2025年1月20日月曜日

無料の魅力

  たいていの商取引にはよい面と悪い面があるが、何かが無料!になると、わたしたちは悪い面を忘れ去り、無料!であることに感動して、提供されているものを実際よりずっと価値のあるものと思ってしまう。
なぜだろう。
それは、人間が失うことを本質的に恐れるからではないかと思う。
無料!の本当の魅力は、恐れと結びついている。無料!のものを選べば、目に見えて何かを失う心配はない(なにしろ無料なのだ)。

予想どおりに不合理[増補版]
ダン アリエリー (著), Dan Ariely (著), 熊谷 淳子 (翻訳)
早川書房; 増補版版 (2010/10/22)
P96

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/10/22
  • メディア: ペーパーバック

 

小倉北区 馬島

「真実を伝える医療」か「ウソも方便」か

 医療が高度になるにつれ、心の問題を軽んじる傾向は、どんどん強くなっている。
 血圧にも、まさにこのことは当てはまる。数値という非人間性の極みから、人間性を取り戻すことが必要だ。
 例えば、患者の血圧が高くても(極端に高い時は別だが)、私はさばを読んで少々低めに言ったり、黙っていたりする。そのまま言えば、心配してもっと高くなるのは、目に見えているからだ。そして「今日は暑いから、家でゆっくりしてくださいね」と言うなどして、できるだけ患者に安心してもらえるよう心がける。
 医者はまず患者と顔を合わせ、コミュニケーションを取ることが大切だ。そして「ウソも方便」である。
「真実を伝える医療」が、かえって人間性を踏みにじることも少なくないのだ。


高血圧はほっとくのが一番
松本 光正 (著)
講談社 (2014/4/22)
P133

高血圧はほっとくのが一番 (講談社+α新書)

高血圧はほっとくのが一番 (講談社+α新書)

  • 作者: 松本 光正
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/04/22
  • メディア: 新書


 一口に「がんの告知」といっても病名や病状、治療法など告知の内容にはいろいろあります。末期がんや進行がんでは、予後(余命)のことも告知に含まれます。予後の告知をすべきか否かについては、医師の間でも意見が分かれるところです。とくに高齢の患者さんについては予後の告知はしないと考える医師も少なからずいます。
 しかし、私(中川)は高齢の患者さんであっても、予後の告知はありえると考えています。
なぜなら、患者さんの命はほかならぬ患者さん自身のものだからです。限られた時間を、どのように過ごすかを考えることは非常に大切なことでしょう。~中略~
 そうやって心の準備をして迎える死と、なんの準備もないまま迎える死との間には大きな差があると思えるのです。
(住人注;中川恵一)

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観
中川恵一 (著), 養老孟司 (著)
小学館 (2005/8/10)
P131




自分を生ききる―日本のがん医療と死生観

自分を生ききる―日本のがん医療と死生観

  • 作者: 中川 恵一
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2005/07/01
  • メディア: 単行本



 常に正しい医師など存在しない。どんな医師も時には間違いを犯す。完璧、ということはありえないのだ。
患者はそうした現実にどう向き合っているのだろう?医師である私たちが過去に誤りを犯したとき、私たちのもとを去った患者もいた。もはや私たちの判断を信じられなくなった、ということだ。
疑念の気持ちは交わされる全ての会話に影を落とした。間違いが起こった後どんなアドバイスをしても、そこには半信半疑な気持ちがつきまとっていた。
医師への信頼は病気の山谷を乗り切るための支えとなる。医師への信頼があれば、恐れは減り、非力感は和らぐ。その患者が安心して関われるような別の医師を探そうと去っていったのも無理はない。

P120
医師も過ちを犯す、という事実を抽象論で理解するのはたやすい。しかし、自分の医師の慰めの言葉が実は誤りであったとわかったとき、自分が当事者として医師も間違うという事実を易々と受け入れられるかというと話は別である。
そのとき、医師への信頼の土台は地震のように揺らぐ。

決められない患者たち
Jerome Groopman MD (著), Pamela Hartzband MD (著), 堀内 志奈 (翻訳)
医学書院 (2013/4/5)
P119




決められない患者たち

決められない患者たち

  • 作者: Jerome Groopman MD
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2013/04/05
  • メディア: 単行本





