2026年4月16日木曜日

今の自分を棄(す)てる覚悟

「未来の自分のためなら、今の自分を棄(す)てる覚悟がある」
 これはわたしがいつも電子メールのおわりにつけるアイシュタインの名文句です。
アインシュタインはわかっていたんですね。神経回路が全体としてうまく働くことで、世界を生き抜くために必要な能力が与えられる。
~中略~
 美しい細胞のひとつひとつ。ひとつひとつの神経回路。まさに驚くべき小さな部品が織り上げられて、「心」のネットワークをつくりだす。わたしが脳の中で体験する意識は、そうやって確立された集合的な「気づき」にほかなりません。
神経の可塑性(かそせい)のおかげで、つまり、他の細胞とのつながり方を変える能力のおかげで、弾力的に考え、環境に適応し、世界の中でどう生きるかを選びながら、あなたとわたしは、地球上を歩くのです。幸いなことに、今日、どんな自分になるのかは、昨日、どんな自分だったかで決まるわけじゃありません。

奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき
ジル・ボルト テイラー (著), Jill Bolte Taylor (原著), 竹内 薫 (翻訳)
新潮社 (2012/3/28)
P288

奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/03/28
  • メディア: 文庫
京都府 高山寺

 

みんな違う世界で生きている

P80
【環境世界】:ヒトはまったく同じ環境に住んでいるように見えて、それぞれに別の意味を見出し、自分なりの「環境世界」に住んでいる。(これについては次節で述べます)。

P81
わたしと研修医が、病棟の集会室兼食堂の壁際で話しています。何人もの患者さんが車いすでテーブルを囲んでいたり、ソファに座ってテレビを見たりしています。
呆然として虚空を見上げたままの男性や、たえず何かを呟いている老女もいます。
「君、我々は今同じ部屋にいるから同じ環境にいるよね」
「はい、そう思います」
「では我々は同じ世界にいるのかい」
 ここでたいていの研修医は困った顔をしますが、すぐに「いいえ、そうではないと思います」と、まずはほとんど正解を出します。
 二〇世紀になって、生態学者ヤーコブ・フォン・ユクスキュルは、「環境」と「環境世界」は違うのであって、同じ環境にいたとしても、生物によってその環境から取り出す意味は違うと主張しました(註①)。その有名な例が「ゾウリムシ」です。
 ~中略~ 何かにぶつかって、それが食べられない物だと遠ざかり、逆にエサである腐敗バクテリアだと、これを食べる。 ゾウリムシにとっての世界は「食べられるもの」と「食べられないもの」で成立しています。
「世界を仮構する」というフレーズが実感されると思います。
  ~中略~ 先述した一水四見の喩えのとおり、同じ環境でも、その環境のもつ意味、つまり環境世界はまったく異なるのです。
 これはヒトであっても同様です。子ども好きにとっての子ども、異性に惹かれる青年にとっての若い女性は特別の存在です。他方、わたしの知る成功した実業家はこう言いました。「女、子どもと喋っても金にならん」。
 ユクスキュルは、あらゆる生物にとって「ただ主観的現実のみが実在し、そして環境世界のみが主観的現実である」と結論しました。
つまり、生物は環境中の無数の潜在的刺激のうちから、その生物固有の受容器(リセプター)に合うものだけを選択的にとり出して反応する。合わない刺激は無意味であって、存在しないのと同じです。
認知症の人が経験する環境世界は、記憶も、ある物が何であるかを認知する働きも衰えていますから、当然、なにか変ったものだということは想像ができます。
ユクスキュルは、この点についても参考になる観察をしていました。

「痴呆老人」は何を見ているか
大井 玄 (著)
新潮社 (2008/01)

「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書)

「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書)

  • 作者: 大井 玄
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/01/15
  • メディア: 新書

 

