2025年2月6日木曜日

日本の秘密

 まだ救援も届かない被災地で、混乱にも陥らず、互いに助け合う人びとの姿に感動して、「日本人のガマンとモラル」を賞賛した世界の人びとも、その「日本人」がこのような政府や役人しかもっていないことに、憐憫の苦い笑みを浮かべずにはいられないだろう。

そして、日本がなぜアジア太平洋戦争に突入し、「大本営」の指揮の下ヒロシマ・ナガサキの悲劇を経験するにいたり、それでも廃墟の中からいかにして復興したのかの「秘密」を垣間見たことだろう。

このような指導層によって奈落に引き込まれ、その災厄を「天災」のように受け容れて、廃墟の中で黙々と働き、繁栄と豊かさを築き上げた末に、いままた政府がこの国の民を奈落に引き込もうとする、そんなことがどうしてありうるのかということの「秘密」を。

脳力のレッスン 109
緊急編 東日本大震災の衝撃を受け止めて──近代主義者の覚悟
  寺島実郎

世界 2011年 05月号

岩波書店; 月刊版 (2011/4/8)
P87

世界 2011年 05月号 [雑誌]

世界 2011年 05月号 [雑誌]

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/04/08
  • メディア: 雑誌


司馬 前略~
 大きな政治的社会的ショックがあたえられると、きのうまでの権威を平気で捨てて今日からの権威に乗換える。
この凄味は、よろこんでいいのか、かなしんでいいのか、それはいずれであるにせよ、日本人のエネルギーになっていることは確かです。

新装版 日本歴史を点検する
海音寺 潮五郎 (著), 司馬 遼太郎 (著)
講談社; 新装版 (2007/12/14)
P155  

 

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/12/14
  • メディア: 文庫


 一、わが日本の尊厳は、世界に比較しうる国がありません。
天皇の御位は、神代以来連綿として絶えることなく、国民もまた、すべて神々の御血筋をいただいております。
風俗はすなおで美しく、武士は忠義に厚く、清廉潔白で恥辱を知り、農民や商人は質素で実直な気風を持ち、上を尊び、よく法を守っております。
また、下に反逆を企て法に抵触する者少なく、上に身命を捨てて節義を守る人が多いことから、政令や法律は寛大にして厳粛であり、一人一人が自己の職務に精励し、平和な日々を送っております。
書簡

啓発録
  橋本 左内 (著)
  講談社 (1982/7/7)
P113

 

啓発録 (講談社学術文庫)

啓発録 (講談社学術文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1982/07/07
  • メディア: 文庫


早野 うん。でも、その暫定規制値500ベクレルの時代(住人注;事故が起こった当初は、国が定めていた放射性セシウムの暫定規制値が1キログラムあたり500ベクレル以下だった)に、みんあがぎりぎりまで汚染されたものを食べていたかというと、まったくそうではないってことを、ぼくらはよく知っていました。
~中略~ それが、2011年の暮れくらい。
 そういう状態でしたから、政府の委員会で「別に500ベクレルのままでもいいんじゃないか。規制値を100ベクレルにしなくても、いま流通している食べ物は十分安全だよ」と発言した方がいらっしゃって、正論といえば正論なんですけど、そのときは叩かれまくったんです。それで、当時の小宮山厚労大臣が「とにかく100ベクレルにしよう」といって規制は厳しくなった。でも、少しでも安心する人が多いほうがいいわけですから、結果的にはそれでよかったのかもしれません。
糸井 その、1キログラムあたり100ベクレルというのは、知ってる人にとっては、驚くほど低い数字ですか。
早野 世界的に見ても、とても低い規制値です。ちょっと勉強された方なら、わかる低さです。
糸井 で、それをみんな真面目に守った、という。
早野 そう。日本人は、基準が決まりさえすれば、厳密に守るんです。これって、実はすごいことですよ。生産者の方々も非常にがんばって、工夫して、その規制値を超えないようにした。農学部の先生方もすごく努力をされて、どうやったらセシウムが入ってないお米が作れるか、研究を重ねてられて、それが非常にうまくいったんです。
ちなみに、福島県産のお米は現在ではすべての米袋についてセシウムを測定しているんですが、2012年度福島県産の玄米で100ベクレルを超えたのは、0.0007%。1000万袋以上測って71袋です。もちろん、このお米は流通していません。
~中略~
早野 しかも、その99.8%のお米が25ベクレル以下です。~後略

知ろうとすること。
早野 龍五(著), 糸井 重里 (著)
新潮社 (2014/9/27)
P84

 

知ろうとすること。(新潮文庫)

知ろうとすること。(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/05/01
  • メディア: Kindle版




奈良県 平城宮跡

日本人の性格を形づくって来たもの

 海音寺 前略~
今までわれわれの論じ合って来たことを要約してみますと、日本人の性格を形づくって来たものは二つあります。
一つは日本が絶海の島国であるということ、一つは日本には地震、台風等、天災地変が実にひんぴんとしてあるということ。
 絶海の島国であるために、大陸の文化がコンスタントには入って来ず、時々ドッと入って来た。それは新奇であり、在来のものよりずっとよい。
何千年という長い長い間には、これが日本人の性格を、新しいものにたいしては強い興味と愛情を感じさせ、従って古いものを何の未練もなく捨てさせるものに築き上げました。
従って、新奇なもの、外来のものにたいしてはいつも劣性コンプレックスを持つ、自信のない性格にもしました。~中略~

