2026年5月28日木曜日

自帰依 法帰依

P64
 アーナンダよ。今でも、またわたしの死後にでも、誰でも自らを島とし、自らをたよりとし、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとし、他のものをよりどころとしないでいる人々がいるならば、かれらはわが修行僧として最高の境地にあるであろう、―誰でも学ぼうと望む人々は―。」

P229
 ゴ―タマ・ブッダは、以下の文から見て明らかなように、自分が教団の指導者であるということをみずから否定している。たよるべきものは、めいめいの自己であり、それはまた普遍的な法に合致すべきものである。

「親鸞は弟子一人ももたず」という告白が、歴史的人物としてのゴータマ・ブッタの右の教えと何ら直接の連絡はないにもかかわらず、論理的には何かつながるものがある。 

ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経
中村 元 (翻訳)
岩波書店 (1980/6/16)

 

ブッダ最後の旅: 大パリニッバーナ経 (岩波文庫 青 325-1)

ブッダ最後の旅: 大パリニッバーナ経 (岩波文庫 青 325-1)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1980/06/16
  • メディア: 文庫

 

我々は釈尊と同じ可能性をもっている。~中略~
 歴史的人物としてのゴータマ・ブッダであれ、真理の象徴としての釈尊であれ、それは拝んで有難がる存在なのではなく、我々がいずれ追いつき、並んで歩むことになる仲間に過ぎないと、禅は主張したいのだ。
 キリスト教など、ほかの宗教からすれば、おそらくこれは考えられない事態だろう。

禅的生活
玄侑 宗久 (著)
筑摩書房 (2003/12/9)
P097

 

 

禅的生活 (ちくま新書)

禅的生活 (ちくま新書)

  • 作者: 玄侑宗久
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/08/02
  • メディア: Kindle版
奈良県 橘寺

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