蟹満寺  木津川

その意識を捨ててしまえ

趙州和尚と厳陽尊者とのやりとりである。
厳陽「一物不将来の時いかん」
趙州「放下着

厳陽「已(すで)に是れ一物不将来、這(こ)の什麼(なに)をか放下せん」
趙州「恁麼(いんも)ならば則ち坦取し去れ」
これで「解った」というならもう完璧だが、一応意訳してみよう。

厳陽「私は一物も持っておらず、心も無一物の状態なのですが、さあてどうしたもんでしょう」
趙州「捨て去ってしまえ」
厳陽「捨てるたって老師、私はもう一物も持っていないって申しあげてるじゃないですか。いったい何を捨てるんですか」
趙州「それなら担いでゆけ」

お解りだろうか。趙州和尚は何を担いでゆけと言ってるのか。
答えは、「一物不将来」という意識なのである。
 妄想を払うことは洗濯に似ている。煩悩の汚れを落とすのは大事なことだが、濯ぎこそもっと大事なのである。
「無一物」状態であっても、「無一物」という意識が残っていたら石鹸臭い。それこそ「鼻につく」というものだ。
そんな臭い意識を、担いで帰れと、趙州は言っているのである。

禅的生活
玄侑 宗久 (著)
筑摩書房 (2003/12/9)
P124

禅的生活 (ちくま新書)

禅的生活 (ちくま新書)

  • 作者: 玄侑宗久
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/08/02
  • メディア: Kindle版

 

禅定寺 京都府

そもそも人間は矛盾している

河合 ~前略
 ぼくがずるさと言っているのは、もう少し違う言い方をすると、人間の思想とか、政治的立場とか、そういうものを論理的整合性だけで守ろうとするのはもう終わりだ、というのがぼくの考え方なのです。
人間はすごく矛盾しているんだから、いかなる矛盾を自分が抱えているかということを基礎に据えてものを言っていく、それは外見的にみるとやっぱりずるいわけですね。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく
河合 隼雄 (著), 村上 春樹 (著)
新潮社 (1998/12)
P74

村上春樹、河合隼雄に会いにいく(新潮文庫)

村上春樹、河合隼雄に会いにいく(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/12/23
  • メディア: Kindle版

 

人間が真理の中に住み且つ行為することを、神様が目ざしていたのだったら、神様は世界の作り方を変えねばならなかっただろう。
(「格言と反省」から)

ゲーテ格言集
ゲーテ (著), 高橋 健二 (翻訳)
新潮社; 改版 (1952/6/27)
P72

 

ゲーテ格言集(新潮文庫)

ゲーテ格言集(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/04/22
  • メディア: Kindle版

 

 

糸井 人って、そうだと思うんですよ。
 本屋で週刊誌を買うときに、一番上にあるものじゃなくて、ついその下の2冊目を手に取っちゃうじゃないですか。一番上が破れたり折れたりしてるならしょうがないけど、明らかにきれいな本が上にあるときも、ぼくは2冊目を取ってしまう。
どうしてそういうことをするかなぁ、って自分でも思うけど、やっぱり2冊目を選んじゃう。これ、誰にでも経験あると思うんですよ。
早野 そうですね。
糸井 だから、その非科学的なことも、みんなの中に普通にある。でも、もしかしたらその「2冊目の週刊誌を取る」というような行動こそが、知らず知らずに風評被害みたいなことにつながってるのかもしれない。~後略

知ろうとすること。
早野 龍五 (著), 糸井 重里 (著)
新潮社 (2014/9/27)
P14

 

知ろうとすること。(新潮文庫)

知ろうとすること。(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/05/01
  • メディア: Kindle版

 

 

 人間を動かしているのは感情であって、理屈ではない。頭でっかちはロジックで人を説得しようとし、時として高圧的に論理で相手を追いつめてしまう。そこで論破しても、相手は動かない。
そういうことをされたことを「馬鹿な屁理屈で、人前で恥をかかされた」と憎しみとともに一生忘れないのがオチだろう。

頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法
田村耕太郎 (著)
朝日新聞出版 (2014/7/8)
P82

 

頭に来てもアホとは戦うな!