 地震・台風等の天災地変が多いので、健忘症にもなりました。関東大震災だって、こんどの戦災だって、きれいに忘れて、前以上に無防備な東京をつくり出しているのですからね。
たった一度の大火災にこりて、ロンドンを石造建築化した英国人とは大ちがいですよ。人間の力が微弱な時代には、どうにもならない災難や不愉快なことは早く忘れるよりよい方法はないのですから、これは生きる智恵と言ってよいでしょう。
くよくよしてもしかたがない、新しくやり直そうというので、日本人は淡泊で楽天的な性質になったのですね。
あなたがずっと言って来られた、過去や行きがかりや学問や思想にとらわれない、生き生きとしたエネルギーも、もちろんここから出て来るのでしょう。
 これはもちろんいい性質で、これがあるために、日本人は今日まで生きつづけて来たのですし、栄えても来たのですが、これからはこれだけではいかんでしょう。
地震や台風の襲来は避けることは出来ないが、人間の智慧と力の進歩した今日では、被害はまぬかれることが出来るのですからね。
今日の進んだ学問と工事力によって治山治水し、建築を丈夫にすれば、被害は立派にまぬかれることが出来るのですからね。もはや、健忘症による楽天はいけませんね。
 政治だってそうです。国民が健忘症では議会制民主主義は決してよくならない。政治家の悪を執念深く記憶していて、次の選挙に生かさなければ、政治家の質は決してよくならないのです。

新装版 日本歴史を点検する
海音寺 潮五郎 (著), 司馬 遼太郎 (著)
講談社; 新装版 (2007/12/14)
P242

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

新装版 日本歴史を点検する (講談社文庫)

  • 作者: 海音寺 潮五郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/12/14
  • メディア: 文庫

 諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授によれば、遺伝子的に、ドーパミン第四受容体の遺伝子内塩基の繰り返し数が多いほど「新奇探索傾向」が強く、セロトニンが少ないと「損害回避傾向」が強まるそうです。
ちなみにある調査では、新奇探索傾向の強い日本人が7%であるのに対してアメリカ人は40%、損害回避傾向の強いアメリカ人が40%であるのに対して日本人はなんと98%だったそうです。日本の経営者だと、たとえば本田宗一郎氏は新しモノ好きで冒険を恐れない数パーセントのうちの一人でしょう。
~中略~
 私たち日本人がダメだと言っているわけではありません。日本のように農耕文化で外敵の侵略が少ないと、動き回るより同じ場所にいたほうが富は蓄積し、生存確率は高くなる。
その結果、そうした遺伝子を多く持った人が何千年もかけて生き残ったのでしょう。見方を変えれば、大きなリスクを取らず、おいしそうな話に乗らないことに関しては、私たちはエリート集団です。
(三ツ松 新)

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義
ティナ・シーリグ (著), Tina Seelig (原著), 高遠 裕子 (翻訳)
CCCメディアハウス (2010/3/10)
P229

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

  • 作者: ティナ・シーリグ
  • 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
  • 発売日: 2010/03/10
  • メディア: ハードカバー

地球の表面において、日本およびその諸島が占めている緯度経度、山の高さとありどころ、島々の形と大きさ、島と島とのたがいの遠さ、よく吹く風とよく降る雨との季節、その他万般の天然事実は、それこそ無二また無三のものでありまして、しかもそれがわれわれの歴史を決し、運命を動かしていたのであります。~中略~
 回帰線北の太平洋では、波濤は無始の昔から高かった。小船の航路は常に艱苦をもってみたされてあった。
したがって第二の移住者の来たり侵すことは間遠であり、初めの文化、初めの生活様式は保存せられましたが、その代わりには島から出て行く者も、頻々として海上に死し、人は別れることを死と同じ怖れて、ついにいたずらに小島の中にいるあまり、その末は自ら拯(すく)うために闘いまたは殺戮するの必要をみました。
復讐は一種の経済組織とさえなっていました。島が小さければ小さいほど、この苦悩はさらにはなはだしかったようでありまして、先島二郡に属する大小の島では、神代史として伝わっている物語は、その大部分が兇暴と武勇との交錯でありました。しこうして彼らの神々は、まさにその間へお降りになったのであります。
同胞の中の最も弱くかつやさしい者、すなわち勇士たちの若い妹が、つねにオナリと称して神に召され、神の御心を群衆に伝える習いでありましておのずから信仰の助けによって、権力がやや久しく一つの家門に止まっているようになりました。

海南小記
柳田 国男 (著)
角川学芸出版; 新版 (2013/6/21)
P242

海南小記 (角川ソフィア文庫)

海南小記 (角川ソフィア文庫)

  • 作者: 柳田 国男
  • 出版社/メーカー: 角川学芸出版
  • 発売日: 2013/06/21
  • メディア: 文庫

 

褶曲性(しゅうきょくせい)の大小の山脈がかさなりあい、あるいは複数のひもを捻(よ)りあわせたような弧をつくり、北東から南西へほそぼそと孤独に横たわっている。それが日本である。
 まことに孤独なすがたというほかない。こういう地理的境涯は、未開時代がながくつづきやすい。
縄文時代が九千年つづいたといわれているように(そのぶんだけ独自の縄文文化が継続したといわれているように)、大陸で醸成されつつある文明とその刺激が容易にやってこないのである。
 古代、生産にかかわる文化―従って暮らしという文化―は、一般に、外界から刺激をうけないかぎり、内発的変化することはまれで、たとえ変化しても進行の時間はきわめて緩慢なものであった。
 船が、日本文化を変え、ときに外圧的に内部の社会まで変質させてきたことは、古代以来、近世まで一貫してかわらない。
 紀元前何世紀かに、外洋から船に乗って稲を持ってきた外来者が、文字をもつ以前の日本を一変させてしまったことは、異論のないところである。
~中略~
 要するに、日本文化はそとから船に乗ってやってくる異種文化の刺激によって変化し、発展したことがいえる。国内での造船力や航海術は、こちらから異種文化を取りにゆく遣唐使時代になっても、中国や新羅にくらべて幼かった。
このことは、日本が稲作の適地で、自己完結性がつよく、とくに航洋船(構造船)を作って外へ乗り出さなければならぬ必要がなかったことも考えられる。つまりは、多分にうち向きの文化をつくった。

