P172
製造効率の守護神ともいえるフォードについては、かつてこういうエピソードが「伝えられている」。
フォードは、アメリカの自動車のスクラップ置き場にあるフォードT型の部品でどこも傷んでいないものがああるかどうかを調べるよう部下に命じた。調査係はほとんどすべての種類に故障が見られたという報告を持ち帰った―車輪もブレーキもピストンもすべての種類に故障をまぬがれなかった。だが、注目すべき一つの例外が関心を集めた。
スクラップにされたどの車も、キングピンだけはかならずまだ寿命まで数年あるというのだ。フォードは非常な論法で、T型のキングピンは分不相応に立派すぎるとの結論を下し、将来は仕様の質を落とすようにと命じたのである。
~中略~
T型の品質の部品とロールスロイスの品質の部品をとりまぜてハイブリット車をつくったりすれば、出来上がりはどちら側から見ても最悪になるだろう。
なぜなら、部品のいちばん弱いところがすり減ってしまえば車は捨てられるだろうし、すり減るチャンスもない高品質の部品にかけた費用がむだになるばかりだからだ。
フォードの教訓は自動車よりも生物体にこそよくあてはまる。
P176
カゲロウは三年近くのあいだ水生幼虫として餌を食べて成長する。やがて飛翔する成虫として水からあらわれるが、その生命は数時間である。彼らの多くは魚に食べられてしまうが、たとえ食べられなくても、どのみち彼らは死ぬのである。なぜなら彼らは餌が取れず、消化管すらもっていないからである(ヘンリー・フォードなら彼らを愛したことだろう)。彼らの仕事は交尾の相手を見つけるまで飛ぶことである。
その後、遺伝子を―三年間水中で餌を食べる効率的な幼虫としての遺伝子も含めて―伝えてしまうと、死んでゆく。まるで数年かかって成長し、ただ一日だけの栄光の日に花を咲かせて枯れる樹木のようである。成虫のカゲロウは生命の終わりと新しい生命の始まりのときに咲くつかのまの花なのだ。
サケの稚魚は生まれた川をくだり、海で一生のほとんどをすごしながら餌を食べ、成長する。~中略~
典型的な太平洋サケはカゲロウと似てはいるが、生活史には幼虫期と成虫期といった形態的に明確な区別はない。上流へさかのぼっていくのはたいへんな苦労の連続なので、同じことを二度する余力はない。
したがって、自然淘汰は一回の「ビックバン」的な産卵に資源の最後のひと絞りまで注ぎこむ個体を支持する。産卵のあとに残った資源は、ヘンリー・フォードの出来のよすぎるキングピンと同じで、むだになるのである。
太平洋サケは産卵後の生存能力をゼロに近くそぎ落とすほうへ進化してきて、節約された資源を卵や精巣に振り向けた。
遺伝子の川
リチャード ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳)
草思社 (2014/4/2)

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