「残念ですが、もうこれ以上、治療の余地はありません」。
久坂部羊著「悪医」の冒頭の文章である。あなたががん患者だったとして、医者からこのように言われたら、大きなショックを受けるだろう。当然、治療の可能性について、何度も問いただすに違いない。
 「悪医」の主人公の一人で、外科医の森川良生は、「もうつらい治療を受けなくてもいいということです。残念ですが、余命はおそらく三ケ月くらいでしょう。あとは好きなことをして、時間を有意義に使ってください」と説明する。副作用で命を縮めるより、残された時間を悔いのないように使ったほうがいいから、患者のためを思って告げるのだという。
 確かに、がんという病気と治療法を熟知し、何度も同じような患者を診てきた医者からみれば当然の判断かもしれない。しかし、そういうことを言われるのは、一人一人の患者にとっては、生涯で初めてのことである。
森川医師から治療法がないと言われた、もう一人の主人公であるがん患者の小仲辰郎は、「治療法がないというのは、私にすれば、死ねと言われたも同然なんですよ!」「もう先生には診てもらいません!」と絶望して診察室を飛び出す。
医者にとっては合理的で当然の判断でも、患者にはそうではなく「悪医」と受けとられることがある。両者の間には、医療行為の受け止め方に深い溝があるのだ。
 医者である森川は、末期がんの患者が、長生きを望みながら、副作用が強く、命を縮める医療を選択するという心理がわからない。この心理は、行動経済学では損失回避として知られている。
人は損失を確定することを嫌うあまり、少しでも損失がない可能性を含んだ選択肢を選んでしまう。冷静に考えれば、損失を確定したほうが望ましいが、そうはできない。一生に一度しか直面しない問題ならなおさらである。
 医者からすれば、どうして患者は、合理的な選択をしてくれないのか理解できない。一方、患者からすれば、どうして医者は統計的な数字をあげるばかりで、意思決定を迫ってくるのか理解できない。

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者
大竹 文雄 (著), 平井 啓 (著)
東洋経済新報社 (2018/7/27)
Pⅰ

医療現場の行動経済学―すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学―すれ違う医者と患者

  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2018/07/27
  • メディア: Kindle版

製薬会社は慈善組織でない

P90
 米国精神医学会企業献金委員会のステファン・ゴールドフィンガー委員長はこう述べている。
「製薬会社にモラルを求めても無駄ですよ。慈善組織じゃないんですから。医師に繰り糸も付けずに大金を貢ぐなんてあるはずないじゃありませんか。~略」(マーシャ・エンジェル「ビッグ・ファーマ 製薬会社の真実」、邦訳・篠原出版新社)
 イギリス・カーディフ大学のデヴィット・ヒーリー教授(精神医学)は日本での講演で、あるエピソードを紹介した。
 ある製薬会社のシンポジュームに出席しようとしたら、その会社から手紙が届いた。手紙には「先生の負担を軽くするため、わが社のゴーストライターに原稿を書かせました」とあり、「ヒーリー論文の草稿」が添えられていた。教授の文章の癖まで盛り込んだ「力作」だった。
 ヒーリー教授が、草稿でなく自分で論文を書いたら、製薬会社は別の「筆者」を見つけ、医学雑誌に掲載された。 製薬会社は新薬を生産するだけでなく、その新薬を称賛する「学術論文」まで生産するようだ。
ヒーリー教授は、こうした「論文」代筆のほか巧みなCMにも触れ、ビッグ・ファーマはもはや医薬品会社というよりマーケティング会社では、と指摘している(2006年に開かれた薬害エイズ裁判若い10周年の講演)。

P91
 よく似た構造が、薬事行政にもある。先鞭をつけたのはアメリカだ。1992年米連邦議会は処方薬審査料法を可決し、FDA(米国食品医薬品局)による新薬審査の際、製薬会社が審査料を払うしくみを導入した。目的は[審査の迅速化」だ。
狙い通り新薬がスピード承認されるようになった反面、発売からほどなく深刻な副作用が多発し、承認取り消しや回収に至るケースも増えた。
 英国医師会が発行する専門誌『BMJ』(2002年9月14日号)は「誰がFDAを所有しているのか?製薬会社か、国民か」と題するレポートを載せ、そのなかで「FDAは製薬会社のしもべ(servant of the industry)になった」という、前FDA審議会委員の告発も取り上げた。
 後を追ったのが日本だ。日本では2002年12月、それまで医薬品診査を行ってきた国の機関を独立行政法人化する法案が国会を通り、翌年4月、独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」(PMDA)が発足した。
狙いは「バイオ・ゲノムの世紀にふさわしい薬事制度を円滑かつ着実に推進」すること(厚労省が業界に配布した取扱厳重注意の文書)、要は製薬産業の振興で、FDAと同じく、新薬診査の手数料を製薬会社からがっぽりとるようになった。
取材・文/北健一(ジャーナリスト)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ
別冊宝島編集部 (編集)
宝島社 (2013/4/22)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2013/04/22
  • メディア: 大型本

