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近代になると儀式が形骸化し、ハレの日と日常の区別がつかなくなりました。初詣をする人の服装を見れば五〇年前との違いがよくわかります。それだけわれわれは生活のケジメをつけなくなっているのです。
日常生活と晴れの日のケジメのなさは、心と物質、現実と非現実の境界もあいまいにしています。
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心の問題で、いちばんたいへんな境界例といわれる人たちは、自他の境界があいまいで、本来ならば母子一体感の時期に獲得しておくべき、基本的安定感(人間信頼の基礎)が確立しておらず、人間不信が底にありながら、誰かれに対しても、母子一体感的な甘えを求めます。
心の問題で、いちばんたいへんな境界例といわれる人たちは、自他の境界があいまいで、本来ならば母子一体感の時期に獲得しておくべき、基本的安定感(人間信頼の基礎)が確立しておらず、人間不信が底にありながら、誰かれに対しても、母子一体感的な甘えを求めます。
これらの人びとの特徴は、極度のわがままと相手も立場からものごとを見る視座に欠けていることです。ケジメと社会常識の作法に欠けるのです。
プロカウンセラーの聞く技術
東山 紘久 (著)
創元社 (2000/09)
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