2026年5月20日水曜日

志の至ると至らざる

P58
  有智高才を用いず、霊利聡明によらぬは、まことの学道なり。
あやまりて盲聾痴人のごとくなれとすゝむるは非なり。
学道は是れ全く多聞高才を用いぬ故に、下根劣器と嫌ふべからず。
誠の学道はやすかるべきなり。

然あれども大宋国の叢林にも、一師の会下の数百千人の中に、まことの得道得法の人はわづかに一人二人なり。
然あれば故実用心もあるべきなり。
今ま是を案ずるに志の至ると至らざるとなり。真実の志を発して随分に参学する人、得ずと云ふことなきなり。

真実には、今日今時こそかくのごとく世間の事をも仏道の事をも思へ、今夜明日よりいかなる重病をも受て、東西をも弁へぬ重苦の身となり、
亦いかなる鬼神の怨害をもうけて頓死をもし、いかなる賊難にもあひ怨敵も出来て殺害奪命せらるゝこともやあらんずらん。
実に不定なり。

然あればこれほどにあだなる世に、極て不定なる死期をいつまで命ちながらゆべきとて、種種の活計を案じ、剰さへ他人のために悪をたくみ思て、いたづらに時光を過すこと、
極めておろかなる事なり。

 

此の道理真実なればこそ、仏も是れを衆生の為に説きたまひ、祖師の普説法語にも此の道理のみを説る。
今の上堂請益等にも、無上迅速生死事大と云ふなり。
返返(かえすがえす)も此の道理を心にわすれずして、只今日今時ばかりと思ふて時光をうしなはず、学道に心をいるべきなり。
其の後は真実にやすきなり。性の上下と根の利鈍は全く論ずべからざるなり。

懐奘 (編集), 和辻 哲郎
正法眼蔵随聞記
岩波書店; 改版版 (1982/01)

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鹿児島県 霧島連山

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