過度に成熟したカテゴリーから生まれる多すぎる選択肢に人々がどのように対応するか
①知識豊富な”カテゴリー通”
②目ざとい”買い手上手”
③関心の薄い”現実主義者”
④いやいや関わる”不本位な人々”
⑤理屈抜きの”熱心な愛好家”
ヤンミ・ムン (著), 北川 知子 (翻訳)
ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業
ダイヤモンド社 (2010/8/27)
P70
世界の患者は国境を超え始めている。そして、欧米はおろかアジアの新興国でさえ、医療による外貨獲得に乗り出している。
北原 茂実 (著)
「病院」がトヨタを超える日 医療は日本を救う輸出産業になる!
講談社 (2011/1/21)
P151
「病院」がトヨタを超える日 医療は日本を救う輸出産業になる! (講談社プラスアルファ新書)
人々がご丁寧にも追いかけている流行は、ぜいたく者や浪費壁のある連中が仕掛けたものだ。―「森の生活」
ソロー語録
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(著), 岩政 伸治 (翻訳)
文遊社 (2009/10)
P87
P37
衣服に継(つ)ぎが当たっているからといって、私はその人を見くびったことは一度もない。
だが、私が思うには、世間の人々は一般に流行している服とか、少なくとも清潔で、継ぎが当たっていないものを身に着けることに熱中し、健全な良心を身につけることを忘れている。
P56
贅沢な人間や放蕩者だけが流行をつくり、そのあとを大衆が群をなして嬉しそうに追いかける。
森の生活
D・ヘンリー・ソロー (著), 佐渡谷 重信 (翻訳) (著)
講談社 (1991/3/5)
(住人注;身体的、精神的に)自己決定能力を失いつつあるとき・・・・・・人持ちならひとに頼ればよいが、それが無理ならシステムをつくることが必要です。
システムをつくることのよい点は、とくべつの能力や資源のないひとにもハードルが越せる、超人的な能力を持ったカリスマ的な医師や訪問看護師の存在や、ケアマネやヘルパーの職分を越えたコミットメントがなくてもまわせる、つまり平均的な人材が平均的な能力を発揮すれば成り立つしくみをつくりことです。
何十年もかけてそういうシステムをつくってきたところでは、創設時のリーダーがいなくなっても、担当者が入れ替わっても、システムが機能しています。
おひとりさまの最期
上野千鶴子 (著)
朝日新聞出版 (2015/11/6)
P217
市場一元支配社会のもとでの「競争」とは最終的にはザ・ウィナー・テイクス・オール(一人勝ちの勝者がすべてを奪う)をもたらすものであること。切磋琢磨なら大いに結構です。互いのなれ合いを排し、全力をあげて競い合うことで全体のレベルも上がる。
しかし、いまもてはやされる競争とは、よく語られる勝ち組・負け組の篩い分け。そして「格差拡大社会」を必然とする「剥き出しの競争主義」に社会を任せる、という流儀を指しています。
内橋 克人 (著)
共生経済が始まる 世界恐慌を生き抜く道
朝日新聞出版 (2009/3/19)
P126
最低賃金引き上げは、貧困解消手段として政治的にアピールしやすい。だがこの結果、一番被害を受ける恐れがあるのは、前述のとおり最も貧しい勤労者やこれから仕事に就こうとする若者・既婚女性だ。
雇用者同士の賃金格差は縮小し、労働組合には、有効な格差是正策である。ただし、それは最低賃金の引き上げで職を失ったり、職を得られなかった人を排除した結果得られたものである。社会全体でみれば、最低賃金引き上げで職を失った人まで考えれば、格差はむしろ拡大することになる。
真の貧困救済策はどうあるべきか。第一は、教育訓練を充実することだ。質の高い労働者なら、企業はそれだけ高い賃金を喜んで払うだろう。子どもの頃からの教育の充実も大事だ。
第二は、給付付き税額控除や勤労所得税額控除のような負の所得税を作ることだ。賃金規制という強硬手段で失業という歪みをもたらすのではなく、税と社会保障を用いた所得再分配で貧困問題に対応するのが筋である。
競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
P200
競争と公平感: 市場経済の本当のメリット (中公新書 2045)
P172
製造効率の守護神ともいえるフォードについては、かつてこういうエピソードが「伝えられている」。
