能率社会での医療効果とは、健康、知力、体力など、社会で生活するために必要な「能力」の回復維持と理解されています。
アルツハイマー病患者の知力低下の進行を遅らせる(といわれる)薬は、熱烈な期待を持って受け入れられました。
しかし、わたしの行う「医療」によって「痴呆」をふたたび頭脳明晰にすることも、寝たきりを起き上がらせて歩かせることも不可能であり、医療努力は無益無効に見えました。~中略~
家に伺って診察し、話に耳を傾けるだけでそんな効果が現れるとは、夢にも思っていませんでした。半信半疑のわたしに保健婦は、お年寄りが喜んでいて家族もありがたがっている、と保証してくれたのです。この時のうれしさは、一瞬、世界が光に包まれたような、胸の上に乗せられた重い錘(おもり)が突然消えたような感覚でした。
この経験によって、機能回復を主眼とするそれまでの狭い医療観から解放されたことは確かです。
医療が、健康や機能を回復する機会を提供することもあります。しかし医療に普遍的な働きがあり、人間がどのような状態であってもその恩恵を受けることができるとすれば、それは「気持ちを良くしてくれる」ことしかありません。苦痛からの解放、こころの慰藉(いしゃ)などは、病者だけではなく、認知能力の衰えた老人でも、死を目前にした人であっても与(あずか)りうる働きです。
「痴呆老人」は何を見ているか
大井 玄 (著)
新潮社 (2008/01)
P23
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