「なにを云うか」と去定がいきなり、烈しい声で遮った、「医が仁術だと」そうひらき直ったが、自分の激昂していることに気づいたのだろう、大きく呼吸をして声をしずめた、
「―医が仁術だなどというのは、金儲けめあての藪医者、門戸を飾って薬札稼ぎを専門にする、似而非(えせ)医者どものたわ言だ、かれらが不当に儲けることを隠蔽(いんぺい)するために使うたわ言で」
登は沈黙した。
「仁術どころか、医学はまだ風邪ひとつ満足に治せはしない、病因の正しい判断もつかず、ただ患者の生命力に頼って、もそもそ手さぐりをしているだけのことだ、しかも手さぐりをするだけの努力さえ、しようともしない似而非医者が大部分なんだ」
赤ひげ診療譚
山本 周五郎 (著)
新潮社; 改版 (1964/10/13)
P372
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