2026年1月7日水曜日

人生は奉仕である


一八六三年、リッツに遅れること一三年後に生まれたエルズワース・M・スタッドラーが、近代ホテル経営のパイオニアといわれております。
~中略~ 彼はリッツの精神である「お客は常に正しい」を学んで、生涯の経営哲学としたのでありますが、近代ホテルの基礎は、彼の創造によるところが非常に大きいといわれております。
~中略~
彼のモットー「人生は奉仕である。向上する人とは、周囲の人たちに、他の人よりわずかでも多くの、そして、より心のこもった奉仕のできる人である」、この彼の言葉が、現在でもコーネル大学ホテル経営学部のスタドラー・ホールのレリーフに彫られている、ときいております。

患者本位の病院改革
新村 明(著),藤田 真一(著)
朝日新聞社 (1990/06)
P134

患者本位の病院改革

患者本位の病院改革

  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 1987/03/01
  • メディア: 単行本

 

東大寺 奈良県

耳に快いことは要注意

耳中、常に耳に逆らうの言を聞き、心中、常に心に払( もとる )るの事ありて、
纔( わずか )にこれ徳を進め行いを修むるの砥石( しせき )なり。
若し言々耳を悦ばし、事々心に快ければ、、
便( すなわ )ち此の生を把( と )りて鴆毒( ちんどく )の中に埋在せしむるなり。

        洪自誠 
           守屋 洋 (著), 守屋淳 (著)
           菜根譚の名言 ベスト100
             PHP研究所 (2007/7/14)
             P17

 

 

菜根譚の名言 ベスト100

菜根譚の名言 ベスト100

  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2013/02/01
  • メディア: Kindle版
 
 
 
「人間は自分のことはわからない・・・」ものなんだ。だから、他人が言ってくれたことはやっぱり素直に聞かないとね。

池波 正太郎 (著), 柳下 要司郎 (編集)
新編 男の作法―作品対照版
サンマーク出版 (2004/05)
P54

 

新編 男の作法―作品対照版

新編 男の作法―作品対照版

  • 出版社/メーカー: サンマーク出版
  • 発売日: 2004/05/01
  • メディア: 単行本

 

 

 

経営者に役立つのは、耳ざわりな直言である。
[安藤百福] 日清食品創業者 | 1910-2007

「否定と出会う」ことが出発点である。
[ジークムント・フロイト] オーストリアの精神分析学者 | 1856-1939

人生はワンチャンス! ―「仕事」も「遊び」も楽しくなる65の方法
水野敬也 (著), 長沼直樹 (著)
文響社 (2012/12/11)
10

人生はワンチャンス!- 「仕事」も「遊び」も楽しくなる65の方法 人生は~シリーズ

人生はワンチャンス!- 「仕事」も「遊び」も楽しくなる65の方法 人生は~シリーズ

  • 出版社/メーカー: ミズノオフィス
  • 発売日: 2013/07/05
  • メディア: Kindle版

信言(しんげん)は美ならず、美言は信しんならず。善なる者ものは辨(べん)ぜず、辨ずる者ものは善ならず。
知しる者ものは博(ひろ)からず、博き者ものは知しらず。
聖人は積まず。既(ことごと)くを以て人ひとの為にして、己れ愈(いよ)いよ有り、既くを以て人に与えて、己れは愈いよ多し。
天の道は、利して而(しこ)うして害せず、聖人の道は、為して而して争わず。

老子
小川 環樹 (翻訳)
中央公論社; 改版 (1997/03)
P169

老子 (中公文庫)

老子 (中公文庫)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1997/03/01
  • メディア: 文庫

【鍋島直茂】(一五三八~一六一八)―後悔―

 当時、気味よきことは必ず後に悔やむことあるものなり。わが気にいらぬことが、わがためになるものなり。

日本人の叡智
磯田 道史 (著)
新潮社 (2011/04)
P24

 

日本人の叡智 (新潮新書)

日本人の叡智 (新潮新書)

  • 作者: 道史, 磯田
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/04/16
  • メディア: 単行本
東大寺 奈良県

執念の産物

P68
前略~
 仕事に困難や失敗はつきものだ。そのようなとき、困難に敢然と挑戦し失敗に屈せず再起させるものが、執念である。そればかりではない。およそ独創的な仕事といえるのも、執念の産物であることが多い。
湯川博士は中間子理論のヒントを寝床の中で得たという。しかしその背後には、寝ても覚めてもその一事に凝り憑かれた長い執念の期間があったことを忘れてはなるまい。 ~後略

P72
前略~
一回かぎりの成功は、まだほんものの成功とはいえない。第一の成功が呼び水となって、第二第三の成功を生みだしてこそ、企業の成長、個人の成長がある。
それゆえ「成功は成功の母」である。
~中略~
一回かぎりの失敗は、実はまだ失敗とはかぎらない。肝心なことは、その失敗を足がかりとして将来にどういかすかである。とことんまで失敗の原因を窮め、同じ失敗を二度と繰り返さないことだ。そうすると「失敗は成功の母」となる。
 この二つの相反する格言は、アフターケアのたいせつさを指摘している点で共通の真理なのである。

