2025年12月27日土曜日

虚栄心

「虚栄心は、貧乏と同じく、乞食の如く求めてやまず、しかも厚かましさの点では、貧乏のはるか上を行く」

フランクリン (著), 松本 慎一 (翻訳), 西川 正身 (翻訳)
フランクリン自伝
岩波書店 (1957/1/7)
P332

フランクリン自伝 (岩波文庫)

フランクリン自伝 (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/12/18
  • メディア: Kindle版

 

虚栄心―もっと軟らかくいえば、人から賞賛を浴びたいと思う気持ち―は、どの時代のどの人間も、必ず持っている気持ちではないだろうか。この気持ちが高じて、愚かな言動や犯罪的行為を犯してしまうこともある。
が、概して、人からほめられたいと思う気持ちは、向上につながるのではないか、と私は考えている。
~中略~

人から認められたい、ほめられたいという気持ちがなければ、私たちは何事も無関心になり、何をする気も起こらなくなる。
そして、実際に何もしなくなる。そうなれば、自分の持っている力を発揮することもない。そして、実力以下に見られることに甘んじるほかない。
ところが、虚栄心の強い人はちがう。実力以上に見られようと、精一杯努力する。

父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章
フィリップ・チェスターフィールド (著), 竹内 均 (翻訳)
三笠書房 (2011/3/22)
P165

 

父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章 (知的生きかた文庫)

父から若き息子へ贈る「実りある人生の鍵」45章 (知的生きかた文庫)

  • 出版社/メーカー: 三笠書房
  • 発売日: 2011/03/22
  • メディア: 文庫

 

 

 

オンライン上の女性は平均よりかなり軽い体重を申告し、男性のほうは平均より背が高く、収入が多いと主張していた。
つまり、男性も女性も相手が何を望んでいるか承知のうえで、自分のプロフィールを書くとき、ほんのちょっぴりごまかしていると考えられる。一七四センチで年収六万ドルの男性は、身長があと一センチ、年収があと三万ドル高いことにして、一七五センチ、年収九万ドルと書くのがふつうだ。
一方お相手候補の女性のほうは学生時代の体重を思い出し、五パーセント差し引くことにして、体重六〇キロと書く。

 しかし、あなたが一七四センチの男性で、よい関係を築くには誠実さが欠かせないとの信念から、正直に申告することに決めたとしたらどうだろう。
女性は身長一七四センチと書いてあるのを見て、ほんとうは一七三センチか一七二センチくらいだろうと予想するため、あなたには不利になる。
ごまかさないと決めたせいで、自分の市場価値を大きく下げてしまったことになる。
ではどうするか。ため息をついて、両手をポケットに入れ、誠実さが不利に働くこともあるとしみじみ思うしかない。

パートナー探しの重要性を考えると、だれもが少しだけごまかしているという悲しい事実に降参し、あなたも譲歩してほんのちょっぴり事実を誇張することになるのではないだろうか。

予想どおりに不合理[増補版]
ダン アリエリー (著), Dan Ariely (著), 熊谷 淳子 (翻訳)
早川書房; 増補版版 (2010/10/22)
P337

 

 

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/10/22
  • メディア: ペーパーバック

 

 

 つまらぬことに威張り、つまらぬことに奢る人を見るごとに、僕はその人の気の小さなことがいっそう見えるようで気の毒に感ずる。
人と交わるに、虚栄心と胆気とは反比例に増減する者である。
~中略~
真に武芸の奥義に達すれば、犯すべからず態度を備え、時至らぬか、または不必要の場合には、これを現わそうとせぬ。自ら重く構えておるから、猪勇を示さんとする場合にも、「こんなことには俺の力を出す価値がない」と自重がある。

修養
新渡戸 稲造 (著)
たちばな出版 (2002/07)
P251

修養 (タチバナ教養文庫 23)

修養 (タチバナ教養文庫 23)

  • 作者: 新渡戸 稲造
  • 出版社/メーカー: TTJ・たちばな出版
  • 発売日: 2002/07/01
  • メディア: 新書

 一 つぎのこともまた虚栄心を棄てるのに役立つ。君の生涯全体、あるいは少なくとも君の若いとき以来の生涯を、哲学者として生きたとするわけにはもういかない、という事実だ。
多くの他人や君自身にも明らかなことだが、君は哲学から遠く離れている。だから君は面目を失い、もはや容易なことでは哲学者としての名声をかちうることはできない。根底の条件からしてこれに反しているのだ(1)。
ゆえにもし君が問題の所在を真に理解したのならば、人が君のことをなんと思うかなどと気にするのは止めて、君の余生が長かろうと短かろうと、これを自然の欲するがままに生きることができたら、それで満足せよ。したがって自然がなにを欲するかをよく考え、ほかのことに気を散らすな。
君も経験して知っているように、今まで君はどれだけ道を踏み迷ったことかしれない。そして結局どこにも真の生活は見つからなかったのだ。それは三段論法をあやつること(2)にもなく、富にもなく、名声にもなく、享楽にもなく、どこにもない。
ではどこにあるのか。人間の(内なる)自然の求めるところをなすにある。ではいかにしてこれをなすか。 自己の衝動や行動の源泉として幾つかの信条(ドグマ)を持つことによって。いかなる信条か。善と悪に関するもので、たとえば人間を正しく、節制的に、雄々しく、自由にしないものは、いかなるものといえども人間にとって善きものではない、ということや、人間を右記の反対しないものは、いかなるものといえども人間にとって悪いものではない、ということがごときである。

マルクス・アウレーリウス 自省録
マルクス・アウレーリウス (著), 神谷 美恵子 (翻訳)
岩波書店 (1991/12/5)
P141

マルクス・アウレーリウス 自省録
神谷 美恵子 (著)
岩波書店 (2007/2/16)

マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫)

マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫)

  • 作者: 神谷 美恵子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/12/18
  • メディア: Kindle版

北九州市 小文字山

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