2025年3月12日水曜日

大阪弁


 これ(住人注;テレビの大阪弁とほんまもんの大阪弁は微妙に違うこと)で証明されているのは、いわゆる大阪弁はお笑いタレントによってテレビで日本中にまき散らされていることである。吉本興業の人が目立つ。彼らの多くはもとから大阪にいる人ではなく、他国から来ている。彼らの大阪弁には一定の型がある。
 まず第一に、そこには強い誇張がある。普通の言葉使いでは、視聴者に強い印象を与えない。だからしだいにどぎつくなって来る。たとえば、前に「ど」をやたらにつける。どアホ(阿呆)、どたま(頭)、ど根性、ど性骨、どえらい、ど真ん中などである。こんな、ど言葉は昔は船場でも旦那衆は使わなかった。「ど」は「どう」を短くしたもので、ののしりの気持ちを表す。

P89
 相撲のことを大阪では「すもん」と発音する。正確に言えば、「すもン」と書くべきだろう。いや、「ン」は半音なのだからそれでも十分でなく、表記するのが難しい。「もン」は一字なのである。これはもちろん「好きゃねン」にも当てはまる。「行かンならん」とか、「何してんねン」とかの場合にも使う。
~中略~
 そういえば、大阪では「あなた」と呼びかけるところを「あんた」という。これが、さらに「あんさん」となる。
東京人はこう呼びかけられると、いやに順々(なれなれ)しくべと付く感じがして、いやがる。大阪で「さま」といわれたら、何だかこそばゆい。
 人に敬称をつけるとき、たいていの大阪の人は「さん」を使う。東京では、「さま」と「さん」に階級分けしている。だから、「雅子さま」や「紀子さま」の言い方は大阪ではあまりなじまない。
「住吉さん」「えべっ(戎)さん」「天王寺さん」「お稲荷さん」など神仏さえも「さん」で済ます。これは近世の大坂が、江戸のような身分社会の町ではなかったことに由来している。
 では、この「ん」好きが何を意味しているかを考えてみよう。まず、この「ン」は半音であり、多くの場合は言葉の省略になっている点である。次に、「ん」は母音とともに耳に快くひびく。東京のようにやたらに詰まる促音が多いのに比べると、やさしくて柔らかい。余韻がある。話し相手との間をなごませる。

P90
 「浪花ことば大番付」の東の横綱に、「けったいな」がある。卦体(けたい)を強調したもので、易の卦に現れた算木の形から来た。「っ」を入れて強めている。
近世後半から大坂で使い出した。いまいましい、しゃくに障る、気持ちが悪い、奇妙な、不思議ななどの意味がある。
もっと強く「けったクソ悪い」ともいう。実に多様な使い方をする。たとえば、けったいな人というと、わけの分からん変な人ということである。ところが、場合によっては、いやらしい、助平な人にもなる。いい意味にはあまり使われないが、突き放した感じはなく、底にその人への親愛が込められている。
「ややこしい」という言葉もある。稚児(ややこ)し、から来た。大人(おとな)し、の反対になる。幕末のころ現われた。込み入っている、煩わしいという大阪以外でも使われている。ところが、大阪にはもっといろんな意味を持つ。怪しいとか、うさん臭いとか、いい加減なとかに用いる。ややこしい仲というと、男女の隠微な間のことを指す。あの店はややこしいとささやくと、倒産の危険があることをいう。
わざと分かりにくくし、露骨にできない表現に利用する。この言葉自体がややこしい。
「あんじょう」は、味ようを強めた。これも近世後半にはじまる。~中略~ あいまいで複雑である。一種の腹芸が、そこに入る。

P93
 人に何かを頼むとき、「あれ、取ってくれへん?」という。本来は、命令しているのである。しかし、微妙な言い回しをして相手の判断に任せる形にする。
「勉強しいや」とか「気イつけや」も、実際は命令しているのに、「や」をつけて柔かくし、同時に軽くやさしく念を押す。阪神大震災のあと、神戸では「がんばりや」と励まし合うた。「がんばれ」とは明らかに違う。

P95

「はる」という助動詞は、「なさる」から「なはる」と変化したものである。近世の後期から大坂や京都で使い出した。はじめは遊里の女言葉であった。もともとは女性語だから、これが多用されて、大阪弁の女性的な生ぬるさをさらに高める。 

大阪学
大谷 晃一 (著)
新潮社 (1996/12)
P87

大阪学 (新潮文庫 お 41-1)

大阪学 (新潮文庫 お 41-1)

  • 作者: 大谷 晃一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1996/12/01
  • メディア: 文庫

 

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