フォードは、アメリカの自動車のスクラップ置き場にあるフォードT型の部品でどこも傷んでいないものがああるかどうかを調べるよう部下に命じた。調査係はほとんどすべての種類に故障が見られたという報告を持ち帰った―車輪もブレーキもピストンもすべての種類に故障をまぬがれなかった。だが、注目すべき一つの例外が関心を集めた。
スクラップにされたどの車も、キングピンだけはかならずまだ寿命まで数年あるというのだ。フォードは非常な論法で、T型のキングピンは分不相応に立派すぎるとの結論を下し、将来は仕様の質を落とすようにと命じたのである。
~中略~
T型の品質の部品とロールスロイスの品質の部品をとりまぜてハイブリット車をつくったりすれば、出来上がりはどちら側から見ても最悪になるだろう。
なぜなら、部品のいちばん弱いところがすり減ってしまえば車は捨てられるだろうし、すり減るチャンスもない高品質の部品にかけた費用がむだになるばかりだからだ。
フォードの教訓は自動車よりも生物体にこそよくあてはまる。
P176
カゲロウは三年近くのあいだ水生幼虫として餌を食べて成長する。やがて飛翔する成虫として水からあらわれるが、その生命は数時間である。彼らの多くは魚に食べられてしまうが、たとえ食べられなくても、どのみち彼らは死ぬのである。なぜなら彼らは餌が取れず、消化管すらもっていないからである(ヘンリー・フォードなら彼らを愛したことだろう)。彼らの仕事は交尾の相手を見つけるまで飛ぶことである。
その後、遺伝子を―三年間水中で餌を食べる効率的な幼虫としての遺伝子も含めて―伝えてしまうと、死んでゆく。まるで数年かかって成長し、ただ一日だけの栄光の日に花を咲かせて枯れる樹木のようである。成虫のカゲロウは生命の終わりと新しい生命の始まりのときに咲くつかのまの花なのだ。
サケの稚魚は生まれた川をくだり、海で一生のほとんどをすごしながら餌を食べ、成長する。~中略~
典型的な太平洋サケはカゲロウと似てはいるが、生活史には幼虫期と成虫期といった形態的に明確な区別はない。上流へさかのぼっていくのはたいへんな苦労の連続なので、同じことを二度する余力はない。
したがって、自然淘汰は一回の「ビックバン」的な産卵に資源の最後のひと絞りまで注ぎこむ個体を支持する。産卵のあとに残った資源は、ヘンリー・フォードの出来のよすぎるキングピンと同じで、むだになるのである。
太平洋サケは産卵後の生存能力をゼロに近くそぎ落とすほうへ進化してきて、節約された資源を卵や精巣に振り向けた。
遺伝子の川
リチャード ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳)
草思社 (2014/4/2)
ゲノム情報の内容によって、保険の掛け金を変えるというサービスを始める会社がでてくることは十分に予想されます。
ゴールド運転免許を持っていると自動車保険の掛け金が安くなるのと同時に、病気にかかるリスクに応じて、例えば○○遺伝子がAAタイプで、かつ、△△遺伝子がGCタイプだと、がん保険が割安になるというようなサービスが出てくるのではないでしょうか。
~中略~
しかし、一方で、大きな疾患にかかるリスクを持った人にとっては、保険料がひじょうに不利に設定されてしまうかもしれません。保険加入すら認められないという可能性もあります。
こうした事態に備えてアメリカでは、健康保険加入時における遺伝子情報による差別を禁止する連邦法を施行しました。
「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか―パーソナルゲノム時代の脳科学
宮川 剛 (著)
NHK出版 (2011/2/8)
P223
「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか パーソナルゲノム時代の脳科学 (NHK出版新書)
「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約(ラムサール条約)」が採択されたのは一九七一年。国際的な渡り鳥条約はあった。
ところが、その鳥たちの生活基盤である湿地の生態系は世界各地で脅かされていた。その危機感から生まれたのがラムサール条約だった。
~中略~
人を寄せつけなかったからこそ、湿原には多様な生命が宿り、豊かさが保たれていた。ところが、湿原への高い認識と比べて、干潟への認識が、日本では依然として低いままだ。
干潟は湿原よりはるかに人の生活と密接なかかわりがあることから、政治は今でも干潟を人のために利用しようと、干拓行政を進めている。