ロシアについて―北方の原形
司馬 遼太郎 (著)
文藝春秋 (1989/6/1)
P125

北方の原形 ロシアについて (文春文庫)

北方の原形 ロシアについて (文春文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1989/06/10
  • メディア: 文庫

P189
 このこと(住人注;ものごとに対する感じ方や考え方の大きな部分が遺伝する(遺伝の影響を大きく受ける)を前提とすると、毎年のように話題になる国連の世界幸福度報告での「日本人の幸福度の低さ」についても、対応策の講じ方が変わってくるはずです。その生理的な特質より、日本人の幸福度は、ある一定以上に高めることは難しい、ということをあらかじめ知ったうえでなければ、多くの努力は無駄になってしまうことでしょう。
 そもそも幸福度が高くなりにくい性質をわざわざ保持している人たちがマジョリティとなるような集団では、幸福度が高いことが生存に不利になる可能性があることを考慮すべきです。

P190
幸福度の高さに関しては、どれくらい陽気で楽観的な性質かと言い換えてもよく、セロトニンの胴体と深く関係しています。また真面目で慎重であることと悲観的であることも同じ生理的基盤を共有していると考えてよいでしょう。
 セロトニンの動態に関しては、セロトニントランスポーターが少ないという日本人はやや特異的な性質を持った集団ということができます。真面目さや幸福度の低さにかかわる性格遺伝子に着目すると、世界的に見ても特色のある割合になっているのです。
 どちらかといえば悲観的になりやすく、真面目で慎重であり、粘り強い人たちであることを示す遺伝的性質を持っています。

空気を読む脳
中野 信子 (著)
講談社 (2020/2/20)

空気を読む脳 (講談社+α新書)

空気を読む脳 (講談社+α新書)

  • 作者: 中野信子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/02/20
  • メディア: Kindle版

京都 祇園祭

2025年2月5日水曜日

植民地にならなかった国

 P91
「アジア、アフリカで植民地にならなかった国は、日本のほかに・・・・どこだろうな?おそらくひとつかふたつしかないとおもうよ。昔は一般的に、”日本、タイ、エチオピア”と言われていたけれど、エチオピアは第2次大戦前、イタリアに攻め込まれたし。あとはタイだけだろうな」

「え?そんなに少ないの?」
「日本は運がいい。いや、うんがいいのでなく頭がよかったのだろうな。だって織田信長のころ宣教師が来日したときや、徳川時代の終わりに西欧の国々が開国をせまったときも、植民地になる危機があったわけだろ?」
 ハッとした。そういう考え方を日本の学校の歴史の時間に習った覚えがないからだ。たぶん、今の日本の中学生、高校生も習っていないだろう。幕末の日本人の中で、アフリカや南米と同じように日本が植民地になるという恐怖を抱いた人が、はたしていたのだろうか。
 第2次世界大戦の敗戦のあとも同じで、「アメリカに占領される」とは言っても「植民地にされる」とは言わなかったのではないか。この時期、欧米列強は植民地の発想は捨てていたかもしれないが、日本列島を分割占領する案が検討されていたとも聞く。

P93
 安土桃山時代、はるばる日本に来航したスペインやポルトガルのバテレン(宣教師)たちのことは、よく知られている。彼らはヨーロッパの珍しいものを多数持参し、織田信長などの興味を引いたが、彼らの真の目的はキリスト教布教とともに母国の領土を拡大することだった。つまり彼らは我が日本をフィリピンやマカオ同様、植民地にしようとしていたのだ。

 

P93
 ローマ法王の名において政治が動かされていたヨーロッパに比べ、そのころの日本はすでに政教分離がなされており、格段に進んでいたのである。
 そのうえ、日本に上陸したバテレンたちが驚いたのは、日本人の清潔さであったという。
バテレンたちはアジアの端の端に、今まで征服してきたアジア、アフリカ諸国とはまったく違う、大文明国を発見したというわけだ。
 そのころのヨーロッパは不衛生極まりなかった。このあと17世紀に建てられた、今でも壮麗なヴェルサイユ宮殿さえトイレは少なく、華やかなイメージで語られるマリー・アントワネットやポンパドゥール夫人も、おまるで用を足し、それは宮殿のまわりにぶちまけられていたという。体臭をカバーするために香水が発達し、優雅に結い上げたヘアスタイルの中はシラミやダニでいっぱいだったと聞けば、日本人なら誰でもあきれてしまう。
~中略~
バテレンたちが日本人の清潔好きにカルチャーショックを受けたことは容易に想像できる。そのころイエズス会のリーダーは、部下の宣教師たちに「日本人に会うときは風呂に入り、体を清潔にしろ」と厳しく命じていたという。~中略~
 当時の日本は、ヨーロッパ以上の文化を誇る国だったのです。それゆえ布教を名目にアフリカ、アジアで植民地拡大を進めていたスペイン、ポルトガルも、日本だけは植民地にすることができなかったのではないだろうか。