 

マスメディアはマスメディアのために存在する

 こうした報道(住人注;インプラント治療に対するマイナス報道)はその後も続いて、大手新聞各社はインプラント治療のトラブル件数などを盛んに報じています。
 しかし、一部の新聞社では、歯面上でインプラント治療の医療事故を取りあげる一方で、「いい歯科医師選びのコツ」といったタイトルのインプラント関連ムック本を出版し、歯科医師から高額な広告収入を得るという”ビジネス”を行なっています。
 これらの本では、前半で「学会が認定している専門医にかかりましょう」などと、いかに歯科医の選択が重要なのかを強調しておきながら、後半では、あたかもインタビュー記事のように見せかけた歯科医院の広告が、大量に掲載されているのです。広告ページに出ていた歯科医師のなかには、学会専門医ではない人もたくさん含まれていました。
 これらの広告ページの掲載料は、1ページ80万円、見開きで150万円だとも聞いています。あるムック本に関して、歯科医院からの広告収入をざっと計算したところ、2000万円以上にものぼりました。
 これは「マッチポンプ」と揶揄されても仕方のない”商法”ではないでしょうか。大手新聞社や系列出版社がこのような本を出してよいのか、私は大変疑問に思います。

 また、本のなかでは、国際的なコンセンサスのとれていないものを「最新治療法」として紹介している箇所や、患者さんにインプラント治療が手軽で簡単なものだというイメージを植え付けるための誘導が、随所に盛り込まれていました。
 このようなムック本を読んで安易にインプラント治療を受けてしまったせいで、医療トラブルが増え、インプラント治療に対する患者さんの不信感が募る―というのでは、悪循環以外のなにものでもありません。
「国民のために」というのが、マスメディアの”錦の御旗”であるはずです。少なくとも、インプラント関連の事故報道を盛んに行ったのは、そのためであったはずです。それが、一方の手では”正義の味方”として国民を扇動しておきながら、もう一方の手で、”濡れ手に粟”状態では、正義感やコンプライアンスを疑いたくなります。

歯科大教授が明かす 本当に聞きたい! インプラントの話 角川SSC新書
矢島 安朝 (著)
角川マガジンズ(角川グループパブリッシング) (2013/3/9)
P65

歯科大教授が明かす 本当に聞きたい!インプラントの話 (角川SSC新書)

歯科大教授が明かす 本当に聞きたい!インプラントの話 (角川SSC新書)

  • 作者: 矢島 安朝
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2013/05/09
  • メディア: Kindle版

養老 孟司
 ジャーナリストにこういう話をすると、たいがいは賛同の意を表明してくれます。
ところが、理解してくれるならこんなふうに改革したらどうだろうと言うと、みんな口を揃えたように「だけど、先生、そんなふうにしたら、僕はクビになっちゃいますよ」と言いだすのです。
そこで僕が「お前さん、クビになるのが心配で、自分の思うようにできないでいるんだったら、それはまるで恐怖政治じゃないか」と言うと、彼らはなにも答えられません。

ジャーナリズムは社会正義をふりかざしていろいろ言いますが、僕の目から見ると、自分たち自身が恐怖政治にコミットしているように見えます。

~中略~
 本当はクビになどなることはないでしょう。みんなと一緒に寄り集まっていることに安心して、一人になることが不安なだけなのです。

森 毅 (著), 養老 孟司 (著)
寄り道して考える
PHP研究所 (1996/11)
P211

寄り道して考える

寄り道して考える

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2020/04/27
  • メディア: 単行本


P41
 南相馬市役所へは、事前のアポイントを取らずに向かった。役所に着くなり、職員から「ジャーナリストが来たぞ!どうぞなかへ!」と大歓迎され、桜井市長自らが「よく来てくれました」と迎え入れてくれた。
なぜこんなに喜んでくれるのか、最初はよくわからなかったのだが、市役所内の記者クラブを見せてもらってすべてが氷解した。 南相馬市の窮状を世の中に伝えるべき日本人の記者はすでに全員避難して、誰ひとりいなかったのだ。  南相馬市から逃げ出した日本人の記者に対して、桜井市長は激しく憤っていた。
「日本のジャーナリストは全然駄目ですよ!彼らはみんな逃げてしまった!」

