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白州正子さんは死を予感して、ご自分で電話をして救急車を呼んだ。待っている間に、お好きなものを食べた。入院して間もなく昏睡状態となり、旬日を経ず他界した。
その一週間ほど前、一献差し上げたいからといささか急なお招きが懸かった。いぶかしながらも、鶴川のお宅に伺ったところ、白州さんは2階で床に着いていた。
そのとき白州さんが、月の光のようにキラキラとした顔をしておられたのを、今でも思い出す。
その夜、白州さんは酒宴には加わらなかった。私たちはスッポンの饗応にしたたかに酔って、夜遅く帰宅した。
後で、それは白州さんのお別れの儀式だったと知った。
~中略~
こんな死に方をしたいと心に決めてきたが、私のほうはそうはいかなくなった。
~中略~
私は理想の死に方さえ奪われてしまったのだ。
さてと、考えてしまう。死線をさまよって生き返った身だ。死はもう怖くない。
~中略~
私は麻痺を除けば、体は頑強だ。うまく死ねそうにない。阿鼻叫喚の最後くらい覚悟している。でもこれまでの苦しさに比べれば、どんな苦痛にも耐える自信はある。私のような重度の障害者は、日常が苦痛の連続である。声を失った今は、叫ぶことさえできない。
~中略~
どうやら、私は知らないうちに答えを見つけていたようだ。それは平凡だが「歩キ続ケテ果テニ熄ム」というようなことらしい。
私は物理的には歩けないが、気持ちは歩き続けている。白州さんも西行も、結局同じところに死をみつけたのではないか。体は利かないがこれならできる。もう少しだ、と思って、私はリハビリの杖を握り、パソコンのキーボードに向かう。そして明日死んでもいいと思っている。
寡黙なる巨人
多田 富雄 (著), 養老 孟司 (著)
集英社 (2010/7/16)
P137
実はわたしは、次のように感じています。
にんげんいつかは死ぬだろうけれど、いつ、どんな死に方をするかは決められない。じたばたするかもしれないし、しないかもしれない。突然死するかもしれないし、しないかもしれない。
まだ死んだことがないのでわからない。
それより多くのひとびとの死に方を学んできて思うのは、どんな死に方もあり、という感慨です。
終末期についての研究から私自身が得たもっとも大きな成果は、これでした。
生まれることと死ぬことは、自分の意思を超えています。それをもコントロールしたいと思うのは、神をも怖れぬ不遜。ですが、生きているあいだのことは、努力すれば変えられる。与えられた生の最後までを生きぬくこと。
おひとりさまの最期
上野千鶴子 (著)
朝日新聞出版 (2015/11/6)
P269


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