子張問ふ、士如何なればこれを達と謂うべき。
子曰く、何ぞや、爾( なんじ )がいはゆる達とは。
子張対( こた )へて曰く、那に在りても必ず聞こえ、家にありても必ず聞ゆ。
子曰く、これは聞なり、達にあらざるなり。
それ達なるものは、質直にして、義を好み、言を察して色を観、慮( はか )って以て人に下る。
那にありても必ず達し、家にありても必ず達す。
それを聞なるものは、色に仁をとりて行いは違い、これに居りて疑はず。
国にありても必ず聞こえ、家にありても必ず聞こゆ。
安岡 正篤
論語に学ぶ(
PHP研究所 (2002/10)
P176
子張がおたずねした。 先生が反問された。
「どういう意味かね、君のいう「達」とは」
子張が、かしこまってこたえた。
「国家につかえるときっと評判になり、豪族の家につかえても、きっと評判になるということです」
先生がいわれた。
「君のいっているのは「聞」ということで、「達」ではない。
論語
孔子 (著), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P343
醲肥辛甘( じょうひしんかん )は真味に非ず。
真味は只これ淡なり。
神奇卓異は至人に非ず。
至人は只だこれ常なり。
洪自誠
守屋 洋 ( 著 ), 守屋淳 ( 著 )
菜根譚の名言 ベスト100/
PHP研究所 (2007/7/14)
P86
酒や料理など、こってりしたものはいずれも本物の味ではない。
本物の味とはあっさりしたものだ。
並はずれてきらびやかな才能の持ち主は達人と言えない。
達人とは平凡そのものの人物を言うのだ。
真廉は廉名なし。
名を立つるは、正に貪( たん )となす所以なり。
大功は功術なし。
術を用うるは、乃ち拙( せつ )となす所以なり。
洪自誠
菜根譚の名言 ベスト100
PHP研究所 (2007/7/14)
P95
本当に清廉であったら、清廉の評判など立たない。
評判が立つのは、自己顕示欲が強い証拠である。
ほんとうに最高の技を身につけていたら、妙技など見せびらかさない。
妙技を見せびらかすのは、未熟な証拠である。
「大功は拙なるが若(ごと)し」 老子
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