P110
急性期の場合は、はげしく痛むときには種々さまざまな不安を伴う。「この痛みのために会社を休まなければならない」「そのために昇任が遅れるかもしれない」「娘の結婚式に出席できないのではないか」「もしかしたら死んでしまうのではないか」などと、その不安の内容は、その人の性格・体験・知識・おいたちなど、種々の因子によって異なり、現在から未来にかけての不安である。そして、現在の不安と未来への不安は、その内容が表裏一体であることが多い。
しかし、原因疾患の治癒にともない痛みも軽減してくると、今までの不安は一挙に解消し、あの激痛期に抱いた絶望感は、将来に対する希望と期待感に変わってゆく。
一方、慢性痛なるものは、常に一定した痛みだけをたんたんとして訴える。
~中略~
急性痛の場合、痛みの原因疾患が完治するまでのつなぎとして、いわゆる鎮痛薬がきわめて有効であるが、慢性痛には、いわゆる鎮痛薬の効果は全く無効である。
このように、慢性痛というのは、痛みだけが唯一無二の症状であるため、最近では「痛み症候群」という、一つの独立した疾患として扱われるようになった。
慢性痛は、私たちのからだを正常に維持するための警報信号としての意味は全くなく、ただただ、人間を苦しめるだけの痛みである。
P112
慢性疼痛患者に共通した人間像
日々の診療を通して慢性痛の人たちに接していると、この人たちには共通した一連の人間像が認められる。それらの中で主なものを五項目あげるならば、
(1) 病院を転々とかえる。
(2) こまごまと記載したメモを持参する。
(3) 配偶者や家族と一緒に通院する
(4) 訴えが多すぎる。
(5) 被害者意識が強すぎる。
などである。
このような五項目に当てはまるから慢性痛という意味ではない。例えば、病院を次から次へと転々と変える患者は慢性痛であるということではなく、慢性痛患者は病院を転々とするという意味である。
P136
慢性痛とまぎらわしい痛み 慢性痛とまぎらわしい痛みとして、①心因性疼痛、②精神疾患性疼痛、③難治性疼痛がある。 それらについて簡単に述べておきたい。
①心因性疼痛
経済的な心労が重なって頭が痛い、失恋に悩み胸が痛い、などのように、痛みの原因はその人の心の葛藤によるもの、つまり心因による痛みである。したがって、訴える痛みと直結する原因疾患は、からだには存在しない。 訴える痛みも、心因としての「経済的な心労が軽減するか否か」「失恋の悩みが解消するか否か」によって変動する。
②精神疾患性疼痛
精神疾患が痛みの原因であって、痛みに直結する原因疾患は存在しない。
③難治性疼痛
先にも述べたように、痛みに直結する原因疾患がからだに存在し、その原因疾患が、なかなか治癒しないために痛みがいつまでも持続しているものである。(一〇七ページ参照)。
P147
慢性痛患者のタイプ
あるアメリカのペイン・クリニック(痛みを専門に診察する科)からの報告によると、痛みの原因疾患が完全に治癒した後にも五年以上同じ痛みを訴えつづけている一〇〇人について、その人間性を調べてみると、
(1)痛みなしではいられないタイプ、(2)解決不可能な問題に執着するタイプ、(3)精神疾患としてのタイプ、(4)痛みの消失を認めないタイプ、の四種類のタイプに分類することができたという。
痛みとはなにか―人間性とのかかわりを探る
柳田 尚 (著)
講談社 (1988/09)

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- 発売日: 1988/09/01
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