2026年1月14日水曜日

革命

 民族や国家の治乱興亡を概観すると、最初に革命創業という時代がある。この「革命」という言葉だが、これはやはり東洋哲学の「命」という言葉から出てきたのです。revolutionという言葉を訳して作った言葉ではない。これは二千年の昔からある言葉です。
「命」を革(あらた)める―つまり「宿命」を知って「立命」をすることを「革命」という。~中略~
革命ができる人物というのは非常に自主的・創造的人物です。自主性・主体性のない付和雷同するような者は革命的人物ではない。
そこで革命創業の際は必ず自主的・創造的人物が現われる。こういう人は最も溌剌とした、型にはまらない、機械的な考え方に捉われない想像力旺盛な人であるから、英雄豪傑型が多い。

知命と立命―人間学講話
安岡 正篤 (著)
プレジデント社 (1991/05))
P100

人間学講話第6集 知命と立命 (安岡正篤人間学講話)

人間学講話第6集 知命と立命 (安岡正篤人間学講話)

  • 作者: 正篤, 安岡
  • 出版社/メーカー: プレジデント社
  • 発売日: 1991/05/27
  • メディア: 単行本

 


 継之助の考えでは、物事をやろうとするとき、その発想点はできるだけ簡単明快でなければならぬ。複雑で欲深な発想や目的意識は結局、あぶ蜂とらずになる、と継之助はおもう。
(たとえば、こういうことだ。藩のためにもなり、天下のためにもよく、天朝もよろこび、幕府も笑い、領民も泣かさず、親にも孝に、女にももてる、というようなばかなゆきかたがあるはずがない)
 ということであった。そういうことを思いつく人間というのは空想家であり、ほらふきであり、結局はなにもしない。
(なにごとかをするということは、結局はなにかに害をあたえるということだ)
 と、継之助は考えている。何者かに害をあたえる勇気のない者に善事ができるはずがない、と継之助は考えている。
 継之助が学んだ儒教というものは、結局は政治と社会を改造しようという思想である。孔子も孟子も王侯に説くための方便としてそれを露骨に表には出さなかったが、しかし儒教のエネルギーにはそういうものが根底にある。

峠 (中巻)
司馬 遼太郎
(著)
新潮社; 改版 (2003/10)
P207

峠(中) (新潮文庫)

峠(中) (新潮文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/10/25
  • メディア: 文庫

法華寺 奈良県

分業

P9
分業には作業の分割と職業の分化とがあり、それらは労働の生産力を増進させる最大の原因である。

P31
スコットランドのハイランド(スコトランド中部以北の高地地方のこと。おくれた農業を特徴とした)のような人里離れた地方に点在する孤立した家々や小さい村々では、農業者はだれも自分自身の家族のために、肉屋にもなり、パン屋にもなり、また酒屋にもならなければならない。

P39
分業がひとたび完全に確立すると、人が自分自身の労働の生産物によって満たすことのできるのは、かれの欲望のうちごく小さい部分にすぎなくなる。かれは、自分自身の労働の生産物のうち自分自身の消費を上回る余剰部分を、他人の労働の生産物のうち自分が必要とする部分と交換することによって、自分の欲望の大部分を満たす。

このようにして、だれでも、交換することによって生活し、いいかえると、ある程度商人となり、そして社会そのものも、まさしく商業社会とよべるようなものに成長するのである。 


国富論 (1)
アダム・スミス (著), 大河内 一男 (翻訳)
中央公論新社 (1978/4/10)

国富論 1 (中公文庫 D 20)

国富論 1 (中公文庫 D 20)

  • 作者: アダム スミス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1978/04/10
  • メディア: 文庫

P68
私は散歩中に、自分の家を建てるという、ごく単純で、当たり前な仕事に従事している人に一度も出会ったことがない。
われわれは共同社会に属している。「仕立屋は九人集まって一人前」という諺があるけれど、これは仕立屋だけでなく、牧師にも商人にも農民にもあてはまる。
一体この分業はどこまでいったら終わるのだろうか?そして結局、どのような目的に役立つのか?
もちろん他人が私の代わりに、ものを考えてくれてもよいが、だからといって他人が私自身の考えを排除しようとするならば、望ましいことではない。

