2009年8月11日火曜日

自民、民主党ともに“医療崩壊”の本質を理解せず

2009年8月10日 原中勝征(茨城県医師会会長)

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 今度の総選挙に臨む各政党の医療・介護に対するマニフェスト読むと、文章的には大変似ていることを感じる。裏を返せば、現在の「医療崩壊」を認め、国民の最も不安に感じている年金問題を含めた「国民の生活保障」が争点になっていると言える。
 自民党は7月30日、民主党(7月27日)より遅れてマニフェストを発表した。「生活を支えるしくみのマイナスを改め、プラスへ」の項に、(1)70歳現役時代―生涯現役社会の実現へ 、(2)老後の安心を支え続ける年金制度の充実強化へ、(3)医療・介護サービスを、もっと身近に。安心と満足が、全国どこでも受けられる健康長寿社会へ、という文字が記されている。医師の増員も挙げている。さらに、民主党と同様、大学病院、社会保険病院、厚生年金病院については地域医療における重要性を述べ存続すること、診療報酬は「骨太の方針」を凍結して増額改定すると述べているが、その目的は従来通り救急、産科および地域医療を確保するためとしている。しかし、数字などの具体策が全く見えない。
 4年前の総選挙時の「自民党公約2005」、いわゆる小泉改革の120項目の4つの大きな柱として、「官のスリム化により少子高齢化の下でも、年金・医療など社会保障の充実を可能に」が掲げたが、実際には全く反対の政策を実行し、「消えた年金」、「医療崩壊」を生じさせた。しかし、今回のマニフェストで、政府の最優先政策として位置づけられた社会保障費年2200億円削減をはじめ、医師増員、医療費の凍結や増額を掲げたのは、従来の自民党の政策と正反対になっている。この方向転換は選挙対策のためか、従来の医療政策の間違いを認めたのか、説明がほしいものである。
 すなわち、このたびのマニフェスト合戦は、自民党政権が作ってきた社会保障や「医療崩壊」の修正案である。ただし、政治家が官僚任せの結果であったことの反省が全く見られない。一方、野党はすべて「後期高齢者医療制度」は年齢による人間差別として廃止を掲げており、廃止による国民保険への資金援助を盛り込んだことは大切なことである。
 次に、民主党のマニフェストの内容を見ると、党を挙げて議論されたとは思えない。医療の現状は複雑であり、現場の一部を強調しても医療は良くなるどころか、かえって混乱してしまう。誤解に満ちた中央社会保険医療協議会(中医協)の改革案、地域医療が病院だけで持っているような内容や米国的なメディカルスクール案などである。期待される民主党である。もっと広く深い知識で政策を作ってほしいものである。
 また、民主党はキャッチフレーズ「誰もが安心して暮らせる社会」の中で、年金について一元化して月額7万円を最低保障することと、社会保障費2200万円削減をしないことを明示している。医療介護については、国民皆保険の堅持からすれば、7万円は現在の特別養護老人ホームの自己負担分に相当し、最低の生活保障かと思われる。医学部定員を1.5倍にして医師数を先進国並みにすることと看護職員などの増員、介護職員の処遇改善を述べているが、この数がわが国に本当に必要な数なのか、医療費や現場検証を検証しつつ見直しが必要になると思われる。
 さらに主要政策のポイントを見ると、救急、産科、小児、外科、そしてへき地の医師不足の解消とその方策、地域医療崩壊を防ぐための医療費増額、医師派遣センターの設置、そして厚生年金・社会保険病院の地域医療に重要な病院として原則公的病院として存続、国民健康保険財政の地域格差の是正などが盛り込んである。自民・公明党、そして民主党双方とも、これらは現在の問題点の指摘であり、地域医療の将来像が見られないことが残念である。すなわち、地域医療の中核ともいえる診療所、中小・慢性期病院について一行も記されていないことは不安を感じる。マニフェストにおける「地域医療」の意味は、急性期病院と同意語と感じられる。地域医療は急性期病院だけでなく、慢性期病院、そして診療所すべての医療機関が連携して成り立つものであり、現在すべての医療機関が崩壊の危機に瀕していることへの配慮が見えない。自民・公明党、民主党の双方とも、「医療崩壊」の本質を理解していないのではないかと思われてならない。
 そのほか、民主党は、医療費の包括化について述べているが、例外規定を設けることも今後必要だろう。自民・公明党、民主党の大きな違いとして、医療費の財源が挙げられる。将来は消費税を含めた国民の負担増は避けられないことは明らかだと思う。しかし、現在国民の多くは、消えた年金、官僚の天下り、特別会計の存在、雇用法拡大による生活不安が解消されない限り、増税には否定的であると思われる。今回の総選挙で期待されている政権交代の意味がここにあるとすれば、当面民主党が公約している、この困難な改革の実行を支持したいと思う。
 政権の担当経験のない民主党、さらに新人が多く入る新しい与党が誕生したとき、いくら立派なマニフェストを掲げようとも必ず壁に突き当たるに違いない。そのときこそ国民の英知を求める姿勢が最も大切であり、政治が国民のものであることの原点に帰することが、国民から期待された政権交代であると評価されるであろう。
 最後に、他の政党のマニフェストを見ると、公明党は結党以来、生活重視を掲げている。また、社民党はセフティーネットの中に具体的数値はないが医師・スタッフの増員、療養病床やリハビリの制限の中止などが入れている。そして、共産党の主張は医師会の主張に近いと思われる。二大政党の流れの中で、党の存亡をかけて書いたマニフェストと思われた。