有史以来、私たち人間は、他の動物と同じように、うれしいとき、さびしいとき、悲しいとき、苦しいとき、戦うときなど、そのときどきの気分を、声の高低と強弱、それにリズムを加えて表現しつづけてきた。それは音楽である。
アルゼンチンとタンゴ、津軽じょんがら節と青森県津軽地方など、その音楽は、その民族、風土独特の響きをもち、その民族の心のうちを見事なまでに表現している。
人間は複数の人たちと一緒に声を出し、そのハーモニーによって他人と同時に心のふれ合いを得ようとする本能がある。合掌がそれに当たるであろう。大勢の僧侶がとなえるお経は、まさに荘厳なる男声合唱である。また、仏をほめたたえるあの御詠歌(ごえいか)は、深く心にしみわたる混声合唱である。
行進曲に合わせて自然に歩調を取るように、子守り歌でいつの間にか眠くなるように、好むと好まざるにかかわらず、音楽は、人類史とともに私たちの脳を間断なくマッサージしつづけてきたのである。
このような意味を持つ音楽は、痛みの治療にきわめて有効なことがある。
たとえば、歯科医が使う、あのきしむような、イライラさせるようなドリルの音は。患者を恐怖と不安におとしいれ、痛さを倍増させているが、あのドリルの先から軽快な音楽を流すことにより、一転して快適な治療が受けられる。
また、音楽を聴かせながら麻酔をかけると、麻酔は早くかかり、薬の量も少なくてすむことも証明されている。さらに、音楽を聴かせながら、そのリズムに合わせて痛い部位を電気的に刺激し、痛みを取り除く方法も考案されている。
アメリカのある病院では、ワグナーの「夕べの星」「森のささやき」、ベートーベンの「月光の曲」などが痛みにきわめて有効であったという。 日本では、演歌が痛みに有効であるという人が多い。
痛みとはなにか―人間性とのかかわりを探る
柳田 尚 (著)
講談社 (1988/09)
P159

痛みとはなにか: 人間性とのかかわりを探る (ブルーバックス 748)
- 作者: 柳田 尚
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1988/09/01
- メディア: 新書
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