2025年5月27日火曜日

がんの進化

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がんになるには、がんになりやすくするような突然変異が、ひとつの細胞に5~6個も生じる必要があります。すなわち、変異が蓄積する必要があるのです。なので、ごくおおざっぱに言うと、年をとればとるほど、がんになりやすい、ということになります。ですから、疫学のところで少し書いたように、発がん率は、年齢で補正する必要があるのです。

 がん全体の罹患率を見ると、20代後半くらいから、男性でも女性でも右肩あがりです。しかし、そのカーブには少し違いがあります。女性ではだらだらと上昇していくのに対して男性では、50歳代から急激に増加します。
 ですから、がんは30歳代後半から40歳代までは女性の方が多く、60歳代以降は男性の方が女性より顕著に高率になります。この理由のひとつとしては、乳がんや子宮ガンが比較的若年に多いことや、男性の前立腺がんが高齢者で多いことをあげることができます。

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 がんは体の細胞に生じた突然変異、それも、数個の突然変異が重なって初めて発症するものです。また、これまでに調べられた悪性腫瘍のすべてはクローンである、すなわち、たった一個の細胞の子孫である、ということがわかっています。
以上、ふたつのことをあわせると、一個の細胞に突然変異が生じ、さらに変異が蓄積していくことによって、最終的にがんになるということになります。
また、いくつもの変異が一度に生じるのではなくて、時の経過と共に段々と蓄積しいくことによって完成していきます。ですから、生物の進化と全く同じような意味で、がんも進化していくのです。

 また、突然変異が蓄積して進化するためには、がんの元になる細胞は、かなり寿命の長い細胞でないといけない、ということがわかります。なので、ほとんどの悪性腫瘍のおおもとは、幹細胞あるいはそれに近い性質を持っている細胞だと考えられています。
~中略~
 これも重要なことなのですが、悪性腫瘍は、一個の細胞からできてくるからといっても、できあがった腫瘍の細胞がすべて同じ性質というわけではありません。もともとは一個の細胞が起源なのですが、がんは突然変異の頻度が高いため、その結果、少しずつ異なった性質を持った細胞群、サブクローンの集まりになっているのが普通です。似てはいるけれど、よく見ると、いくつもの少しずつ違った種類の悪い顔をした細胞が集まっている、といったところでしょうか。
 抗がん剤によって一旦治ったように見えても、再発することがあります。こういった場合の多くは、その抗がん剤に耐性を持ったサブクローンのがん細胞が増殖してきています。そして、その困った性質である薬剤耐性は、新しい突然変異にょって獲得されていることが多いのです。

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 正確なことはわからなにおですが、先にも書いたように、検査で見つかるような悪性腫瘍になるまで、1センチメートルくらいに育つまでには、おそらく10年以上かかると考えられています。
 がんは、元々たった1個の細胞がどんどん増殖してできたものだ、ということを思い出してください。それに、最初のうちは、ドライバー遺伝子に突然変異が生じたとはいえ、がんとは言えないような状態で、増殖もそれほど速くなかったはずです。
変異が蓄積するにつれて、次第に増殖が速くなっていき、最終的に浸潤能や転移能を獲得していくのです。そのように進化するには、長い年月がかかるわけです。~中略~
がんへの道を歩み始めても、すべてが立派ながんに育つのではないはずです。どれくらいの率かわかりませんが、多くのがん細胞、あるいは、がんに育ちうる細胞は免疫監視によって排除さあれているはずです。言い換えると、ものすごく強い悪運をもったがん細胞だけが特殊に進化してどんどん増殖し、臨床的に問題になるがんに育っていくのです。

 

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 さて、発見されると、がんにとっては厄災が始まります。手術、放射線、古くからある抗がん剤、あるいは、分子標的療法など、ありとあらゆる手段で攻撃されるわけです。完全に取り除かれる、あるいは、殺されてしまうと、がんの一生はそこで終わりです。
しかし、必ずしもそうなるとは限りません。手術では切除しきれない場合もありますし、抗がん剤による化学療法や分子標的療法では殺しきれないこともあります。
 がんは一個の細胞からできたもの、すなわちクロナールなものです。しかし、ひとつの腫瘍において、それぞれの細胞のゲノムが同一である、という意味ではありません。進化する過程において、ちがった変異をもったサブクローンもたくさん出現してきます。ある悪性腫瘍の中には、腫瘍細胞に多様性がある、ということになります。

こわいもの知らずの病理学講義
仲野徹 (著)
晶文社 (2017/9/19)

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  • 作者: 仲野徹
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  • 発売日: 2017/09/19
  • メディア: 単行本
京都府 金閣寺

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