P76
必要な本を読み、自分が発掘して鎔かした鉱石から自分のジャックナイフを造った少年と、その間、研究所で冶金術の講義を聴いて、父親からロジャースの懐中ナイフ(英国のシェフィールドで造られる高級ナイフ)をもらった少年と比べた場合、一ヵ月後にどちらが知的進歩を遂げたであろうか?
どちらが自分の指を切る可能性が多いだろうか?
~中略~
貧乏な学生でさえ、政治経済学だけを学び、教えられているのに、哲学と同義語にあたる生活の経済学などは、わが国の大学で真面目に教えられたことはない。
その結果、学生はアダム・スミスやリカードやセーを読んでいるうちに、自分の父親は借金で火の車となっている。

P81
アーサー・ヤングその他、多くの農業に関する有名な書物に畏れることもなく、私が二年間の経験から学んだことは、もし人間が簡素な生活を営み、自分で栽培した作物だけを食べ、必要以上のものは栽培せず、しかも、その作物をわずかな量の贅沢品や値段の高い物と交換などしなければ、ほんの数ロッド(一ロッドは約二十五・三平方メートル)の土地だけ耕せばそれで十分であろう。

森の生活
D・ヘンリー・ソロー
(著), 佐渡谷 重信 (翻訳) (著)
講談社 (1991/3/5)

森の生活: ウォルデン (講談社学術文庫 961)

森の生活: ウォルデン (講談社学術文庫 961)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1991/03/05
  • メディア: 文庫

 

秋篠寺 奈良県

権力とは


権力はその発動を要請する者がおり、その要請に応じ、それを実行しうる者に集中していく。この原則はヒトラーであろうと、ルーズベルトであろうと、田中角栄であろうと変わりはしない。そして権力者の没落はこのことを忘れて、自分の意思通りにすべてが強行できると誤認したときか、要請に対応する能力を失ったか、何も要請されなくなったときに起る。

「御時世」の研究
山本 七平 (著)
文藝春秋 (1986/05)
P74

御時世の研究

御時世の研究

  • 作者: 山本 七平
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1986/05/01
  • メディア: ハードカバー

アメリカで国会議員を目指すものの最大のゴールがロビイストだという。引退・落選議員の3~4割がワシントンDCのKストリートでロビイストになっている。
 議員時代より自由で羽振りもいい。なぜこの仕事がそんなに栄えるのか?それはビジネスが権力を欲しているからだ。「海軍より海賊になれ」と自社の社員に訴えていたスティーブ・ジョブズに代表されるように、シリコンバレーの企業家たちは権力や規制に反抗する傾向がある。最近でも有名企業家たちが「シリコンバレーはアメリカから独立すべきだ」と叫び、話題になった。
 ところが、これら権力から距離を置きたがっている企業家たちだが、彼らも成長するにしたがって、さまざまな規制や税制の壁にぶち当たる。グーグルやフェイスブックも巨額のロビイング費用を支払い始めた。 ~中略~
 権力に復帰した自民党には、さまざまな業界から陳情が相次いでいる。権力に無縁と思われたベンチャーキャピタルやファンド業界も、今や協会を作って役所や政治家に働きかけているのだ。規制や税制を握る政治権力が、ビジネスに必要なのは言うまでもない。いくらいいビジネスモデルでも権力との付き合い方を誤れば、税や規制の変更で一気に収益は吹っ飛んでしまう。

頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法
田村耕太郎 (著)
朝日新聞出版 (2014/7/8)
P143

頭に来てもアホとは戦うな!

頭に来てもアホとは戦うな!

  • 作者: 田村耕太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/09/25
  • メディア: Kindle版

秋篠寺 奈良県

NIMBY(ニンビー)

 英語の国には「NINBY」(ニンビー)という言葉がある。Not In My Back Yardの頭文字で「私の家の裏庭はイヤ」って意味。
たとえば在日米軍基地の九割が沖縄にあるのは不公平だと言うけれど、自分の街に移転してくるのは絶対反対、というようなこと。ごみ焼却場、墓地も同じだ。
 人間って、なんて自分勝手なんだろうね。「よいことをしながら悪いこともする、それが人間ってものよ」。池波正太郎の名作「鬼平犯科帳」にはこのフレーズが何度も出てくる。ある意味真実なのだけれど、やっぱりブレないのが断然格好いいと思う。

気になる科学 (調べて、悩んで、考える)
元村有希子 (著)
毎日新聞社 (2012/12/21)
P215

気になる科学 調べて 悩んで 考える

気になる科学 調べて 悩んで 考える

  • 作者: 元村 有希子
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞出版
  • 発売日: 2013/07/20
  • メディア: Kindle版

 