頭に来てもアホとは戦うな!

  • 作者: 田村耕太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/09/25
  • メディア: Kindle版
京都府 東福寺

名利に迷うな

P207
  [第三十八段] 名利に追いまくられて、静かな暇もなく、一生を苦しめるのは、実に愚かなことである。

財産が沢山あると、身を守るすべがわからない。「財産」は、あやまちを求め、悩みを招く仲介となる。
~中略~
黄金は山に捨て、珠玉は淵に投げるがよい。名利に迷うのは、極めて愚かな人である。
 不朽の名を長く後世に残すということこそ、望ましいことにちがいないが、位が高く、身分の尊いのを、必ずしもすぐれた人とはいえない。愚でつまらぬ人間でも、家柄に生まれ、めぐり合わせがよければ、高い位にのぼり、驕りをきわめる者もある。
すぐれたえらい賢人・聖人でも、自分からもとめて、低い位におり、時運に合わないで終わってしまうという場合もまた多い。 それゆえ、ひとえに高位・顕官を望むのも、次に愚かである。
 智慧と心ばせとにおいてこそ、世に抜きんでているという誉をも、残したいものであるが、しかしながら、よくよく考えてみると、誉を愛するというのは、世間のよい評判を喜ぶのである。
誉める人間も、そしる人間も、ともにそう長くはこの世に留っていない。それを聞き伝える者もまた、じきに死んでしまう、とすれば、誰にはじ、誰に知ってもらいたいと願っても仕方がない。
(それに)、誉というものは、また、そしりの基になるものだ。
自分が死んだあとに、名が残ったとて、何等の益もない。これを望むのも、次に愚かである。 ~後略

[第七十四段] 蟻のように集って、東西に急ぎ、南北に走る人間たち。身分の高い者もあり、いやしい者もある。年老いた者もあれば、若い者もある。めいめい行く所があり、皆帰る家がある。夕に寝ては朝に起きる。,br> 一体全体、人間のやっていることは何なのか。生を貪り、利を求めて、やむ時もない。身体を養って、何を期待するのか。待ちもうけるのは、ただ老と死とだけである。この二つのものが来るのは急速で、ちょっとの間も、とまらない。
これを待っている間、何の楽しみがあろうか。
迷っている者は、これを恐れない。名利に目がくらんで、(死の)せとぎわが迫っているのを考えないからだ。
愚かな人は、死期が迫っていることを悲しむ。何時までも生きていたいと願って、万物は変化するものだという理法を知らないからである。

徒然草―現代語訳
吉田 兼好 (著), 川瀬 一馬
講談社 (1971/12)

徒然草 (講談社文庫)

徒然草 (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/09/20
  • メディア: Kindle版

よく名利の二つと申しますが、名のほうが利より強い。人を動かすのも、利よりも名のほうが重いのです。
 この名利の二つから逃げることの困難さを思えば、愛欲というようなものは、まだ容易です。つまりお金によって女性から逃げることもできるし、場合によっては得ることもできる。
 やはり最終的なものは名です。なぜかといえば、虎は死して皮を残し、人は死んで名を残す、すなわち人間の永遠を願う感情がそこにはあるからです。
つまり自己をどこまでも延長させたい、たとえ死んでも名だけは残したい、という悲痛なる人間の欲望はそこには込められているからです。
 言うまでもなく、それは死に対する恐怖の裏返しです。もし人に死というものがなかったならば、私は名を求める人は一人もいないと思います。死が打開できたならば、名誉など何ものでもない。死があるこそ、人は名を求めるのでしょう。
~中略~
 生きているものが死ぬということ、これほどあわれなことはありません。生と死ほどの大きな開きのあるものは、およそこの世にはありますまい。