一度も植民地になったことがない日本
デュラン れい子 (著)
講談社 (2007/7/20)

一度も植民地になったことがない日本 (講談社+α新書)

一度も植民地になったことがない日本 (講談社+α新書)

  • 作者: デュラン れい子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/07/20
  • メディア: 新書

橋爪 前略~
 伝統社会の多神教は、まあ日本の神道みたいなもので、大規模農業が発展する以前の、わりに小規模な農業社会か、狩猟採集社会のもの。素朴で、自然とバランスをとっている人びとの信仰なんです。山野原野もあって、その土地に育った人びとが大部分で、よそから移ってきた異民族はあまりいない。
だから、自然と人間は調和し、自然の背後にいるさまざまな神を拝んでいればすむ。
 日本は、先進国としてはめずらしく、こんな信仰が現在まで続いているんですけど、これほど幸運な場所は、世界的にみても、そう多くない。
 それ以外のたいていの場所ではどうなるかというと、異民族の侵入や戦争や、帝国の成立といった大きな変化が起こって、社会が壊れてしまう。自然が壊れてしまう。もとの社会がぐちゃぐちゃになる。ぐちゃぐちゃになってどうするか、というのが、ユダや教とかキリスト教とか、仏教とか、儒教といった、いわゆる「宗教」が登場してくる社会背景なのです。
そういう問題設定が、まず、日本にはない。だから、そうした宗教のことがわからない。

ふしぎなキリスト教
橋爪 大三郎 (著), 大澤 真幸 (著)
講談社 (2011/5/18)
P85

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

  • 作者: 橋爪 大三郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/05/18
  • メディア: 新書

 

 白人は大航海時代に海外植民地を持つことになるのだが、植民地とは搾取する土地の意味である。
白人は、富を搾取するだけでなく、文化と矜持を破壊していく。
 征服した部族の王妃や姫を野蛮な兵士の慰みものとするのは、戦利品だから当然視された。人妻を自分の傍にはべらせ、夫を奴隷としてこき使い、老人になり使えなくなれば夫婦とも容赦なく処分することなど珍しくない光景だった。
中南米やアフリカの国々は、いまは独立国である。では、これらの国の歴史教育で正しい事実を伝えればどうなるか。
~中略~
 我々は歴史認識の問題を考えるうえで、現在の世界がどうなっているかを認識せねばならない。そのためには、現実にこの数百年間、世界史の中心である白人がどのような発想をしてきたのかを知らねばならない。それすら知らなければ、国際社会で太刀打ちできるはずがない。

P144
 英露が東アジアに到来する以前、日本と清の国境は曖昧であった。特に、琉球は日清両属体制にあった。日ごろは島津氏の支配に服していたが、清国の使節が来航した際には島津の役人は姿を消した。このような関係は、貿易の利益を求める日本と、裂く冊封国への面子を主張する清の、双方の利益にかなっていた。
しかし、西洋国際法体系が到来する時代にこのような曖昧な境界は許されなくなった。統治の所在が不明な土地は「無主の地」として「先占」してよいのが、西洋人の説く国際法である。日本は正しくこれを理解し、清との国境を明確にしようとした。
 日本は、台湾は清国領だと認めつつ、琉球に関しては排他的な支配権を主張した。その代わり、琉球人が台湾で殺害された際には軍事力で報復している。
清は言を左右にして謝罪も賠償もしようとしないが、日本は容赦しない。全権の大久保利通は北京に乗り込み、「台湾を清国領と認めるならば謝罪と賠償をすべし、責任がないとするならば自刀で復仇(ふっきゅう)する」と押し切った。
 大久保は、かつて副島種臣外務卿が清国から取っていた「台湾は化外である」との言質を最大限利用したのである。華夷秩序で「化外」とは「文化の外」、すなわち「中華文明の恩恵が及ばない土地」の意味である。

P149
 十九世紀の世界は、ヨーロッパの価値観が席巻していた。優雅な王朝戦争から大規模殺戮を伴う国民戦争の時代に変化していたが、戦争そのもの選ばれし者のゲームであった。
 このゲームへの参加資格は、主権国家に限定された。弱い者は非文明国として一方的に殺戮されるだけであるが、文明国と認められれば誰からも尊重される。トートロジーであるが、殺戮されない力を持つことが文明国の資格である。
 日本の地位は江戸の不平等条約により「半文明国」とされたが、明治政府は国際社会のルールを飲みこみ、上手にこなすことにより「文明国」として認めさせていくことになる。
 明治史とは、日本を文明国として認めさせる歩みであるが、これもまた「鉄と金と紙」のすべての面で行われた。<./P>

P167
 この戦争(住人注;日露戦争)は、日本が朝鮮半島三九度線を勢力圏の境界とすることを提唱したのに対し、ロシアが拒否したことが開戦の理由である。
軍事的に連戦連勝だった日本は、ロシア軍を朝鮮どころか満州まで押し返し、南満州までを自己の勢力圏とした。

P177
日露戦争は小国日本の国運を賭した戦いに違いなかったが、大国ロシアにとっては徹頭徹尾領土獲得のゲームであり、目的は限定されていた。
もし日本が敗北していれば、征服されたロシアに獲得された領土は、ご多分に漏れず悲惨な環境に置かれていたのは間違いないが、当時の論理では「植民地戦争」の範疇である。

日本人だけが知らない「本当の世界史」
倉山 満 (著)
PHP研究所 (2016/4/3)
P58

日本人だけが知らない「本当の世界史」 なぜ歴史問題は解決しないのか (PHP文庫)

