2026年1月20日火曜日

政府の役割

P67
 無政府主義の理想とする社会では、権力の組織がないのだから、つまり、君主もなければ、大統領もなく、議会もなければ、裁判所もないということになる。
もしも、クロポトキンなどの説くように、それで世の中の平和が完全に保たれ、人々の自発的な協力と援助とによって、社会の福祉がおのずから増進してゆくものであるならば、政府などというものは不用となるであろう。政府がなければ、権力をもって人民を圧迫する危険も起らないにきまっている。
 しかし、政府がなくてすむのは、理想の社会である。現実の社会では、人々の間に意見の対立が生じ、利害の衝突が起る。その場合、すべての人々の言い分を通すわけにはいかない以上、その多数が支持する考えを実行することと定め、それに反対の、もしくはそれとは違う意見を持つ他の人々も、その考えに従うべきものとし、あくまでも反対する人びとに対しては、その決定を強制してゆかなければならない。
このように社会的な強制力を持った組織が、政府である。だから、社会的な強制力の必要がないほどまで人間の世の中が完全になるまでは、政府の必要はなくならない。

P90
 法律を作るのは、国会のいちばんだいじな仕事であるが、いくらよい法律を作っても、その運用のしかたが悪ければ、政治の効果は決してあがらない。
ところで、法律を運用するには、一方に裁判所があるが、実際の政治の方面で法律の執行をつかさどるのは政府である。
したがって、政治が円滑に行われるためには、国会と政府との間の呼吸がうまく合ってゆくことが必要である。そこで、多くの民主国家では、国会と調子のあった政府を作ることができるようなしくみになっている。
日本の新憲法で、「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」ことになっているのも、そのためである。
だから、国民が国会議員を選挙するのは、ただの国会議員を選んでいるだけではなくて、それと同時に、直接に政治をつかさどる政府の首脳者を選ぶことになるのである。

民主主義
文部省 (著)
KADOKAWA (2018/10/24)

民主主義 (角川ソフィア文庫)

民主主義 (角川ソフィア文庫)

  • 作者: 文部省
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/10/24
  • メディア: Kindle版

豊田漁港 愛媛県

国会

民主主義制度のもとでは、法律を作るのは、国王でも、大統領でも、総理大臣でもなく、国民自身なのである。そこでは、国王でも、大統領でも、総理大臣でも、その他いかなる公務をつかさどっている人々でも、国民の作った法律には従わなければならない。
ただ、国民が直接に法律を作る代わりに、それを国民の代表者たる国会に任せるのである。国会の仕事がいかにたいせつなものであるか、有能で忠実な国会議員を選ぶことが国民にとってどんなに重要であるかは、これによってよくわかるであろう。~中略~
今日の国家の法律は非常に複雑な発達を遂げている。したがって、よい法律を作るためには、専門の知識がいるし、よくよく利害得失を考えてかからなければならない。
それを、法律についてはしろうとが多い国民が決めるということになると、かならずよい結果が得られるというわけにはいかない。まして、国民が、いいかげんな判断や、物好きな気持ちなどで投票をすれば、せっかく苦労してできたよい法律案が否決されてしまうということにもなる。
それに、何千万というような人口を有する国家で、一々の法律案を国民に示し、国民の投票によって可否を決するということは、たいへんな手数と暇とがかかる。そこで、実際には、高い見識と深い経験とを持った人々を集めて国会を組織し、法律の制定は国会に任せて、国民は国会議員を選挙するにとどめておく方が、かえってぐあいがよいということになる。
それが代表民主主義であって、今日の大部分の民主国家では、この方法が制度として採用されている。

民主主義
文部省 (著)
KADOKAWA (2018/10/24)
P88

民主主義 (角川ソフィア文庫)

民主主義 (角川ソフィア文庫)

  • 作者: 文部省
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/10/24
  • メディア: Kindle版

室津下漁港 山口県下関市豊浦町

国家資本主義の時代

P3
  しかしここで考えてみましょう。中国の13億人、東南アジア諸国の6億人、そしてインドの12億人、おおよそ30億人のエリアが驚くような勢いで発展、拡大するさまを!一体これから石油、ガソリンはどのくらい必要になるのですか?銅は?ニッケルは?鉄鉱石は?そして食料は?飼料は?