なぜ、いま禅なのか―「足る」を知れ!
立花 大亀 (著)
里文出版 (2011/3/15)
P90

なぜ、いま禅なのか―「足る」を知れ! (名著復活シリーズ)

なぜ、いま禅なのか―「足る」を知れ! (名著復活シリーズ)

  • 作者: 立花 大亀
  • 出版社/メーカー: 里文出版
  • 発売日: 2011/03/15
  • メディア: 単行本

 三三 もうしばらくすれば君は灰か骨になってしまい、単なる名前にすぎないか、もしくは名前ですらなくなってしまう。そして名前なんていうものは単なる響き、こだまにすぎない。
人生において貴重がられることはことごとく空しく、腐り果てており、取るに足らない。また我々は互いに咬みあう小犬や、笑ったかと思うともう泣く喧嘩好きの子供と選ぶところはない(32)。
信仰とつつしみと正義と真実は ひろやかなる道のかよえる地上よりオリュンポスのかなたへ(33) 去って行ってしまった。
~中略~
それならば残るのはなにか。消滅か、もしくは他に移されるのをいさぎよく待つことだ(35)。その時がくるまで、どうすれば足るのか。神々をうやまい讃え、人間に善事を施し、彼らを「耐え忍び我慢すること(36)」以外のなんであろう。
またすべての君の哀れな肉体と小さな息の及ぶところにあるものは、君のものでもなければ君の自由になるものでもないのをおぼえていることだ。

マルクス・アウレーリウス 自省録
マルクス・アウレーリウス (著), 神谷 美恵子 (翻訳)
岩波書店 (1991/12/5)
P90

マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫)

マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫)

  • 作者: 神谷 美恵子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/12/18
  • メディア: Kindle版

求菩提山 福岡県

有の以て利と為すは、無の以て用を為せばなり

三十の輻(ふく)、一つの轂(こく)(住人注;車輪の中心)を共にす。その無に当って、車の用有り。
埴(しょく)を埏(かた)めて以て器(うつわ)を為(つく)る。その無に当って、器の用有り。
戸牖(こゆう)(住人注;戸や窓)を鑿(うが)ちて以て室(むろ)を為る。その無に当って、室の用あり。
故に有の以て利と為すは、無の以て用を為せばなり。

老子
小川 環樹 (翻訳)
中央公論社; 改版 (1997/03)
P30

老子 改版 (中公文庫 お 25-2)

老子 改版 (中公文庫 お 25-2)

  • 作者: 小川 環樹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1997/03/01
  • メディア: 文庫

 

求菩提山 福岡県

真実はつかまえどころのない

P158
  人間の行動を研究する場合、真実はつかまえどころのないというよりは、「液体」だと考えるようになった。
四方八方から流れ込み、あらゆる角度から穴を開ける。

研究者にとって危険なのは、真実と偽りを混同することではない。何についても断定できると思い込んでしまうことだ。
人間の行動に関しては、真実はもっと広大で、大海のようなものだ。

P169
人は、満足しながらも変化を求める。関係性は、いらだちを感じさせると同時に満ち足りたものにもなり、共生的であると同時に自由でもある。
私たちは日々、その中で生きていて、すでにこのことを知っている。私は夫を愛しているが、腹を立てることもしょっちゅうだ。

 

 これが、実際、人の人たるゆえんだろう。ともに生きるために、内的一貫性は必要ない。
私たちは、私たちにとっての真実が様々であり、整然とした秩序に従うには人生は短すぎると感じている。

ヤンミ・ムン (著), 北川 知子 (翻訳)
ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業
ダイヤモンド社 (2010/8/27)

ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業

ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業

  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2010/08/27
  • メディア: 単行本

 

