2010年4月22日木曜日

新型インフルエンザの失策を合法化する厚労官僚たち

予防接種法改正は誰のため? - 医師・村重氏
新型インフルエンザの失策を合法化する厚労官僚たち
2010年4月21日 村重直子(医師)

新型インフルエンザのワクチンで注目を集めた予防接種法について、厚生労働省が今国会に提出した改正法案(PDF:151KB)は、4月13日参議院で可決され、4月14日から衆議院で審議中です。
参議院での投票結果を見ると(参議院のホームページを参照)、どの党でも、あまりにも完璧な党議拘束がかかっており、この国には言論の自由がないのかと改めて実感します。
これで、官僚が作った法案の内容を、国会議員が審議したことになってしまうのですから、官僚主導になるのも当然とうなずけます。

 予防接種法は、ワクチン接種の対象疾患を一類疾病と二類疾病に分けていますが、「その発生及びまん延を予防することを目的」「個人の発病又はその重症化を防止し、併せてこれによりそのまん延の予防に資することを目的」という区別は、医学的にも現実的にも分けられないものを、机上のロジックで無理に分けているとしか思えません。

 厚労官僚は、なぜこんな無理をしてまで、この二つを分けたのでしょうか。
実は、この区分が分けているものは、ワクチン接種後の重篤な副反応に対する無過失補償の金額なのです。
つまり、厚労省が払う補償金額を下げるために、二類を作ったわけです。国民にとっては、二類を作られたこと自体が、不利益となっているとも考えられます。
さらに、一類と二類という非現実的な区別が存在するために、以下のような、議論のための議論が不毛に繰り返されています。

 予防接種法では、定期接種のほかに、臨時接種という類型を設けています。突発的に起こる新型インフルエンザのように、緊急的に政府がワクチン対策をしなければならないもののために、臨時接種があると言えます。
国の責任で対応できるように、予防接種法の一類疾病の項に、次の条文があります。
 「前各号に掲げる疾病のほか、その発生及びまん延を予防するため特に予防接種を行う必要があると認められる疾病として政令で定める疾病」
 新型インフルエンザにこれを適用すれば、今回のような法改正の必要はなく、政令で迅速に一類に追加し、臨時接種とすることができるのですが(2条2項8号、6条)、昨年、これをしなかった理由を、厚労官僚は国民に対してきちんと説明するべきです。

 仮に、百歩譲って新型インフルエンザを二類とするとしても、「インフルエンザ」はもともと二類に規定されており、臨時接種が可能でした(6条)。昨年、新型インフルエンザにこのスキームを適用しなかった理由も、厚労官僚は国民に対して説明しなければなりません。
 2010年1月27日の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会において、厚労官僚は「病原性が季節性インフルエンザと同程度のものであったため接種対象者に接種の努力義務を課すほどのものではないと判断」したため、臨時接種としなかったと説明しました(PDF:324KB)。
 つまり、弱毒性だから努力義務を課すほどのものではないという説明ですが、努力義務というのは、本質的に国民の権利義務に影響はありません。
努力義務があってもなくても、接種をするかどうかは、本人の意思で決めることができます。
逆に、臨時接種にしなかった結果、副反応が起きた場合の国の補償制度の対象から外されてしまったことの方が、国民の権利を損ねる方向へ、大きな影響があったと言えます(2009年12月の特別措置法で、二類相当の補償を作りましたが、国民が受け取れる補償金額は一類よりもはるかに少ないのです)。
こうしたことも、厚労官僚が一方的に「臨時接種にしない」という判断を下してよいのではなく、意思決定プロセスをオープンにして、国民のメリット・デメリットをきちんと議論するべきではないでしょうか。

 予防接種部会の厚労官僚の説明では、弱毒性の新型インフルエンザに対応する枠組みがなかったから、対応するため新たな枠組みを作るという趣旨でしたが、新たに作るのは二類の臨時接種です。つまり、弱毒性の新型インフルエンザは、二類の「インフルエンザ」(2条3項)に含まれることになります。昨年、二類の「インフルエンザ」には含まれないとして、新型インフルエンザを臨時接種にしなかったことと矛盾します。

 今後、別のタイプの新型インフルエンザが発生した時、日本政府はワクチン対策をどうするつもりなのでしょうか。
これまでの厚労官僚の説明を聞いている限り、新型インフルエンザは、強毒性なら一類、弱毒性なら二類とする、という意味になります。
医学的にも現実的にも、この区別は不可能ですし、合理性がありません。
それに、致死率やどの程度重症化するか(強毒性か弱毒性か)は、感染拡大した後でしか分かりません。
それを待ってから一類か二類か決めるのでは手遅れになります。
感染拡大する前に、ワクチンを広く接種することが、政府として取るべき対策ではないでしょうか。
新型インフルエンザ発生時の混乱を助長し、ワクチン接種が手遅れとなる要因となるので、シンプルに、区別せず一つにまとめるべきではないでしょうか。

 今回の法改正の主旨は、予防接種部会での厚労官僚の説明を聞いていた方はお分かりの通り、二類の臨時接種を作ることだったのですが、実はもともと二類の臨時接種はありました。
ではいったい、この法改正は何のためなのでしょうか。厚労官僚の説明によれば、この区別が分けるものは、無過失補償の金額を一類よりも低くすることなのです。
加えて、これまで公費負担だった臨時接種を、費用徴収(自己負担)可能としたのです。費用徴収するかどうかは、自治体の判断となります。
 こうしてみると、今回の法改正は、政府として行うべき法定の臨時接種でありながら、国民が受け取れる無過失補償金額を下げ、接種費用は自己負担にできる枠組みを作った。つまり国民の権利を損ねる法改正であると言うこともできます。

 それだけではありません。必要なワクチン接種を推進するためには、フィードバックが必要です。接種を始めた後も、副作用報告などのデータが集まっていますから、そのデータベースを多くの人々が利用できるように、公開しなければなりません。
そうすれば、多様な視点から、臨床的有効性や副作用頻度などの分析結果がたくさん発表され、検証や改善が進むでしょう。
さらに、副作用が起きてしまった人々をみんなで支えていくための、十分な無過失補償と免責制度も必要です。
 一類か二類かという不毛な議論に振り回されるのではなく、データベース公開や無過失補償・免責制度など、本当に必要なことを、皆さんに広く議論していただきたいと思います。

筆者プロフィール 村重 直子(むらしげ なおこ)氏
1998年東京大学医学部卒業。横須賀米海軍病院、ベス・イスラエル・メディカルセンター内科(ニューヨーク)、国立がんセンター中央病院を経て、2005年厚生労働省に医系技官として入省。
2008年3月から舛添前厚労大臣の改革準備室、7月改革推進室、2009年7月から大臣政策室。
2009年10月から仙谷大臣室(行政刷新担当、当時)、2010年3月退職)。

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