P80
今や時代は「自由市場主義」から「国家資本主義」へと大きくシフトしつつあると言えるでしょう。
米国調査会社ユーラシアグループのイアン・ブレマー社長は、米国流の「自由市場主義」と、中国など政府が経済に介入する「国家資本主義」とが衝突し始めていると説いています。
~中略~ かってはソニーとパナソニック、トヨタとホンダというように、企業同士が世界で競争し、お互いに切磋琢磨しながら発展してゆくという形でした。
言わば企業が多国籍化して市場を席巻していったわけです。
しかし今、時代は変りつつあります。国家の力をフルに利用して国際競争の勝者となれるか否かが、その国や企業の衰退を決めていくと言っていいでしょう。

朝倉 慶 (著)
2011年 本当の危機が始まる!
幻冬舎 (2002/10)

2011年 本当の危機が始まる!

2011年 本当の危機が始まる!

  • 作者: 朝倉 慶
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2010/11/12
  • メディア: 単行本

市場開放したとはいえ、中国はいまだに土地の個人所有を認めていない。また中国の貨幣である人民元も変動相場制に移行しておらず、将来的に自由化されたときには、その価値がどうなるか予測ができない。~中略~
そのため彼らは、いざというときのための「資産」「貯金」として、世界中に資産を分散し始めており、その一環として、日本の土地を買いあさっているといわれている。
 つまり我々が長年住み続けてきた、この日本の国土すらも、資本主義の市場の中で、商品として売られるようになってしまったのである。

僕は君たちに武器を配りたい
瀧本 哲史 (著)
講談社 (2011/9/22)
P211

僕は君たちに武器を配りたい

僕は君たちに武器を配りたい

  • 作者: 瀧本哲史
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/04/19
  • メディア: Kindle版

波津漁港 福岡県遠賀郡岡垣町

自然歩道も公共事業


日本でも、一九七〇年に整備がはじまった東海自然歩道を皮切りに、各地に何本もの長距離自然歩道が作られている。
これらは国(環境庁)の事業であり、実際の整備は各都道府県が担当している。
 ところが、そのほとんどは作りっぱなしである。地元民からの協力も愛着もなく、認識すらされていないところもある。
たとえば、一九九九年、ぼくが歩いた九州自然歩道の大分県内(青の洞門から竹田の岡城跡)など、メンテナンスはまったくされていないも同然のところがあった。
莫大な税金を使って整備された事業なのに、藪がはびこり、自然消滅しようとしているところすらある。
また新たな道路整備、地域開発によって分断され、そのままになっているところもある。全行程約一六〇キロのうち半分以上は、道標が朽ちるかなくなっている。まともな地図もない上、消滅してしまっているのでは、どれほど熟練のハイカーでも歩けるはずがない。
その現状をどのように考えているのか、県の担当者に聞いてみたら、県内の自然歩道がそのような状況におかれている事実さえ知らなかった。
 その一方で、中部北陸自然歩道と近畿自然歩道の整備が、今もまだ進められている。環境庁もか、といいたい。これでは、農水省や建設省などの公共事業となんら変わらない。
 民間の発案を、ボランティア組織が整備し、メンテナンスもし、それを国家がバックアップするアメリカと、日本のこの現状とのちがいは、いったいどこに起因するのだろうか。

自然の歩き方50―ソローの森から雨の屋久島へ
加藤 則芳(著)
平凡社 (2001/01)
P226

自然の歩き方50: ソロ-の森から雨の屋久島へ (平凡社新おとな文庫)

自然の歩き方50: ソロ-の森から雨の屋久島へ (平凡社新おとな文庫)

  • 作者: 加藤 則芳
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2001/01/01
  • メディア: 単行本

 

北九州市 門司区

帝国憲法

P154
そして、(住人注;伊藤博文は)ウィーン大学のローレンツ・フォン・シュタイン教授に出会い、雷電に打たれたような衝撃を受ける。

シュタイン曰く、「憲法とは、その国の歴史・文化・伝統そのものである。日本の憲法を制定するならば、日本の歴史を研究しなければならない」と。
 歴史学派と言われるシュタインの教えこそ、伊藤が目指していた憲法の姿だった。  そもそも、Constitutionとは国家体制のことである。この語を最近は「国制」と訳すことが慣例だが、制度の意味合いしかなく不正確である。Constitutionには歴史・文化・伝統の意味が含まれるので、戦前流の訳し方である「国体」が正しい。
すでに存在する国体を明文化した国家統治の根本法が、憲法典(Constitutional code)である。
~中略~
 近代憲法の大原則に、人権尊重や民選議院がある。これらは「文明国の通義」と呼ばれた。「文明国の通義」とは、実質において守られていなければ文明国だと認められないグローバルスタンダードという意味である。
伊藤や井上はグローバルスタンダードを受けいれつつも、決して西洋からの借り物ではなく、自国の伝統より出でたものであるという理論武装を行った。

