2010年4月5日月曜日

医師が国に勝訴、「保険医登録取消処分は違法」

山梨地裁、小児科医の訴え認める、「行政の裁量にも限度あり」
2010年3月31日 橋本佳子(m3.com編集長)
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 みぞべこどもクリニック(山梨県甲府市)院長の溝部達子氏が、保険医療機関の指定取消と保険医登録取消という二つの処分の取り消しを求め、国を提訴していた裁判で、山梨地裁は3月31日、原告の訴えを認める判決を下した。ただし、国に求めていた損害賠償(10万円)は認められなかった。
 溝部氏は、無診察投薬等で監査を受け、41万7845円(不正請求34万2176円、不当請求7万5669円)、2005年11月に二つの取消処分を受けていた。溝部氏は同月に提訴、翌2006年2月に裁判所は処分の執行停止を決定している(溝部氏はその後、保険診療を再開)。みぞべこどもクリニックの存続を求めた患者らによる「山梨の小児医療を考える会」が発足、2万8000人分以上の署名を集め、行政に働きかけるなどの動きもあった。
 判決で取消処分が違法だとした理由について、代理人の石川善一弁護士は、「判決は、健康保険法に基づく指導・監査には、行政の大きな裁量権があるとしながらも、その裁量権には限度があるとしている。今回の取消処分は、社会通念上、著しく妥当性を欠くことが明らかであり、裁量権の範囲を逸脱していると判断された」と説明。
 溝部氏は判決の感想について、「ほっとしているが、国は控訴すると思う。保険の審査、指導、監査については、合理的かつ明確なルールがなく、行政の裁量権は大きい。今回、提訴したのは、こうした事実を明らかにし、この問題を広く知ってもらい、行政庁、医療者、患者などに考えてもらうことが目的。医療を崩壊させずに、患者本位の医療ができるようなルールを作ってもらいたい」と語った。
 関東信越厚生局では、「判決を精査して控訴するかどうかを決定する」としている。
判決後、自院で記者会見する溝部達子氏(左)と代理人の石川善一弁護士(右)。裁判所の傍聴席と記者会見には、患者家族が多数訪れていた。
 「個別指導は、取り調べ・捜査だった」
 溝部氏は、2004年9月、2005年1月、同年2月の3回、個別指導を受けた。その内容は、「指導ではなく、取り調べ・捜査だった」と溝部氏は裁判の陳述書で述べている。2005年3月に監査を受け、同年11月に取消処分を受けた。
 溝部氏は、夜10時、11時まで診察することも多かった上に、病児保育を手がけていた。1回目の個別指導では、点滴の本数や薬の量などが問題にされたが、2回目以降は無診察投薬などが問題視された。例えば、兄弟の一方が受診し、同様の症状を持つ患者家族に診察をせずに抗インフルエンザウイルス薬を処方するケースなどがあった。
 判決では、「(保険医あるいは保険医療機関の指定の取り消しに関する)国の裁量にも限度があるというべきであって、処分理由となった行為の態様、利得の有無とその金額、頻度、動機、他に取りうる措置がなかったかどうか等を勘案して、違反行為の内容に比してその処分が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には、裁量権の範囲を逸脱しまたはその濫用があったものとして違法となる」としている。
 その上で、溝部氏の処分について、「原告の行為は、いずれも保険診療上許容されるべきものではなく、長期間にわたっている」と厳しい判断を下しつつ、(1)患者のためを思っての行為であり、悪質性が高いとまでは言えないものが占める割合が多い、(2)金額は多額ではない、(3)不正・不当請求も、原告自らの利益のみを追求するものではなく、患者の希望や要請に基づいて診察・処方している、(4)個別指導を行った上で、経過観察したり、再度指導をするなどの方法や、監査を行った上で他の処分も行うことも可能だった、などとした。
 石川氏の知る範囲では、同様に保険医登録等の取消処分の取り消しを求めた裁判は2件あるという。いずれも地裁では、取消処分の取り消しが認められたものの、1件は高裁で逆転判決(確定)、もう1件は高裁で係争中だ。高裁で確定した判決は、溝部氏の判決と同様に、行政の裁量権が問題になり、ほぼ同じ考え方で処分の違法性が判断されたという。
曖昧な処分基準の見直しが不可欠
 溝部氏が一番問題視していたのは、無診察投薬の有無ではなく、監査を受け、保険医登録の取り消し等を受けた点だ。「指導・監査を経て、私の診療上の問題点が明らかになってからは、社会保険事務局の言う無診察処方、その他の不正・不当とされる診療はしていない」(溝部氏)。
 保険医療機関や保険医に対する、健康保険法に基づく指導・監査は、指導大綱・監査要綱に基づき実施される。
 監査の対象となるのは、診療内容または診療報酬の請求に不正または著しい不当があったことを疑うに足る理由があるとき、度重なる個別指導でも診療内容または診療報酬の請求に改善が見られないときなど。監査の結果、保険医登録あるいは保険医療機関指定の取消・戒告・注意の処分が行われる。
 もっとも、溝部氏の指摘のように、処分の基準は明確ではない。保険の取消は、「故意に不正または不当な診療を行ったもの」「重大な過失により、不正または不当な診療をしばしば行ったもの」など、戒告の対象は「重大な過失により、不正または不当な診療を行ったもの」「軽微な過失により、不正または不当な診療をしばしば行ったもの」など、注意は「軽微な過失により、不正または埠頭な心労を行ったもの」などと定められているだけだ。
 何が監査の対象になるのか、さらに「故意」「重大な過失」「軽微な過失」に該当するか、また「しばしば」の程度などは明確ではない。換言すれば、行政の裁量範囲は広い。
 前述のように今回の判決は、「行政に大きな裁量権がある」ことを前提に判断している。石川氏は、「健康保険法の裁量権の範囲自体を問題視するのは、立法論になるため、今回の裁判では踏み込んでいない」としながらも、「健康保険法の改正は必要」と求めている。

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