友人が七十歳を超えたころ、次から次へと歯が悪くなったので、かかりつけの歯医者さんに行き、
「一本治したと思ったら、また次の歯が悪くなった。治療の仕方が悪いんじゃないですか」
と、旧知のよしみで言ったところ、
「だいたい、人間の体は、五十歳までは元気に動くようにできている。歯もそれに合わせて、五十年くらいしかもつようにできていない。それ以後、故障が出るのは、あたり前だ」
と言われたそうです。
肉体の衰えは、歳を重ねれば、万人にやってくるものです。
日常の立ち居ふるまいすべてをひっくるめて、何でこんなに不自由になったんだろうと感じることは山のようにあります。
親鸞のように、比叡山開闢(かいびゃく)以来の神童と言われた人物でさえ、八十歳を過ぎてから「字も忘れ候(そうろう)」というような嘆きをつぶやいています。
あれだけ博学で記憶力抜群だった人物が、いろいろな固有名詞や字を忘れ、それを嘆いていたと思うと、親鸞のような超人にさえ、老化は免れなかったのだと、私たち凡人は少し安心します。
私たちは退化していく肉体をまとって、この世界に生きていくことを、まず認めることからはじめなければなりません。
百歳人生を生きるヒント
五木 寛之 (著)
日本経済新聞出版社 (2017/12/21)
P105
0 件のコメント:
コメントを投稿