P94
 記者会見を密室に閉じこめようとした当事者が、体制側ではなく日本のジャーナリスト本人だったというのだから暗澹たる気分になる。いったい日本の記者クラブメディアは、誰のために存在しているのか。
 自分たちの手だけに情報を独り占めして、彼らは満足しているのかもしれない。だが、記者クラブが握る情報にどれほどの価値があるというのだろうか。当局側とあまりにも距離が近くなりすぎて、当局が最も嫌がる記事を書けない。それどころか、リーク情報をエサにする当局の思いどおりにコントロールされてしまう。
 その滑稽さは、3・11という歴史的な出来事をめぐる報道によって、読者に見抜かれつつあることに早く気づいたほうがいい。

P96
 なぜ日本のビジネスマンが、日本経済新聞をクオリティーペーパーとして信頼するのか私には理解しがたい。日本経済新聞の紙面は、まるで当局や企業のプレスリリースによって紙面を作っているように見える。言い方は悪いが、これではまるでおおきな「企業広報掲示板」だ。大量のプレスリリースの要点をまとめてさばいているだけであって、大手企業の不祥事を暴くようなニュースが紙面を飾るようなことは稀だろう。
~中略~
 企業にとって好ましくない情報だろうとも、厳しい取材拒否に遭おうとも、報じるべきことはニュースにする。そういう報道姿勢があったからこそ、フィナンシャル・タイムズは世界中のメディアに先駆けてオリンパスのスキャンダルを一面スクープすることができた。
欧米の経済紙を手放しで称賛するつもりはないが、当局側、企業側に近い日本経済新聞とは、ジャーナリズムにたいする気構えが違うことだけは明白だ。

P104
 みずほ銀行のこうした現状(住人注;2003年、不良債権処理を迫られ、2兆円を超える赤字決算により株価低迷が続いていた)について、私はもう一人の記者とともにウォール・ストリート・ジャーナルにかなり批判的な記事を書いた。
これに、みずほフィナンシャルグループの広報担当者は激怒した。彼は毎日のように私に電話をかけてきて、詰問口調であれこれ質問をぶつけてきた。さらに、「ウォール・ストリート・ジャーナルから広告を全部引き上げる」と脅された。
 ウォール・ストリート・ジャーナルの上司にその話をしたところ、「そうか、だったら広告なんてやめてもかまわないよ」と言って「ハッハッハツ!」と大笑いしてくれた。
~中略~
当たり前のことだが、新聞にとって最も重要な財産は読者からの信頼だ。広告の引き上げは一時的な収入源のみの問題だが、信頼は情報という「形のない商品」を扱うメディアにとっては生命線そのものだ。  みずほフィナンシャルグループの担当者から連日電話攻撃を受けながら、私は思った。
「こうやって脅かせば、日本の記者は企業に負けてしまうのかもしれないな」

P113
 ところが日本の新聞では、匿名のコメント率があまりにも高いから驚く。名前を明示したコメントは、むしろ少数派だ。これは、発言者は責任をもたず、記事を載せている新聞社も情報の真偽に責任をもたないと言っているに等しい。匿名にする意味のないコメントまで匿名にする慣習は、アメリカのジャーナリズムから見て異常としか言いようがない。

