それから自分は都井(とい)の宮浦に上陸して、牧の野馬を見に岬の鼻までいった。
高鍋藩の経営した、これもいたって古い海の牧場で、いわゆる福島馬の故郷である。今や馬種の改良が盛んに行なわれている。御崎(おさき)社内の野生蘇鉄とともに、「この山の猪捕るべからず」の制札をもって、天然記念物の野猪は保存せられているが、人作の福島馬のみはえらい虐待で、社はことごとく二歳になる前に、牧から追われて試情馬などの浅ましい生活を送っており、これに代わって異国の種馬が、来たって極端の幸福を味わっている。
これから峠をまた一つ越えると、福島の町が見える。すなわち中世の櫛間院の地であって、クシはすなわちまた岬の古語である。
入海を隔てて志布志の蒲葵島が美しく、その向こうには大隅の山が見える。大隅のスミはやはりまた、シマのことだろうと考えられた。
海南小記
柳田 国男 (著)
角川学芸出版; 新版 (2013/6/21)
P38

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