P87
前略~同じような能力でスタートしても、長いマラソンレースの間に差がついて、ゴールで大きく水があくという事実が厳然としてある。いったいこれはどうしてであろう。
 これを解くカギは、俗にいう「根性」にあると思う。根性とは、いろいろ定義のしかたがあろうが、要するに「仕事への欲の強度と持続力」だといえよう。

~後略 

経営の行動指針―土光語録
土光 敏夫 (著), 本郷 孝信 (編集)
産能大出版部; 新訂版 (2009/10/15)

経営の行動指針―土光語録

経営の行動指針―土光語録

  • 出版社/メーカー: 産能大出版部
  • 発売日: 2009/10/15
  • メディア: 単行本

 

東大寺 奈良県

慇懃無礼

 真実を敬語をおおうことをやめよう。率直さを敬語で失うことをやめよう。

経営の行動指針―土光語録
土光 敏夫 (著), 本郷 孝信 (編集)
産能大出版部; 新訂版 (2009/10/15)
P187

経営の行動指針―土光語録

経営の行動指針―土光語録

  • 出版社/メーカー: 産能大出版部
  • 発売日: 2009/10/15
  • メディア: 単行本

 

東大寺 奈良県

朝は挨拶から

ネットワークを広げる秘訣。
それは挨拶にある。
あまりにも当然のことだが、それを軽んじ、おろそかにしている人が少なくない。

橋本 保雄 (著)
感動を与えるサービスの神髄―ホテルオークラを築いた人間(おとこ)の経営学
大和出版 (1999/09)
P203

感動を与えるサービスの神髄―ホテルオークラを築いた人間(おとこ)の経営学

感動を与えるサービスの神髄―ホテルオークラを築いた人間(おとこ)の経営学

  • 作者: 橋本 保雄
  • 出版社/メーカー: 大和出版
  • 発売日: 1999/09
  • メディア: 単行本


挨拶は人と人、心と心を結ぶ「金の鎖」である。
「おはよう」の一言に、自分が見事に現れる。
日常の当たり前の行為に、
じっくり磨きをかけたい。

「挨」は押す、「拶」は迫るという意味で、「押し合いながら前に進む」ことを言う。せっかく挨拶するのであれば、相手の心に触れるつもりで交わしてみたい。

丸山 敏秋 (著), 倫理研究所
幸せになる法則を発見した人 丸山敏雄伝
近代出版社 (2001/11)
P12

幸せになる法則を発見した人 丸山敏雄伝

幸せになる法則を発見した人 丸山敏雄伝

  • 作者: 丸山 敏秋
  • 出版社/メーカー: 近代出版社
  • 発売日: 2001/11
  • メディア: 単行本



 

東大寺 奈良県

SFA(営業支援システム)

P5
 近年は、情報技術(IT)を活用して、営業の業務を支援するためにつくられたツールも発達しています。代表的なものがSFA(営業支援システム)で、日本でもすでに十数年ほど前から導入され始めています。
 営業担当者はパソコンなどの端末にその日の活動内容を書式に従って入力し、次回の訪問前には過去の記録を参照しながら行動計画を立てます。その情報は営業部門全体で共有され、営業マネージャーは各担当者が抱える案件の進捗管理がしやすくなります。
 しかし、SFAを導入しても、先の課題解決にうまく活用できていないと言われるのはなぜでしょうか。
SFAは営業部門のマネージャーが使う管理ツールとしてとらえられる傾向が強く、多くの営業担当者にとってはかえって入力作業が増えて煩わしいだけと思われてしまうため、担当者が自ら利用したいというモチベーションが働きません。

P7
 企業規模が大きくなればなるほど時間をかけ作成された豊富なコンテンツがありますが、整理するだけでも苦労するほど大量に蓄積されています。これを私たちは「コンテンツ資産」と呼んでいます。
 私はこの全社に存在するコンテンツをいつでもすぐに探し出せるようなイントラネットを構築し、検索エンジンも導入してきましたが、唯一手が届かなかったのが現場の営業担当者の手元で情報提供のIT化です。
そこにタブレット端末が出てきたことで、社外に出て顧客と対話しながらでも、その場に必要な説明材料を簡単に取り出せる環境が整いました。
 売り込もうとする相手の心をつかむには、会社の資産であるコンテンツをタイムリーに、しかも最適なものを選んで営業の現場で取り出せるかどうかがカギになります。

P76
ところで、営業担当者が会社のウェブサイトに載っているコンテンツの内容を理解していなかったり、存在自体を知らなかったりすることは珍しくありません。これでは、せっかく話を聞いてみようと思って営業を呼んでみたけれども、ウェブサイトを見るだけでよかったということになってしまいます。
 ウェブ上にある情報では分からないような話ができなければ、わざわざ人が営業しに行く意味はありません。
 営業担当には、多くのコンテンツや情報を現場で活用することが求められます。

 