P150
大学で机を並べていた者たちが、官庁と新聞社という違いはあるにせよ、”同期の入社組”としてそれぞれが同じように出世してゆく。
 これは何を意味するのか。私が12年間、日本で取材活動をするなかで感じたことは、権力を監視する立場にあるはずの新聞記者たちが、むしろ権力側と似た感覚をもっているということだ。
~中略~
 日本の新聞記者は、あまりにもエリート意識が強すぎるのではないだろうか。彼らは政治家に対してはわりと批判的なのに、行政のバッシングはできるだけ避けようとする。
いまでも官僚批判は雑誌メディアやネットメディアの独壇場だ。政治家の記事は書き放題なのに、官僚バッシングをやりたがらないのだ。
それはやはり、官僚が貴重な情報源であるのと同時に、どこかで同志意識のようなものがあるからだろう。
~中略~
 大学を卒業すると同時に、二十代前半の若さで新聞社に入れば、何か不祥事でも起こさない限り、定年まで一生勤められる。このような勤務形態は、アメリカのメディアからみればとても珍しい。
「なぜ他社と横並びになり、当局幹部を狙って夜討ち朝駆け取材を続けなければいけないのか」「記者クラブは本当に必要なのか」などと疑問をもつような学生は、日本の記者クラブメディアには必要とされない。
「ジャーナリスト=専門職」という意識をもつ記者は日本の情報機関にとって不要であり、「ジャーナリスト=サラリーマン」であることが望ましいのだろう。

「本当のこと」を伝えない日本の新聞
マーティン・ファクラー (著)
双葉社 (2012/7/4)

 

「本当のこと」を伝えない日本の新聞 (双葉新書)

「本当のこと」を伝えない日本の新聞 (双葉新書)

  • 作者: マーティン・ファクラー
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2012/07/04
  • メディア: 新書




 私は昔日本財団というところに勤めていたのだが、その時、財団の若い職員としばしば調査のために外国に行っていた。 そういう場合、新聞記者も望めば同行することもあった。
非常に人間的にいい人と、およそその非常識ぶりが信じられないような威張って無礼な記者がいるのも、大新聞社であった。 彼等は、朝の挨拶もしない。帰る時お互いに「お世話になりました」の一言も言えない。
財団に現地の旅費まで出させておいて、首都で政治上の変化があると、夜のうちにさっさと一言の挨拶もなく「消えた」支局長さえいた。

人生の原則
曾野 綾子 (著)
河出書房新社 (2013/1/9)
P74

 

人生の原則

人生の原則

  • 作者: 曾野 綾子
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/01/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


 政治家や革命家は社会を創り、宗教家や教育家は人間を創り、靴屋は靴を作り、銀行家は金を作る。すべて個体だ。
ところが新聞ジャーナリストときたら、気体をおっかけまわしているのである。
靴屋がビニール製のめずらしい靴を作った。それニュースとばかりに書く。すべて自分以外の人物が創造したことによって発散する気体のようなものを、新聞ジャーナリストは追っているわけである。

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10
司馬遼太郎 (著)
新潮社 (2004/12/22)
P57

 

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)

  • 作者: 遼太郎, 司馬
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/12/22
  • メディア: 文庫

 

 今、四国遍路には年間何万人もの巡拝の人たちがお参りに来られるので、たくさんの雑誌やテレビ、出版社の方からのさまざまな取材の依頼がある。その中には、「秘仏を撮影する」ことをコンセプトにした写真集を企画している人もいて、当然、その取材では「秘仏を開帳してくださいませんか?」という依頼を受けることになる。なかなか見られない存在があると、人はそれに思いを馳せ、見たくなってしまうようだ。 もしかしたら、それも「秘仏」の存在理由のひとつかもしれない。
「今回は、多くのお寺さんで撮影することが出来ました。撮れてないのはここと、あと、わずかだけですよ・・・・」
 若い坊さんの僕に、暗にプレッシャーをかけるように、丁寧だけど断りにくい言葉を選んで相手も話す。しかもこれは後で、正確な情報でないことがわかった。
「多くの方に仏さんの縁をいただければ、と思いまして」
 そう言われるとなんだか本当に断りづらい。お坊さんとの仕事に慣れているのだろう。しかし、今回はちょっとしたスタンドプレーになったとしても、よく考えた結論として「今回は撮影を見送ります」ということをお伝えすることにした。なんだか腑に落ちなかったのだ。そして腑に落ちないのであれば、するべきではないと思った。
 「これは特別なものだから」といって仏像をベールに包んでしまうことを、批判することはある意味、たやすいことだろう。
「なに、もったいつけてんの?」。そんな言葉も聞こえてきそうだ。おなじように撮影を断ったお寺さんは、態度を豹変させた取材者から、「本当はなんにも、入ってないんじゃないですか?」と笑いながら、吐き捨てるように言われたということだった。

 

ボクは坊さん。
白川密成 (著)
ミシマ社 (2010/1/28)
P113

ボクは坊さん。

ボクは坊さん。

  • 作者: 白川密成
  • 出版社/メーカー: ミシマ社
  • 発売日: 2010/01/28
  • メディア: 単行本

 