自然の歩き方50―ソローの森から雨の屋久島へ
加藤 則芳
(著)
平凡社 (2001/01)
P139
自然の歩き方50: ソロ-の森から雨の屋久島へ (平凡社新おとな文庫)
コロンビアの森の中でお会いしたサル学者の伊沢紘生さんは「野生のサルのあいだではボスは存在しない。
豊富なエサを前にして、おれは偉いんだ、とうそぶいている時間があったらエサを食べていたほうがいい。
飼われたり、限られたエサをめぐって競争しなければならなかったりする時に初めて、序列が生まれる」と断言していた。
アマゾンの先住民でも二、三家族住んでいる時は序列は生まれない。
しかし、ヤノマミのように100人前後の単位で共同生活をするようになると序列ができる。
関野 吉晴 (著)
グレートジャーニー―地球を這う〈1〉南米~アラスカ篇
筑摩書房 (2003/03)
P117
グレートジャーニー ――地球を這う〈1〉南米アラスカ篇 (ちくま新書)
一般的に腸内の悪玉菌が増えるとバランスが悪くなり身体によくない、ビフィズス菌のような善玉菌が増えると身体によいといったことが言われます。
ところが、悪玉菌や善玉菌とは実際にはなにとなにで、それがどのような状態であればバランスが悪いと言えるのか、その結果として具体的にどのような症状が出たり病気になったりするリスクがどのくらい変わるのかといったことは、じつはあまり明確にはされていません。
プロバイオティクスは概念としては確立しているのですが、まだ実際に効果を目的にして使えるだけの根拠はないと言えるでしょう。EFSAはその点を問題にしたのです。
これらの評価を受けて、フランスの大手乳業メーカーダノンがヨーグルトActivia(日本ではBio)のお腹の調子を整えるという健康強調表示申請などを取り下げています。
畝山 智香子 (著)
ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想
化学同人 (2009/11/30)
P166
ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想(DOJIN選書28)
P145
日本は最近の「メタボ」ブームが起こるまでは、先進国の中では珍しく肥満が少ないためそれほど大きな問題とはなっていませんでした。
そのため、これらの医薬品(住人注;抗肥満薬)のほとんどは販売されたことがなく一般への知名度もあまり高くないと思います。
実際のところ、これらの医薬品は肥満の解決には程遠い成果しか出せていないのです。
P150
残念ながら現時点では一般の人びとが期待するような、食べる量を変えなくても手軽で簡単に減量できる方法などないのです。
薬物による健康被害を避けたいのなら、「好きなだけ食べても痩せる」というような効果・効能を謳った、いわゆる健康食品には手を出さないのがよいでしょう。
P163
さらにFDAは食品中のグルコサミンやコンドロイチン硫酸が、関節炎や関節痛に効くという根拠はないと判断していることも付け加えておきます。
畝山 智香子 (著)
ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想
化学同人 (2009/11/30)
ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想(DOJIN選書28)
妊娠中、つわりになると、味覚に変化が生じて、酸っぱいものが食べたくなったり、口の中に苦味が感じられて特定の食べ物に吐き気をもよおしたりすることはよく知られています。そのつわりについて、おもしろい説があります。
つわりの時期というのは、胎児の発生過程においてちょうど人間らしい形ができあがってくるタイミングです。それは、同時に奇形が生じやすいタイミングでもあるのです。
当然、その時期は、少しでも奇形を生じさせる可能性がある物質、専門用語では催奇性物質といいます、を避けることがのぞましい。だから、つはりは、そのようなものを食べないようにする防御反応ではないか、という説です。検証するのは難しいですが、つわりのような不快な現象が生じるには、それなりの理由があるはずなので、正しいんとちゃうかと思っています。
ビター味のチョコレートは美味しいし、ビールに苦味がなければたよりなさすぎます。けれど、とこ もう少し詳しくいうと、苦味の感覚は、毒や腐った物など体に有害な物を避けるために進化してきたのではないかとされているのです。
