語法をつくり上げた。
 戦争に敗れて、みじめな生活を余儀なくされている間に、さしものことばの伝統も大きく崩れ、乱れなくてはならなかった。しかしそういう時代が長く続いたわけではない。人びとの生活が平常をとり戻すにつれて、ことばを気にする風潮が高まる。ことばを大切にしよう、美しい日本語を育てようという声が広まって、日本語ブームだといわれた。四十年ほど前のことである。

日本語の作法
外山 滋比古 (著)
新潮社 (2010/4/24)
P178

日本語の作法 (新潮文庫)

日本語の作法 (新潮文庫)

  • 作者: 滋比古, 外山
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/04/24
  • メディア: 文庫

 

島根県 松江市

デイパック

 デイパックが街に溢れている。~中略~
 たしかに、荷物を背負って運ぶという方法は便利で楽のものだ。今まで、なぜもっと早く広がらなかったか不思議なくらいである。
 日本語では背嚢。ドイツ語でリュックサック、あるいは単にザック。そう呼ばれていたころ、おしゃれなものとしてのイメージはほとんどなかった。
無粋で丈夫なだけの背負い袋にすぎなかった。
 この普及はアウトドアブームがもたらしたと考えるべきであろう。日本のアウトドアブームは、主としてアメリカから移入されたものである。ザックを英語ではバックパックという。
日帰りハイキング程度に使う小さなパックをデイパックといい、これが定着したのである。
 もともと、一九六〇年代の後半ごろから、アメリカの大学生が通学に使いはじめたのが、きっかけなのだろう。
アメリカの学生たちは、日本で考えられているように豊かな学生生活を送っているわけではない。大学生は、金がないのがあたりまえ。日本の女子学生たちのように、ファッションなどに贅沢をしない。
ジーパンにTシャツ。背中にデイパック。これが今も昔も、アメリカの大学生の定番ファッションである。

自然の歩き方50―ソローの森から雨の屋久島へ
加藤 則芳
(著)
平凡社 (2001/01)
P192

自然の歩き方50: ソロ-の森から雨の屋久島へ (平凡社新おとな文庫)

自然の歩き方50: ソロ-の森から雨の屋久島へ (平凡社新おとな文庫)

  • 作者: 加藤 則芳
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2001/01/01
  • メディア: 単行本

 

小泉八雲 島根県 松江市

日本文学

「諸行無常」
という。
 インドの荒くれた自然の中で、つまり洪水と熱暑と不毛という人間の生存そのものの危機がつねにあるガンジス、インダス両川の流域のナカデうまれたこの豪快で喧噪で知的な人生観、自然感も、いったん日本に輸入されてくると、鴨長明の「方丈記」のような趣味的、感傷的ななよなよとしたものになってしまう。あまい涙にかえられてしまうのだ。
 明治以降の文学のなかにも、この伝統はみゃくみゃくと継がれている。
 極端な例が、石川啄木の歌である。この詩人の精神がどれほど高いかはべつとして、このひとの歌は、ひょいと角度をかえてみてしまうと、これほど珍妙なものはない。
 東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる
 この世は憂きものもの、ままならぬもの、といっていいオトナガ、蟹とあそびながら泣きぬれているのだ。
 調べが高いからこそすくわれるが、これを卑俗にくだけば、演歌師が身ぶりをまじえながら「おれは河原の枯れすすき」とやっているのとかわらない。
 別に啄木のわるくちをいっているのではなく、日本人というものは、なぜこうも浮世をなげきかなしむのが好きなのかとふしぎにおもうあまり、この歌をひきあいに出しただけである。
~中略~

 日本文学は、この世を「感じる」文学が伝統的な本流をなしてきた。ここからは、容易にユーモアはうまれなかった。うまれたところで、洒落本、アチャラカ小説のたぐいが多かった。
 日本の小説にほんとうの意味でユーモアの厚みができたのは、石坂洋次郎、井伏鱒二、獅子文六、太宰治以降からであるといってもいい。
夏目漱石のそれはたしかにこの世を「感じる」小説ではなく「考える」小説で、自然、明治、大正の作家のなかではめずらしくユーモアがあったが、その微苦笑には、なお書斎臭がつきまとっている。
人間のハラワタをしぼるようなユーモアではなかった。
 ユーモアの発生体は、知性なのである。知性のガス化したものがユーモアだとすれば、漱石のガスには、ガス化しきれない粒子が多かった。漱石の罪ではなく、時代のせいだった。
明治、大正初期の孤独な知識人であった漱石は、かれの微苦笑を理解してくれるほどに、時代の感度が鋭くはなかった。つい、ガスになりきれずに粒子としてこぼれおちた、といえるだろう。
 石川啄木と太宰治とは、おなじ東北の風土からうまれ、おなじく人生の第一義に泣き暮れる体質があったが、太宰の場合は、太宰のなかの別の知性人としての太宰が、泣き暮れている太宰をクスクス笑っている厚みがある。~後略
(昭和36年12月)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10
司馬遼太郎 (著)
新潮社 (2004/12/22)
P90