P116
 デジタル化することで大量の情報を扱うことができるようになりますが、その欠点は、何がどこにあるか非常に分かりにくいことです。
訪問先でも、窓口や店頭でも同じことですが、情報を引き出すのに時間がかかっていると相手は待ってくれません。

最強の営業部隊をつくる タブレットPC活用戦略
関根 潔 (著)
幻冬舎 (2016/12/13)

最強の営業部隊をつくる タブレットPC活用戦略 (経営者新書 182)

最強の営業部隊をつくる タブレットPC活用戦略 (経営者新書 182)

  • 作者: 関根 潔
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2016/12/13
  • メディア: 新書

 

東大寺 奈良県

2026年1月6日火曜日

アサーション

P160
 アサーション(Assertion)とは、論理的・建設的に物事を考え、感情をコントロールし、自分の意見や気持ちを正しく相手に伝えて、望ましい結果を得るためのコミュニケーションスキル。

直訳すると「主張」ですが、アサーションは単に自分の主張を相手に押付けるものではありません。相手にとって受け入れやすい表現で働きかけ、相手の主張も認めて合理的にコミュニケーションをとることを重視しています。  

P161
 アサーションにおける「伝えるスキル」としては、「DESC法」があります。DESC法とは、相手を不快にさせずに自分の意見や気持ちを伝える話法で、Describe(描写する)、Express(表現する)、Suggest(提案する)、Consequence(結果を示唆する)という四つのステップの頭文字から名づけられた言葉です。
 各ステップのポイントは、次のとおりです。
 (D) 現在の状況や相手の行動などを客観的に描写します。主観をまじえず、事実をさらりと伝えます。
 (E) Dについての自分自身の主観的な気持ちを説明します。特に、否定的な意見を伝えるときは「私は○○が違うと思いました」のように、主語=自分を明確に示します。
 (S) 状況を変えるための解決策や妥協案を提案します。
 (C) 「○○であれば、こうなります」というように、相手に結果を示唆します。

メンタルトレーニング実践講座
田中ウルヴェ京 (著)
PHP研究所 (2009/7/18)

メンタルトレーニング実践講座 (PHPビジネス新書 103)

メンタルトレーニング実践講座 (PHPビジネス新書 103)

  • 作者: 田中ウルヴェ京
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2009/07/18
  • メディア: 新書

P24
アサーションとは、自分も相手も大切にする、正直で率直な自己表現です。
アサーションとは、
よりよい人間関係を構築するためのコミュニケーションスキルです。

P45
 アサーションは、1私を主語ににて、2自分への直接的な影響と、3「今、ここ」の客観的な事実だけを述べることで、相手の反発を避けながら自分の正直な気持ちを率直に伝えるスキルなのです。

P60
アサーションの文章を作るにはいくつかコツがあります。
1私を主語に私の感情を語る
2自分への直接的な影響を述べる
3今、ここの客観的な事実だけを描写する
4解決策を押しつけない

P96
 アサーションが有効なのは、「自分は困っているが相手は困っていない」という状況です。

マインドフルネス 「人間関係」の教科書 苦手な人がいなくなる新しい方法
藤井 英雄 (著)
Clover出版 (2017/5/25)

マインドフルネス 「人間関係」の教科書 苦手な人がいなくなる新しい方法

マインドフルネス 「人間関係」の教科書 苦手な人がいなくなる新しい方法

  • 作者: 藤井 英雄
  • 出版社/メーカー: Clover出版
  • 発売日: 2020/08/28
  • メディア: Kindle版


島根県 足立美術館

ユマニチュード

「ユマニチュード(humanitude)という言葉をご存知ですか。
 約40年前、フランスでイブ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティというふたりのフランス人(ともにスポーツ介護士)によって考案された認知症ケアの手法のこと。
「ユマニチュード」とはフランス語で「ヒューマン(human=人間)の意味があります。
 認知症の患者さんに対して、病人ではなく「ひとりの人間」として接し、人と人とのつながりに重きを置くアプローチは、先に述べたイギリスの「パーソン・センタード・ケア」とも相通じるものがあります。
 ユマニチュードの基本は、
1笑顔で見る、目をあわせる(LOOK)
2話しかける(TALK)
3触れる(TOUCH)
4立つように促す(STAND)
という4つの技法を柱にして、認知症の人とコミュニケーションを図るというものです。頭文字をとって「LTTS」と覚えてください。

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護
板東 邦秋 (著)
ワニブックス (2017/1/24)
P83

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護 (ワニプラス)

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護 (ワニプラス)

  • 作者: 板東 邦秋
  • 出版社/メーカー: ワニブックス
  • 発売日: 2017/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

島根県 足立美術館

パーソン・センタード・ケア

 近年、認知症介護の現場でゆく耳にする「パーソン・センタード・ケア」という言葉があります。イギリス生まれの認知症介護の考え方なのですが、日本語に訳せば「人(患者)を中心に置いた介護」、もっとかみ砕けば、
 認知症の患者さんをひとりの人間として尊重し、尊厳を守り、患者さんの視点や立場に立って理解して行なう介護
  とうう意味合いになります。
 また、介護する側の効率を重視・優先するような栄養(食事)と排せつ、体の清潔といった最低限の画一的なケアだけでなく、患者さん本人の気持ちや個性、さらにはその人の人生を十分に考慮しながら行なうケアとも言えます。
「そんなの当たり前でしょ」と思うかもしれません。「あえて提唱するようなことではない当然のこと」という声もあるでしょう。
 しかし嵐のように忙しく過ぎていく毎日の現場のなかで、いつしか「当たり前」や「当然」が置いてきぼりにされてしまうことも少なくありません。