P27
 前述の正論―「代議士とは国権の最高機関である立法府の一員であっても、選挙区の利益代表ではない。あの橋もこの道路もトンネルもオレが造ったなどという言葉、簡単にいえば、国費による利益導入という形で選挙区ぐるみ”買収”するような行き方は、民主主義の根底を崩す」は、だれも反論できない「正論」であろう。だがこの正論に、「そうではない。それは国民に平等の生活権が保障されたときにはじめていえる言葉だ」という意味の主張を掲げた最初の人間は(住人注:田中)角栄でもなく新潟県人でもなく山形県選出の代議士松岡俊三であった。
角栄の風土 」は昭和二十一年公職追放で議場を去るまでの彼の主張と足跡を簡単に記している。
そのスローガンは一言でいえば「暖国政治の打破」であり、これは日本国内の「南北問題」だといえる。
明治以降の日本は簡単にいえば薩長を中心とする温暖地が、戊辰戦争で「朝敵」となった寒雪地を支配し搾取した歴史であり、松岡は昭和五年浜口内閣に提言した「雪害建白書」でこれをアメリカの南北戦争以前に類比している。~中略~
田中角栄が「ブルドーザー」の如くに処理して行った問題は、昭和初期に問題として提出され、解決のための発想も提示されながら、戦争のために放置されて来た問題が多い。民選知事岡田(住人注;新潟県初代民選知事岡田正平)は昭和五年の松岡の言葉「天の恵みが薄い雪国に住むわが同胞は、同じ皇民であるにもかかわらず、政治から常に阻害され、一年中、天恵に浴する南方の同胞に比べて実に雲泥の差の境遇に置かれている」
雪国日本人がいまなお無知、鈍重であることを理由に、政府が捨てて顧みる必要がないとするならば、帝国の将来は危うい。千古の昔から不満をのべず、黙々として今日に及ぶ雪国日本人もまた皇民であることを考え、将来に悔いを残すようであってはならない」

P41
あふれるばかりの陳情客。彼らはまずその数に圧倒された。「いやあ、いやあ」と現れた田中(住人注;田中角栄)に小地谷越山会会長が説明を始めると、驚いたことに田中は同盟休校のこともコルゲートを巻いたこともすでにすべてを知っていた。「とっくに終わったもんだと思ってたら、まだそんなことを言っているのか。オーイ山田!」彼は公共事業担当の秘書山田泰司を呼んだ。
絶対動かないと思って半ば諦めていたことが、この一言とともに動き始めたのである。そしてすべてが想像もできない早さで進んでいく。そしてひとたび進み出せば金脈事件による田中退陣もロッキード事件も関係なく進行していき、いつの間にか幹線動脈(国道十七号)の迂回線という大義名分も用意され、ものの見事に貫通する。総事業費十億五千万円、延長五百十三メートル、幅員七メートルの自動車道である。
このことをどう評価するのか。「あの道路はオレが造った。あの橋はオレがかけた。あのトンネルはオレが完成した」といえることが、代議士の職務なのか。彼らは国権の最高機関たる立法府の一員なのか、地域の利益代表者なのか、地域エゴの代弁者なのか。果たしてそれでよいのか。
「新潟三区の人間は政治意識が低いからロッキード事件の刑事被告人を二十二万票の最高点で当選させたのだ」という言葉がる。否もっとひどい「塩谷の人は字が読めないのではないか(それを田中が利用した)」といった発言すらある。これは前述の松岡が言った「無知、鈍重」を連想さす、いわば「暖国人」が「寒雪人」の山間僻地の人を無知文盲あつかいにした言葉だが、こういう侮蔑的な言葉を投げることで問題が解決するのであろうか。
 そこにはあらゆる問題がある。松岡俊三から岡田正平の「朝敵連盟」に至る「寒・暖格差」という問題もあるであろうが、同時に日本の行政機構が救い難いタテ割りセクト主義であることにもある。

