P22
日本救急医学会は2007年に策定したガイドラインで、脳死など不可逆的な全脳機能不全、生命維持が人工装置に依存、など4条件のいずれかを満たせば「終末期」と定義し患者・家族の意志を基本として延命治療の中止を選択肢として認めた。
しかし、どんな状態を終末期と定義するかは個々の患者や病気ごとに異なり、一律の定義は難しいため、この定義は必ずしもコンセンサスを得ていない。
尊厳死の法制化を目指す日本尊厳死協会の研究斑は、がん、呼吸不全、心不全、持続的植物状態などの病気ごとに終末期の定義を示し、延命治療の中止の判断基準を提案したが、患者団体などからは「弱い立場の患者を死に誘導しかねない」などと反論も出ている。
P18
終末期医療については、ほとんどルールのない状態が続いてきた。現場の医療者に判断が委ねられた結果、殺人罪に問われたケースもある。
医師は訴追を恐れ身動きがとれなくなり、患者・家族にも不幸な状況が生じている。
国内で唯一ルールらしきものとして存在したのが、一九九一年の東海大学安楽死事件を受けて横浜地裁が出した判決。薬の投与などで意図的に死を招く「積極的安楽死」と、人工呼吸器など延命治療を中止する「消極的安楽死」について、許容される要件を示した。
積極的安楽死は、①耐え難い肉体的苦痛がある。②死が避けられず死期が近い。③生命の短縮を承諾する明らかな本人の意思表示がある。④苦痛を除去・緩和する方法がない。―の四点。
消極的安楽死は、①不治の病に冒され死が避けられない末期状態。②治療中止を求める本人の意思表示が中止を行なう時点で存在する(事前意志や家族の意志推定でも可)―の二点。
これらは一定の指標にはなったが、現場の混迷は続いた。
~中略~
日本集中治療医学会は二〇〇六年「集中治療における重症患者の末期医療のあり方についての勧告」で、治療の中止や差し控えの手順をまとめた。
日本緩和医療学会は同年、人工的な水分・栄養補給を対象にした「終末期がん患者に対する輸液治療のガイドライン」を作成。日本救急医学会も二〇〇七年「救急医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)」で終末期の定義や中止できる項目まで踏み込んだ基準を示した。
ただし、学会ごとにガイドラインを作っても食い違いが出てしまう。
~中略~
一方、「ガイドラインは医師の免責という意味合いが強い。患者の死にかかわるからには、それに頼るのでなく、患者ごとに最善を求めて悩むべきではないか」と、ガイドラインという考え方そのものに批判的な声もある。
P17
終末期患者の治療方針を決めるのは難しい。ただひとつ確かなのは、「答えは医師の頭の中ではなく、常に患者の中にある」ということ。
いま医療現場は国の医療費抑制政策や医師不足で余裕を失っている。それでも会川医師は、強く心に決めている。「患者ごとに四苦八苦しながらでいい。関係者と対話を重ね、一人一人の思いに寄り添う医師になりたい」と。
大切な人をどう看取るのか――終末期医療とグリーフケア
信濃毎日新聞社文化部 (著)
岩波書店 (2010/3/31)
養老 僕はホスピス専門のお医者さんから聞いたことがありますけど、患者さんが治療を拒否して、このままでやってくれというときに、その意見に味方すると、それは医療の放棄だという議論が起こるというんですね。
ホスピスの中ですら、医者が何かをしなくてはいけないという気持ちを一方で持っているんですよ。
中川 そうですね。そのように養育をされてきているんですが、患者さんからすると、場合によってはありがた迷惑というところもあると思いますね。
養老 そうそう「生と死」というギリギリのところにくると、ほんとに大きな論争になりうるのですよ。医者中でも。医者がどこまで手をつけなければいけないか、つけてはいけないか。
中川 なかなかむずかしい問題ですね。
養老 世間的にいえば、一生懸命に治療してくれるお医者さんは、良いお医者さんですよね。だけどがんの場合、いちばん大きな問題は、どんなに一生懸命に治療しようとしても、その治療がもはや有効でないという患者さんが半分くらい発生してきちゃうということですよね。
中川 ~中略~ つまり、がんが再発した場合、基本的には治癒があり得ないというわけです。
これはなかなかいいにくいことでもあるんですが、つまり患者さんがいま受けている治療行為がどういう意味なのかを知らないところがあって、そこが非常に問題だと思うんですね。
だから、そこを十分理解されたうえで、1日でも長く行きたいという権利はあると思うんです。
ただ、そこを知ったうえで私はやらないという方もいるはずで、そのへんはやはり患者さん側の勉強もある程度、必要なのかもしれません。
自分を生ききる -日本のがん治療と死生観
中川恵一 (著), 養老孟司 (著)
小学館 (2005/8/10)
P48
終末期は一般的に治癒の可能性がなくなり,予後が概ね6ヶ月の時期と定義されるが,Kastenbaumは「死」は主治医がもはや効果的な治療法がない,と判断した時点から始まるとするのが最も適切だとしている8)。
積極的抗がん治療の中止を患者に伝えることは非常に難しいコミュニケーションのひとつである。
治療法がないことは患者に伝えられていなくても,死に望んでいる患者は,周囲の状況から自分の状況についてよく感じとっている2)。
終末期には愛する人との関係を失うこと,自律性を失うこと,身体機能を失うために生じる自立性の喪失など,多くの喪失が待ち受けている。
ここで注意したい点は,患者は「死」そのものというよりも,「役に立たないから周囲の重荷になっているのではないか,自分は価値がないから見捨てられているのではないか」という精神的苦痛を抱きやすくなっていることである。
がん医療におけるコミュニケーション・スキル―悪い知らせをどう伝えるか
内富 庸介 藤森 麻衣子 (編集)
医学書院 (2007/10/1)
P41
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