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護
板東 邦秋 (著)
ワニブックス (2017/1/24)
P69

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護 (ワニプラス)

家族と自分の気持ちがすーっと軽くなる 認知症のやさしい介護 (ワニプラス)

  • 作者: 板東 邦秋
  • 出版社/メーカー: ワニブックス
  • 発売日: 2017/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

島根県 足立美術館

プレシジョンメディシン

 がんに限定されたことではありませんが、プレシジョンメディシンという言葉があります。
日本語に訳すと「精密医療」ということになるのですが、いまひとつニュアンスが伝わりにくいので、プレシジョンメディシンといわれることの方が一般的なようです。
~中略~
 かつては、誂え服になぞらえて、オーダーメード医療とかテーラーメイド医療、あるいは、個別化医療といった言葉がよく使われました。しかし、ゲノム解析が正確におこなわれ、また、特定の変異に対してピンポイントで効く薬剤がどんどん開発されてきたことから、プレシジョンメディシンという言葉が使われるようになってきています。

こわいもの知らずの病理学講義
仲野徹 (著)
晶文社 (2017/9/19)
P340

こわいもの知らずの病理学講義

こわいもの知らずの病理学講義

  • 作者: 仲野徹
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 2017/09/19
  • メディア: 単行本

島根県 足立美術館

ドクターズ・ドクター

P57
マスコミなどでもしばしば「がん」の話題は取り上げられますが、そのテーマと言えば、最新治療法、名医紹介、病院ランキング、食事療法などがほとんどです。
おそらく読者、視聴者の関心に合っているのでしょうから、それはそれで構いませんが、一つだけ忘れてほしくないことがあります。それは、
「適切な診断のないところに適切な治療はあり得ない」
ということです。そして、がんの診断法にもさまざまなものがありますが、今のがん医療の中で最も精度が高く、確定診断として位置付けられているのは、病理診断という顕微鏡レベルの診断法なのです。

P61
しかし現在、日本には、病理専門医は約2100名しかおらず、この数は、米国と比較すると約5分の1といわれています。
~中略~
日本に病院と名のつく施設で常勤病理医がいるところは、実に10%にも満たないのが現状です。
   さらに、「がん」を専門に扱うと表明している「がん診療連携拠点病院」ですら381病院のうち53病院(約14%)の病院で常勤の病理医が不在というに至っては、日本のがん診療体制の脆弱性を感じずにはいられません。
~中略~
 そこで私が皆さまにおねがいしたことは一つです。ご本人、親・親戚や知り合いが、「がん」を疑われた場合や「がん」と診断された場合に、ぜひ担当の医師に病理診断レポートを見せてもらい説明を受けて下さい。
福嶋敬宜

P83
岡田氏(住人注;岡田正彦 医師)は現在、超高齢者の診察にも当たっているが、末期がんと診断されている人も少なくないという。
その多くが、病院から「末期がんのため治療できない」と宣告された人たちだ。彼らは、痛みを訴えることも、がんに関する一切の治療・服薬もなく、日々を健やかに過ごしているという。
「がん=死、という”常識”をもつ人には奇異に映るかもしれませんが、『共生できるがんも存在する』というのが私の偽らざる実感です。~中略~
 がんがやっかいなのは「短期間のうちに死に至るから」ではなく、「悪性か良性かの判断が難しいから」というのが岡田氏の考えである。

取材・文/山守麻衣(ライター) 

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ
別冊宝島編集部 (編集)
宝島社 (2013/4/22)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2013/04/22
  • メディア: 大型本

島根県 足立美術館

ATP

P061
 生きてゆくにはエネルギーが必要です。というと、なにをあたりまのことをと思われるかもしれません。しかし、ここでいうのは、食物のエネルギーとかではなくて、細胞が生きていくためのエネルギーです。そのエネルギー源となる分子が、ATP(アデノシン三リン酸)です。

P064
 私たちの体の中には、おおよそ100グラム程度のATPが存在するとされています。
なんだそれっぽっちか、と思われるかもしれませんが、一日あたり、なんと、おおよそ体重に匹敵するほどのATPが合成されると考えられています。また、ATP製造工場であるミトコンドリアの数も非常に多いことが知られています。
~中略~
 エネルギーの源であるATPは、ものすごい数のミトコンドリアで、ものすごい速度で合成されてものすごい速度で消費されているのです。ですから、酸素が少なくなると、すぐにエネルギーの通貨ともいえるATPが供給不足に陥ってしまいます。

こわいもの知らずの病理学講義
仲野徹 (著)
晶文社 (2017/9/19)