四国遍路; 愛媛県 57番栄福寺

2025年1月18日土曜日

インフォームド・コンセント

P165
やっているときにリアルタイムに見せてくれると、そりゃあいいです。手術も全身麻酔をしないで、お腹を見せて、説明しながらしてくれる先生もいるらしいから、病気によってはそうすると非常にいい。
 それはどういうことかと言うと、ドクターの目がある位置に患者の目があるということです。これは情報開示です。
インフォームドコンセントは口で言うわけだから、ドクターからのまた聞きのようなものです。
実際に現場でそれを見せてもらっていると、とても安心感があるの。「ゆだねる」と言うよりも、むしろ「共に」という感じだね。このことを覚えていてください。「共に」ということ。

P190
ここに病があって、病人がいて、治療者がいて、インフォームドコンセントが行われて、病人が病についての知識を得ることによって、病と病人が一体であったものが、病人と病が切り離されて、そこから病人はこの病を治療者と一緒に眺めて、いろいろと意見が作れるようになることが、本当はインフォームド・コンセントの主たる目的なんです。
 だけど今のインフォームド・コンセントはそうではなくて「きちんと言っておかないと、あとで裁判になったときに負けるから言っておく」というものになった。これはインフォームドコンセントの悪用です。
 インフォームド・コンセントの本来の正しいやり方、情報を共有した二人が病について意見を出し合うためのインフォームド・コンセントという使い方、根本の姿勢を覚えておいてください。~中略~
血液を採るときに、採血管を三本用意して、「これはこのための採血で、これはこのための採血なんですよ」と説明すると、それで知識が得られて、「なぜ三本なんだろうか?」という不安は減るでしょう。これは知識を与えることによって、不安を取り払うことになるわけ。
よく説明することは精神療法なの。

P234
 インフォームド・コンセントの根本は、手術という作業に多少とも患者も参加できるように、「ああ、そういうことがあるのか」とか「そういうことになるのか。そんなになったら大変だね」とかいうふうになって参加型のはずなんだ。
今はそうなってないね。参加型じゃなくて、「これは言っておかないと、あとで、訴えられたらかなわん」と、インフォームド・コンセントは相互不信に根ざしている。出席を取るのと同じだ。
 お互いが信じあわないように、訴えられてもいいようにするとなったら、これは精神療法にはならないです。
だけどお互いが分かるように、同じものを見て、考えて、意見を言うようになっていれば。これは精神療法になる、これをやってほしい。

神田橋條治 医学部講義
神田橋 條治 (著), 黒木 俊秀 (編集), かしま えりこ (編集)
創元社; 初版 (2013/9/3)

神田橋條治 医学部講義

神田橋條治 医学部講義

  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2013/09/03
  • メディア: 単行本

 

美保関灯台 島根県松江市美保関町

トレードオフ

  世の中には、簡単に両立しないテーマがたくさんある。
~中略~

両立しにくい性質だからと安易に妥協すると、なんら特徴のない中途半端な商品になってしまう。それではお客様の支持は得られない。
両立しにくいものにあえて挑戦するのが、改善実行の重要な課題だ。

若松 義人 (著)
貧乏トヨタの改善実行術 カネがないなら知恵を出せ
大和書房 (2007/03)
P87

貧乏トヨタの改善実行術 カネがないなら知恵を出せ (だいわ文庫)

貧乏トヨタの改善実行術 カネがないなら知恵を出せ (だいわ文庫)

  • 作者: 若松 義人
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2022/05/20
  • メディア: 文庫
 
 
 

>>>トレードオフ

 


社会的影響の問題を解決するには、トレードオフ(相殺)が必要である。ある程度以上影響を除去しようとすると、得られる効果に対して累積的に資源、エネルギー、資金が必要である。そこで費用と効果とのバランスを得るための意志決定が必要となる。
~中略~
しかし産業の外の者にはまったく理解できない。そのため彼らの提案は、トレードオフの問題を無視したものとなる。

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則
ピーター・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳)
ダイヤモンド社; エッセンシャル版 (2001/12/14)
P97