日本人だけが知らない「本当の世界史」 なぜ歴史問題は解決しないのか (PHP文庫)

  • 作者: 倉山 満
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2016/04/03
  • メディア: 文庫

 

P150
 日本の出版文化の充実ぶりは、世界を見渡しても類例がない。それは江戸時代の遺産といってよく、江戸日本は世界一の「書物の国」で硬軟さまざまな本が流通しいぇいた。
 幕末史は書物で動かされた面があった。例をあげると、頼山陽(らいさんよう)の「日本外史」や「通議(つうぎ)」である。~中略~
また清の思想家・魏源(ぎげん)が著した「海国図志(かいこくずし)」というのもある。~中略~ それが日本にすぐ入ってきて、阿片戦争に危機感を募らせていた知識層に読まれた。佐久間象山や吉田松陰は魏源から大きな影響を受けており、清よりも日本で真剣に読まれた本である。
 軟かい書物もたくさんあった。それこそ黄表紙(きびょうし)、人情本、滑稽本(滑稽本)などいろいろだが、実用的面白いのが「吉原細見(よしわらさいけん)」である。これは今でいえば風俗雑誌で、吉原の妓楼(ぎろう)や遊女が細かく紹介され、郭内(かくない)の案内図付きで、遊女の格付けや料金まで書いてあった。~中略~
 当時の出版文化がすごいのは、江戸、京、大坂などの大都市だけでなく、各藩、各地域の村々にまで書物が行き渡っていたことである。武士・神主・僧侶の家に四書五経が揃っているのは当たり前で、むしろ庶民の家にも多くの書物があった。
~中略~
 つまり日本では江戸時代に出されたさまざまな本が、職業知識や礼儀作法、健康知識などのインフラを築いていた。
そこが中国や朝鮮とは決定的に違う、中国や朝鮮には高度な儒教文化や漢方医学の体系があったが、科挙の受験者や一部専門家の知識に留まった。知識が女性や庶民の実学へ広がっていかず、閉鎖的なものになり、活学の儒書がむしろ女性や庶民を教養から遠ざけていた。
 ところが日本では仮名交じりの木版出版文化で、本で女性や庶民へ実学が広がった。
識字率の高い、労働力の質の高い社会ができあがった。いわば「本」こそが日本を作ったといってよい。 大砲が日本を作ったのではない。すぐに大砲も自動車も自前で作れるようになったが、この日本人の基礎教養は、長い時間をかけて「本」が作り上げた。この点が重要である。

P155
 つまり長州も薩摩も、松陰や西郷が動かしているように見えて、実は「本」が彼らを動かしていた。「取り込み性」という日本人の特性がいかんなく発揮されている。漢学、国学、蘭学、洋学、何でも貪欲に取り込んでいく日本社会では、昔から「本」が主役であった。
 だから少し前まで、本を開くときは頭の上に掲げて、決して床には置かなかった。本は大事なものとされた。
 翻って現在、はたして本はそこまで大事な存在かといえば疑わしい。~中略~
 日本が植民地にあらず独立を守れたのは、単に遠い島国だったからではない。島国というならフィリピンスマトラも、みな植民地になっている。日本が独立を保ってこられたのは、自らの出版文化を持ち独自の思想と情報の交流が行われたからである。

日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで
磯田 道史 (著)
中央公論新社 (2017/10/18)

日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで (中公新書)

日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで (中公新書)

  • 作者: 磯田 道史
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/10/18
  • メディア: 新書
長崎 ランタンフェスティバル

主権国家だと思われていない

二〇一八年の八月に、オリバー・ストーンというアメリカの映画監督が広島で講演しました。そのときに彼はあっさりと「日本はアメリカの衛星国(satelite state)でり、属国(Client state)である」と話しました。僕はその映像を見て、強い衝撃を受けました。
オリバー・ストーンはこう言いました。「日本の映画は素晴らしい。日本の食文化もすばらしい。文物はどれも素晴らしい。でも、この国には政治がない。この国にはかって国際社会に向かって、「私たちはこのような理想的な世界を作りたい」という理想を語った政治家が一人もいない。日本は何も代表していない(dosen't stand for anything)そう言い切ったのです。
 アメリカを代表するリベラル派の知識人が、日本は「属国」で「衛星国」で、「国際社会に対して発信すべき政治的メッセージを何も持っていない国である」とごくふつうに、淡々と述べた。別に口角泡を飛ばして主張したわけではありません。まるで「そこには海があります」というように、ただの客観的事実として、誰一人反論する人がいるはずもないかのように述べたことは僕は衝撃を受けたのでした。
そうか、それがアメリカから見た日本の実像なのか。アメリカ人は日本のことを主権国家だと思っていない。
でも、日本人は日本のことを主権国家だと思っている。その認識の落差に僕は愕然としたのです。 事実、日本のメディアはこの発言を一行も報道しませんでした。「オリバー・ストーン監督、広島で講演」という記事は出ました。でも、その内容については何もコメントしなかった。
仮にも広島での核廃絶を願う公開の集会で日本はアメリカの「衛星国」「「従属国」だと発言したのです。そう思うならそのまま報道すればいいし、そう思わないなら「ふざけたことを言うな」と反論すればいい。でも、日本のメディアはどちらもしなかった。国家主権にかかわる話が出ると、自動的に耳を塞ぎ、目をつぶるのが習性となった動物のように自然に無視した。
 日本がアメリカの「衛星国」「従属国」であるというオリバー・ストーンの指摘は間違っていないと僕は思います。まずはそこから話を始めるべきなのです。実際に敗戦後の日本人は現実を受け容れ、その現実の上に立って、主権回復・国土回復という気の遠くなるように時間のかかる政治課題に取り組んできた。その作業の前提にあったのは「日本はアメリカの従属国である」という現実認識でした。
 ところが、いつのまにか日本人はこの現実認識そのものを捨ててしまった。そして、まるで主権国家であるかのようにふるまい始めた。米軍基地が国内にあるのは、まるで日本がそうであることを願っているからであるかのように思い始めた。