こわいもの知らずの病理学講義

こわいもの知らずの病理学講義

  • 作者: 仲野徹
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 2017/09/19
  • メディア: 単行本

 

63番吉祥寺 愛媛県

2026年1月5日月曜日

神と仏の共存と神仏分離

 私は、真言密教の日本の思想に対するもっとも大きな影響は、真言密教によって神と仏が一体となったことであると思う。
六世紀半ばに移入された仏教は従来の日本の神道とトラブルを起こし、その結果、蘇我・物部の戦いという宗教戦争が起こり、戦争は蘇我側、仏教側の完全な勝利に終わったが、神と仏との関係はその後も多生ぎくしゃくしていた。
しかし東大寺建造にあたって、応神天皇を主神として祀る宇佐八幡が宇佐から上京し、天神地祇(ちぎ)を代表して東大寺建造を祝福して以来、神と仏の新しい蜜月関係が生まれたのである。

 この蜜月時代は空海の真言密教によって決定的となる。東寺の境内にある鎮守八幡宮は平城一派の人々の怨霊の鎮魂のために空海が建てたものとされるが、そこに空海が造ったという僧形八幡神像がある。僧形八幡神像というのは宇佐八幡の主神、応神天皇が僧形になったものであり、これほど神と仏の合体を明らかに示すものはない。
~中略~

密教寺院には金銅仏などはなく、ほとんどすべて木彫仏である。日本人にとって木はもともと神を宿すものであり、仏像が木で造られることによって神と仏はまさに一体化したといってよい。そして日本人にとって神は異形の姿をしていると考えられ、異形の行基仏や密教の仏などは神に近いものと考えられたのであろう。

 神と仏はこのように空海以来、多生の屈折があるものの、仲よく共存していたが、明治維新政府は神仏分離、廃仏毀釈の政策をとることによって神と仏を分離し、仏を廃棄してしまった。
この政策の影響は今なお根強く残っていて、現在でも仏教は公教育から締め出され、一木一草の中に神仏をみるという、千年の間、日本人の心性を培った信仰は失われてしまった。

 現在、日本人の精神の空白がしきりにささやかれるが、空白を回復するには神仏分離、廃仏毀釈の政策を深く反省し、神と仏の融合を図った空海の思想を復活させねばならないであろう。

梅原猛、日本仏教をゆく
梅原 猛 (著)
朝日新聞社 (2004/7/16)
P57

梅原猛、日本仏教をゆく

梅原猛、日本仏教をゆく

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2004/07/16
  • メディア: 単行本

P59
 神仏習合と言いますが、神さんと仏さんが仲良くなったのは、奈良時代の終りからです。詳しい話をすると大変に面白いんですが、役行者で始められた神仏習合の信仰が確立されたのは白山信仰によってです。
越前と加賀と飛騨の間に白山という山があります。その信仰をつくり出した泰澄という人が神仏習合に大きな役割を果たしました。
白山は雪をかぶった白い山でしょう。雪が溶けて田植えができる。稲作農民にとって、水を供給してくれる白山ほどありがたい山はない。白山信仰は、日本の稲作農民の信仰になった。白山は神の山であり、仏の山でもあるという信仰ですが、その白山の主峰の本地仏は十一面観音です。
 十一面観音は、左手に水瓶を持っている。だから水の神さまです。この水の仏の信仰によって日本の農民に仏教が定着したんです。その白山信仰を始めたのが泰澄ですが、行基は泰澄から神仏習合の思想を学んだ。
 行基のほうが泰澄より年上です。行基は、泰澄の白山信仰を受け継いで新しい神仏習合をつくりだした。それが八幡信仰です。

P61
神さんと仏さんはずっと仲よくやってきたんです。
 それをいけないと言ったのは、国学の中の、特に平田神道です。国学でも賀茂真淵や本居宣長は仏教をそんなに排斥していません。
ところが、平田篤胤という人はエキセントリックな人で、神さんと仏さんが仲よくすることに反対した。
 その平田神道が明治維新の思想的原動力になりました。
その結果、明治政府の中に水戸学者や平田神道系国学者が入りました。彼らが行ったのが廃仏毀釈、神仏分離です。
~中略~

天皇は明治以前は仏教の信者でした。天皇になれない皇子は、門跡寺院の門跡になられた。青蓮院とか、三千院とか、たくさんの門跡寺院があるでしょう。
 ところが、明治政府は天皇家から仏教を奪ってしまった。そうして、天皇家を自分たちの祖先を崇拝する新しい神道の信者とした。しかし、第二次大戦に敗れて、その国家神もマッカーサー指令によって廃止された。
 だから、今の天皇家は無神論。そんな国は世界中にないですよ。京都の泉涌寺は天皇家の祖先の墓があるところです。今の天皇はよく泉涌寺へ参られますが、しかし、自分は仏教信者だとは言えない。やはり廃仏毀釈は続いていると私は思うんです。

 もうひとつ重要なのは、仏教の道徳が学校教育から追い出されたことです。千年以上の間、日本人の心を養ってきた仏教の道徳が公教育から締め出されてしまった。教育勅語には仏教の道徳はほとんど入っていません。
~中略~