P157
伊藤の秘書である金子堅太郎は、帝国憲法と義解の英文を持参して、オックスフォード大学のA・V・ダイシーとウィリアム・R・アンソンをはじめとする欧米の憲法学の泰斗(たいと)を回った。彼らが一様に反応したのは、「これでは権利のバラマキではないか」「ここまで国民に権利を与えて大丈夫なのか」であった。
あまりにも開明的な条文に、誰もが仰天したのである。
 日本国憲法学に汚染された現代の視点では、信じられないだろう。しかし、事実である。ヨーロッパ人にとっては数百年の闘争の末に獲得した人権も、「陛下の赤子」であるすべての日本人にとっては、自明かつ当然の権利である。よって、民選議院のどういなくして制約はできない。また、国家の意思を示す予算は、議会の権限である。これでは政府が民意の変動により危機に陥りかねない。
欧米の憲法学者は、本気で心配した。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)

日本人だけが知らない「本当の世界史」 なぜ歴史問題は解決しないのか PHP文庫

日本人だけが知らない「本当の世界史」 なぜ歴史問題は解決しないのか PHP文庫

  • 作者: 倉山 満
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2016/04/08
  • メディア: Kindle版

大分県 別府市

トレイル

アパラチアン・トレイルは一九二一年にベントン・マッカイという一市民によって発案された。
彼は、都会人たちのレクリエーションの場として山歩きがいかに大切か、心の安らぎの場として、自然がどれだけ大きな意味をもっているかをアピールしたかった。
かれのアイディアは、知識人たちやマスコミ、アウトドア愛好家、ボーイスカウトらによって支持され、翌一九二二年にはトレイル整備が始まった。その後、各地にできたさまざまなボランティア・クラブの活動によって、三七年にトレイルは全通した。
~中略~
 一九六八年には、「国立トレイル・システム法」が成立し、アパラチアン・トレイルは、パシフィック。クレスト・トレイルとともに国立シ―ニック・トレイルとして連邦政府から認定された。
それまで民間のボランティアだけに頼ってきた整備事業が、これによって、国家の援助のもとに行われるようになった。

自然の歩き方50―ソローの森から雨の屋久島へ
加藤 則芳
(著)
平凡社 (2001/01)
P226

自然の歩き方50: ソロ-の森から雨の屋久島へ (平凡社新おとな文庫)

自然の歩き方50: ソロ-の森から雨の屋久島へ (平凡社新おとな文庫)

  • 作者: 加藤 則芳
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2001/01/01
  • メディア: 単行本
国東半島 大分県

精神力だけでは勝てない

P178
(もっとも日本陸軍は海軍とちがい、装備で世界第一流だったのは日清日露戦争前後だけで、あとは明治三十八年制式の歩兵銃を最後まで主力兵器とした世界第二流の軍隊だった。それを国家が国民をいつわって世界一と信じこませていたのである)

 なにぶん戦車は、値段がたかすぎた。

P180
 ソ連のBT戦車というのも大した戦車でではなかったが、ただ八九式の日本戦車よりも装甲が厚く、砲身が長かった。戦車戦にstyle="font-size: 12pt;">ノモハンでの日本戦車の射撃はじつに正確だったそうだが、実際は相手に命中してもタドンを投げつけたように貫通せず、タマは敵戦車にあたってはコロコロところがった。ところがBT戦車を操縦するモンゴル人の大砲は、命中するごとにブリキのような八九式戦車を串刺しにして、ほとんど全滅させた。
 ノモハンで生きのこった日本軍の戦車小隊長、中隊長の数人が、発狂して廃人になったというはなしを、私は戦車学校のときにきいて戦慄したことがある。
命中しても貫徹しないような兵器をもたされて戦場に出されれば、マジメな将校であればあるほど発狂するのが当然であろう。この一事だけでも、日本陸軍の首脳にはろくな戦争指導能力もなかったといえる。
 おもしろいことには、ノモハンの下級指揮者を狂人にしたおなじ軍部が、その前年に、その日本戦車の示威運動としての西住戦車長の戦死を大きくとりあげ、「軍神」として宣伝したことである。
昭和の日本軍閥は軍神をつくるぐらいが能で、その本業である戦車の装甲や火力を大きくすることを怠ったといわれてもしかたがなかった。