最終講義 生き延びるための七講
内田 樹 (著)
文藝春秋 (2015/6/10)
P356

最終講義 生き延びるための七講 (文春文庫 う 19-19)

最終講義 生き延びるための七講 (文春文庫 う 19-19)

  • 作者: 内田 樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/06/10
  • メディア: 文庫

広島県 平和記念公園 原爆ドーム

2025年2月4日火曜日

AIが診断して治療法を選択する

P357
 膨大な情報に基づいた治療選択が必要な時代がやってきました。それは、ある患者さんの悪性腫瘍のゲノム情報であり、また、その悪性腫瘍に対する薬剤、治療法の情報です。よほどの専門家でない限り、それらすべてを頭に入れて適切に判断することは難しくなってきています。
現実はもっと進んでいて、人間の頭では判断しきれない時代になってきているというべきかもしれません。そこで必要になってくるのが人工知能、AIです。
~中略~
 たとえば、放射線診断、レントゲンを見て異常があるかどうかの診断、は、いずれAIに取って代わられるだろうとされています。症状や検査値からの病名診断はすでにかなりの確度でおこなうことができるようになっていて、よくある病気については、ベテランの医師と同程度の正しさです。それどころか、希な疾患については、AIが圧勝です。
 この本を書いている間にも、膨大な医学論文を学習したAIが、患者さんの白血病細胞のゲノム分析から、二次性白血病であることを言い当てたという報道がありました。

P359
 (住人注;IBMの)ワトソンは、開発当時から、医療や医学教育への応用が始められています。ワトソンだと、医学部の忙しい先生と違って、学生のアホな質問にも怒らず丁寧に答えてくれるだろうし、どんな時間帯でも教えてくれるだろうし、いいことずくめかもしれません。それに、すべての文献に目を通す、というか、すべての文献をデータベースとして記憶できるのですから、最新のことも教えてくれます。いずれ、医学教育も大きくかわっていって、教授なんかいらなくなるかもしれません。

こわいもの知らずの病理学講義
仲野徹 (著)
晶文社 (2017/9/19)

こわいもの知らずの病理学講義

こわいもの知らずの病理学講義

  • 作者: 仲野徹
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 2017/09/19
  • メディア: 単行本

福井県 平泉寺白山神社

「他力」こそ「自力」の母である。

どれほど深い信仰を獲得したとしても、人間としての悩みや恐れは消えないでしょう。
むしろ大きな悲しみや、生きる痛みは、信仰に目覚めたことで、いや増すことのほうが多いと思います。
<他力>という考え方もそうです。完全に<自力>を捨てることなど、不可能です。
しかし、<他力>こそ<自力>の母であると感ずるとき、生きる不安や、悩みや、恐怖に最後のところでなんとか耐えて踏みとどまることができそうな気がするのです。

五木 寛之 (著)
他力
幻冬舎 (2005/09)
P324

他力 (幻冬舎文庫)

他力 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 五木 寛之
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2005/09/01
  • メディア: 文庫


禅浄双修
五木 京都の禅寺の偉い方と話していて、その方が、「いや、最終的にはやっぱり他力やな」なんてポツリと言われたことがあるけれども、自力を極めていくと、そこで見えてくるのだろうと思うんですね。
五木寛之
~中略~

玄侑 言葉でたどりつける範囲の世界とそれを超えた世界があると思うんです。言葉で理解できる範囲のことをおそらく自力というのではないか。しかし、そこを超えると念仏であろうと座禅であろうと言葉が及ばない世界が訪れる。
それを禅でも浄土門でも他力と呼んでいいのではないかという気がしています。 

玄侑 宗久 (著)
多生の縁―玄侑宗久対談集
文藝春秋 (2007/1/10)
P212


多生の縁 (文春文庫)

多生の縁 (文春文庫)

  • 作者: 玄侑 宗久
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/01/10
  • メディア: 文庫



しかるに雪崩に死すべかりしを不思議に命助かりしは一字念仏の功徳にてやありけん。
されば人は常に神仏を信心して悪事災難を免れん事をいのるべし。
神仏を信ずる心の中より悪心はいでぬもの也。悪心のなきが災難をのがるゝ第一也とをしへられき。

今も猶耳に残れり。人智を尽くしてのちはからざる大難にあふは因果のしからしむ処ならんか。
人にははかりがたし。
人家の雪崩にも家を潰せし事人の死たるなどあまた見聞したれども、さのみはとてしるさず。

鈴木 牧之 (著), 岡田 武松
北越雪譜
岩波書店; 改版 (1978/03)
P69

 

北越雪譜 (岩波文庫 黄 226-1)

北越雪譜 (岩波文庫 黄 226-1)

  • 作者: 鈴木 牧之
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1978/03
  • メディア: 文庫