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10 (新潮文庫)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10 (新潮文庫)

  • 作者: 遼太郎, 司馬
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/12/22
  • メディア: 文庫

 

 日本人はもともと楽天的な国民であった。彼は生の喜びを語ることを好んだが、死の不安を語ることをこのまなかった。
このような楽天的な日本人に仏教は深い絶望の思想、闇の思想を教えたのである。
無常観と末世思想、地獄の思想、恐らくこれらの思想が、日本人の心に深い陰影を与えたに違いない。
先天的に楽天的な民族である日本人が、この深い虚無の思想、闇の思想に対してどのように反応したか。
中世の日本の思想家、法然、親鸞、日蓮、道元などの思想の秘密をとく最大のカギは、この光の闇に対する戦いにあるように思われる。

 

続 仏像―心とかたち
望月 信成 (著)
NHK出版 (1965/10)
P34

続 仏像―心とかたち (NHKブックス 30)

続 仏像―心とかたち (NHKブックス 30)

  • 作者: 望月 信成
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2025/01/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
小泉八雲 島根県 松江市

2026年1月24日土曜日

天皇と宗教

 イギリスの国王はあくまでも信仰の「擁護者」なのであり、したがって神を祀るものでもなければ、まして神として祀られるものでもない。

 それに対して、わが国の天皇は、かつて特定唯一の宗教の擁護者であったことはないし、それを自称したこともない。
信仰の統一者でもなく、したがって宗教の宣布者でもなかった。

 天皇はむしろ宗教や信仰の形式や運動の埒外(らちがい)において、それらとは次元を異にする回路によって不可思議な霊威を放射し、超常的な影響力を行使してきた。
いわば天皇信仰を内側から充電してやまない宗教性の秘密は、むしろ目に見える宗教の外形的な殻や枠組みを破るところに蔵されているといってよいだろう。

山折 哲雄 (著)
天皇の宮中祭祀と日本人―大嘗祭から謎解く日本の真相
日本文芸社 (2010/1/27)
P119

天皇の宮中祭祀と日本人―大嘗祭から謎解く日本の真相

天皇の宮中祭祀と日本人―大嘗祭から謎解く日本の真相

  • 作者: 山折 哲雄
  • 出版社/メーカー: 日本文芸社
  • 発売日: 2010/01/27
  • メディア: 単行本


 皇室は日本文化の祭祀者、日本伝統の宗家として、今も重要な位置を占めている。
起源に疑義をさしはさむなどつまらぬことだ。すでに千五百年もの長きにわたって続いてきたのだから、疑っても意味がない。まず稀有な伝統文化の粋として認めるべきである。
皇室の果たした日本の文化、伝統における役割はもはや動かし難い。

 では祭祀者として、どんなことをしているのだろうか。
日本の文化の奥深く流れるアニミズム、エコロジーの思想に、皇室は重要な役割を果たしてきた。私のように、信仰がないものにとっても、もともとこの国にあった自然への畏敬、崇拝の姿は、尊いものとして映る。本居宣長や南方熊楠に見られる皇室への崇敬は、このエコロジー、アニミズムにおける役割からきている。今でも植樹祭を含む自然保護は、皇室の重要な仕事となっている。
~中略~

 どこの国の文化も、最奥のところではその民族の信仰に根ざしている。それは体質のように変えることができない国民意識である。
仏教、キリスト教とその時々にドミナントに現れる表面の宗教は変わっても、祭祀に守られた潜在的な国民感情は変わらない。
~中略~

 政治や権力からやっと自由になった皇室が、本来的な意味で日本文化へ果たす役割がはっきりしてきた。
それを通して、日本国民の意識が高められるとすれば、歓迎すべきである。こういうものがあるというだけで、民族の心が豊かになるではないか。