 自分の眼がどこまでも遠くを見ることがないように、生身の体を持ったわたしたちの体験の範囲と距離は、いつも限られているのだ。
~中略~

 それなのに、大きいだの小さいだの、固いだの柔らかいだの、と勝手に判断している。
さらに、他の生き物についても勝手に判断している。
つまり、最初から限界があるのに、自分たちの判断が間違っているかもしれないということに気づかないでいる。これが、人間であることの大小さまざまの宿命なのだ。
「曙光」

超訳 ニーチェの言葉
白取 春彦 (翻訳)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/1/12)
052

 

超訳ニーチェの言葉

超訳ニーチェの言葉

  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2012/10/18
  • メディア: Kindle版

 

P110
イエス
 あなた方は真理を知るだろう。そして真理はあなた方を自由にする。
ヨハネ伝
P111
ブッダ
 真理に基づいて行動する人は、この世でもあの世でも幸せになれる。

今枝 由郎 (翻訳), 鈴木 佐知子 (翻訳), 武田 真理子 (翻訳), マーカス・ボーグ
イエスの言葉ブッダの言葉
大東出版社 (2001/10)

 

 

イエスの言葉ブッダの言葉

イエスの言葉ブッダの言葉

  • 出版社/メーカー: 大東出版社
  • 発売日: 2022/11/17
  • メディア: 単行本

 

求菩提山 福岡県

「いい加減」が大切

P226
  「太刀づかいに、強い太刀、弱い太刀というような区別があっていいはずがない。
強く、と思って振る太刀は荒っぽい太刀になる。荒いばかりではかてるものではないのだ。
また、強い太刀といったところで、人を斬るとき無理に強く斬ろうとすれば斬れるものではない。試し斬りなどのときでも、強く斬ろうとすればうまくゆかないものである。
敵と斬りあうとき、これは強く斬ってやろうとか、これは弱くなどと思うはずがないではないか。ただ敵を斬り殺そうと思うばかりであって、強くとか弱くとかは考えない。
敵が死ぬようにと、これだけを思うのである」
(他流において強みの太刀ということ)

P232
「力を強く入れた太刀づかいで相手の太刀を打ちこめば、どうしても打ち過ぎてしまい、悪い結果となるだろう。相手の太刀に強くあたった自分の太刀は、動きが遅れてしまうからである。
集団の合戦にしても同じことである。こちらが強い軍勢を用意して、闘いに強く勝とうとすれば、敵も備えを強くするし、強い闘いをしようとするだろう。敵も味方も同じことである」
(他流において強みの太刀ということ)

奈良本 辰也 (著)
宮本武蔵 五輪書入門
学習研究社 (2002/11)

宮本武蔵 五輪書入門 (学研M文庫)

宮本武蔵 五輪書入門 (学研M文庫)

  • 作者: 奈良本 辰也
  • 出版社/メーカー: 学研プラス
  • 発売日: 2002/11/18
  • メディア: 文庫

 

英彦山 福岡県

天職は出会うものではない

俺の口から「天職」だとか「ゴルフの神様」だとか、気障(きざ)な台詞が出るようになったのも、それなりの「道」があるからだよ。
ゴルフなんて、最初から天職だったわけじゃない。
青木功

40歳の教科書NEXT──自分の人生を見つめなおす ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編
モーニング編集部 (編集), 朝日新聞社 (編集)
講談社 (2011/4/22)
P20

40歳の教科書NEXT──自分の人生を見つめなおす ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編

40歳の教科書NEXT──自分の人生を見つめなおす ドラゴン桜公式副読本『16歳の教科書』番外編

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/04/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

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「何が天職であるかを本質的に教えてくれるのは、内面からの深い喜びがあるかどうかだ。仕事を苦しみと見なしがちな社会の中で、この考え方は革命的であるが、真実である」
教育者 パーカー・パーマー

ハーバードの人生を変える授業
タル・ベン・シャハー(著), 成瀬 まゆみ (翻訳)
大和書房 (2015/1/10)
P25

ハーバードの人生を変える授業

ハーバードの人生を変える授業

  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2014/03/07
  • メディア: Kindle版