  国を愛することはいいことです。私は自分は日本人の誰よりも愛国者だと思っています。
私が日本のことを研究したのは、日本が好きだからです。けれども、明治の国家主義が日本の伝統とは思えない。あれは明治にできた新しい考え方です。
 ところが、そういう修身道徳も、戦後、マッカーサー指令によって禁止されました。そうすると道徳がなくなってしまうんですね。世界的に見て、今の日本ほど無神論の国はないと思います。~略~
 国民も廃仏毀釈で神と仏を殺してしまった。宗教もない。道徳もない。仏教は檀家制という形で残っているけれど、だからといって日本人が仏教を信じているわけではない。神道も信じてない。キリスト教の人は神を信じているかもしれませんが、おおかたの日本人は無神論だということになる。

梅原猛の授業 仏になろう
梅原 猛 (著)
朝日新聞社 (2006/03)

 

梅原猛の授業 仏になろう

梅原猛の授業 仏になろう

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2023/11/24
  • メディア: 単行本

 

 

 俊政(住人注;求菩提山座主延寿王院俊政(三好久弥麿))が座主拝任をして(住人注;本山聖護院より)帰国後の二年目には、廃仏毀釈となった。
慶応四年(明治元年)である。座主二〇歳、奥方美也一四歳のときで、一山は元老山伏たちの評儀が毎日のように続き、いよいよ四月一一日廃仏毀釈が決行された。
 月次記録に「講堂鰐口取除事、仏像仏器御除事」、
また諸記録に、
「上宮中宮鰐口弐面并仏像仏器経巻取除多宝塔ヱ相囲戸并〆仕候」
とある。ところが明治一二年の宝物古器物古文書取調帳には、
「維新御改革廃仏の当時紛失に付詮索中に御座候」
とあり、多くのものが盗難に会ったように記述されているが、持ち出したものも多かったのであろう。
 明治の改変といったものは、これこそ大変なものであった。座主を始め、山伏たちは還俗して、普通の人の名前に改めなければならなかった。座主は、三好久弥麿と改めた。三好を名のったのは、初代座主の道達の祖が三好を名のっていたからである。
 山伏たちは改名にあたって、自ら思い思いの名前をつけた。第一回目の届出をみると、ほとんどの人が、日本国中の国名を自分の名につけた。陸奥、長門、大和、土佐、日向などであったが、これは許可にならず、次は武士名をつけた。そして明治五年修験道禁止令を受け、一山はますます深刻な立場となった。
 したがって、これまでの山伏たちは生活に当惑した。生活の方途として、これまでの檀家に改新した神社の大麻を配布したり、売薬を業とするものなどあった。

山伏まんだら―求菩提山(くぼてさん)修験遺跡にみる
重松 敏美(著)
日本放送出版協会; 〔カラー版〕版 (1986/11)
P80

 

山伏まんだら―求菩提山(くぼてさん)修験遺跡にみる (NHKブックス)

山伏まんだら―求菩提山(くぼてさん)修験遺跡にみる (NHKブックス)

  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2023/11/24
  • メディア: 単行本
 
 
 
 
 
 
 

DSC_6185 (Small).JPG臼杵石仏ホキ石仏

  ただ一つの仮説を提出してみよう。まず最初の問いである。なぜに不動明王は、それほどもまでに日本において崇拝されたか。
その理由をとく鍵は、日本における修験道の発展であろう。役小角に始まるといわれる修験道は、日本固有の山岳信仰と密教的な呪法を結びつけたものであった。この修験道でもっとも崇拝された仏は、他ならぬ不動明王だったのである。歌舞伎の「勧進帳」に出てくる山伏の姿を、弁慶は「不動明王の尊容を象(かたど)り」という。
一体、このように神道が仏教と結びつくとき、なぜ、不動明王のような怒れる神の像が選ばれるのであるか。
上田正昭氏は、この理由として日本における「荒ぶる神」の崇拝をあげられる。スサノオ命以来、日本では荒ぶる神の信仰が盛んである。荒ぶる神に祈って、その力を利用しようとする考えが、仏教と結びつき、不動崇拝を生み出したのではないかといわれる。
 この上田氏の仮説は大変興味深い。私はこの仮説にもう一つの仮説を加えよう。
火に対する日本人の並々ならぬ趣向が、火の神としての不動明王を数ある仏の中から、もっとも神と習合しやすいほとけとして選び出さしたものではないか。柴燈護摩といわれる修験道の行事は、実はサイ(遮る)の神のゴマという意味であり、境の地にあって火をたいて悪魔が入って来るのをこばむサイト焚きといわれる行事が、修験道にとりいれられたのであるといわれる。
夜、炎々と燃える火のイメージ、私は日本人は特にこのような火のイメージに狂的な感動を覚えた民族ではないかと思う。この火に対する趣向が怒りの神不動に特別な愛着をもたらしたものではないか。

続 仏像―心とかたち
望月 信成 (著)
NHK出版 (1965/10)
P97

 

続 仏像―心とかたち (NHKブックス 30)

