2008年10月6日月曜日

Evidence Based Medicine

http://www.hirano-med.or.jp/Academy/Report_4.htm
より



1.Evidence Based Medicine
 Evidence Based Medicine(EBM)[(科学的)根拠に基づく医療]という言葉を最初に使ったのは、カナダのマクマスター大学のG.H.Guyattで、1991年のことである.その背景には、その当時既に過去30年にわたって無作為化比較対照試験等、信頼性のおける臨床研究が数多く行われ、その結果が蓄積されてきたこと、先進国の殆どの医師にとって、コンピューターが極めて身近なものになってきたこと、患者の側からも、より客観的なデータに基づく治療が求められるようになってきたこと等が挙げられる. EBMという概念の導入、EBMのための医学雑誌の発行、CD-ROMの作製、これらの情報のインターネットによるアクセスと、その結果の医療への応用が1990年代になって急速に欧米諸国で行われるようになった.わが国においても、臨床疫学者を中心に、EBMに関心を持つ研究者が増え、外国のデータを用いて実際にEBMを臨床に応用する医師も現れてきているが、わが国の医学・医療界のEBMに対する具体的な取り組みは欧米諸国に比べて遅れており、1998年に漸くEBMに関する検討会(厚生科学審議会先端医療技術評価部会会長高久史麿)が厚生省(当時)の中に作られた.その検討会では、わが国におけるEBMの普及と推進、その推進の一つの方策である診療ガイドラインの作製について討論され、1999年3月にその報告書(医療技術評価推進検討会報告書)が公表されている.その報告書の中では、EBMは「診察している患者の臨床上の疑問点に関して医師が関連する文献などを評価し、その結果を自分の患者に適用することの妥当性を検討した上で実際に医療に応用すること」と定義され、実際の手順として、
1)眼前の患者の臨床的な疑問点を抽出する、
2)疑問点を扱った文献を検索する(CD-ROMやインターネットの利用)、
3)得られた文献の信頼性を評価する、
4)文献の結果を眼前の患者に適用することの妥当性を評価する、
5)患者に適用した結果をフィードバックする、
等の一連の換作が挙げられている. 
EBM実践の効果として以下の点が挙げられている.すなわち、
1)経験が浅い医師や遠隔地に勤務する医師が、診療の場で最新且つ最適な情報に基づく診断・治療法の選択を行うことができ、その結果として患者が受ける医療の内容が向上する.
2)いつでも、またどこでも最新且つ最適な情報に基づく医療が受けられ、その結果として患者が受ける医療の公平性が保証される.
3)インフォームドコンセントの実践に有用である.医療に関する情報が巷に氾濫していることやコンピューターを介して患者や家族が関心を持つ疾患に関する情報が容易に入手できるようになった結果、インフォームドコンセントを得る場合、その内容がEBMに基づいたものであることが要求されるようになっている.
4)医療の透明性を高め、前述のEBMに基づくインフォームドコンセントの実施と併せて患者と医師との間の信頼を構築するのに有用である. 
EBMでは、この言葉が「科学的根拠に基づく医療」と訳されているように、わが国では科学的根拠ということが強調されている.それではEBMが強調される前のわが国の医療が科学的根拠に基づいて行われていなかったかというと決してそうではなく、各医師が様々な自己学習や自己の経験に基づいて得られた根拠を基本にして医療を実践してきた.EBMは今まで各医師が独自に取得してきた根拠に、より高い客観性を与えようとするものであり、医療の国際化を反映してEBMに用いられる根拠も国際的な内容のものを目指しているo
EBMの最初の提唱者の1人であり、Evidence Based MEDICNE(日本語訳;『根拠に基づく医療』1998年)の著者であるD.L.Sackettは1996年発刊のBritish Medical JournalにEBMに関して以下のように述べている.
(1)EBMは、個々の患者の診療に際して現在利用可能な最善の医学的根拠を正しく利用することである.
(2)EBMの実践ということは、各医師が有している診療能力と幅広い検索から得られた最善の医学的根拠とを組み合わせることを意味している.
(3)良い医師には自分が有している診療能力と利用可能な最善の医学的根拠を診療の場で利用することが求められる.各医師が十分な診療能力を有していなければ、最善の医学的根拠に関する情報を手に入れてもそれを利用することはできないし、逆にいかに優れた診療能力を有していてもEBMによって最新の医学情報の取得に努めなければ、現在行っている診療が時代遅れのものになってしまい、患者に不利益を与える可能性がある.
(4)EBMは料理本の指示通りに料理を行うような医療ではない.各医師が教科書、インターネット、CD-ROM等様々な方法で入手する医学情報はあくまでも情報であり、各医師の診療能力に取って代わるものではない.
(5)EBMは最善の医学的根拠と各医師が身につけている診療能力とを組み合わせた診療の実践である.
(6)各医師は幅広い情報検索によって得られた医学的根拠が各々の患者にそのまま適用できるものであるかどうか、又適用するならばどのようにしてそれを行うかを自分で決断しなければならない.
(7)診療ガイドラインを個々の患者に適用する際には、各医師はそのガイドラインが患者の現在の状態に適したものであり、且つ患者自身の選択に応えるものであるかどうかを各自の今までの臨床経験や能力に基づいて判断しなければならない.
(8)EBMは医療費の削減のためのものではないし、また各医師が患者に対して行う医療への自由な裁量を抑えるものではない.
 以上、Sackettが8項目にわたって述べたEBMに関する基本的な考え方を紹介したが、改めて強調したいことは、EBMはあくまでも医学的(科学的)根拠と各医師の診療能力とを組み合わせた医療の実践を推奨したものであり、科学的根拠のみを重視したものではないこと、さらにEBMは医師の自由裁量を侵害するものではないということである.なお、後者の診療ガイドラインと医師の裁量については、次章「診療ガイドラインとプロフェッショナルオートノミー」で詳しく述べているので参照されたい.