英彦山 福岡県

「つながりの自己観」と「アトム的自己観」の間

P183
 第一章で、認知能力の低下を恐れる理由に、日米の文化差があることを述べました。
日本の回答者は圧倒的に「他者」に迷惑をかけるから、アメリカ人は自己の自立性が失われるから恐怖する。
自己の存在を考えるとき、常に他者(特に身内の者)の存在を意識しているか、あるいは一つの独立した「宇宙」として自己を自覚しているのか―ヘーゼル・マーカスとシノブ・キタヤマは前者のような文化的自己感を「相互協調的自己観」、後者を「相互独立的自己観」と名づけました(註⑮)。
これらの名称は硬すぎるので、わたしはそれぞれ「つながりの自己観」、「アトム的自己観」と呼びかえています。
「アトム的自己」では自己は、他者から切り離された独立した「宇宙」(「世界」といってもよいでしょう)であり、利己的な判断・意思決定・行動主体です。
他者もそのような存在として理解され、何かを成し遂げようとするとき考慮に必要な関係項は、自己の才能、性格、野心、欲求などであり、他者はその目的を達成するための二次的存在に過ぎません。
この種の自己観の持ち主にとって、他者が敵か味方に分かれやすいのも自然でしょう。競争が激烈な社会では敵味方の感覚はさらに強まりますから、認知能力の衰えは自己という宇宙主体の崩壊と感じられるのも当然です。
こうした「アトム的自己」は、北米やヨーロッパの文化圏に支配的に見出されます。
「つながりの自己」にとって、他者は切っても切れない、つながった存在です。(このときの他者は同じ集団、世間の一員として認識される者であって、明らかに異質な者は入りません)。
何かを行なおうとするとき、無意識的に他者の意向が関係項として入ってきますから、他者に迷惑をかける存在になるのを恐れます。

P188
「アトム的自己」は、ホッブス的世界、性悪説の世界を想定します。その判断や意思決定に必要な関係項は、自己の持つ能力、意思といった純然たる内的要因だけであり、それは切り離された宇宙、利己的思考・行動主体です。他者も同様に利己的思考・行動主体として理解されていますから、自己の欲するものを追求する場合に他者は競争相手であり、潜在的な敵になります。
競争するのごく自然であり、相手が自分と対等かそれ以上のときは競争のルールを作るが、自分より劣る場合には、その差を拡大するか保つ工夫をします。圧倒的にこちらが優位ならば、相手を征服し奴隷にすることも厭いません。
 他方、「つながりの自己」が選択されると、意思決定や行為において他者の意向を常に考慮する煩わしさはあるものの、他者が自己の生存に必須であるという深層意識的理解は、他者が「善」であること前提にします。

 

P204
「アトム的自己」であるアテネ市民の民主制度は、膨大な数の奴隷労働によって支えられていました。それはローマ帝国においても同様で、ジュリアス・シーザーの時代、奴隷は人口のじつに四割を占めていたのです(註⑦)。
 古代日本の倫理意識は、古代地中海文明に比べると極めて平等主義的です。奴隷労働の伝統は、西洋にはずっと後代まで残っていました。日本では一〇世紀の延喜式に「奴婢解放令」が出されていますが、アメリカ合衆国の「奴隷解放令」は、一九世紀も後半になってからでした。~中略~
和辻哲郎によれば、「日本の国家は、人民の生活を保障するために、生活に必要な程度の生産手段を均等に分配しようとしたのであって、収税を第一の眼目とはしていないからである」(註⑧)。和辻の言うとおり、班田収授の精神は、人民の生活を平等に保証し、「量的平等の正義」をねらっています。

「痴呆老人」は何を見ているか
大井 玄 (著)
新潮社 (2008/01)

「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書)

「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書)

  • 作者: 大井 玄
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/01/01
  • メディア: 新書

 

 

 

英彦山 福岡県