P73
心は体の主人(あるじ)である。かつまた、「儒は、その徳で体を潤す」(儒有り、身を澡(そそ)ぐに徳に浴し)と「礼記」(儒行篇)も記しているように、「儒」とは「濡」であって「うるおす」という意味なのだ。
「体をうるおすことは、心をうるおすこと」と理解すべきである。朱子の「孟子集註」(序説)にあるように、「孟子」という書物も「心上(しんしょう)(心のありよう)から説き始めている。「心を知る」と志が強くなり、 「義理」(義の道理)がよくわかるようになるので、学問は上達する。
だが、「心を知らない」と、せっかく学問をしても、ぼんやりとした状態で自己流でやるので、何かに気づいたり新しいことを発見したりする可能性がない。
P79
ただ単に書を講じるだけでは、「真の儒者」とは言い難い。 生まれ持った「本性」を自覚して自身を濡(うるお)している者を真の儒者というのだ。 汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)という熟語で示されるような膨大な量の書物を読破したとしても、「性理」というものがわかっていない者は、朱子が「大学章句」(序)で述べた「書物の文章をただ暗誦させるだけの俗物の儒者」(俗儒(ぞくじゅ)の記誦詞章(きしょうししょう)の習い)でしかなく、真の儒者ではない。
石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)
石田梅岩 (著), 城島明彦 (翻訳)
致知出版社 (2016/9/29)
石田梅岩『都鄙問答』 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14)
- 出版社/メーカー: 致知出版社
- 発売日: 2016/09/29
- メディア: 単行本
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