「われわれは、迫害されたが故に人類に対して何らかの発言権があると思ってはならない」。私は絶えず同胞にこのように言う。
だがこの言葉はちょうど日本人に「唯一の 原爆被爆国なるが故に、世界に向かって何らかの発言権があると思ってはならない」というのと同じであって、中々うけ入れられず、時には強い反発をうける。
もちろん、ユダ ヤ人に対してこう言う権利があるのはユダヤ人だけであり、また同様に、日本人に対して前記の言葉を口にしうる権利があるのは日本人だけであるから、私は、その言葉は、 口にしようとは思わない。
日本人とユダヤ人
イザヤ・ベンダサン (著), Isaiah Ben-Dasan (著)
角川書店 (1971/09)
P185
~中略~
先生がいわれた。
「責任ある地位にいない場合、政治のことを論議してはいけない」
子罕編
論語
孔子 (著), 貝塚 茂樹
中央公論新社 (1973/07)
P225
東京から南へ一〇〇〇キロ。絶海に浮かぶ諸島である。東京から八丈島までが三〇〇キロ。いかに小笠原が遠いかわかる。東京都小笠原村。こんなに遠くても、小笠原は東京都なのだ。
小笠原と外界を結ぶ交通手段は、唯一、東京から週に一度やってくる定期船「おがさわら丸」だけ。~中略~
島の生活サイクルは、すべて定期船入港を起点にして成り立っている。船げ嵐で欠航すれば、すぐに生活に影響がでる。~中略~
羨ましい生活だ、と思う。すばらしい自然に囲まれ、悠揚たる時間の流れのなかで生きていけて、なんて素敵なのだろう、と思う。
だが、それは島民の心を汲まない部外者の発想でしかない。島民は、さまざまな不便を強いられている。急病、怪我など、緊急を要する時が最も困る。島には病院はあっても、すべてに対応できるだけの施設ではないのだ。
先ごろ、父島に飛行場ができることが決まった。環境庁や自然保護団体などの反対があり、さまざまな紆余曲折を経て、東京都が飛行場建設を最終決定したのだ。「船しかないから、小笠原は価値があるんだよ。だからこそ、自慢できるのに」と、若いビジターが嘆いた。
小笠原に憧れて住み着く若い人たちが多く、少しずつ人口が増えている。
島民のなかにも、彼と同じような考えをもっている人が多いことが、意外だった。民宿など観光収入に頼る人のなかでさえ、このままでいいと言う人が多い。
ぼくも、飛行場建設には反対だった。島のどこに造ろうが、世界的に貴重な、固有種だらけの自然が、まちがいなく破壊される。飛行場は国立公園のなかに造られるしかないのだ。
「日本でいちばん不便な島が、じつは日本でいちばんのパラダイス」
そう言える小笠原になってもらいたい、と願う。だが、その主張は部外者のエゴでしかないことも、また確かなことである。
自然の歩き方50―ソローの森から雨の屋久島へ
加藤 則芳 (著)
平凡社 (2001/01)
P143
自然の歩き方50: ソロ-の森から雨の屋久島へ (平凡社新おとな文庫)
- 作者: 加藤 則芳
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2001/01/01
- メディア: 単行本
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