P44
 国家より地域偏重の田中政治―学生らの素朴な声は大方の批判と軌を一にする。このやりとりに福岡(住人注;福岡政行)は学者の立場で興味を示す。批判を浴びる田中政治だが、そこには「政治家の命題である〈国会議員は地域ではなく国家の代表であるべき〉と二者択一の論理の見直しを迫るものがある」と―」
 問題はここにあるだろう。ではこのタテマエ論である「二者択一の論理」はどう見直されるべきものなのか。
そこには「地域エゴ」という言葉を塩谷の人はどう受けとるであろうかという問題がある。彼らは「所詮、暖国の人間には理解できまい」と唇を噛むだけだが、言いたいことは次の言葉ではないだろうか。「そういう発言をする学生が受益者である地下鉄はわれわれ出稼ぎが腰まで水につかりながら最低の日当で掘ったものだ。学生が使う高速道路も同じだ。それだけではない。経済成長の下積みはすべてわれわれだ。だがその受益者は暖国地区に限られ、われわれは苦労しただけで何の恩恵も受けていない。それを自覚さえしないのが本当の地域エゴではないか」と。

「御時世」の研究
山本 七平 (著)
文藝春秋 (1986/05)

御時世の研究

御時世の研究

  • 作者: 山本 七平
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1986/05/01
  • メディア: ハードカバー

 

奈良県 西大寺

ミルトンモデル

P134
 あなたは、これまで、とても頑張ってきました。

 また、多くのことを乗り越えてきました。
 だから、これからも、どのようなことがあっても、乗り越えていけるのです。  そして、さらに大きな可能性が広がるでしょう。
 この文章を読んで、どのように感じたでしょうか?何か肯定的な感覚が感じられたのではないかと思います。
 この文章には、抽象的な表現が多く使われています。たとえば、「とても頑張ってきました」という表現では、具体的に何を頑張ってきたのかが示されていません。読み手が、自分で自由に意味を解釈することができるため、抵抗が起きにくく文章を受け入れやすくなっています。
 NLPでは、こうした抽象的な表現が体系化されています。催眠療法家のミルトン・エリクソンの言葉の使い方をモデル化したもので、「ミルトンモデル」といいます。

P150
 抽象的な表現は多くの人にあてはまります。そのため、ミルトンモデルは、プレゼンテーション、講演、広告など、一対多のコミュニケーションで使うのも効果的です。
 たとえば、講演では、「今日は熱心な方々にお集まりいただき、ありがとうございます」「リラックスしながら、楽しんでいただければと思います」といった表現がよく用いられます。
 政治家も、「国民のために、全力を尽くします「」という表現をよく使います。

P88
 私たちは、言葉を使ってコミュニケーションをしますが、言葉は不完全です。脳の中にある情報が言葉になる過程で、省略・歪曲・一般化といった変形が起きます。
そして、省略・歪曲・一般化された情報は、質問によって回復することができます。これを「メタモデル」といいます。

 

P151
 コミュニケーションにおいて、相手がミルトンモデルを使っているときは、メタモデル(→P88)の質問で応じることができます。
 たとえば、「人気の商品です」と言われたときは、「具体的には、どのような人に人気があるのですか?」と質問することができます。
~中略~
 ミルトンモデルによって省略・歪曲・一般化された情報を、メタモデルの質問によって取り戻すころで、誤解を減らし、主体的に人と関わることができるようになります。

脳と言葉を上手に使う NLPの教科書
前田 忠志 (著)
実務教育出版 (2012/3/23)

脳と言葉を上手に使う NLPの教科書

脳と言葉を上手に使う NLPの教科書

  • 作者: 前田 忠志
  • 出版社/メーカー: 実務教育出版
  • 発売日: 2012/03/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

奈良県 西大寺

2026年1月10日土曜日

他人と比べるな

P32
  相対性は(相対的に)理解しやすい。しかし、相対性には、絶えずわたしたちの足をすくう要素が一つある。

わたしたちはものごとをなんでも比べたがるが、それだけでなく、比べやすいものだけを一所懸命に比べて、比べにくいものは無視する傾向がある。

P42
相対性は人生における決断を助けてくれる。けれども、わたしたちをとんでもなく惨めな気持ちにさせることもある。
なぜだろう?
嫉妬やひがみは、自分と他人の境遇を比べるところから生じるからだ。
 モーセの十戒で、”隣人の家、畑、男女の奴隷、牛、ろばなど、隣人のものを一切欲しがってはならない”(「聖書 新共同訳」)と戒めたのも、それなりの理由があったわけだ。