嘗めたことがないのでようわかりませんが、毒物の多くは苦いらしいし、腐った物は苦味が強くなるとん苦味が好き、という人は少ないでしょう。
我々にとって、基本的に苦味は不快な味なのです。ならば、感じない方がいいような気がしますけど、そうではありません。つわりと似たような意味で、苦味は、我々にとって防御的な役割を持っているのではないかと考えられています。
そうです。 おもしろいことに、苦味の閾値は他の味に比べてはるかに低い、いいかえると、ものすごく感じやすいのです。 こういったことから、苦味の味覚は毒センサーとして働いているのだろうと考えられています。
酸味については、個人的な好き嫌いがかなり大きいような気がしますけど、ある程度は、苦味と同じように防御的な働きがあるとされています。そうしたら、ものによっては、腐ると饐(す)えたような匂いがしますよね。広辞苑には「饐(す)える:飲食物が腐ってすっぱくなる」とありますから、そのまんまの言葉ですね。
一方、、甘味、塩味、そしてうま味、はおおよそ美味しい。これらは、体に悪い物が持っている苦味とは逆に、体に必要な食べ物に含まれる栄養素が持っている味です。そういった物は、美味しいと感じてちゃんと摂取する必要があるわけです。
(あまり)病気をしない暮らし
仲野徹 (著)
晶文社 (2018/12/6)
P030
(住人注;ミツバチの)この強力な翅の発熱と送風によって、巣の中で蜜の水分はどんどん蒸発する。そしてとろりとした黄金色になる。最終的にハチミツ中の糖濃度は80%に達する。
こんなに濃い溶液は他にない。たとえば塩はどんなにがんばっても29%以上は水に溶けない。ハチミツのこの濃さに強力な殺菌作用があるのだ。
細菌がハチミツと接する。すると何が起こるか。ハチミツが細菌の水分を吸い取り、細菌は脱水症状でたちまち死滅する。浸透圧である。
福岡 伸一 (著)
ルリボシカミキリの青
文藝春秋 (2010/4/23)
P221
生物の特徴は、実は、指揮者やリーダーがいないということである。
ヒトの細胞は全部で六十兆個もあるけれど、どの細胞も全体の地図や構造を一切知らない。個々の細胞が絶えず連絡を取り合っているのはせいぜい自分の前後左右上下の細胞だけである。にもかかわらず全体としては組織だった統合がなされている。
中央集権ではなく、とても地方分権的な仕組みだという点がポイント。脳ですら、身体全体を鳥瞰的にみているわけではなく、むしろ個々のニューロンは近隣のニューロンと情報交換しているにすぎない。
ローカルなグリッドが相互に連結するだけで、グローバルなシステムを作り上げる。
つまりここには「部品」と呼ぶべきものはなく、ローカルは連続的に全体を構成する。
このようなモデルは、生命の本質を探る上でとても重要なヒントになる。
福岡 伸一 (著)
ルリボシカミキリの青
文藝春秋 (2010/4/23)
P189
脳もまさにそんな入り組んだ非効率な構造をしています。しばしば「生物は効率的で、すべての構造や機能になんらかの合理的な意味があるのだ」などという、まるで幻想めいたことが言われますが、これはダーウィニズムの悪影響です。
「自然淘汰で勝ち残ってきたからには、私たちはさぞかし素晴らしい生物に違いないという思い込みが、いまだに根強いような気がしています。
脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!?
池谷 裕二 (著)
祥伝社 (2006/09)
P78
脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!? (新潮文庫)
「自然保護」というのは人類の歴史の中でそんなに古い概念ではない。というのは人類の歴史の中で、その99パーセント以上は狩猟生活をしていて、人類も自然の一部であったからだ。
積極的に「自然保護」を唱え始めたのは、二〇世紀の後半になってからだ。今では正義の御旗になっている
~中略~
一九七〇年にWWFの勧告により、国立公園に指定されたペルーのマヌー国立公園の中には、先住民が住んでいた。ここの先住民は長年森を壊すことなく、森と調和して生きてきた人々だ。
常識的には、彼らこそが優先的に自然保護の恩恵にあずかるべきだ。
ところがペルー政府は「先住民は国立公園外に出て行ってもらう」ことによってアマゾンの中でも特に多様で豊かな自然を守ることにした。
~中略~
WWFやペルー政府は「ここに一つ、人類の貴重な遺産が確保された」と言って手放しで喜んでいる。ユネスコの世界遺産にも登録された。
