日本でも近ごろ販売が開始され、話題になった薬物に、発毛剤リアップ(アメリカではロゲインと命名されている。また本章では、薬物を商品名で示す。ここでは<とおり名>のほうが理解してもらいしゃすいと考えたからだ)がある。
この薬物は、従来の日本の薬事行政の慣例にのっとらない、例外的な措置を受けた初めての薬物なのである。
普通はまず健康保険の使える薬物、すなわち医師のみが処方できる薬物として認可される。しばらくしてから(その安全性が確認されたとして)、薬局薬店で医師の手を介さずに販売できるようになるのだが、リアップはそのプロセスを飛び越え、いきなり薬局薬店でだけ販売できるようにしてしまった。
これはおそらく、リアップを求めて人々が病院に殺到することにより、健康保険がパンクするに違いないと、厚生労働省が危惧してのことだろう。
ところで、、リアップのような薬物を指して「ライフデザインドラッグ」と呼んでいる。
「ライフデザインドラッグ」とは何か。「よりよく生きる」ことをテーマに用いられる薬物とでもいえばいいだろうか。社会生活を営むにあたって、ある心身の不調を自覚させられ劣等感にさいなまれることにより、これらの薬物を脅迫的に使用するようになる。他の例としては、勃起不全治療薬バイアグラ、抗うつ薬プロザックなどがある。
~中略~
こういった「ライフデザインドラッグ」のように薬局で一般人が買い求め、誰に管理されることもなく随意に服用したり、またあるいは、治療者が処方した薬物を、患者がその本来の治療目的から離れて使用するようになることで、困ったことが起きるようになってきた。
それは<嗜薬>という現象である。<嗜薬>というのは私の造語だが、治療者という直接患者の心身を知る専門家からの服用(使用)のすすめとは関係なく、患者(あるいは一般人)が自ら進んで服用し、やがては耽(ふけ)るようになることである。
<嗜薬>は「ライフデザインドラッグ」以外では、薬物それ自体に身体的・精神的依存性がある―服用すると快楽が伴う/薬物耐性が生じてくる/禁断症状がある―もので起きやすい。これは、医療への関わりが比較的自由になった現代にあっては、不可避なことなのであろうか。
精神科医になる―患者を“わかる”ということ
熊木 徹夫 (著)
中央公論新社 (2004/05)
P122
0 件のコメント:
コメントを投稿