P44
給料の多さと幸福感のあいだに、私たちが思っているほど強い関連がない(というより、むしろ関連は弱い)ことは、これまで繰り返し立証されている。

研究によれば、「もっとも幸福な」人々が住んでいるのは、個人所得がもっとも高い国ではないこともわかっている。
それなのに、わたしたちは、より高い給料を求めてやまない。そのほとんどはたんなる嫉妬のせいだ。
二〇世紀ののジャーナリストにして、風刺化、社会評論家、皮肉屋、自由思想家だったH・L・メンケンは言った。
いわく、給料に対する男の満足度は、(読者のみなさん、覚悟はよろしいか?)妻の姉妹の夫より多く稼いでいるかどうかで決まる。
なぜ、妻の姉妹の夫なのだろう?
それは、この比較ならぱっと目につくし、手っ取り早くできるからだ。

 

P49
ジェームズ(住人注:Hotornot.comという格づけ出会いサイトの創設者)は<ニューヨーク・タイムズ>紙にこう語っている。
”ボクスターの生活を送りたいとは思いません。だって、ボクスターを手に入れたら、つぎは911に乗りたくなりますからね。その911を持っている人たちが何に乗りたがっていると思います?
フェラーリですよ。
 これは、わたしたちがみんな活用できる教訓だ。
人は持てば持つほどいっそう欲しくなる。唯一の解決策は、相対性の連鎖を絶つことだ。

予想どおりに不合理[増補版]
ダン アリエリー (著), Dan Ariely (著), 熊谷 淳子 (翻訳)
早川書房; 増補版版 (2010/10/22)

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/10/22
  • メディア: ペーパーバック

  人間は弱いもので、常に自分を他人と比較して生きています。また比較しなければ、自分がどのような位置に立っているかを自覚できないものです。
~中略~

 この世にいるのが自分だけだとしたら、比較もないし、もしかしたら苦しみも生まれないかもしれません。他人がいて、それを比較する言葉があって、はじめて 自分の立っている位置を認識します。
比較ができるからこそ人類は進歩したのかもしれないし、比較こそが苦しみを生む原因なのかもしれません。
 これを「比較三原則」と私は勝手に呼んでいます。
”他人と過去と親”。この三つと自分を比較してはいけないのです。
~中略~

 悩みの根源が比較にあることに気づくことで、楽になれることも多いはずです。むしろそのことに気づかないままでいる方が、圧倒的に苦しい。

マイ仏教
みうらじゅん (著)
新潮社 (2011/5/14)
P172

マイ仏教 (新潮新書)

マイ仏教 (新潮新書)

  • 作者: みうらじゅん
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/07/01
  • メディア: Kindle版

 人は自分の値打ちを測るとき、とにかく他者と比べたがる。自分が他者をどう見るかばかりでなく、他者が自分をどう思うかをひどく気にする。そんな自他の比較に一喜一憂している。
 特に問題なのは、比較のものさしが、企業内のポストや社会的なステイタスである点だ。そういう肩書は、たしかに人間の”時価”を指し示しているかもしれない。しかし時価は必ずしも”真価”ではない。
人間の真価は結局、自分で自分を磨く以外にないはずだ。自ら納得できる生きかたをしたかどうかである。
 そうだとすれば、自分の値打ちは自分で自分を評価するよりほかない。
評価のものさしは、あくまでも目標と成果である。

経営の行動指針―土光語録
土光 敏夫 (著), 本郷 孝信 (編集)
産能大出版部; 新訂版 (2009/10/15)
P190

経営の行動指針―土光語録

経営の行動指針―土光語録

  • 出版社/メーカー: 産能大出版部
  • 発売日: 2009/10/15
  • メディア: 単行本

 禅でも、人と比較することを、「莫妄想(まくもうぞう)」という言葉で戒めています。
この「妄想すること莫(なか)れ!」という強い一言を残したのは、唐代の無業(むごう)禅師という人です。
~中略~ この一言には、単に「妄想するな」というメッセージだけではなく深い意味があります。一般的には、考えても埒(らち)があかないことをクヨクヨ考えることを「妄想」と言います。
しかしここでは、二元的な考え方にとらわれるなという意味で使われているのです。「いい・悪い」「成功・失敗」というように物事を二元化して、あれこれ思い悩むなということです。

怒らない 禅の作法
枡野 俊明 (著)
河出書房新社 (2016/4/6)
P125

怒らない 禅の作法 (河出文庫 ま 14-2)

怒らない 禅の作法 (河出文庫 ま 14-2)

  • 作者: 枡野 俊明
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2016/04/06
  • メディア: 文庫

 人は自らの体験に優れた成果を見て、それ以外の者たちを劣ったものと見なす。
 それこそが、苦しみを生む執着であると、賢者は悟る(理解する)。
 自分と他人を較べて「等しい」とも、「劣っている」とも、「優れている」とも考えてはならない(それらは新たな苦しみを生むからである)。
―スッタニパータ〈最上なる思考について〉の節

