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鈴木 そして私の前に光の源である生命に満ち、完全な人格を持つ方が存在していました。
私はその光そのものの方にすべてを理解され、すべてを受け容れられているという不動の確信に満たされてゆきました。
それは愛そのものだ、慈しみそのものだ、この方と自分が人格として相通じているという強い一体感を感じて、愛の極致とはこういうことだという実感がありました。
そこにいつまでも留まりたいと感じていたのですが、何か下のほうから、「癒してください、癒してください」というたどたどしい日本語が聞こえてきましてね。
生命の光が、あの世に帰りなさいと私に促しているんです。
鈴木秀子
玄侑 そこで”あの世”というのは、われわれがいまいる”この世”のことなんですね。
鈴木 そうなんです。そしてあの世で最も大切なことは二つしかない。「知る」ということと、「愛する」ということだ、と言葉ではなく、存在から存在に直接伝わるように以心伝心で伝わってきて、私の中に核になるような力で治まったんです。
その「知ること」、「愛すること」っていうことは、結局「叡智」と「慈しみ、慈悲」だということ。
だから、本当の人間に生きる叡智は、人を知れば知るほどその人を受け容れて、その人のすべてを理解すれば、愛さずにいられなくなる。そういう「叡智」と「慈愛」のようなものだということを体中で感じたんです。
玄侑 いまの”人格としての光”というのは、仏教で言えばまさに阿弥陀如来のことですね。
玄侑 宗久 (著)
多生の縁―玄侑宗久対談集
文藝春秋 (2007/1/10)

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