福井県 永平寺

2025年2月3日月曜日

がんは治るのか

P71
 国民全体に深く浸透しているイメージがあります。がんという病気は、死に直結する悪いものであり、それが治るというのは、「希望」「安心」「幸福」、治らないというのは、「絶望」「不安」「不幸」。
だから、「つらい治療にこそ希望がある」「治療をあきらめたら絶望しかない」ということになってしまう。このような考え方が、「がん難民」を生んでいるんです。
 「治療と病気と人生」の関係を考えてみましょう。「治療が人生のすべてで、それがなくなったら自分の人生は終わりだ」と思い込んでいる人がいますが、よく考えれば、治療は病気への向き合い方の一部にすぎなし、病気自体も、人生の中の一部にすぎない。
治療というのは、大きい人生に比べれば、ごく一部にすぎないわけで、そこに気づけば、もっと楽になると思うんですね。
 治るか治らないかというのは、それほど重要なことではない。そこに、運命の分かれ目があるかのような幻想を持ってしまう。からいけないんです。病気があろうとなかろうと、患者さんが幸せに日々を送れているかどうかが重要です。がんを抱えながら普通に仕事をして、普通に家族と暮らしている患者さんは大勢います。

P72
 がん細胞をゼロにすることを「治る」と定義するのであれば、進行がんが「治る」ことはありません。ですので、そういう意味での「治る」ことを目標にすることはできません。
~中略~
 糖尿病とか動脈硬化も、一度なったら基本的に治らないし、いずれは死に結びつくわけですので、その点は、がんと同じです。でも、「あなたは糖尿病です」と病名を告知されて、絶望の淵に落とされるという人はあまり多くありません。
同僚にも気軽に話せる人が多いと思います。これが、がんになると、なぜか「絶望」「隠すべきもの」になってしまうのです。こういうイメージを払拭してから、治療目標を冷静に考えるべきだと思います。
私(住人注:本稿では筆者の発言か、取材先の医師の発言かあいまいな文が多いのだが、高野利実 医師?)が患者さんに説明するときによく使うのは、「がんとうまく長くつきあう」という目標です。「うまく」というのは、がんの症状や治療の副作用による苦しみを和らげながら、できるだけいい状態を保つことで、「長く」というのはそういう時間をできるだけ長く過ごすこと、すなわち「延命」です。がんとうまくつきあって、天寿をまっとうできたとしたら、それは「治る」のと同じではないでしょうか。

P76
 確かに、科学は進歩しており、新薬開発も進んでいますが、それでがんが克服できるわけでも、人間が死ななくなるわけでもない。~中略~
「人が死ぬのは、担当した医者が悪かったからだ」という雰囲気すらあります。

P77
マスコミは、ドラッグ・ラグが根本的な問題であって、それが解消すればすべてが解決するかのような論調で報道していますが、このような報道によって、問題は矮小化され、国民の過剰な期待だけが膨らんでいます。
アメリカで使える薬が、今すぐ日本で全部使えるようになったとしても、それで、「絶望の壁」がなくなるわけではないし、「がん難民」がいなくなるわけでもありません。
~中略~
 今の医療は、進行がんの患者さんに、「溺れている」と思い込ませ、その上で、「これにつかまればいい」と言って、ワラをばらまいているようなものです。
マスコミは、この状況を煽り、「もっとワラを増やさなければいけない」と声高に主張をしています。そして、この状況に乗じ、ワラを売ってボロ儲けしている民間療法の業者がいるわけです。
取材・文/北健一(ジャーナリスト)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ
別冊宝島編集部 (編集)
宝島社 (2013/4/22)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ (別冊宝島 2000)

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2013/04/22
  • メディア: 大型本

 

P1
 がんが増えています。10年後には、2人に1人ががんで死亡すると予想されています。
がんは高齢者ほど発生しやすいため、高齢化が進むほど多くなるからです。高齢化社会では、手術か抗ガン剤などの、体に負担の大きな治療は難しくなり、症状をうまく緩和しながら、できるだけがんと共存していくことが大事になってきます。
 しかし、現実には、まだまだ無意味な抗ガン治療と、激しい痛みを伴う無惨な死が少なくありません。  がん治療の進歩によって、がんに罹患した方の半数以上が治癒できるようになりました。しかし、いまだ半数近くの方が、がんで命を落としています。
がんという疾患の本質なのですが、初回治療が成功しなかった患者さんは、数カ月から数年で、大半が激しい痛みを経験しながら死亡することがほとんどです。

P3
 不幸中の幸いではありますが、がんが治らないとわかっても、死を迎えるまで数カ月から2年程度の猶予があるのが普通です。この貴重な時間を、痛みをがまんすることにだけ使ってよいはずないでしょう。
 人生の時間が無限に続くとする錯覚が現代日本人には蔓延しているように思えます。

P22
 がんは、転移するようになると、手がつけられません。転移してしまったがんは、基本的に治癒しません。
ちなみに、がんの治癒とは、治療のあと5年経っても、再発していない状態を指します。5年生存率が治癒率と同義として使われます。
 ただし、乳がん、前立腺がんなどの、進行がゆるやかながんは、5年後にも再発することがあり、10年生存率が使われます。乳がんなどは、治療後20年して再発することもめずらしくありません。
中川恵一

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観
中川恵一 (著), 養老孟司 (著)
小学館 (2005/8/10)

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観-

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観-

  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2014/06/06
  • メディア: Kindle版

室堂平 富山県中新川郡立山町芦峅寺

先生に治せますか?