続 仏像―心とかたち (NHKブックス 30)

  • 作者: 望月 信成
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2023/11/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 

 そして、仏教は、日本の固有信仰のさまざまなかたち(とりあえずは、それらを総称して「神道」とよぶ)を、「仏教」の枠内に取り込もうとしたのであって、もともと対立的なものではなかった。
すでに八世紀には宇佐八幡(神道)が東大寺大仏建立(仏教)についての託宣をもたらしている。そして、後に東大寺が大仏建立に協力した宇佐八幡の神を勧請して鎮守(手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう))ともしている。
これを神仏混淆というなら、わが国の宗教は最初から神仏混淆であったというしかない。
極論すれば、悪名高い明治の神仏分離令(一八六八年)に至るまで、神仏はともに親しく拝まれてきたのであり、それを受け入れる柔軟な(そして寛容な)知性こそが、この国の宗教をかたちづくってきたのではないかと思う。
 われわれは神仏分離令以後の百五十年間において、行政による信仰への介入、つまり、神社合祀(一九〇六年)や神道指令(一九四五年)など、日本の宗教の本質部分を解体しようとする試みによって、次々と精神的拠りどころを奪い去られてきた。
自然を愛し、神も仏も同じように(宗派や教義にとらわれず)信じ、つねに祖先とともにあるようなおおらかな宗教風土はいまや絶滅寸前であるもといえよう。
 そんなときに「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されたのは、とても偶然とは思えない。
それは熊野を中心としたネットワークをもとにして、日本の宗教を見直す機会が与えられたことだと理解してよいのではなかろうか。
日本中を旅すると、この列島にはかつての宗教風土がそのまま残されているところをいまだ無数に見出すことができる。
九州の阿蘇、国東半島、出雲地方、四国の八十八ヵ所めぐり、六甲山地、奈良の長谷寺、室生寺周辺、奥三河、日光、湯殿山をはじめとする出羽三山などには、かつての信仰の跡が数多く見出される。
そこでは、外来の仏教が土着の神祇(じんぎ)信仰となだらかに一体化していった過程がしばしばみてとれる。
実際には、神道から仏教へという変化は、一方を他方が凌駕したというわけではなく、共同体の祭祀に支えられた従来の神祇信仰から私的所有を根本とする氏族社会へと移行するにしたがって、仏教に精神的支柱を求める傾向が強くなったということにすぎない。
六世紀頃から両者の融和が促進されていったわけだが、そうやって、興福寺は春日大社を、延暦寺は日吉(ひよし)(日吉(ひえ))大社を、金剛峯寺は丹生都比売神社を、東寺は伏見稲荷を鎮守としてもつようになったのである。さらに、長谷寺はその奥の院として瀧倉(たきのくら)社をもつし、室生寺は背後に鎮座する室生龍穴神社なしには存在しえなかったのである。

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く
植島 啓司 (著), 鈴木 理策=編 (著)
集英社 (2009/4/17)
P26

 

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/04/17
  • メディア: 新書
求菩提山 福岡県

教育基本法第九条

梅原 学校の問題もあるな。今の教育に一番欠けているのは道徳教育です。
道徳の元になっているのは宗教ですよ。ところが、今の学校教育は宗教を排除していますね。
梅原猛

玄侑 確かに、各宗教のエッセンスだけでも、学校で教えてもらわないと困りますね。
教育基本法をよく読むと、宗教が完全に排除されているのではなくて、「特定の宗教を生徒に勧めてはいけない」ということなんですけど、先生もいろいろな非難が怖くて、宗教には触らないでおこうというのが実態ですね。「お寺の前では合唱して、神社では拍手を打つんですよ」と教えただけで、訴えられてクビになった人もいますから。

だけど実際には、教育基本法第九条に「宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は,教育上これを尊重しなければならない」という条文もあるんですよね。
この寛容さというのも、各宗教を知らなくては培われません。

玄侑 宗久 (著)
多生の縁―玄侑宗久対談集
文藝春秋 (2007/1/10)
P168

多生の縁 玄侑宗久対談集

多生の縁 玄侑宗久対談集

  • 作者: 玄侑 宗久
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/03/24
  • メディア: 単行本

 

佐賀県 祐徳稲荷神社

手をあわせる

 神社仏閣やお墓参りで、あるいは家の仏壇や神棚の前で、私たちは幼い頃から見よう見まねで、折に触れ、手をあわせてきました。また、昇る朝日に合掌するのも、先祖から受け継いできた昔ながらの習慣です。お天道様(太陽)の恵みを身にしみて感じていた先祖たちは、「ありがたい」という気持ちから自然に手をあわせてきたのでしょう。
 日本人にあまりにもなじんだ、この手をあわせるという行為には、実は深い意味があります。
右手は仏様や自分以外の人を、左手は自分自身を表します。合掌とは、両者をひとつにあわせることを意味するのです。
 神仏に手をあわせる時は、尊い存在と自分がひとつになるように、お墓や仏壇ではご先祖様に寄り添うように・・・・・。そうやって、私たちは感謝と祈りを届けていたのですね。
 この美しい習慣を見直してみましょう。
 朝は、「今日も一日、元気に過ごせますように」と祈りを込めて、夜寝る時は一日の無事に感謝して、そして食事の前後には「いただきます」「ごちそうさまでした」と、命をくれた食材や作ってくれた人への御礼とともに、力まず、恥ずかしがらず、自然な気持ちで手をあわせてみてください。
 ざわざわしていた心がチューニングされ、静かになっていくのを感じるでしょう。
 もし仏壇が家にあれば、どうぞその前に座って、ご先祖様にお線香を上げてから合掌してください。もし家に仏壇がない場合は、その場で心を込めて手をあわせる。それだけで十分です。
 それでも、心の拠り所となる場所があれば、こんなに心強いことはありません。

