科学というものはまことに結構なものである。~中略~ その点はまことに結構であるが、それと同時に人間がことごとく人形になってしまった。機械になってしまった。
これは私は近代文明の弊害であると思う。機械を使うというと、人間が機械になるのでないことはいうまでもないが、人間はまた妙にそれに使われる。
使うものに使われるというのが、人間社会間の原則であるらしい。人間が機械をこしらえて、いい顔をしている間に、その人間が機械になってしまって、その初めに持っていた独創ということがなくなってしまう。近代はますますひどくなってその幣に堪えぬということになっている。
この幣に陥らざらしめんため、宗教がある。宗教は常に独自の世界を開拓して、そこに創造の世界、自分だけの自分独自の世界を創り出して行くことを教えている。宗教によってのみ、近代機械化の文明からのがれることができると私は思う。~中略~
また、それと同時に、物を離れて物を見る、この機械となっている世界を離れて、別に存在する世界を見る、すなわち物の中にいて物に囚(とら)われぬ習慣をつけておかなければならぬと思う。
朝から晩まで慌ただしい、機械化した生活から一歩退いてその圏外に立って、この世界を見るということができねばならぬ、すなわち座禅をしてみるというだけの余裕ができればならぬと思う。
禅とは何か
鈴木 大拙
角川書店; 改訂版 (1999/03)
P100

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