  「先生に治せますか?」これは、かつて著者を受診してきたIBS(住人注;過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome))患者の言葉である。
この何気ない言葉に、IBSの治療のさまざまな側面が含まれている。この人は、多くの病院を受診したが、症状が続くために、転院を繰り返し、著者を受診したのである。
 読者の皆さんはこの言葉をどう思うであろうか。おそらく、その人の経験や立場により、さまざまな感想を持つのではないだろうか。
報道関係者の中には、医師は富裕層に属し、分不相応に儲けているという先入観を持つ人がいるようである。そんな人は、日本の医療のあり方の悪さのため、患者がたらい回しにされている、と問題提起をするかもしれない。
医療関係者の読者は、初診から失礼な言辞を弄する患者を、身を削って診療しているわれわれがなぜ腰を低くしなければならないのか、と思うであろう。
あるいは、特定の分野の専門家であれば、そこで「私になら治せます」と言えないようでは専門家ではないという意見の人もいるだろう。
 一方、医療機関で不快な思いをしたことがある人は、患者には権利があり、医者はサービス業なのでるから、このくらいのことを言っても当然と思うかもしれない。
世間の常識にうるさい人は、医師に道徳を求めるならば、患者も礼儀正しくふるまうことは当然であり、ここにも現代日本のモラルの低下が現れている、と分析するであろう。
 数多くのIBS患者の診察にあたっていると、こんな経験をすることはさほど珍しくない。
もっと言えば、医療ではどのような側面でも、医師と患者の関係が基本にある。
いくら技術が進歩しても、よい医師―患者関係なくしてはより良い医療はあり得ない。医師も患者も不必要な先入観にとらわれず、良好な医師―患者関係を作りながら医療を進めていくのが重要である。
 よい関係を作るには、医師の側の技術に裏打ちされた人間性が要る。
この患者の場合、「先生に治せますか?」という問いには、回復を阻む無意識の心理が潜んでいる。
「私になら治せます」「私には治せません」のいずれの答えも回復を阻む心理の陥穽(かんせい)に入ることになる。

内臓感覚―脳と腸の不思議な関係
福土 審(著)
日本放送出版協会 (2007/09)
P131

内臓感覚 脳と腸の不思議な関係 (NHKブックス)

内臓感覚 脳と腸の不思議な関係 (NHKブックス)

  • 作者: 福土 審
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2007/09/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 医者は真実を告げているだけなのだけれど、死におびえる患者にとって医者の言葉は医者自身が思っているよりもはるかに致命的なのだ。

私は、暗い気分のまま家族に付き添われて退院しました。
 小言幸兵衛的な先生の言葉には、生きるための力を与えてくれる要素が何もなかったのです。患者の生き延びようとする努力すら一笑に付していました。
私は努力するべき方向も分からず、荒野に裸で放り出されたような気分になって落ち込んでしまいました。
 でも、私は寝床に入ってコウベエ先生に言われた言葉を反芻しているうちに考えが変わってきました。医者には医者の立場がある。
医者は最悪の事態を告げて、自己防衛する必要だってあるのです。特に現代のように「先生が治るっておっしゃったでしょ!なのに、亡くなってしまうなんて医療ミスではないですか!」なんて患者に責め立てられることが多いと、医者は医者で最悪の事態を告げておく必要も生じるわけだ。
 考えてみれば、医者はよほど変わった精神の持ち主でもなければ、自分の患者が死んでいいと思っているわけがない。できたら、生きてほしいと願っているのだ。


大学教授がガンになってわかったこと
山口 仲美(著)
幻冬舎 (2014/3/28)
P133

 

大学教授がガンになってわかったこと (幻冬舎新書)

大学教授がガンになってわかったこと (幻冬舎新書)

  • 作者: 山口 仲美
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2014/03/28
  • メディア: 新書
北九州市門司区 和布刈

2025年2月1日土曜日

納得して治療


 自分の病状や治療の見通しについて正しい情報を知ることで、ときにはつらい現実と立ち向かわなければなりません。

しかし、自分の体のことだからこそ、ありのままの情報を知って、自分で納得できる治療法を選びたいものです。がんの告知を受けた段階で、心理的な動揺から医師の説明を理解できないまま「おまかせします」といってしまう患者さんもいますが、納得のいかないまま治療を受けると、あとになって別の形で不満が出てくることがあります。
 また、がんの検査や治療には、副作用が出たり、手術によってどこかの部位の機能が失われるといったリスクやデメリットが伴うものです。
治療法を選択するときには、その治療法を行なう目的とそれに伴うリスクを患者さんがきちんと理解しておくことが大切です。
(住人注;中川恵一)

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観
中川恵一 (著), 養老孟司 (著)
小学館 (2005/8/10)
P138

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観-

自分を生ききる -日本のがん治療と死生観-

  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2014/06/06
  • メディア: Kindle版

 

北九州市門司区

患者さんにとって信頼できる主治医の条件

話しやすいと感じる人物
長くつき合えそうな人物
薬の説明をきちんとする
治療の根拠を示す
病状の説明に応じる

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付
日本精神科看護技術協会 (著), 末安民生 (著)
朝日新聞出版 (2010/11/12)
P236

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付 (朝日新書)

大切な人の「こころの病」に気づく 今すぐできる問診票付 (朝日新書)

  • 作者: 社団法人日本精神科看護技術協会 末安民生
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2012/08/01
  • メディア: Kindle版

 

医者をほんとに信頼することができないのに、しかも、医者なしではやっていけないところに人間の大きな悩みがあります。 (リーマーへ、一八〇七年五月二七日)

ゲーテ格言集
ゲーテ (著), 高橋 健二 (翻訳)
新潮社; 改版 (1952/6/27)
P149

 

ゲーテ格言集(新潮文庫)

ゲーテ格言集(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/04/22
  • メディア: Kindle版
福岡県北九州市門司区 ノーフォーク 広場