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2001/12/14
  • メディア: 単行本

  さて、結果が「良い」とは何をもって「良い」とするのか。
これこれが良かったからどうこう、という評価項目を、臨床試験でエンドポイントという。
~中略~ そう考えていくと、本物のエンドポイントは、三つしか残らない。
生存期間、QOL、そしてコストである。
~中略~
 以上まとめると、長生きできる方がよく、同じ寿命なら症状がないほうがよく、同じ寿命と生活なら金がかからない方がよい、ということになり、これはまことにもっともなこととご納得いただけると思う。
往々にしてしかし、これは二律背反になる。
寿命と引き換えにQOLをどこまで犠牲にするか、ものすごく金のかかる治療はどんなものか、などなどである。

偽善の医療
里見 清一(著)
新潮社 (2009/03)
P177

偽善の医療 (新潮新書)

偽善の医療 (新潮新書)

  • 作者: 里見 清一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/03/01
  • メディア: 新書
神戸

慢性炎症→線維化→発がん

 肝臓は比較的再生能の強い臓器なのですが、炎症が何年にもわたると、それにも限界がでてきます。また、慢性炎症の状態は臓器に線維化を引きおこします。
線維化というのは、線維芽細胞が増殖し、もともとあった細胞がなくなって、コラーゲンなどの線維成分が沈着するようになった状態です。
他の臓器では、たとえば肺繊維症とかいうように、○○繊維症という言葉が使われるのですが、肝臓の場合は、一般的には肝繊維症とはいわずに、肝硬変と呼ばれます。
 いずれのウイルス(住人注;B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルス)にも、発がんに直接関係する遺伝子があるわけではありません。長期間にわたって細胞の再生と炎症が継続されることにより、遺伝子に突然変異の生じることが、B型、C型肝炎ウイルスによる発がんの主たる要因とされています。
ですから、抗ウイルス薬でウイルス感染をなくしてやれば、かなり肝発がんも抑えることができるはずなのです。

こわいもの知らずの病理学講義
仲野徹 (著)
晶文社 (2017/9/19)
P293

こわいもの知らずの病理学講義

こわいもの知らずの病理学講義

  • 作者: 仲野徹
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 2017/09/19
  • メディア: 単行本

美保関灯台 島根県松江市美保関町

2025年1月17日金曜日

南海トラフ地震


 わかっているのは、①南海トラフの地震は約一〇〇年の周期で発生。②同時もしくは数年内に遠州灘から四国沖まで連動するのが普通である。③古文書の記録によれば九〇年間より短い周期で二回おきたことは歴史上確認できない。
④歴史記録のしっかりしている南北朝時代以降で観察すると一五〇年の間に起きなかったことは一度もない。以上のことである。
~中略~
 最近、南海トラフが動いたのは一九四四年(昭和東南海地震)と一九四六年(昭和南海地震)である。約七〇年が経とうとしている。③の南海トラフは九〇年以内に二回おきたことはないという歴史的経験からすれば、我々には二〇年ちょっとの地震猶予期間が与えられているのかもしれないが、相手は地球である。

天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災
磯田 道史
(著)
中央公論新社 (2014/11/21)
P78

天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

  • 作者: 磯田 道史
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/11/21
  • メディア: 新書

 

熊野磨崖仏(くまのまがいぶつ) 大分県豊後高田市田染平野

震災に際し、重要な視点

第一に、一人ひとりが能動的に考え、行動すること。未曾有の事態に、マニュアルはない。
一人ひとりが、なにが大切か、なにができるか、自らの頭で考え、行動することが大切だと思う。

第二に、日々の、日常の生活を大切にすることである。
~中略~

最後に、最も重要なのは、共感だと思う。現場から私がメールを送り続けた、経験豊かな先生からは「なにもできませんが、すこしだけでも、共感を通して重荷を背負うことができました」というメールをもらった。
そしてその気持ちは、被災者の方々にも伝わるはずだと信じている。

医療支援はどう始まったか──岩手県からの報告
  山本太郎 (長崎大学熱帯医学研究所)

世界 2011年 05月号

岩波書店; 月刊版 (2011/4/8)
P223

世界 2011年 05月号 [雑誌]

世界 2011年 05月号 [雑誌]

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/04/08
  • メディア: 雑誌

神戸

P56
 神戸における奈良・京都式の観光資源といえば、なんといっても須磨である。いや須磨であろうと考えていた。
 そこには、源平合戦の哀史があり、古寺須磨寺がある。当然、神戸の人はそれを愛惜し、それに執拗な愛情を持ち、保存し、宣伝しているのだろうと思っていた。
 とは、大きな見込みちがいだった。神戸のひとは、自然に歴史をくっつけて愛惜するよりも、自然に人工をくわえて、歴史とは離れたあたらしい観光資源に仕立てようという欲望のほうが、はるかにつよい。
(昭和36年11月)