しかし、その裏では先住民たちの苦悩が続いている。
関野 吉晴 (著)
グレートジャーニー―地球を這う〈1〉南米~アラスカ篇
筑摩書房 (2003/03)
P96
グレートジャーニー ――地球を這う〈1〉南米アラスカ篇 (ちくま新書)
P14
だれもそうであるように、かつて、ヨセミテ渓谷をはじめて見たジョン・ミューアは、その壮大優美、荘厳美麗な景観に言葉を失い、ただ見とれるばかりだったという。~中略~
自然保護の父、国立公園の父と呼ばれ、今も世界中の自然保護関係者から敬われているミューアの、自然への戦いの第一歩だった。そうした背景があって、ヨセミテは世界の自然保護運動にとっての聖地とまでいわれるようになった。
P20
「人は、見てはじめてその自然のよさを理解する。見て、知って、理解して、はじめてその自然を守ろうという意識が生まれる」
これがミューアの国立公園理念であり、アメリカの国立公園の基本姿勢である。だから、国立公園は自然を守るだけではなく、人に見てもらうための施設として、広くビジターを受け入れる。
このようにインタープリテーションの誕生の地がヨセミテであり、したがって、ヨセミテ国立公園こそが自然保護のメッカとして、世界中の人に親しまれているのである。
P46
ジョン・ミューアは、ジャイアント・セコイアの森を放浪し、人類の、あるいは地球の財産であるべき神聖な巨木が次々と失われていく状況を目の当たりにした。そして、同じ危機感を抱く仲間たちとともに、保護運動に邁進することになる。
一八九〇年。ミューアたちの功績によってセコイア国立公園、ヨセミテ国立公園、グラント国立公園(のちに拡大されてキングス・キャニオン国立公園)が次々に設立された。
自然の歩き方50―ソローの森から雨の屋久島へ
加藤 則芳(著)
平凡社 (2001/01)
自然の歩き方50: ソロ-の森から雨の屋久島へ (平凡社新おとな文庫)
P20
このこと(住人注;どうして昆虫はこのように多様性をきわめたのか)をかたるに当たり、まず注目すべき昆虫の特徴がある。
それは、「飛ぶこと」と「変態すること」である。
飛べない昆虫もいるし、変態しない昆虫もいるが、それらはごく小数で、大部分の昆虫は成虫期に飛翔し、成長の過程で変態を行う(写真4)。
具体的には、九九%の昆虫(なかには進化の結果として翅を失ったものもある)は飛翔を行い、八〇%以上の昆虫は「完全変態」を行う。完全変態とは、幼虫から蛹の期間を経てまったく姿の異なる成虫にあることである。チョウを思い出していただくとわかりやすいだろう。
いっぽう、セミやバッタのように、幼虫が大きくなり、最後に脱皮すると翅が伸び、そのまま成虫になることを「不完全変態」という。さらに翅のない原始的な昆虫であるシミなどのように、成長にともなう性成熟以外、一切の変態を行わないことを「無変態」という。
昆虫では無変態がもっとも原始的な状態で、そこから翅をもつものが進化し、さらに変態という生活史が進化していった。
P23
小さな生き物が歩いて移動できる距離はたかが知れている。飛翔によって、地面の水平方向の長距離移動を可能にしただけでなく、木の上、山の上など、垂直方向の移動も可能にした。この移動によるさまざまな生活環境への移動と適応が多様化の引き金となった。
また、飛翔によって天敵から容易に逃れることができるようになったり、遺伝的に離れた(近親ではない)配偶者と容易に出合えるようになったりした。
P26
それでは、どうしてこの変態が昆虫の多様性に影響を与えたのだろうか。答えは幼虫と成虫の生息環境の違いにある。幼虫と成虫が「分業」すること、そして生活環境を違えることに意味がある。
幼虫は餌の豊富なところで食事に専念し、確実に成長を遂げる。そして、これは飛翔能力の獲得とも関係するが、成虫になって、別の場所に(多くの場合、飛んで)分散し、近親者のいない場所や、ほかのよりよい生息環境に産卵する。
もしこれまでと違う生活環境に適応できれば、それは新たな種の誕生につながる。
反対に、変態をしないとどうなるだろうか。昆虫のなかで飛ぶ進化を遂げていないのは、原始的な昆虫であり、変態を行わないシミ目やイシノミ目のなかまである。
これらは移動分散に乏しく、幼虫と成虫が同じところに暮らし、生活環境も比較的単調である。そのため、どの種も似たような姿をしており、種類も少ない。これらの事実は、飛翔や変態が昆虫の多様性に与える影響の大きさを如実に表している。
昆虫はすごい
丸山 宗利 (著)
光文社 (2014/8/7)