寡黙なる巨人
多田 富雄 (著), 養老 孟司 (著)
集英社 (2010/7/16)
P165

 

 

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

寡黙なる巨人 (集英社文庫)

  • 作者: 多田 富雄
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2010/07/16
  • メディア: 文庫



P73
司馬 前略~
 天皇の日常は、今もそうですが、いかなる神主より神主で、神に仕える祭事がじつに多く、どんな神主より忙しいですね。
少なくとも摂関政治以後は、神もしくは神主である性格がより濃厚になった。だから、いかなる動乱の世でも京都の御所だけはおかされなかった。
~中略~
 ともかく日本史では、上代の単純な社会の頃は別として、それ以後世が複雑になるにつれて天皇は政治にタッチしておりませんね、これが日本的な、そうあるべき自然の姿だったと思います。
~中略~
 そこで明治以後の天皇制は、結局、土俗的な天皇神聖観というものの上にプロシャ風の皇帝をのっけたもので、きわめて非日本的な、人工的なものです。
そうすると日本の天皇さんが皇帝だったのは明治憲法八十年間に過ぎないわけで、ながい日本史からみれば一瞬のまです。 

P77
司馬 前略~
 明治初年の庶民は天皇さんとおいうのはお伊勢さんというのとよく似た語感で、それが政治権力の正面にすわられるということが、なんともわからなかった。
~中略~
海音寺 ~中略~
 民衆の心理にある天皇は、それ以前は非常に宗教的なものだったんですね。
神さまだから見ちゃいかん、見ると眼がつぶれると思っていたんですね。京都市民でもそう思っていたんですからね。


P75
海音寺 天皇制は、明治時代には政府はほかに見当がつかなかったんでしょう。王政復古ということを旗じるしにして徳川幕府を倒したものですから、王政復古は公約みたいなものです。履行する必要がある。
さらに適当な政体の形が当時は思いつかない。

新装版 日本歴史を点検する
海音寺 潮五郎 (著), 司馬 遼太郎 (著)
講談社; 新装版 (2007/12/14)
  

 

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/12/14
  • メディア: 文庫


P189
 妙法院が京都の芸文の中心をなしていた時代がある。妙法院宮真仁法親王が門跡時代のことだ。
この宮は明和五年(一七八六)に閑院宮王子として生まれ、十一歳のとき妙法院に入寺し、文化二年(一八〇五)三十八歳で歿した。
~中略~
妙法院は、宮の師匠とその仲間のにぎやかな雅宴の場となり、歌、画、書のあいだに、こまやかな流通が生じた。雲上と地下のあいだの隔たりもすっかり取れて「宮さん」というものが、なじみ深い存在になった。
~中略~
 幕末の京都には血なまぐさい風が吹くが、京中の人びとの勤皇、尊王というものは、他郷からきた志士たちの思想とはちがって、雲上と地下の隔ての垣を妙法院宮が取り払ったときに実感された「宮さん」との一体感と、おそらく別のものではなかった。
その後の政治は、こういう感情を全く無視した方向に、明治の絶対王政を固めてゆく。
後略~ 
杉本秀太郎
(初出「京都新聞」昭和49年11月1日付)

P234
 さらに(住人注;泉涌寺)本坊の後ろには歴代天皇の慕陵がある。明治の神仏分離で歴代天皇の念持仏はここに移されたが、この仏像の安置されている海会堂そのものが、京都御所の御黒戸(仏間)を移したものだというから、江戸時代までの皇室と仏教の歴史的な結びつきは、もっとも自然な形でここに残っているといってもいい。
永井路子
(初出「京都御寺 泉涌寺展」朝日新聞社 昭和47年刊)
「静寂への巡礼―泉涌寺」より部分抜粋 

名文で巡る京都―国宝の寺〈1〉東山
白洲 正子
白洲 正子 (著) 大庭 みな子 (著) 杉本 秀太郎 (著)

講談社; 新装版 (2007/12/14)
  

 

名文で巡る京都―国宝の寺〈1〉東山 (seisouおとなの図書館)

名文で巡る京都―国宝の寺〈1〉東山 (seisouおとなの図書館)

  • 出版社/メーカー: 青草書房
  • 発売日: 2020/02/22
  • メディア: 単行本


三重県 内宮