怒らない 禅の作法
枡野 俊明 (著)
河出書房新社 (2016/4/6)
P118

 

怒らない 禅の作法 怒らない禅の作法 (河出文庫)

怒らない 禅の作法 怒らない禅の作法 (河出文庫)

  • 作者: 枡野俊明
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2016/04/22
  • メディア: Kindle版
京都府 貴船神社

神道の聖域

P60
 もともと聖域のシンボルとして以下のような区分けが考えられる。(上田正昭「神道の聖域」「仏教」no.32(特集=聖域)、法蔵館、一九九五年、三八頁。)
①神籬(ひもろぎ)
②磐座(いわくら)
③磐境(いわさか)
④神奈備(かんなび)
⑤杜(もり)(神社)

 もちろん、①から⑤へと進化していくことになるわけだが、それらのいくつかは同時に存在することもある。以下、簡単に説明を加えてみよう。
神籬は「神事をとりおこなう際、臨時に神を招請するため、室内や庭に立てた榊(さかき)。しめ縄を張って神聖なところとする。
古くは、祭りなどの際に、周囲に常磐木(ときわぎ)を植えて紳座とした場所」を指している(大辞林(第二版)三省堂、一九九五年、二一九三頁)。
磐座はそこが聖域であることを示す特別な石または石組みのことであり、磐境はその規模が大きくなったもので、特に大きな石組によって特徴づけられる。
神奈備は神座(かみくら)の山や丘を指す。杜(もり)についてはご存知のとおり。そこには祀る側の 人間の意思が反映されることになる。
 それらの場所において、古来、人びとは祈りを捧げ、祭事を執り行ってきた。しかし、そもそもは何もないところに結界を作って神を下すのが祭事の始まりであって、磐座はそのための目印だったのではないかと思われる。
後になって目印そのものをご神体としたり、そこに社殿をつくって特別な礼拝所として、人びとが恒常的に祈りを捧げる場所としたのであろう。
 祭場の推移を示唆する遺跡については、福岡県宗像郡沖ノ島の祭祀遺跡などいくつか知られているが、簡単にいうと、山中の巨岩(磐座)そのものへの信仰から、次第に祭場が分離して、困難な岩場から通りやすい平地へと場所を移してきた経緯が読みとれよう。
カミ観念の発展と祀り場の変遷との間には密接な相関関係がある。このことは沖ノ島の祭祀遺跡の場合のみならず、かなり広範囲にみられる現象であり、たとえば、奈良県天川村の山上ヶ岳(一七一九メートル。大峯山または金峯山と呼ばれることもある)の山頂祭祀によって形成された遺跡の場合にも当てはまる。

P64
もともとは「竜ノ口」という岩裂が信仰の対象となっており、そこで祭祀が執り行われていたのだが、そこの社が作られるとともに護摩壇が置かれ、時を経るにしたがい、行場としての性格を確立していったわけである。崇拝対象が「竜ノ口」から蔵王権現に移るとともに、いよいよ山上蔵王堂が拡張されていく。
時枝務は、それについて、以下のように述べている。「蔵王権現が顕在化した一一世紀が大峰山の山岳宗教にとって大きな画期であったことはまちがいない。蔵王権現が修験道独自の神格であり、その崇拝者が修験者であると考えてよいとすれば、一一世紀こそは修験道が成立して時期と判断できるのである(時枝務 「修験道の考古学的研究」 雄山閣、二〇〇五年、二九頁)」。

 

P130
 聖地には、たしかに神が降臨したと思われる場所と、人が一方的に神との交流を求めようとして設営した場所とがある。
それらが一緒くたにされていることが問題なのである。そうはいっても、ここでお断りしておかなければならないが、後者がまったく無意味だというわけではない。
人びとが集まり祈りを捧げる場所は、それでもなお「神を現出させる」ことがあるからである。多くの人びとが集まり祈りを捧げることによってそこが特別な場所へと変化するといった例も少なくない。
むしろ逆に、手つかずの自然に神が宿ることなどけっしてありえないのである。人跡未踏の地に神の姿を見つけることはできない。

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く
植島 啓司 (著), 鈴木 理策=編 (著)
集英社 (2009/4/17)

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/04/17
  • メディア: 新書

 

奈良県; 山上ヶ岳;

福岡県宗像市 宗像大社 沖津宮 遙拝所