須磨寺

P103
道頓堀の「たこ梅」のおやじさんは傍若無人な人物だが、この人が生えぬきの大阪人であるというたった一つの理由で客から許されているし、東京でもたとえば築地の魚河岸のすし屋などは、代々の江戸っ子でないと客は尊敬しないのだ。
 神戸はそうではない。
 みんなが、それぞれの個性を持ち寄って、町のふんい気をつくりあげている。
~中略~
 つまり、町が気楽にできているのだ。たれも土地っ子であることを誇らないし、誇るのは無意味だとおもっている。みんながこの町の自由さを愛し、個性をまるだしにして暮らしている。
 そういうキサクさがこの町の魅力なのだ。~略
(昭和36年12月)

P115
 神戸の市民のよさは「芸術というのは市民社会にどのように用ウベキモノカ」という奇妙な智恵をもっている所にある。これはゆゆしき知恵で、日本では、おそらく神戸しか、この「智恵のフンイキ」はないであろう。
大阪は、明治以来、日本で最も多く画家や作家を出した町だが、町自体は、いつになっても、スミからスミまでどろくさい。芸術家を輩出させていながら、「芸術の効用」を知らない市民社会なのである。その証拠は、心斎橋筋を北から南まで一往復すればわかる。その店舗装飾のどろくささ、商品の安っぽさ、歩いている男女の服装のどろくささ、まったく、変な町である【もっとも私は、本心、そういう大阪が好きなのでありますが)。
 しかし、神戸の元町やセンター街は、違う。同じ摂津国にありながらどことなくアカぬけている。~略
(昭和37年2月)

P127
 神戸市は、須磨寺のあたりを境界に、東は摂津、西は播州にわかれている。旧分国の境界にまたがって成立した大都会は他に例がないが、それだけに神戸人の性格は複雑といえる。
上方的な繊細さと播州的な豪気さが、そのもともとの風土のなかにあるのだろう。
(昭和37年3月)

P279
 日本史上、神戸に大聚楽を作ろうと思ったのは、平清盛だけである。晩年、この巨大な政治家も、京都における政情のわずらわしさに倦み、かつ、かれは海外貿易(平家のお家芸であったし、それが平家をして天下をとらしめた経済的理由であった)に熱中していたから、
 ―やっぱり福原(神戸)や。
 とばかりに、福原遷都を断行した。が、それはさまざまな理由で無理で、このため、平家没落後はふたたび神戸は一漁村になった。
一つは、これは妄断だが巨大な人口をまかなうだけの水がなかったからではあるまいか。
(昭和38年1月)

P296
 京都人も神戸人も、他の都市人とちがうのは、自分の住んでいる町が日本で一番いいと思いきっている点である。
 東京や大阪は、稼ぎ泥棒の集まりのような一面があり、名古屋や福岡は、中央に対する劣等意識がつよい。
 が、京都人と神戸人はちがう。この町が一番いいと思っているし、町を住みよくきれいにしようという、西洋流の都市感覚がもっとも発達している。
~中略~
 神戸は、日本の六大都市の中では、もっともあたらしい都会である。幕末に、英仏蘭伊などの公使が幕府に「兵庫開港」をせまり、すったもんだのあげく実現した。いわば、西洋人がつくった町である。

 

P297
陳舜臣氏がいっているように、誕生のときからコスモポリタンの町なのである。こういう都市の成立は、日本ではほかに函館があるが、都市としての規模はくらべものにならない。
 この町の「見学」で、私はいろいろなことを知った。
 大阪人は安物買いがすきだが、神戸人は、上質のものがすきである。大坂人はドクドクしいデザインのものがすきだが、神戸人は、しゃれた見あきない美しさのものがすきである。
 大阪人は、値の安い二流品でがまんするが(市立の学校を作っても)、神戸人は、それが一流でないとがまんできない。~後略
(昭和38年3月)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10

司馬遼太郎 (著)
新潮社 (2004/12/22)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10 (新潮文庫)

司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10 (新潮文庫)

  • 作者: 遼太郎, 司馬
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/12/22
  • メディア: 文庫

 

神戸