 

P465
この誇るべき戦車(住人注;九七式中戦車)は、車の性能こそよかったが、武装は相変わらず貧乏根性の思想をまるだしに表現したもので、ノモハンであれほどひどいめに遭っていながら、砲は相変わらず八九式式時代とおなじタドン玉(五七ミリ砲)、装甲の厚さもひどく薄かった。
~中略~
大東亜戦争の末期では、どの国の戦車よりも劣るようになり、廃品以下の価値にさがったが、それでも軍部は南方の各戦場にこの戦車部隊を投入し、敵になんの損もあたえず、「一台三十五万円」をことごとく無意味に全滅させてしまった。
硫黄島における元オリンピック馬術選手の西中佐が、裸身で自殺をした、というのは、象徴的な日本戦車兵の最後である。
~中略~
日本製の自動車用ディーゼル・エンジンが優秀だと折り紙がつけられているのは、日本の不幸な戦車がのこしてくれた唯一の遺産なのである。
(昭和39年9月)


司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10
司馬遼太郎 (著)
新潮社 (2004/12/22)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10 (新潮文庫)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10 (新潮文庫)

  • 作者: 遼太郎, 司馬
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/12/22
  • メディア: 文庫


関門海峡 北九州市

歴史をつくる歴史家

P12
 司馬遼太郎さんは、作家であると同時に、歴史について調べ、深く考えるという意味においては歴史家でもありました。しかし、他の歴史家と、司馬さんは一線を画しています。
司馬さんは、ただの歴史小説家ではありません。「歴史をつくる歴史家」でした。  非常に稀ではありますが、日本史史上何人かこうした歴史家は存在します。歴史というのは、強い浸透力を持つ文章と内容で書かれると、読んだ人間を動かし、次の時代の歴史に影響を及ぼします。
それをできる人が「歴史を作る歴史家」なのです。
 後世の歴史に影響を与えたと言っていい最初の歴史家は、もしかすると「太平記」の作者とされる小島法師かもしれません。小島法師は琵琶法師と言われており「太平記」で後醍醐天皇の即位から細川頼之(よりゆき)の管領就任までの半世紀に及ぶ南北朝の動乱を描きました。
 この「太平記」が、一躍スターに押し上げたのが楠正成です。~中略~
 「太平記」が楠正成を忠義の士として、あれほど叙情的な美しい名文で描いていなければ、後の歴史は違ったでしょう。明治維新は、私たちが知っている形にはならなかった公算が高いと思います。
 明治末の一九一一年になると、南北朝いずれの皇統が正統かをめぐる「南北朝正閏論」という論争がこの国に興ました。 ~中略~
 日本の現在の皇室は北朝の系統ですが、明治天皇はこれを裁断し、楠正成が仕えていた南朝が正統であると決定しました。陸軍の軍人たちも軟調の正統性について論じるなかで、国家主義的な思想を固めていきます。
 こうして第二次大戦の敗戦時まで、日本の国家では南朝を正統とする議論が正しいとされていました。「太平記」に書かれた歴史観が、昭和以降のわれわれの歴史にまで影響を与えていると言えるのです。

P14
 その後、歴史に影響を与えた主要な歴史家は三人しかいない、と私は思っています。一人は、約二〇〇年前に「日本外史」を著(あらわ)した頼山陽(らいさんよう)です。彼は広島藩の儒学者の家に生まれました。 ~中略~
広島藩を脱し、その罪で自宅に軟禁されている間に、「日本外史」の執筆に取りかかり、源平から徳川に至る武家の興亡史二二巻を書き上げます。幼いころから英才教育を受けていた頼山陽の筆は超絶したもので、この「日本外史」は当時のベストセラーとなりました。
 彼はこの書によって、日本は本来天皇が治めていたもので、武家の世とは一種の「借り物」のようなものであることを当時の日本人に認識させました。それが尊皇攘夷の気運をかき立て、明治維新を実現させるという形で歴史を変えたことがご承知かと思います。
 もう一人は、作家・ジャーナリストとして長く活躍した徳富蘇峰(とくとみそほう)です。蘇峰は熊本藩の庄屋の家に生まれ、キリスト教や西洋の学問を早くから取り入れていた熊本洋学校で教育を受けて、明治時代に日本で最も影響力の大きなジャーナリストとなりました。
~中略~
 この蘇峰こそ、「近世日本国民史」全一〇〇巻を書き、日本人の歴史観をはっきりと規定した人です。おそらく、国民国家日本の成り立ちを、豊富な史料を駆使して日本人に認識させた最初の人が蘇峰であっただろうと思います。
 彼は熊本の出身だったと書きましたが、面白いことに、日本近代を考えるうえで、この熊本出身者というのは非常に重要です。歴史観をつくった蘇峰の他に、大日本帝国憲法※2の制定におおきく関わった井上毅(こわし※3)、また、その井上とともに教育の基本法にあたる教育勅語※4を起草した元田 永孚(もとだ ながざね※5)も熊本の人です。
~中略~
 そして頼山陽、徳富蘇峰に続く三人目の歴史家が、司馬遼太郎さんということになります。~中略~
 司馬さんはその作品世界を大量の著書によって国民に提供してくれました。特に文庫という安価で入手容易な形をとって、著作が日本家庭の書棚に入り込み、その叙述が映画やテレビ番組に翻案されていった点は重要です。日本人の多くは司馬作品を通じて日本の歴史に接し、その歴史観をつくったと言って過言ではないでしょう。  

