日本の仏教を語るとき、聖徳太子の次になぜ役小角がくるのか。私の考えを語ろう。
私は日本の基層文化を縄文文化とし、日本という国家は、渡来した弥生族が土着の縄文人を征服してつくった国家であると考える。
この弥生人である最終的な日本の征服者が、いわば皇室の祖先にあたる天孫族である。
~中略~
弥生人が平地を占領して国をつくったとしたならば、土着の縄文人はどこへ逃げるか。それは当然山である。
若き柳田國男が「遠野物語」で描いた、里人を驚嘆せしめる山人の文化はこのような山に逃げた縄文人の文化とみてよい。
~中略~
役小角のように、山人は縄文時代から脈々と伝わる呪術に長じ、また新しい呪術である道教や仏教をとり入れ、里人がとうていもつことのできない呪力をもっていたのであろう。
梅原猛、日本仏教をゆく
梅原 猛 (著)
朝日新聞社 (2004/7/16)
P27
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