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
草薙龍瞬 (著)
KADOKAWA/中経出版 (2015/7/31)
P146

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」

  • 作者: 草薙龍瞬
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2015/07/29
  • メディア: Kindle版

 クラス会などで幸せそうな友だちをうらやましいと思う気持ちは、裏返せば、「人の不幸は蜜の味」という心理にどっぷり浸っていることになる。
たしかに、これも人の心理の一面であるのだが、なんだか自分が小さく感じないだろうか。
 人と比べて、そのたびに落ち込んでいるようでは、クラス会はパスしたとしても、どこにいても、誰と会っても心穏やかではいられないはずだ。
「私たちのいろいろの問題は・・・・・比べることに端を発している場合が多いのです」
 スリランカの仏教家アルボムッレ・スマナサーラはこう話している。
 人の幸せを自分と比べる。自分の不幸を人と比べる。過去の幸せといまを比べる。将来の幸せ(望み)といまを比べる。理想の幸せと現実を比べる。そうすると、不幸な気持ちになってしまうことが多いのである。

精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術
保坂 隆 (著)
大和書房 (2011/6/10)
P111

精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術 (だいわ文庫)

精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術 (だいわ文庫)

  • 作者: 保坂 隆
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2011/06/10
  • メディア: 文庫

 他人と自分を比べて、くよくよ思い悩み、劣等感を抱え込む人がいる。しかし、一概に「世界に一つだけの花」の歌のように、他者と比べるのは無駄というわけでもない。先に述べたように、主体性を意識し、ベンチマーク、つまり自分の居場所を確認するために他者と比べるのは有効だ。
~中略~
 そこで「世界に一つだけの花」を決め込んで、他者をまったく意識しないというのもおかしい。
「世界に一つだけ」になりたかったら、ほかの花がどんな花なのかよく知ったほうがいい。差別化戦略は、逆説的だが、他者の後追い戦略をしっかり立てることで見えてくる。
~中略~
 頑張っている他者のツイッターやフェイスブックのフィードを見て、やる気を出したり、やる気をなくしたりするくらいなら、見ない方がいい。

頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法
田村耕太郎 (著)
朝日新聞出版 (2014/7/8)
P170

頭に来てもアホとは戦うな!

頭に来てもアホとは戦うな!

  • 作者: 田村耕太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/09/25
  • メディア: Kindle版

権威とは実力と人格からにじみでてくるもの

前略~
 トップでもマネージャーでも、そのポストからじかに生まれる力をもっている。外から与えられた力である。これが権力(パワー)である。
この権力は伝家の宝刀だから、できるだけ抜かないほうがよい。これに対して、権威(オーソリティ)は、トップやマネージャーに必ず備わっているとはかぎらない。権威は内から自然に身についてくるものだからである。 実力と人格からにじみでてくるものだからである。この権威こそ大いに発揮してほしい。

経営の行動指針―土光語録
土光 敏夫 (著), 本郷 孝信 (編集)
産能大出版部; 新訂版 (2009/10/15)
P39

経営の行動指針―土光語録

経営の行動指針―土光語録

  • 出版社/メーカー: 産能大出版部
  • 発売日: 2009/10/15
  • メディア: 単行本

 

脚下照顧

P113
見栄や雰囲気に流されると自分自身を見失いやすくなる。
また、本物も見えにくくなる。
一度は流れの中で立ち止まって、足元を見つめることも必要だ。

橋本 保雄 (著)
感動を与えるサービスの神髄―ホテルオークラを築いた人間(おとこ)の経営学
大和出版 (1999/09)

感動を与えるサービスの神髄: ホテルオークラを築いた人間の経営学

感動を与えるサービスの神髄: ホテルオークラを築いた人間の経営学

  • 作者: 橋本 保雄
  • 出版社/メーカー: 大和出版
  • 発売日: 1999/09/01
  • メディア: 単行本

 