「司馬遼太郎」で学ぶ日本史
磯田 道史 (著)
NHK出版 (2017/5/8)

「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 NHK出版新書

「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 NHK出版新書

  • 作者: 磯田 道史
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2017/06/25
  • メディア: Kindle版

山口県 下関市

民意

 最近”民意”という言葉をよく耳にするが、国家百年の計などというものが、国民の総意という形ででき上がってくるはずがない。
国民は誰より視点を高く持っている政治家に、この国のかじ取りを任せるべきなのだ。
文庫版あとがき

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて<下>
北 康利 (著)
講談社 (2012/11/15)
P226

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて(下) (講談社文庫)

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて(下) (講談社文庫)

  • 作者: 北康利
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/12/17
  • メディア: Kindle版

 

福岡県 若松沖

ワイドショーやレポーターは他人事だからやってられる

P200
 ワイドショーで取り上げられた事件のあった学校で、事件後何が一番のストレスだったかを調査したことがあります。保護者・教師・児童(生徒)を対象としたアンケートで一番だったのが、マスコミの取材です。
まだつかまらない犯人よりもマスコミがストレスになっているのです。次にストレスになるのが、関係者同士の疑心暗鬼です。情報が多いのとその情報にかたよりがあるために、関係者を疑心暗鬼におとしめているのです。これもマスコミの功罪からいえば「罪」の部類に入ると思います。

 マスコミ関係者に聞きますと、報道は「国民の知る権利」のためであると言われます。
しかし国民は何を知りたいのでしょうか?たしかに、戦前の報道管制による侵略戦争への傾斜は、より正確な報道を国民が知っていれば防げたかもしれません。
しかし、そのような国家が危険な状態にあるときは、外国を見ればわかるように、報道の自由が規制されるほうが先になります。そんなときに本当にマスコミは時の権力と戦うのでしょうか。
戦中生まれの私には疑問です。誰がなんのために情報を知りたいのか、人の秘密を知りたいのかを、マスコミはハッキリ自覚しておいてほしいものです。
 スターのゴシップやあまり自分に関係のない人の秘密を知ることに、どのようなメリットがあるのでしょうか。

P203
 ここまで読んでこられた賢明な読者は「そうか、マスコミをはじめ、他人は、みんな自己中心的見方で、秘密をもった人を見ている」ことに気づかれたでしょう。
~中略~
 しかし、他人にとってはこれが(住人注;秘密にするような事柄)いかに浅い話であるかは、毎日くり返されるワイドショーを見ればわかります。
もし、ワイドショー関係者にとっても深い話なら、毎日、放送などとってもできたものではありません。だから、レポーターがいくら演技しても、彼らが問題を軽く扱っていることがわかります。もし彼らが本当に深く感じていたら、毎日のレポーター活動などできません。
彼らがまず心の病にかかってしまいますから。
~中略~
 レポーターが元気で毎日過ごせるのは、秘密を世間に暴露する仕事をしているからです。もし、レポーターが自分が知った秘密を漏洩せずに抱え込んでいると、病気になると思います。だから心ある人間は、秘密をあまり知りたくないものです。

プロカウンセラーの聞く技術
東山 紘久 (著)
創元社 (2000/09)

プロカウンセラーの聞く技術

プロカウンセラーの聞く技術

  • 作者: 東山紘久
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2015/04/01
  • メディア: Kindle版

 

沖ノ島 福岡県