2025年7月23日水曜日

南方熊楠

P173
 南方の仕事を、わたしは四つの意味で、比較の学と呼ぶことができると考える。
第一は、民俗における国際比較(比較民俗)であり、第二は民話の国際比較、第三は宗教における比較(比較宗教)である。
第四は、神社合祀反対意見書である。これは南方が定住した和歌山県田辺市のことだから、それ自体は比較できない。しかし生物学の原点だということができる。
 これら四つの領域は、南方のすべての作品の中に、混然一体をなしている。したがって、この分け方は、まったく便宜のためというほかはない。

P226
 神島行幸行幸について道を切り開いたことに南方先生は反対された。
今日では富士山登山道や江須崎周遊道の開通で、採光とか倒木の異変が森の調和を破り、植生や動物の生息地の自然破壊をしたことは周知の常識となっている。
このことを明治の末年に指摘警鐘されているわけである。
一つの森、一つの池は、多くの生物の共同体として有機的に相関連して機能していることを認識いたしたい。

 

P231
 中央およびその出先である地方官庁の役人が率先して地域の自然とその上にきずかれた共同体とを崩壊させ、中央集権化を急速に実現しようとしたのが、市町村合併と神社合祀であった。
これに対して、和歌山県田辺町を拠点として、町村合併と神社合祀に対して、植物、社会生態系をよりどころとして、具体的、実践的に、渾身のちからをこめて、土地の住民とともにたったかったのが南方熊楠であった。
かれのたたかいは、今日、「地域主義」、「地方主義」とよばれている立場と非常に近い。

南方熊楠 地球志向の比較学
鶴見 和子 (著)
講談社 (1981/1/7)

熊野那智大社 和歌山県

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