元ホテルオークラ副社長が説く実践的サービス論。
筆者は元ホテルオークラ副社長(現顧問)。

>>>脚下照顧

-6425b.jpg薬師寺3

P157
寮に懇親会、茶話会があって、入り口に足の踏み場がないくらいに履物が乱れている。これは心の乱雑を表すなによりの証拠だ。情けなくなって、学長自ら散乱している履物をそろえていたら、さすがに人間だからそれくらいの気はつく。その辺にいた学生が恐縮したような恰好をして手伝って整理した。それで「難しいことはいわないが、せめてわが履物くらいは揃えようじゃないか」と言ったら、それから揃えるようになった。
 禅寺へ行けば必ず禅僧が「脚跟下(きゃくこんか)を照顧せよ」という。かかとを跟という。脚跟下を照顧せよ。そういうことを自覚することから修行というものが始まる。
 人間の進歩、文明、文化というものは、突きつめると、孟子が断言したように、「自反」―自ら反(かえ)るというところにある。自分が自分に反ることをいい加減にして忘れて、外物に自分を奪われる。
徒(いたず)らに外物を追う、つまり自分を棚に上げてしまう。自己をおろそかにする、自己を疎外するというところからあらゆる間違いやら迷いやら、いろいろの失敗が起ってくる。

P274
 どうしても、自ら志を立てて実践するという心構えとか根本的生活態度というものを確立しないと、なにを言っても空論である。いかなる期待される人間像も理想社会もみな空論・幻影である。だから人間は機会あるごとに、己に反って己自らが考える。
王陽明と楊茂の聾唖の問答でいうならば、常に「多少の閑是非を省了」する必要がある。

知命と立命―人間学講話
安岡 正篤 (著)
プレジデント社 (1991/05))

 

人間学講話第6集 知命と立命 (安岡正篤人間学講話)

人間学講話第6集 知命と立命 (安岡正篤人間学講話)

  • 作者: 安岡 正篤
  • 出版社/メーカー: プレジデント社
  • 発売日: 1991/05/27
  • メディア: 単行本

 足元を見て、できることを積み重ねる。改善を重ねていく―こういう努力をは、自分の内側だけを見て、今立っている場所からスタートすればよいので、とてもラクだし、自然です。
もはや嫉妬とは無縁になります。努力する自分自身の道のりを、謙虚に楽しみながら生きています。

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
草薙龍瞬 (著)
KADOKAWA/中経出版 (2015/7/31)
P196

 

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」

  • 作者: 草薙龍瞬
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2015/07/29
  • メディア: Kindle版
薬師寺 奈良県

些細なことをまもり通す

 子ども心に残る祖母の台所の静けさは、実際の音の有無というより、乱雑さがなかったことから受ける印象が強く残っているのだと思う。
静けさはすなわち、いつでも料理にかかれる態勢が整えられていることを意味していた。まっ白に気持よく乾いた布巾を保つことは、祖母が一生かけてまもっていた心の支え。
夕食後にその日使った庖丁をきちんと晒(さらし)にくるんでしまうのは、刃物に対する敬意、そして女所帯の用心のよさでもあった。
布巾も庖丁も些細なことながら、それをまもり通すのは容易ではない。
青木奈緒

幸田文 台所帖
幸田 文 (著) , 青木 玉 (編集)
平凡社 (2009/3/5)
P248

幸田文 台所帖

幸田文 台所帖

  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2009/03/05
  • メディア: 単行本

 

私自身、基本的な事柄の徹底がいつも最重要課題として位置づけています。企業再生を請け負う時にも、最初に手がける意のは必ずといっていいほど「あいさつの徹底」です。
基本の徹底ができる組織をつくることが、会社にとって基本中の基本です。経営者の指示が現場で実行できる組織にならなければ、何を言っても始まりません。

 基本的で重要なことというのは、しばらく手を抜いて見ないでおくと必ずまたやらなくなるという特性があります。これは、気の緩みです。経営者としてはこうした現場の緩みを絶対に見逃してはいけないのです。
~中略~
 基本の徹底は、当たり前のことを当たり前にやるしかありません。経営には魔法の杖はないのです。

利益を3倍にするたった5つの方法―儲かる会社が実践している!
大久保 恒夫 (著)
ビジネス社 (2007/08)
P109

 

利益を3倍にするたった5つの方法: 儲かる会社が実践している!

利益を3倍にするたった5つの方法: 儲かる会社が実践している!

  • 作者: 大久保 恒夫
  • 出版社/メーカー: ビジネス社
  • 発売日: 2007/08/01
  • メディア: 単行本
大分県 天ヶ瀬温泉 天水

粒子線施設は原発のおまけ

P97
 適応患者は少ない。施設建設費も巨顎になる。ならば、何故これほど多くの粒子線治療施設が建設されてきたのか。改めて9ページのマップを見ると、粒子線治療施設は北海道、福島、茨城、福井、静岡、佐賀、鹿児島と原発立地県に多く作られていることに気づく。
 国会議員で唯一の原子力の専門家として原発事故問題を追求し、12年11月の衆議院解散をもって隠退した吉井英勝氏が指摘する。
「原発立地県に多いのは、電力会社をはじめとする日本の財界中枢が構成する”原発利益共同体”が「核の医療利用」「地元の科学技術発展」などを口実に、原発新設や再稼働を狙っているからです。
~中略~
 佐賀県に誘致の話が最初に持ちあがったのは、06年3月。九州電力が玄海原発3号機への導入を目指していたプルサーマル計画に対し、古川康知事が事前了解を出した時のことである。
~中略~ 宮崎泰茂県議が説明する。
「プルサーマル受け入れの見返りとして、知事らの地域振興策の求めに対して二階さん(住人注;当時の経済産業大臣だった二階俊博・衆議院議員)が『陽子線はどうですか?』と言ったのが発端だった。当初は、陽子線治療施設を予定していたんです。しかし、後に鹿児島で陽子線治療の計画が先行していることがわかり、重粒子線に切り換えていったのです」
~中略~

サガハイマットの設置費用は150億円とし、佐賀県の補助筋20億円と民間からの寄付や出資金で130億円を集める計画だった。 資金調達を率先したのは九州電力で、40億円に寄付も約束した。
~中略~
 ちなみに、粒子線治療施設の誘致に敗れた唐津市には、早稲田の中高一貫校が設置された。10年4月に開校されたが、九電はこの学校法人にも20億円を寄付している。原発立地県でなければ、常識的には考えられない”手厚さ”である。他の原発立地県の事情も、推して知るべしだろう。
 サガハイマットは見込み通りに寄付は集まらず、県は、国から交付された地域医療再生基金を取り崩して8億3000万円を追加補助する。
隣県の福岡県にも援助を乞い、5億9000万円の補助を受けている。九電の松尾新吾会長(現・相談役)は、福岡県の小川洋知事の後援会長を務める。
「資金繰りに困窮した古川知事が、九電の松尾さんに泣きついて橋渡ししてもらったのです。県境を越えた補助金など異例というほかはありません。~略」(宮崎泰茂県議)

P99
 鳥栖市内でレストランを経営する男性は、こう語った。
「がん患者のためと言ったって、300万円もする治療を受けられる人は限られると思います。いま鳥栖市には市民病院もなければ、公的なリハビリ施設もない。税金はもっと市民に身近な医療機関に使われるべきです」
~中略~
サガハイマットは、すでに30億円近くを金融機関から借りており、さらに追加借り入れを検討しているともいう。頼りだった九電の寄付も、業績悪化を理由にストップっしている始末だからだ。今後、年間25億円前後の運営費ものしかかってくる。患者がそのツケを支払わされることがないよう願うばかりである。

取材・文 亀井洋志(ジャーナリスト) 

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ
別冊宝島編集部 (編集)
宝島社 (2013/4/22)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2013/04/22
  • メディア: 大型本

 

本邦でも、あちこちに、「癌治療の目玉として」粒子線治療の設備はできるようである。まことわが同胞は箱モノが好きなのだなあと痛感する。基本的な感覚は整備新幹線と変わりがない。 そんなことをする暇と金があったら、絶対的に不足している放射線治療医や医学物理士を育成するべきであるが、そういう地道なことには予算がつきにくいのであろう。新聞記事にもならないしね。  粒子線治療などは莫大な設備投資がかかる。一旦できてしまったものは、壊すに壊せない。その費用を回収するために、必要のない患者さんにまで、高い金をとって粒子線治療を行うことが近い将来起こるであろう。 すでに米国からは、従来陽子線治療の非常によい適応とされていた前立腺癌治療においても「通常の」放射線治療の治療計画の改善によって、陽子線はコストパフォーマンスが悪すぎるという論文が出されている。  本来設備は、これこれで必要だからこのくらい作る、というものであって、まずは「最新鋭の」ものを作ってから使い道を考える、のではないはずである。しかしわが国は、戦艦大和以来、後者のやり方が主流のように思えるのは私だけだろうか。

偽善の医療
里見 清一 (著)
新潮社 (2009/03)
P184

 

偽善の医療 (新潮新書 306)

偽善の医療 (新潮新書 306)

  • 作者: 里見 清一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/03/01
  • メディア: 新書
佐賀県 名護屋城跡